39食目 特別依頼
「げほっ、げほっ! Aランク50位だぁ!? 本当か、それっ!?」
受付のお姉さんのカミングアウトに咽るファケル兄貴は、彼女を問い詰める。
受付のお姉さんに代わり説明をしたのはルフベル支部長だ。
「あぁ、それは間違いない」
「なんで分かるんだ?」
「彼女は私の娘だ」
唐突なカミングアウトは被害が拡大するから止めて差し上げろ。
辺り一面、紅茶の霧が発生しまくって大惨事じゃあ。
「改めて自己紹介を……私はクロヒメ、Aランク50位の戦機乗りよ」
そういえば、受付のお姉さんの名前を今まで知らなかった。
言われてみれば彼女の青い瞳が納まる目は、ルフベルさんとそっくりではないか。
短い黒髪とゴン太眉は似ていないが。
あぁ、もちろん引き締まった腰とビッグヒップも似ていないぞ。
「クロヒメは将来的に戦機協会の裏方に回ってもらおうと思ってな。こうして事務仕事を任せている」
「私はどちらかというと戦機乗りの方がいいのよね。最下位とはいえ、父さんと同じAランクになったのだから」
うん、これは職権濫用ですね分かります。
きっと、ルフベルさんが娘の身を案じて戦場から遠ざけているのだろう。
「いや、参ったな。こんなところでAランク戦機乗りに遭遇するなんて」
「おん? ファケル兄貴、そんなに珍しい事なのか?」
「あぁ、この広い世界にAランクはたった五十名だ。実際に出会うことは殆どない」
ファケル兄貴を後押しするように傷兄貴が答える。
「Aランクの殆どはナイトクラスの部下として付き従っているから、個人的に活動する者は極端に少ない、ってことも起因しているな」
「そーなのかー」
折角、Aランクに上がったのにナイトクラスの子分は嫌だな、と素直に感じた。
それを見透かしたのであろう、ルフベル支部長がネタ晴らしをする。
「Aランクの者がナイトクラスの者の配下になるのは、実力を認めてもらうためだ」
「実力を?」
「そう、ナイトクラスに相応しい実力がある、と認められた者は主君と仰ぐナイトクラスの者から推薦状を授けられる。それはナイトクラスへの昇格試験を免除してもらえる切符のようなものなんだ」
ルフベル支部長の説明だと、つまり、ナイトクラスへの昇格試験は相当に難しいか面倒臭いかのどちらか、という事になる。
殆どのAランクの者はナイトクラスに仕えた方がまし、と考えて配下になっているのだろう。
しかし、俺はそう言ったことが嫌なので、素直に昇格試験を受けるつもりだ。
何よりも、そういうイベントを回避するとか面白みに欠ける。
「俺はそんなのでナイトクラスになっても満足できないな」
「……エルなら、そう言うと思ってたわ」
これにヒュリティアも同意。
俺たちが、正攻法でナイトクラスに昇格することが決定した瞬間であった。
「さて、話を戻そう。機獣の巣を攻略したことはある。だが、それは本当に巣だ。ネームドが駐屯している基地ではない」
「……基地を発見したことは?」
「無い、それも機獣との戦いが始まって以来、一度もだ。今では巣の方を基地と言う者すら現れている」
これは益々、機獣がわけの分からない存在になってきた。
とはいえ、技術差があるのであれば納得のゆく話ではある。
しかし、今の今まで一度も無いとかは異常だ。
あるいは、発見した者が全員始末されて無かったことになっているかのどちらか、であろうか?
