490食目 因縁の二人
◆◆◆ エルドティーネ・ラ・ラングステン ◆◆◆
鬼の総大将にして全ての因果の始まり女神マイアス。
彼女を退治できれば全てに決着がつくはず。にもかかわらず、俺の心は乱れに乱れる。
阿波踊りとコサックダンスを組み合わせ、ムーンウォークまで炸裂させるピュアハートは実のところ純粋ではなかった?
乱れ飛ぶ膨大な数の闇の枝のコピー。
もうこの世の終わりのような光景だが、これらをオリジナルで捌きつつ機会を伺う。
とはいえ、鬼ヶ島が機能している間は全てが徒労に終わるので迂闊に「おんどるるぇ」できないところが辛い。
レオンさーんっ! 早く鬼ヶ島をなんとかしてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!
俺はもう限界だぁぁぁぁぁぁぁっ!
「おしっこしたい」
「……なんで出撃前にしてこなかったの?」
「その時は出なかった」
「大きい方でなくてよかったでござるな」
なんてことだっ。カプメンなんぞを食べたばかりにっ!
ただいま俺の膀胱はスパイラルスクランブルっ! あれが出口を求めてぐるぐるしてやがるっ!
こんな状況じゃ俺……シリアス出来ないよ。
『おいぃっ! 中で漏らすんじゃねぇぞっ!?』
「もう出かけてる」
『おいバカやめろっ! そんなことされたらナイトがアンモニア臭くなるぅ!』
「……おまる使う? アヒルちゃんのだけど」
すっ……と黒エルフさんは、どこからともなくアヒルさんのおまるをっ。
この緊急事態っ。使用せざるを得ないっ。
「ちょっとお花を摘んできますわ、おほほ」
「……手短にね」
エルティナイトの操縦をヒュリティアさんに任せて、俺は隅っこの方に移動。
おまるに跨ってレッツ・フィーバーっ。
間違いなく絵面が酷い。幼女になってから済ませればと思ったが後の祭り。
「ふぃ~、超エキサイティングっ」
なんとか危機は脱した。しかし、その時っ、ひと際激しい揺れがっ。
「あっ―――」
俺は何も見ていなかった。いいね?
無残にも横倒しになったアヒルちゃんは黙して語らず。その代わり、黄金の液体が「やぁ」と微笑みを湛えていました。
そっとアヒルちゃんを元に戻した俺は、無駄に輝ける液体に敬礼をして戻った。
「……お帰りなさい。スッキリした?」
「した」
「……なんか、アンモニア臭いわ。蓋はした?」
「彼は良い奴だったよ」
「……あっ」
「事故って、怖いよね?」
『おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?』
さぁ、スッキリしたし頑張るぞ~。
ナイトの苦情は受け付けない。これは確定事項である。
「大きい方でなくてよかったでござるな」
『それは慰めていると捉えていいんだよな?』
こんなやり取りが行われていますが、現状としては一発でも貰ったらアウトな黒蛇さんがわしゃわしゃと空間を占領して行っております。
こんなの全てを喰らうものじゃないとどうにもできやしない。
「フキュオォォォォォォォォォォンッ!」
でも、流石にオリジナルには敵わないようで、闇の枝ががぶりとやると黒い大蛇は簡単に消滅する。
しかし、それは向こうも予想していたのだろう。食われた先から再生する、というえげつなさできりが無いんですわ。
「思いっきりやりたいけど、まだだな」
「レオン殿の吉報を待ちましょうぞ」
「……それまで女神マイアスがゆっくりしてくれていればいいけどね」
そう、この戦いは女神マイアスの気まぐれで全てが決まってしまう。
ここは刺激しないように防戦を決め込んでいるのだが……そろそろ動きそうな気配。
俺たちが時を待っているのがバレたに違いない。
黒に混じって赤の大蛇の姿を認める。岩石を溶解していることから火の枝のコピーだろうと予想。というか色を見れば分かる。
「厄介なのを……来たれ! 全てを喰らう者・火の枝っ! チゲっ!」
こちらも巨大なる炎の右腕を召喚、火の枝のコピーに対応する。
「妙だな。積極的に仕掛けてこない」
「シグルド、それは俺も思っていた。でも、現状何もできないんだから、却ってありがたい」
「うむ……だが」
「あぁ、何か企んでいるのは確かだな」
先ほどから消極的な攻撃が続く。
消極的とはいえ、常人なら到底捌き切れない激烈な攻撃なんですが。
それに、ずっとエルティナイトを観察しているかのようなねっとりとした視線を感じる。
『一本、風の枝が混じっているぅ。気を付けろ』
「なんだって?」
大量の闇の枝に火の枝。それと風の枝?
「……エルっ!」
「やっべ! 密閉型の爆発を引き起こす気かっ!?」
闇の枝で逃げ道を塞いで火と風の枝で大爆発を起こす気だっ。
鬼ヶ島を吹き飛ばさない最適解な攻撃っ。
俺たちの能力で全力を出せば全てが消滅する可能性もある。
そんな中で闇の枝でバリケードを作りつつ最大火力を叩き込む事ができる方法となれば、これ以外はないだろう。
上手いこと考えやがって!
「既に逃げ道が無いでござるっ!」
こうなったら、思いっ切りぶっ放してやるか?
