38食目 深緑殺し
「お~い、受付のねーちゃん!」
「いらっしゃい、エルティナさん、ヒュリティアさん。支部長がお待ちしています」
「ルフベルさんが?」
「はい、深緑の悪魔の件、と言えばお分かりいただけるかと」
俺たちはその言葉に頷くと奥へと通される。
いつか戦機乗りたちが集合したその部屋に彼と、複数名の戦機乗りたちの姿があった。
いずれも知らない顔ばかりであるが、明らかに戦機乗りとして格上であることが、彼らから放たれる気配で分かる。
「やぁ、来たね。エルティナ君にヒュリティア君」
「どうもなんだぜ」
「……どうも。この人たちは?」
ヒュリティアも気になっていたらしい。
だが、俺はその中の一人に知った顔があったことに気付く。
「あっ、ファケル兄貴!」
特徴のある青髪ツンツンヘアーを、どうして忘れることができようか。
いつかの宿屋でお世話になった先輩戦機乗りの姿に安堵感を覚える。
「よう、覚えてくれていて光栄だな。【深緑殺し】」
「おん? 深緑殺し?」
くつくつ、と含み笑いをする戦機乗りたち。
ルフベル支部長もニコニコと笑みを見せた。
「あぁ、きみの二つ名だ。深緑の悪魔、このネームドに多くの人間が手に掛かった」
「それは、キアンカだけじゃない、トッペルボトやグマプッカでも悲劇は起こっていた」
ファケル兄貴の言葉に、顔面を斜めに走る傷男が頷き言葉を発した。
紫色の短髪に、赤い瞳。強面の大男だ。
「ここに集まったのは丁度、深緑野郎に恨みを持つ者、或いは討ち取って名を上げようとするロクデナシどもさ」
「大半は前者だろうがな」
窓際で腕を組む眼帯の男が、残った鋭い黒目をこちらに向けてくる。
彼は黒髪の長髪で優男のイメージが付きまとうイケメンだ。身長も高い。
右目に眼帯を付けているのはアクセサリーではないのだろう。
わずかに確認できる傷跡が、それを頑なに否定している。
「紹介しよう、顔に大きな傷を持つ彼はCランク32位【スカーフェイス】のグラント。そして、眼帯の彼がDランク3位の【バレッタ】のボイルドだ」
「やっぱり格上じゃないですかやだー」
俺がふりふりと遺憾の意を示すと、彼らはようやく緊張を解いたのか大笑いをした。
「ルフベルさんが期待のホープっていうもんだから、どんな奴かと来てみれば、こんな可愛らしいお嬢ちゃん方だったとはな」
「いやはや、こんなお嬢ちゃん方に先を越されちまったら、二つ名も返上せんとならん」
強面の二人は笑みを見せると急に親しみのある顔になった。
それでも、一般人が見たらチビってしまう顔であるが。
「ま、これで私たちが集まる必要は無くなった、ってことかい?」
これまで沈黙を保っていた長い赤髪の女性が言葉を発した。
前髪のひと房だけが真っ白い。
特徴的なのが瞳だ。右は青、左は金色。
いわゆるオッドアイと呼ばれるものであり、その神秘的な色合いは見る者を吸い込んでしまうかのような魔力があった。
だが、圧倒的にぺたん娘だ。
しかし、貧乳はステータスってそれ一番言われてっからせーふっ!
