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36食目 違和感

 そこは、ファンタジー世界によくある寂びれた宿屋であった。

 年季の入った洋風の作りの宿屋であり、明かりはランプのほのかな輝きだけ。


 明らかに時代に取り残された感が半端ではない。


「やっぱりファンタジー世界じゃないですかやだー」

「……エル、まだ食堂が開いてるって」

「まじか。いっそげ~」


 俺はこの宿というか、村というか、色々な疑惑をぽいっちょして食堂に急いだ。


 んなもん、どうだっていいんだ! 重要なのはいつだって飯だっ!


 宿の食堂は小さなカウンターと、大きなテーブルが一つと言った感じであり、夜は酒も提供しているようだ。

 旅人とも村人ともつかぬ男性が酒のつまみらしき豆を口に運びながらエールを煽っている。

 それは宿の女将さんが提供しているようだ。


 突き抜けて美人とは言えないが、清楚で落ち着きのある若い女性に思えた。

 黒髪で茶色の瞳の彼女はともすれば日本人のようにも見える。

 しかし、身に着けている地味な服は、やはり洋風であった。


「いらっしゃい。簡単なものしか提供できませんが、それでもよろしいですか?」

「えぇ、構いませんとも」


 女将に対応する危険人物ヤーダン主任。

 そのにこやかな笑顔の下には、どのような暗黒面が潜んでいるのであろうか。


 というか、もう見てるんだよなぁ、彼の暗黒面。

 それはズバリ、戦機オタクである。


 始めてエルティナイトの内部構造を見た時の彼の顔は、一言で言って【マジキチ】だ。

 それが、月兎たちの危機感にビンビン反応したのであろう。


 暫くして料理が運ばれてきた。

 それは、ぶっといソーセージであった。

 これに粒マスタードがセットで付いてくる。


 俺の口では正直納まらないであろう太さのそれには、ナイフとフォークが用意された。

 ヒュリティアは、このソーセージをひと目見て厳しい表情を見せる。


「……ホットドッグには適さないわね」

「知ってた」


 そもそも、これを挟むパンが思い浮かばない。

 そこまで行ったら、ホットドッグと言いたくないのは確定である。


 あとはゴロゴロとした野菜を煮込んだポトフが提供された。

 ソーセージにも合う粒マスタードだが、実はポトフにも合う。


 そして、ヤーダン主任にはエール、俺たちにはコッペパンと果実水が用意された。


「これは豪勢だね」

「うん、これは丁寧な仕事だぁ」


 ソーセージは焼くだけだが、ポトフは野菜が煮崩れないように煮るのは難しい。

 煮るのを早く切り上げれば、確かに煮崩れしないが硬さが残ってしまう。

 煮込み料理はその塩梅が難しいのだが、このポトフは合格点を迷うことなく進呈できる。


「うおぉ、見ろぉ。ニンジンにナイフがすんなり入るぞ」

「わわっ、ほんとだ」

「……ジャガイモもさらりと口の中で溶けるわ」


 ポトフはニンジン、ジャガイモ、セロリ、鶏もも肉と種類は少ないがとても大きくて食べ応え十分。

 ナイフとフォークを用いて切りながら食べ進めるのは楽しい行為だ。


 粒マスタードを載せて食べると味が変わって二度楽しめるのもグッド。

 鶏もも肉も噛み締めると、じゅわりと肉汁が溢れ出して口の中を黄金の海で満たしてくれる。


 ソーセージもナイフで切り分けて口に運んだ。

 肉にハーブを混ぜ込んで作られたのだろう、鼻腔を抜ける香りが複雑玄妙で清々しさすら覚える。


 そして案の定、コッペパンに切れ込みを入れてホットドッグを作らんとしている黒エルフの幼女を発見。


「……このホットドッグは新しいわ」

「ただソーセージを輪切りにして詰めただけじゃないですかやだー」


 タレは粒マスタードのみ。

 しかし、ソーセージは塩味が利いているので問題は無かったもよう。

 彼女は長い耳をピコピコさせながら、ぺろりと完食してしまった。


「これは、隠れた名店だね」

「俺もそう思うんだぜ、エリンちゃん」


 エリンちゃんもポトフに感銘を受けたようだ。

 残さずに綺麗に食べ切った。


 セロリもえぐみが綺麗さっぱり消滅しており、独特の風味が堪能できて大満足である。


「いやぁ、エールが進むね」

「飲みすぎ注意なんだぜ」


 ヤーダン主任は意外と飲むタイプらしい。

 ガンガン、エールをお替りする光景は見ていて心配になってくる。


 五杯目のエールと共に女将さんはチーズを小皿に乗せて持ってきた。


「ありゃ、これで打ち止めか」

「打ち止め?」

