498食目 全てを受け入れる者(うつわ)
それは栓だったのだ。
溢れ出んとしている莫大な力を抑え込む、という使命を終えた【全てを喰らう者】。
それは、同種であり、そして使命が異なる者に取り込まれ、混ざり合い、そして、不具合を発生させ始めた。
「ぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
のた打ち回る暗黒の渦。全てを喰らう者を取り込んだことにより、内部で共食いが発生しているのだろう。
お互いに時間がない。俺もまた、これ以上は力を抑える事はできない。なんといっても、栓は外れてしまったのだから。
よく振った炭酸水を栓なしで押さえられないように、俺もまた押さえられない状態なのだ。
だが……このまま、俺の中の全てを放出しても良いのか。
これは、最後の選択に違いなかった。
この選択次第で、俺の―――世界の明暗は別れるに違いなかった。
どうする。
解き放つか―――それとも、堪えるか。
「あいあ~ん!」
「アイン君?」
「あいあい! いあ~ん!」
出ようとする俺の全ての力。
でも、アイン君はそれを俺の中に押し込めようとしている。
「いあ~ん! てっつー!」
「ぶろろ~! ぶろろ~ん!」
これにブロン君まで加わって大騒ぎに。
「……これはっ!? エル、あなたっ!」
「ママ上っ! いけませぬっ! その力を解き放ってはっ!」
精霊たちの必死さにヒュリティアとザインちゃんも血相を変え始める。
それと同時に、何者かの声が頭の中に響いた。
――――汝、力を解き放て。全てを解き放て。
それはとても甘く、蕩けるかのような、蠱惑的すぎる誘惑。
友たちの声すら聞こえなくなるかのような誘い。
頭の芯が痺れる。ヒュリティアたちの声がどこか遠くに聞こえ始める。
分かっている。俺の中の全てを解き放てば【全てが終わる】。
これは【真の意味での解放】だ。
全ての命が解き放たれ、一つに交わり、そして爆ぜて消える。
そして、意志は一つになり、他人の事で、もう悩むことも、苦しむこともなくなる。
そうだ――――これは【救済】だ。その上で、俺はそれを取り込むのだ。
俺は【器】。
ありとあらゆるものを受け入れる器。
全てを喰らう者ですら収まる器。
俺の真の使命は―――【全ての次元を喰らう】。
そうだ、俺は【全てを受け入れる者】。
乱れ、分かたれ、枝分かれした世界を、【真なる姿】に戻す者。
全てを、全てを一つに。
創世の時代に、戻す―――それこそが、それこそが―――。
人工創世神なのだ。
―――ちがうよ。
誰かの声が聞こえた。
とても幼くて、小さな声で、儚くて。
でも、優しくて、穏やかで、それでいて力強くて。
―――えるちゃんは、だれでもない。えるちゃんだよ。
誰だっ。誰なんだっ。思い出せない。
そうじゃない、俺は誰なんだっ。
えるちゃん、とはなんだっ。
君はいったい―――!?
◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆
「……くっ! と、止まらないっ! エルっ! お願いっ! 目を覚ましてっ!」
既に私の知識及ばない現象が立て続けに起こっている。
全てを喰らう者が全て抜け出たエルドティーネからは尋常ではない力が解放され、暗黒は元より、宇宙そのものを侵食してゆく。
それは正しいとか、歪んでいるとか、正義だとか、悪だとか、そんな面倒臭い思想は一切無い。
純然なる力、無垢なる力、どこまでも白い穢れ無き破壊の力。
そうだ、これは【破界】の力だ。
「……なんてこと……こんな力がエルに封じ込められていただなんて」
『介入だ』
「……介入っ!? どこの誰よっ!?」
エルティナイトは驚愕の事実を打ち明ける。
エルドティーネのこの異常な状態は【上位次元】の介入から引き起こされているというのだ。
『エルドティーネはここに送られた時、【時限爆弾】として作り変えられていたんだ』
「……その話が本当だとして、知っていたならなんとかできなかったの?」
『出来たらとっくにやっている。そして、その最初で最後のチャンスが来ている』
「……まさか」
『この莫大なエネルギーを、そっくりそのまま利用する。次元一つを簡単にふっ飛ばす力だ。こいつを利用すれば、なんでもできるぞ?』
「……ナイトかと思ったら、とんでもない悪知恵が働くわ」
『ナイトはダークナイトもこなす』
誘惑のささやき。
即ち、精神汚染を受けているのだろう。
それに真っ先に気付いたのは鉄の精霊アイン君だった。次いでブロン君。
彼らは精神的繋がりに重きを置いているので、私たちよりも早くエルドティーネの異変に気付いたのだ。
内に封じ込められた力と共に彼女の記憶までもが抜け出ている。
これは【上位次元の悪意】たちが仕込んだ不具合だろう。
その上で、エルドティーネを爆弾に仕立て上げる。
でも、私はどうしてか、それ以外の思惑を感じ取ってしまうのだ。
全てを喰らう者を収納できるほどの器。
そんなもの、上位次元にだって存在するかどうか。
私なら、どうするか。
知れている。
壊さず、有意義に利用し続ける。
記憶が無いなら好都合この上ない。
優しい言葉を投げかければ、素直なこの子は言いなりになる。
意のままに操れる操り人形の完成だ。
「……ちっ、そう言う事か」
『―――気付いたか』
「……あんたも意地が悪いわね」
『気付けない者に、あの子を託すわけにはいかないからな』
エルティナイトはどこまで知っているのか。
そして、当事者であるザインちゃんもまた、エルドティーネの正体を知っていた。
「まずは謝罪するでござる。試すようなことをして申し訳ござらん」
「……どうでもいいわ。これで私にも資格があるんでしょう? だったら!」
「委細承知! ここからは【残された者】として!」
私たちが、エルドティーネの【栓】になる!
