489食目 死闘 ~燃え尽きる命~
◆◆◆ レギガンダー ◆◆◆
超重量級の一撃同士が互いの顔を捉える。
はじけ飛ぶ顔と顔。足を踏ん張って次撃を繰り出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「んがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
これは喧嘩だ。桃使いと鬼との戦いじゃなくて、ただの喧嘩。俺が怒鬼を挑発して成立した【時間稼ぎ】。
鋼鉄の巨人と巨大な肥満鬼とのぶつかり合いが続く。
人々のロマンの塊と、不細工たちの想いを力に変えた肉の塊とが【意地】だけを掛けて戦っているんだ。
不覚にも、それが【心地良かった】。
だって、そこには善も悪も、陰も陽も、お互いの立場も必要無かったから。
ただ、どっちが強いか。
ただ、どっちが意地っ張りなのかを決する。
あぁ、そうか―――やっぱり俺はアリーナ戦士なんだ。
勝ち負けを付けるのが好きなんだ。
クロスカウンター。互いの顔面に拳が突き刺さる。
やはり倒れない。負けるのが嫌いだから。
「さっさと倒れちまえっ!」
「それはこっちのセリフだど!」
なら、なんで鬼の力を使わないんだ。
決まってる。こいつも喧嘩が好きだからだ。
だから俺も桃力を使わない。喧嘩がしたいから。
「負けるなっ! ブシンオー!」
「おでは、負けるわけにはいかねぇんだど!」
俺たちを取り囲む鬼たち。しかし彼らは攻撃を仕掛けてこない。
まるで、俺たちの喧嘩を護るかのように円を組み静観している。
そこは自然に出来上がったリング。
いや―――この場合はコロッセウムか。
ユウユウさんに聞いたことがある。純粋な鬼、或いは下級の鬼は喧嘩に水を差すことを嫌うと。
歪められて生み出された鬼はその限りではないらしい。
この条件に当てはめるなら、怒鬼は純粋な鬼になるだろう。
粗暴で、力だけを信ずるロクデナシ。でも、どこまでも真っ直ぐな力を振るう。鬼らしい鬼。
ブシンオーの拳が怒鬼の眉間を捉えた。ぐらつく怒鬼。
今がチャンス。この一撃で昏倒させる。
「っ!」
でも、打ち込めない。ぐらつく怒鬼。しかし、目が死んでいない。
昔の俺なら、飛び込んで痛いしっぺ返しを受けていた。
いや、今だってそうだ。飛び込みかけていた。
でも、それをしなかったのは、今の俺が皆の命を背負っているから。
ここでやられて怒鬼を自由に動かしてしまっては、恐らく最悪の場合も考えられるのだ。
「い……今のは効いたどぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
怒鬼から溢れ出る膨大な力。それは鬼力か。
違う―――これは、まさか……!?
「この世の不細工たちが、おでに力を与える! 倒れるな、と支えてくれるんだど!」
「想いの力……! エルドティーネさんと同じだというのかっ!?」
「そんなことは知らないんだど! でも、おでのやることは一つっ! 全ての不細工たちのために、勝ち続ける事だどっ!」
想いのベクトル、そして立場は全く違う。でも、この鬼は自分だけのために戦っているわけではなかった。
最悪の出会いだ。もし、彼が人間の立場として生まれていたなら、きっと俺たちは友として歩んで行けただろう。
それほどまでに、清々しい喧嘩をする漢だった。
「俺だって、負けるわけにはいかないっ! 俺を形作ってくれた全ての人たちのためにっ!」
「ならっ! もう言葉は必要ないどっ!」
「おう! 後は……!」
「「拳で語るっ!」」
殴られたら殴り返す。蹴られたら蹴り返す。単純明快な我慢比べだ。
ブシンオーのダメージはかつてないまでに深刻。この頑丈な機体をここまで追い込む事は並の鬼にはできないだろう。
互いの意地と想いを拳に乗せて相手に叩き込む。
その度に意識は飛び疲労は蓄積されてゆく。
最後の最後に何をやっているのだろうか、と他人事のように思う。
時間稼ぎをするならこれしかない、そんな頭の悪い発想は、しかし、相手が乗ってくれたからこそ成立する。
怒鬼も頭が悪いのだろう。だからこそ、こんな見え見えの時間稼ぎに乗って来た。
だから、俺は拳に感謝の念を乗せ叩き込む。怒鬼も俺に同じような想いを乗せてきた。
姿形など、今この時は関係ない。想いと想いをぶつけあう。