「説明が遅れたな。彼女は【レッドアロー】ルビランタ。Bランク93位の戦機乗りだ」
「この中じゃ、一番ランクが高いのかぁ」
俺の言葉にファケル兄貴が頷いた。
「遺憾ながら、俺はまだCランク170位だしな」
「おおう、この短期間で昇格したのかぁ」
「まぁな。昇格したてで最下位だが、直ぐにBランクになってやるさ」
ファケル兄貴は自信たっぷりの笑みを見せ親指を突き出した。
彼がムードメーカーなのは、この行動を見れば確信できる。
「大きく出たな、ファケル」
「あぁ、夢はでっかく、が俺のポリシーさ」
「やれやれ……もう少しDでゆっくりしたかったんだがな」
ファケル兄貴の言葉に眼帯兄貴は両肩を竦める。
Dランク三位の彼は昇格権を有しているので昇格試験を突破すれば上のランクへと上がることが可能であった。
こうしてファケル兄貴の言葉に挑発されてしまってはDランクでぬくぬくすることもできないのだろう。
戦機乗りはプライドが高い者が多いのだ。
「Bランクといっても、殆ど最下位に近いからね。威張れたものじゃないよ」
「そうだな……戦機乗りの中には化け物がいる。本物の化け物がな」
傷兄貴は斜めに走る傷跡を手で押さえ、吐き出すように言葉を発した。
どうやら、彼の顔の傷は機獣によって刻まれたものではないらしい。
「ふきゅん、そうだ、報告っ! 深緑の悪魔は生きているっ!」
「……何?」
俺は深緑の悪魔との経緯を説明する。
もちろん、桃力の件は混乱を招くのでカットしたが。
「脱出ポッドのようなものが射出された? 機獣の中に操縦者がいるとでもいうのか?」
「……それは分からないけど、話し掛けてきたから知性ある存在であることは間違いないわ」
この報告にルフベル支部長は俯き、腕を組んで考え込んだ。
やがて結論に達したのか、彼は腕を解き顔を上げる。
「深緑の悪魔は生きている、そう考えるのが妥当だろう。そして機獣、特にネームドは知的生命体、もしくはそれに相当するプログラムか何かが搭載されている可能性が高い」
「おいおい、マジかよ」
「グラント君、これはあくまで推測だが、可能性は高いだろう」
それはつまり、人間、もしくはそれに準ずる者が、地上の覇権を巡って戦いを繰り返していることに他ならない。
話によると大昔から機獣たちと戦ってきていたのに、この事実に辿り着いていないとかの方が信じ難いんですがねぇ?
「……今まで、ネームドを倒したことは?」
「ある。しかし、鹵獲する前に自爆してしまい、詳細なデータを取ることは叶わなかった」
「……じゃあ、倒したネームドが再び現れたことは?」
ヒュリティアの鋭い指摘はルフベル支部長の言葉を詰まらせた。
しかし、彼はなんとか声を絞り出し応える。
「これは機密なのだが……その事実はあった。そして、それらはナイトクラスが相手をしている【死天獣】というといったものに進化を果たし手に負えない状況だ」
「マジかよ……ルフベルさんよ」
これに、眼帯兄貴は絶句する。
これでは、ネームドを倒したとしても、逆にパワーアップさせてしまうだけではないか。
そんなの許されざるよっ!
「これじゃあ、ネームドを倒せない倒し難いっ! なんとか、かんとか、できる方法は無いのかぁ?」
「……ねぇ、脱出した、ということは、脱出ポッドの中身が破壊されると不都合なことが起こる、という考えはできないかしら?」
「ふきゅん? まぁ、そう言う考えもできるな」
「……今まで、機獣の巣、もしくは基地を攻略したことは?」
ぐいぐいと踏み込んでゆくヒュリティアに、ルフベル支部長はたじたじになった。
しかも、ヒュリティアを援護するかのようにペタン娘姉貴が話を促す。
「ゲロっちまいなよ、ルフベルさん。機密なんてあって無いようなもんだろ?」
「簡単に言ってくれる。いや、だが、ここまで突っ込まれては言わないわけにはいかないか」
このタイミングで受付のお姉さんが紅茶を運んできた。
そして、ちゃっかり俺を抱きかかえてソファーに腰かけたではないか。
「おいおい、おまえもか?」
「聞く権利はあるでしょう? 私もAランク五十位の戦機乗りなのですから」
ぶばぁっ!
受付のお姉さんのカミングアウトに、ルフベル支部長以外の戦機乗りたちが口に含んだ紅茶を吐き出した。