「ぐ……うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「ぎぎ……いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「いあ~ん!」
「ろ~ん! ぶろ~ん!」
なんて力なのだ。とてもではないが私たちでは抑えきれないっ!
「なにやってるん! そんなん、二人とまんじゅうでどないせっていうや! 仲間を頼りぃ!」
全裸の痴女が抑え込みに参加……するも二秒で諦めた。使えない。
「こらあかん。だめや」
「……ダメでもやるのよ!」
「普段は冷静やのに、こういう時はテンパるんやな」
そう言うと、彼女は尻に手を回し、そこから携帯端末を取り出した。
……待って、どこに収容していたの? あなた全裸よね?
「あ~、もしもし。うちや。今、エルちゃんがむっちゃえらい事になっとんねん。力貸してぇな。うん、うん……ほな、よろしゅう」
ぴっ、という機械音。
グリオネは携帯端末を再びお尻に……何それ、手品か何かなの? 消えちゃったんだけど―――まさか、そこに入れてないでしょうね? 冗談と言ってちょうだい。
「さぁ、これでいいで。友達はこういう時に頼らなあかん」
「……頼るって……何ができるっているのよ」
「できるやないか。今までも、そして、これからも。ヒュリティアが一番よく知ってるんとちゃうか? 少し、落ち着きぃ」
「―――っ!? こ、この力……!」
グリオネが力強い微笑を見せる。
同時にエルティナイトの鋼の大地に流れ込んでくる、数多の優しい想い。
その虹色の輝きは瞬く間に空間を満たしてしまった。
「独りや無い。そうやろ?」
「……グリオネ」
「もっと、仲間を頼りぃ。うちなんか頼りまくってるわ」
グリオネは虹色に輝く想いを手で纏め、エルドティーネの胸へと押し込んだ。
ピクリ、と白エルフの少女が身体を震わせる。
「グリオネ殿っ! かたじけないっ!」
それに倣いザインもエルドティーネに想いを詰め込んだ。
「……私ったら情けないわね。最後の最後に、こんな醜態を晒すだなんて」
「そんなことはござらぬ。ヒュリティアどのが居なければ、ママ上はとっくに……」
「……慰めてくれてありがとうね。さぁ、エルドティーネを取り戻すわよ」
本当に、最初から最後まで、手のかかる子。
でも、どうしようもないほどに愛しくて大切な子。
だから、どこの誰とも分からない奴に、くれてやるつもりなんて毛頭ないっ!
「戻ってきなさい! エルっ!」
でも私はひねくれているから、集った想いになんて頼らない。
私の全ての想いを込めて、あなたを取り戻して見せるんだから!
◆◆◆ エルドティーネ・ラ・ラングステン ◆◆◆
真っ暗な空間。
何もかもが消失したそこに、小さな、小さな、ちっぽけな存在があった。
それは、とても小さなおまんじゅう。
どこかであった気がしないわけでもない。
でも、まったく思い出せない。
じゃあ、なんで俺はこんなにも泣いているんだ―――。
―――さぁ、みんながまってるよ。
皆? 皆って誰だ? 君は誰なんだ?
―――また、あえるよ。
―――ゆうきゅうのじかんのさき。おもいは、どこまでもつづくから。
離れてゆく小さなおまんじゅうの姿。
俺は待ってくれ、と手を伸ばす。
でも、俺の手は届かなくて。でも、その手は届いたんだ。
『エルっ!』
「君は……?」
突然、足元の感覚が消え失せ身体が吸い込まれ始めた。
掴まれた褐色の手。見上げれば光差す空間から身体を乗り出し、俺を引き上げようとする少女の姿。
『もう離さないっ! 絶対に!』
「無理だっ、一緒に落っこちまうぞっ」
『構うものかっ!』
なんで、そんなに必死なんだ。
俺は君の事を知らない。
知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない、知らない―――。
『エルっ!』
「―――っ!?」
この子を巻き込むくらいなら、と諦めて穴に落ちようとした時、ひと際激しい感情をぶつけられた。
砕け散ったのはいったい何だったのだろう。
二人を繋ぐ手と手。そこから流れ込んでくる激情。熱い想いは血流のごとく全身を駆け巡る。
「ヒュリ……ティア……?」
『エルっ! 今、引き上げてあげるからっ!』
思い出した―――!