ブシンオーの左腕が千切れ飛んだ。もう、お互いにボロボロだ。
でも、お互いに止まる事は無い。これが俺たちの喧嘩だという事を理解しているから。
「―――この感覚っ!?」
「さっきのあんちゃんがやったみてぇだな。やってくれるど」
でも怒鬼は関係ない、とばかりに血塗れの拳に唾を吐きかけ拳同士を叩きつける。
だから俺も半壊状態のブシンオーを構えさせるんだ。
「御大将には悪いけんども、おでは、おめと決着がつけてぇど!」
「俺もだ!」
鬼ヶ島の核を破壊し、鬼たちは即時復活が不可能に。
それでも、怒鬼はボロボロの身体を忍て決着にこだわる。
それは俺もだ。ボロボロになっているのはブシンオーだけじゃない。
コクピットも損壊して俺は身体の至る所を負傷している。正直、ブシンオーが動くのが不思議なくらいだ。
でも、不思議と彼は動いてくれる。もう、操縦桿を動かしている感覚がしない。
俺が自分の右腕を何も考えずに動かすかのようにブシンオーは動いてくれるんだ。
だから、ここまで自分自身を鍛えこんで身に付けた武術を怒鬼に叩き込む事ができている。
決して、鬼と桃使いの戦いでない事は分かっている。
組織と組織の戦いに個人を持ち込んでしまっている事も分かってる。
でも、こいつと拳を交えて分かったことがある。
それは、こいつが――――怒鬼は腐った奴ではないという事。
「レギガンダー、それが俺の名前だ」
多分、次が互いに最後の攻撃になるだろう。だから名乗った。
「レギガンダー、その名、忘れないど!」
怒鬼が構えた。最後まで鬼力を使わない。
あぁ、そうさ。これは喧嘩だ。
そんなものに、余計な物なんていらない。
俺も拳に想いを乗せる。
どうして戦う、なんのために戦う、そんなことは決まっている。
戦うのが好きだから―――強くなりたいから―――ただ、それだけなんだ。
「唸れ! 鋼鉄の鉄拳!」
「咆えろ! 同士の想い!」
怒鬼の拳に彼の同志たちの想いが纏わり付く。
恨み、怨念、嫉妬、それらを超えた思いが血塗れの拳に宿った。
お互いの拳が激突する。
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
均衡する力と力、でも―――砕けたのはブシンオーの拳。
やられる、そう思った。
負ける、そう思った。
でも、何故か―――脳裏に彼の姿を思い出す。
ブシンオーの失われた左腕が動いた。そこに左腕など無いというのに。
しかし、それは怒鬼の拳を弾き飛ばしたのだ。
「なっ!? なんだと、だどっ!」
姿無き左腕。でも、そこには想いの腕が。
「こ、これは……サイコ・ジャイアントのっ!?」
そんな……サイコ・ジャイアントは姿形を失っても、ずっと俺を護っていてくれたというのか。
俺は、そんな彼に今まで気づかないで……!
もう、逝ってしまったとばかり――――!
「そ、その腕はっ!?」
「怒鬼、おまえと同じだよ。俺にも、俺を想ってくれている奴が居る」
砕かれたブシンオーの右腕、そこにも想いの巨人の腕が生える。
「怒鬼、おまえのお陰だ」
だから感謝するのだ。それが例え、敵であっても。
「感謝する。ありがとう」
合掌、そして正拳突きの構え。基本中の基本。
ガンテツさんに【これだけはまともにできるようになれ】と叩き込まれた武技。
怒鬼は虚を突かれ、完全に体勢を崩している。
そんな彼の不細工な顔が微笑んだ。
―――さようなら。俺の強敵。
サイコ・ジャイアントの拳に想いの全てを乗せて正拳突きを放つ。
それは虹色の輝きを伴い、怒気を貫いた。
「ごふっ……おでの負けだど」
「そうだな……」
「レギガンダー。勝者が、そんな情けない面をするな、だど」
ぶよぶよの体を横たえ、今にも消えそうな怒鬼は情けない顔をしている俺を叱責した。
ブシンオーは操縦者の感情を読み取って表情を変える機能がある。
今の俺は、鬼にすら情けないと思われるほどに酷い顔をしているのだろう。
「おで、後悔してないど。ブサイクたちには悪いとは思ってんけどよ」
「分かってる」
「なら、胸を張るど。そうでなきゃ、おではあの世で自慢できねぇど」
「えっ?」
怒鬼は血塗れの拳を震わせながら差し伸べて来る。俺はそれを想いの拳で握り締めた。
あぁ―――怒鬼の想いが伝わってくる。一切、悔いは無いという想いが。
