48食目 圧倒
◆◆◆ K・ノイン ◆◆◆
ふざけるな、ふざけるな。
エリシュオン軍学校を首席で卒業した、この私が、こんな原始的な装備しか持たない連中に後れを取り続けるなどと。
今までは順調だった。何の問題もなかった。
与えられた任務は内容以上の成果を上げ、軍司令部からも高い評価を得た。
だが、それが狂い始めた。
事の発端は、あの奇妙な戦機からだ。
自らをナイトと呼称する機体。
時代に取り残されたかのような戦闘コンセプトを前面に押し出してくるポンコツ。
あろうことか、私のル・ワイバルが、それに撃破されてしまう。
それも近接戦闘でだ。あり得ない。
なんとか戦闘データを持ち出して機体から脱出した私に待っていたのは、軍司令部からの待機命令だった。
明確な罰ではないが、これは明らかに軍司令部が私を見限った証拠。
このままでは私の地位も危うくなる。
なんとか汚名を雪がんとした先ほどの戦闘も、エルティナイトとかいう戦機に再度敗北する始末。
飛行母艦【ラ・シオン】を護りつつル・ワイバルを遠隔操作したのが間違いであった。
だが、私に与えられた命令はラ・シオンの防衛。
艦橋を離れるわけにはいかない。
にもかかわらず、この有様だ。
こちらの機獣の攻撃を受け付けないなど、どうなっているのだ。
あの戦機といい、この銀髪の女といい、理解の範疇を越えている。
「死ねぇっ!」
強化スチール合金製の刀を振るう。
そこにバ・オーガーの力を籠める。
バ・オーガー……これは別次元の惑星カーンテヒルより持ち帰ったとされる、心身強化システムだ。
元の力はあまりにも強力で、心身共に崩壊してしまうレベルだったので、それを制御し適切な強化を可能にしたものがこれになる。
その強化率、実に五十パーセントを越える。
資質がある者に至っては八十パーセントを越える者もいる、というのだから驚きだ。
にもかかわらず、私は敗北を喫した。
あのエルティナイトとやらにだ。
「……遅い」
銀髪の女の光剣が、私の刀と接触する。
私の刀には特別製だ。
この刀はバ・オーガーの力が伝わりやすくなっており、その証拠として刀身が赤黒く染まっている。
バ・オーガーの力の特長としては、攻撃として振るった場合、ありとあらゆるものを侵害する、というものがある。
これは即ち、防ぐことが叶わない貫通攻撃と同様の効果を得ることができる、というものだ。
幾度となく実験を繰り返して得られた実証なので、間違いはない……はずだった。
そのバ・オーガーの力が受け止められている、という事実。
これに、私は驚愕せざるを得ない。
「……その力に振り回されているのね」
「なっ!?」
「……この力はね、あなた方が扱っていいものじゃないの」
鍔迫り合いをしつつ、銀髪の女が【口撃】を仕掛けてきた。
私を動揺させ、隙を作ろうとしているのだ。
その手には乗らない。
「……その力は使い手を破滅に導く。上手く制御しているつもりでしょうけど、もうあなたは陰の力に支配されつつあるのよ」
「何を、わけの分からない事をっ!」
苛立ち、それはどういうわけか身体の奥底から力を漲らせる。
これにより、優勢は私に傾いた。
「……やっぱり、支配されつつある。負の感情で力が増すのは、その証よ」
「黙れっ!」
思いっ切り力を振るった。
すると、銀髪の女は吹き飛ばされて壁へと向かってゆく。
しかし、女は宙で一回転し壁に着地、そのまま跳躍し再度私に斬り掛かってきた。
なんなのだ、この異常な身体能力は。
この惑星の人間どもに、このような身体能力を持つ者などは確認できていない。
明らかに異常、到底この惑星の人間とは思えない。
いや、その可能性は十二分にある。
耳だ、戦闘に意識を持って行かれ過ぎて気が付かなかったが、この女の耳は異常に長い。
突然変異にしては明らかに異質。
だとすれば、可能性としては……!
「貴様っ! 強化人間かっ!?」
「……ぶっぶー」
ハズレです、と言わんばかりに光剣で切り付けてくる銀髪の女。
再び鍔迫り合いの構図となり、再度、女は口撃を仕掛けてくる。
「……私は黒エルフ。人間じゃないわ」
「黒エルフだとっ!?」
エルフといえば、ファンタジー小説などで題材にされる人の姿をした耳の長い精霊の一種、とされている。
しかし、エルフ自体は珍しいものではない。
惑星が違えば、人間の存在が無く、エルフだけの惑星というものも存在する。
我がエリシュオン軍は【次元の平定】を掲げて栄光なる勝利を重ねてきた。
その戦果の中にあって、エルフたちの姿も当然あった。
平定した惑星の住人は、そのことごとくがエリシュオン人の従者としての立場を与えられる。
特にエルフ種は容姿が優れている者が多く、超能力を駆使する者が多いのでボディガードもこなせる、とあって人気が高い種だ。
だが、ここまでイカれた身体能力を持ったエルフ種など見たことなど無い。
エメラルドの瞳を持つ褐色の女は、自らを【黒エルフ】と言った。
外見からして【ダークエルフ】の事を言っているのだろう。
ならば、そう言えばいいものを。
やはり、私の動揺を誘っての事だ、と判断する。
「……あなた方の目的はなんなの? 人間たちをどうするつもり?」
「答える義理はない。だが……そうだな。我々も【食事】が必要だ、とだけ言っておこう」
「……そう」
事実、この機械の肉体にもエネルギーの補給が必要だった。
ただ、生身の肉体のように食事を摂取することは叶わない。
したがって、エネルギーだけを食物から取り出す。
それは、野菜よりも動物、動物よりも人間、といった感じで高効率になる。
我々は、この惑星を植民地とし、他の惑星の平定の基盤とする予定だ。
故に、脆弱な身体能力しか持たない人間たちは邪魔となる。
利用するとしても、我々の糧になるために飼育する程度のものとなろう。
それ故に軍司令部が下した指示は、この惑星の人間たちに配慮する必要は無し、というものであった。
「……やれやれだわ。どうしてこうも、因縁が続くのかしら?」
不意に銀髪の女が力を抜いた。
虚を突かれた私は前のめりになってバランスを崩す。
そこに膝蹴りが飛んできた。
叩き込まれた箇所は腹部。
私は身体をくの字に曲げて吹っ飛ばされた。
私の身体は鋼鉄で出来ている。
にもかかわらず、パラメータは重大なダメージを申告していた。
しかし、相手も相当な被害を被ったはず。
膝当ても付けていないのに、私に膝蹴りを見舞ったのだ。
それは、鋼鉄の鉄板に思いっきり叩きつけるようなもの。
膝が砕けていてもおかしくはない。
私は勝利を確信し、ゆっくりと立ちあがった。
しかし、そこには平然な顔をして光剣を構えている銀髪の女の姿。
「……頑丈ね。でも、戦い慣れてないみたい」
「なんなのだっ!? おまえはっ!」
「……言ったでしょう? 黒エルフだって」
一瞬、女が桃色の輝きに包まれた気がした。
だが、確認にまで至らない。
何故ならば、気付いた瞬間、女は私の目の前にいたからだ。
そして、視界がくるくると回る。
「……私は【エル】よりも甘くはないわ」
それは、私の首が、銀髪の女の手によって刎ねられたことを意味していた。