何故、こんな大事なことを忘れてしまていたんだっ!
でも、思い出すのが遅すぎた。
この吸引力は例え想いの力であっても抗えないっ。
「もういい! ヒーちゃんまで取り込まれるっ!」
『諦めるものかっ! 諦めるくらいなら砕け散っても構わない!』
ヒュリティアを形作る思念にヒビが入って行く。
もし、この状態で砕け散ったら、本体にどんな影響が及ぶか―――最悪、廃人になる可能性だって!
「やめるんだっ! 戻れなくなるぞ!」
『あんたの居ない世界に、戻ったところで意味が無いのよっ! 分かりなさい!』
「ヒ、ヒーちゃん……!」
普段は一切の感情を見せないヒュリティアが感情をむき出しにしていた。
偽る事なき激情の全てを晒し、俺を救おうとしてくれているのだ。
あぁ、俺は何をしているんだ。
こんなにも、俺を助けようと必死なのに。
「ヒーちゃん、俺も生きたい! 皆と明日に向かって歩きたいよ!」
素直になろう。もう、我慢なんてしない。
『なら、しっかり掴まってなさいっ!』
でも、無情にもヒュリティアに走るヒビは広がってゆく。
そして、俺を掴んでいる腕が砕けた。
『エルっ!?』
「ヒーちゃんっ!?」
全ては遅かったのか。
俺はどこに繋がっているか分からぬ空間へと吸い込まれ……。
「んげっ!?」
るかと思ったら急に停止。
ぽんぽんがギュッとなって蛙のような呻き声を上げる事になった。
『やれやれ、こっちでも役に立つとかな』
俺の身体に絡み付く輝く縄。見上げれば、そこにはヒュリティアを支える獅子の獣人の姿。
「ライオットさん!」
『俺の個人スキル【繋ぐ】を利用した想いの縄だ。これで、おまえのお袋も助けたんだぜ?』
ニカっと笑みを見せるライオットさんは想いの縄を引き上げる。
『よし! 引っ張ってくれ! エルドティーネを取り戻すっ!』
少しづつ、俺の身体が光へと近づいて行く。
でも、闇は俺を渡すまいと更に吸い込みを強めていった。
ミシミシと音を立てる想いの縄。
でも、それは千切れるどころか益々、輝きを強めていって。
『絶対に諦めんじゃねぇぞ! 皆がおまえの帰りを願ってるんだ!』
『エルっ! もう少しよっ!』
「ライオットさん! ヒーちゃん!」
皆の想いが、想いの縄を通じて俺に伝わってくる。
あぁ、俺はこんなにも、皆に思われていたのか。
『『『よいっ……しょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』
ぐんと一気に引き上げられ、俺は輝ける世界へと戻って来た。
そこには沢山の想いがあって、沢山の顔があって。
でも、それは儚く消えて行って。
そして、俺は瞼を開ける。
そこは、エルティナイトの鋼の大地。
俺を抱きしめるヒュリティアとサインちゃんの姿。
「おかえりやで」
「ただいま、皆。助かったよ、ありがとう」
俺を想い、救ってくれた者たちに思いを込める。
ありがとう、と。
俺を抱きしめて震えている二人の肩に手を回しキュッと抱きしめる。
アイン君とブロン君が頬に身体を摺り寄せてきた。
俺は幸せ者なのだろう。
こんなにも俺を想ってくれている者たちがいるのだから。
そして、気付くのだ。
あんなにも荒れ狂っていた力が封じ込められ、そして―――制御できている事に。
『よく、帰って来たな』
「エルティナイト。声が聞こえたんだ」
『そうか。忘れるな、その想い』
「あぁ」
立ち上がる。どれだけの時間が過ぎたかは分からない。
とても長かったようにも感じるし、一瞬だったかもしれない。
でも、俺が救われたように、救ってやらなければならない奴が目の前にいる。
「エルティナイト……やるぞっ!」
『きたない企みを超えて、今! おまえは、この世界の真なる約束の子へと至った! それ即ち―――』
―――汝、全てを受け入れる者! エルドティーネ!
俺は全てであり、個として全てを受け入れる。
全てに優しさと、厳しさを。
全てに、生と、死と、生き抜いた後の安らぎを。
命を全うできる世界を護り抜くことを誓おう。
これは、そのための初めの一歩だ!
「全ての命を護るため!」
『精霊戦機! エルティナイト見参!』
「この黄金の鉄の塊の盾を砕けるものなら!」
『「砕いてみろっ!」』
最後の名乗り上げ。それは俺たちの決意表明。
そこに集うは全ての命の想い。
今ここに、終焉を砕く想いは集結する。