「おでは、こんな強いやつに負けたんだって、なぁ」
「あぁ、分かった。俺は誰にも負けない。怒鬼が自慢できる戦士になるさ」
「あぁ……楽しかったなぁ。最後に、良い喧嘩ができた……ど……」
怒鬼の手から力が消えた。徐々に消えゆく怒鬼の肉体。
桃力で退治したわけではない。でも、怒鬼は桃力で退治されたかのように静かに消えていった。
「……」
この喧嘩を見守っていた鬼たちは静かにこの場を去ってゆく。
満身創痍のブシンオーを誰一人として襲う事は無かった。ただ、去り行く背に深い悲しみを宿していた。
「立てるか? ブシンオー」
彼らを見送り、俺はエルドティーネさんと合流を試みる。しかし、無茶をさせ過ぎたのかブシンオーはシステムダウンしてしまった。
「参ったなぁ。こんな最終局面で」
でも、諦めるわけにはいかない。さっき、怒鬼と約束したばかりだ。
こんなところで諦めるわけにはいかない。
あぁ、そうだよ、ブシンオー。
諦めるのは死んでからでもできるよな。
ブシンオーから降りる。俺は桃使いだ。桃使いにとって戦機は武器の一つに過ぎない。
俺は生身で鬼と戦う意思を決めたんだ。
「気配っ!? 早速、鬼が来たかっ!」
機動兵器の気配を感じる。でも、やって来たのは想定外の存在だったのだ。
戦場に駆け付けたのは美少女。紫色の長髪をなびかせ、戦場には相応しくないエッチな衣装で舞い降りる。
「ファ……ファーラっ!? モフモフかっ!?」
ファーラがコクピットハッチを開く。でも、そこには誰もいなくて。
「む、無人っ!? どうなってるんだっ!?」
『……』
ファーラの透き通った瞳が俺を見つめて来る。
まさか、自分の意思でここに駆け付けたというのか? そんなことがっ。
いや、無いなんて言えない。言わせない。
命無き戦闘ロボットにだって、明確な意思は宿るんだ。
俺が――――一番知っているじゃないか!
「ファーラ、力を貸してくれっ!」
今一度、彼女に乗り込む。モフモフ用に書き換えられていたはずのプログラムが猛烈なスピードで書き換えられてゆく。
信じられない光景だった。これをファーラが自分の意思で行っているのだ。
間もなくしてプログラムの更新は終了。以前のようにファーラを自分の体のように動かす事ができるようになった。
『「よし……これなら」』
くたくたになって動かなくなったブシンオーの分まで戦って見せる。
でも、今度はそのブシンオーが勝手に動いている。
そして、彼はファーラに、いや、俺に対して頷いて見せた。
心に浮かぶは一つの言葉。それは覚悟の儀式。
互いの身体と魂を一つにすることにより、強大な力を得る代わりに、片方は永遠に失われる悲しい秘術。
ブシンオーはもう直る見込みがない事を悟っていた。そこまで、ボロボロになっていたのか。
俺が、ブシンオーの未来を奪ってしまたのか。
でも、ブシンオーは言うのだ。これが【武神の生き様】であると。
そんな彼が今際で望むのであれば……俺は――――。
『「ブシンオー! 死が、俺たちを別つまで! 共にっ! 真! 身・魂・融・合っ!」』
ブシンオーの身体が輝く粒子となって解けてゆく。それはファーラの周囲を覆い尽くし、ゆるゆると回り続けた。それはまるで輝く繭。
やがて、ファーラとブシンオーは解けて混ざり合い、新たな姿へと変化していった。
コンソールのステータス画面に新たなるファーラの姿、能力値が表示される。
「【武神王・ファーラ】……それが新しい姿なんだな?」
外見は鎧武者の少女。少しでも軽量化するために鎧面積は少ないが、その分、スラスターの数が倍増している。
基本武装は薙刀と太刀、古めかしい銃器を所持していた。
他にも鎧に搭載された光線砲もあるようだ。
「これなら……痛ぅっ!?」
その時、俺は鈍い痛みを感じ取る。右手の甲に激しい痛み。グローブを取り外し確認してみる、とそこには痛々しい傷跡が。
「これが俺の身魂融合の代償……! あぁ、忘れない。忘れないよ、ブシンオー!」
身魂融合の型【英雄の傷跡】。これが、俺が一生を掛けて背負ってゆく罪。
この力は俺以外の誰かのために。この世の全ての命のために。
「行こう、ファーラ。ブシンオー」
新たな姿を得たファーラを鬼ヶ島の奥へと向かわせる。
きっとそこに、討たなくてはならない敵がいる、と確信して。