でも、その時の事だ。とある男の声が聞こえた。
まだ、その時ではない―――と。
黒い牢獄が爆ぜ飛んだ。俺たちはまだ行動していない。
何が起こったのか把握できない。それは女神マイアスも同じだった。
レオンさんが向かった奥から途方もない力がゆっくりと近づいてきている。
正直な話、俺は戦慄した。
今まで感じたことが無いほどの覇気。
これ以上ないほどの大きさ。
まるで、巨大過ぎる山……いや星が迫ってきているかのような。
ビシリ、と要塞内の岩石たちに亀裂が走る。
女神マイアスですら、エルティナイトではなくそれなる気配に注視しなくてはならない。
それほどまでの圧倒的存在感。それなる者はいよいよ以って姿を現した。
「「「勇者……タカアキっ!」」」
「お久しぶり、とでも言えばいいでしょうか?」
突如として現れたブサイク勇者。
それなる者が、この圧倒的な力を放つ震源地だった。
プリエナさんからは圧倒的。
ガイリンクードさんからは規格外。
ライオットさんからは頭がおかしい。
プルルさんからは最強。
ユウユウ閣下からは苦手と称された謎多き人物。
それが満を持して姿を現したのである。
「「「また、私の邪魔をするのかっ!? 異世界の勇者っ!」」」
「あなたが抗うのであれば」
「「「おまえを召喚してしまったのが全ての過ちだった! よもや、あの時点で別の異世界を救っていたなどとっ!」」」
「異世界に赴いたのは二度目でした。いや、懐かしいですね」
ぎゅぴーん! と厚底眼鏡を輝かせるイカれた姿の勇者様。
ここ、一応、宇宙空間で酸素とか無いんですわ。どうやって生きてるの?
「……宇宙最強の勇者……! ここでやろうとでもいうのっ?」
「ふきゅんっ、宇宙最強と来たかっ!?」
「拙者、タカアキ殿が本気を出すところを見たことがございませぬっ」
ヒュリティアとザインちゃんは共に前世で勇者タカアキの活躍と人となりを知っているのだろう。だから彼に期待を寄せる。
でも、俺は勇者タカアキについて殆ど情報を持ってないから少し距離を置いて考察できた。
いくら強くても、全てを喰らう者に対して有効打を与えられないんじゃないのか、と。
でも、先ほどの不可思議な攻撃は闇の枝のコピーに通じた。
いったい何をおこなったのだろうか。
「おっと、報告です。白き王者が鬼ヶ島の核を破壊しましたよ」
「えっ? マジでっ!?」(くわっ)
「マジでっ!」(きりっ)
お互いに迫真の集中線を駆使して謎の驚愕を表現する。
勇者タカアキとは分かり合える気がした。
鬼ヶ島の核が破壊されたことが分からなかったのは、単に女神マイアスの鬼力がえげつなさ過ぎたからだろう。
これを前にしていたら、多少の変化には気付かない気付きにくい。
「「「ふん……役に立たぬ連中だ」」」
「そのように作ったのでしょう?」
「「「……」」」
勇者タカアキはダサい上着を脱ぎ捨てた。
黒いTシャツには白字で勇者の二文字。痛すぎるTシャツはしかし、彼が着込むことによって本物になるのだろう。
「終わらせましょう。私はその為にここにいるのですから」
「「「ほざくな」」」
「私は、あなたの悲鳴を聞いて異世界カーンテヒルに赴いたのです」
「「「そんな事など、あるものか。たかが人間がっ」」」
「それは違います。確かに貴女は悲鳴を上げていた。偽りの微笑の奥底で」
女神マイアスが気圧された。後退る鬼の総大将。
「今こそ、あの時の約束を果たしましょう」
「「「おまえに何ができるっ! 人間ッ!」」」
「できる、出来ないではありません。成すのです。それこそが、私が生き続けている理由」
勇者タカアキが一瞬、脱力した。その状態で俺に語りかけてくる。
「エルドティーネさん、彼女は私に任せてくださいませんか?」
「えっ? あっはい」
「ありがとうございます。その後はお任せしますね」
―――ということは、やはりそうなのか。
「「「随分と余裕だな。幾らお前とて、今の私には指ひとつ触れることは叶わない。先ほどの一撃も何度も放てるものではあるまい」」」
「えぇ、そうですね。あれを無理に放つのは負担が大き過ぎます」
「「「だというのに、この私を倒そうなどと」」」
女神マイアスは―――最後の敵じゃない。
「倒すのではありません。救うのです。皆に託されたこの力で」
勇者タカアキが右拳を掲げた。そこから放たれる虹色の輝き。
それは、間違いようがなく想いの力。
「「「そっ、それは―――っ!?」」」
「エルドティーネさんが【全ての命の希望】であるなら、私は――――」
――――全ての命の勇者です。
勇者タカアキが想いの力に包み込まれた。
その異質の想いはこの次元のものではない。
つまり、これは昇華して届かなくなってしまった人々の想いということなのか。
「女神マイアス、あなたを独りぼっちになどさせません。さぁ、帰りましょう」
「「「だ、黙れっ! 私はっ! 私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」
女神マイアスがいきり立って、勇者タカアキに襲い掛かる。
最早、俺たちが介入する事などできないであろう。
「……エル、離れてっ」
「分かった」
これに俺たちも静観することを決め込む。
ここに、勇者タカアキと女神マイアスとの決戦が始まった。
果たして勇者タカアキは本懐を遂げる事ができるのであろうか。