いずれにしても推測の域は出ない。
「……基地を発見して叩かない限り、機獣たちとの戦いは延々と繰り返される。これは、まず決定的ね」
「銀閃、きみは本当に恐ろしい子だ。きみのそのエメラルドの瞳の向こうには、いったい何が視えているのかね?」
「……決まっているわ。安らかな時の中で食べるホットドッグよ」
「マジでブレないヒーちゃん素敵」
ここまでくるとマジキチであるが、彼女は本心を語ることが少ない。
ましてや、俺以外が同席している場合、0%と言っても過言ではないだろう。
「銀閃の意見には賛成だ。だが、どうやって連中の基地を見つける?」
ファケル兄貴の言うとおり、その方法が見つからない限り、餅に描いた絵になる。
あれ? 逆だったかな? ま、ええわ。
「……逆よ、エル」
「ヒーちゃんにまで心の中のボケに突っ込まれた。鳴きたい」
とはいえ、今のショックでその方法を思い付いた。
「あっ、ヒーちゃん、いい方法を思い付いたんだぜ」
「……どんな?」
「深緑の悪魔の陰の力を拾う」
俺の提案にヒュリティアは無表情のまま、ぽん、と手を合わせた。
「……その方法があったわね」
「これなら、迷うことはないんだぜ」
きっと、俺たちの会話は宇宙語になっていただろう。
ついて来れている者は皆無だ。
「ええっと……どういうことかね?」
「ルフベルさん、俺たちが基地を発見してくるんだぜ」
「何?」
「……だから、特別依頼を発注してほしい」
流石、ヒュリティア。ここぞ、とばかりに報酬を要求する。
そこに痺れる、憧れるっ!
「むぅ、君たちには何か策があるようだね。深緑の悪魔を撃退した実力の持ち主だ、信用しよう」
「ありがとなんだぜ」
「だが、決して無理をしないように。きみたちは期待のホープなんだからね」
ルフベル支部長はそう言って、俺たちに特別依頼を発注した。
内容は機獣の基地の発見。
成功報酬はなんと三千万ゴドル。
「……ルフベル支部長、報酬はいらないから、その分、腕の立つ戦機乗りを集めて頂戴」
「なんだって?」
「……多ければ、多いほどいい。決して、敵前逃亡をしない戦機乗りがいいわ」
射殺すような眼差しを見せるヒュリティアに、ルフベル支部長は彼女の本気度を悟ったようだ。
俺もヒュリティアの意図を察する。
彼女はマジで深緑の悪魔と決着を付けるつもりなのだ。
そして、この一撃は間違いなく、この世界に激変をもたらすだろう。
「分かった。私の伝手を頼って、最高の戦機乗りたちを招集する」
「……感謝します。エル、どのくらいで見つかりそう?」
ヒュリティアのエメラルドの瞳が俺の姿を映し出す。
俺は「う~ん」と考え込み、予想を述べた。
「グマプッカに移動しないと何とも言えないけど……あいつの陰の力は覚えているから、三日もあれば見つけられるかなぁ」
「……私の戦機の修理も合わせて一週間後ね」
恐ろしいほどに話の展開が早い。
これに、戦機乗りたちは呆れた表情を見せる。
「本当に見つけられるのか?」
「やってみないと分からないけど、十中八九見つけれると思うんだぜ」
俺は疑心暗鬼なファケル兄貴のお株を奪う、笑顔からの親指突き付けを敢行。
これに、ファケル兄貴は一瞬、呆けた後に大爆笑した。
「こりゃあ、やられた」
「はっはっは、お株を奪われたな」
眼帯兄貴に肩を掴まれたファケル兄貴は彼に苦笑いを見せる。
そんな姿を見て傷兄貴も笑みを見せた。
ペタン娘姉貴と受付のお姉さんは苦笑に留まったが緊張は解れたようだ。
「了解だ、一週間以内に戦機乗りを集め、機獣基地を攻略する。できうる限りの情報を集めてくれたまえ」
「分かったんだぜ」
「……任せて」
こうして、俺たちは特別依頼を請け負った。
実のところ、結構に重い仕事だろう。
この依頼の後に発生する作戦は確実に歴史を動かす。
それは、キアンカに平穏をもたらすか、破滅をもたらすかのどちらかだ。
だが、機獣たちが命無き殺戮兵器であったのなら、それに終止符を打つのがナイトの役目。
そして、陰の力あるところに陽の力あり、鬼あるところに桃使いありなのだ。
俺たちは決意を新たにし戦機協会を出た。
その先でアイスクリームを食べていたワイルド姉貴を発見。
「あっ! アイスクリームだ!」
「……とつげき~」
「あら、おかえ……にゃぁぁぁぁっ!?」
俺たちは彼女に突撃。
わちゃわちゃ、とワイルド姉貴にちょーだい攻撃を敢行。
幼女の特権を最大限に濫用し、アイスクリームをまんまとゲットしたのであった。