「うん、古い風習みたいなものだよ。客が酔い潰れそうだ、と判断したらチーズを提供してゆっくり飲めって注意喚起するんだ」


 ぽりぽり、と頭を掻いてバツが悪い顔をするヤーダン主任は、ひょいとチーズを一欠けら口の中に放り込んだ。


「うん、美味しい」


 そう言って、先ほどまでガンガン喉に流し込んでいたエールを、今度はじっくりと味わい出す。

 俺らも果実水を口に含んだ。


 味はグレープ。丁度いい濃度で調整されており、くいくいと飲み進められる。


「……満足」

「確かに満足だったんだぜ。ごちそうさまでした」

「うんうん、美味しかったねぇ」


 俺たちは食事を終えたが、ヤーダン主任は飲兵衛なので、まだここで飲み続けるらしい。

 一足早く俺たちは宛がわれたという部屋に移動する。


「二階の三号室……ここだね」


 エリンちゃんがヤーダン主任から渡された鍵を使ってドアの鍵を開ける。

 部屋内はベッドが二つ、ソファーとテーブルが一つずつといった感じだ。


 必要最低限の家具しか置かれていないが、ファンタジー世界の宿なんてこんなものだ。


 あ、違う。ここはファンタジー世界じゃねぇや。


「これはまた簡素だなぁ」

「……でも、うちよりはマシというね」

「それを言ったらお終いなんだぜ」


 マーカス工場の隅っこ暮らしは厳しいんやでぇ。


「ありゃりゃ、ベッドが二つか。私たちで一つかな?」

「いや、寧ろ、ヤーダン主任は別の部屋じゃね?」

「……あ」


 エリンちゃんは自分の失言に顔を真っ赤にさせてしまったという。

 これで、しれっと相部屋にしていたらヤーダン主任は爆破処理せざるを得ない。


 まぁ、そんなことはなく、就寝の際に彼は一声かけて隣の部屋へと入っていった。


「じゃあ、お休み」

「お休みなんだぜ」

「……おやすみ」


 俺とヒュリティアが一つのベッドを使う。

 幼女だから二人で一人分だ。

 エリンちゃんはもう片方のベッドで寝る。


 全員、下着姿でベッドに潜り込んだ。

 トレーラーに荷物を忘れてきた弊害である。


 でも、エリンちゃんの健康的なバディを見れたので良しとしよう。

 ワイルド姉貴とまではいかないが、エリンちゃんも大したものを持っておられる。


 暫くするとエリンちゃんが寝息を立て始めた。

 結構疲れていたのかもしれない。


 機獣の群れが空港を襲撃しに来て、沢山の人が死んだ光景を目の当たりにしているのだ。

 世界観的に、それが日常茶飯事だったとしてもショックは隠せないだろう。


 それを直に見ている俺だが、困ったことにへっちゃらである。

 何も感じないわけではない、理不尽な死には相当の怒りを覚えている。


 でも、その怒りは妙に冷めた怒りであった。

 なんと言ったらいいのだろうか。


 激怒の中から不純物を取り除いた怒りとでもいえばいいのだろうか。

 とても静かな怒りだったような気がする。


 例えるなら、怒り過ぎて急に冷静さを取り戻したみたいな、そんな感じっぽい。


「……エル」

「うん、ヒーちゃん、まだ起きてたのか?」

「……うん」


 ヒュリティアはそう言うと、もぞもぞと俺に抱き付いてきた。

 幼女の抱擁に興奮せざるを得ないが、俺も幼女であるので興奮は相殺され、あらほらさっさー、と退散してしまったのであった。悲しいなぁ。


「……桃力は自在に扱えるの?」

「いや、思い出したのと、使えるのとは違うみたいだ。感情が昂ったら出てくるみたい」

「……そう、それでいいのかもしれないわ。急がなくてもいい。エルは、もう、あなただけの人生を歩んでいるのだから」

「ヒーちゃん?」


 ヒュリティアの抱きしめる力が強まった。

 若干、彼女が震えているように感じるのは気のせいではないだろう。


「……今度は、私を置いて……消えないで」


 彼女はそう言うと、糸が切れた操り人形のように眠りに落ちてしまった。

 俺は彼女が言った言葉を思い返す。


「なんだか、俺がエルティナじゃないエルティナみたいな言い方だったな」


 違和感を覚える。

 そもそも、俺は、俺として本当にあったのか、とすら疑うレベルだ。


 しかし、こんな珍妙な存在が二人もいるわけないだろいい加減にしろ、という観点からセーフという事になり、俺は思考を全力で不法投棄。

 安らかなる眠りを獲得したのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] うん。 珍獣様の違いが、はっきりと。 こちらは、テーブルマナーと料理の味わい方を、わかっておいでです。
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