35食目 似て異なるもの
「桃力は使用者の知らないエネルギーには【基本的】に変換できないんだぜ。あと、変換には余計に桃力を使用するから効率が悪い」
「あぁ、そうなんだ。それじゃあ、桃力はそのまま使う方がいいんだね?」
「そういうことになるかなぁ? あと桃力自体は人畜無害。ぶつけても痛くもなんともないんだぜ」
「え? そうなんだ」
ヤーダン主任は意外、という表情を見せた。
エリンちゃんもハムスターのように両頬を膨らませながら、うんうん、と頷いている。
「……例外はいるけどね」
「そうだな。桃力と対極に位置する陰の力、鬼力の持ち主、それを俺たちは【鬼】と呼んでいる」
鬼力とは極陰の気質を持つ負の力だ。
歪んだ怒り、憎しみ、憎悪が極限に達した者が発現する力であり、その力に飲み込まれてしまった者が辿る末路が鬼への変貌である。
鬼はありとあらゆる攻撃を受け付けない絶対強者であり、それに唯一対抗できるのが桃力を持つ陽の戦士、桃使いという事になる。
でもまぁ、強力な力を持っているなら、鬼の防御壁を突破出来たり出来なかったりするので多少はね?
「うん、そこまではなんとなく理解できたよ。でも、深緑の悪魔に対して、桃力を行使していたのは何故だい?」
「あれが、鬼と同様の力を発していたから、思わずにゅるんと発動しちまったんだと思う」
ヤーダン主任は腕を組んで「う~ん」と考え込む。
あの戦いを思い返してみれば、確かに妙な感覚を覚える。
鬼のようであって鬼ではないものと戦っているような感じ。
そもそもが、命を持った者と戦っている感じがしない。
戦機であっても、それを動かす者に命が宿っているのであれば、俺はそれを感じることができた。
しかし、深緑の悪魔からは、それを感じることができなかった。
これは、ミステリーですぞっ!
「……ぶっちゃけ、あのへなちょこカラスもどきは、どうでもいいわ」
「これは酷い」
どうやらヒュリティアさんは深緑の悪魔に対してご立腹のもよう。
リベンジ失敗が相当に腹に据えているのであろう。
「……エル、アレは鬼だと思う?」
「いや、たぶん違う。推測だけど、鬼の性質を持たされたロボットみたいな感じだ」
「……同じ考えね。きっと、機獣の制御システムは鬼を参考にして作られていると思う」
「誰がそんなものを作るんだぁ? 阿保なのか?」
「……その可能性は否定できないわ」
つまり、考えても分からない、という事が分かった感。
俺は暫し考えたが、豆粒のような脳みそがオーバーヒートを起こし大噴火未遂を起こしたため、そっと思考をシャットダウンした。
「考えてもわがんにぃ」
「……そうね、この件は保留にしましょうか」
そして、話題はエルティナイトとエリン剣に移る。
どこからどう考えても、桃力がやらかした、としか言いようがない。
普通にあんな変化を起こす戦機がいたら、それこそ大問題となろう。
「つ、つまり、エルティナイトの変化は全て桃力のせいだというんだね?」
「確定的明らか」
桃力の説明を行ったおかげで、この問題はすんなりと受け入れられた。
問題はエリン剣の方である。
あの漆黒の塊は何故、桃力に反応して砕け散ったのであろうか。
何よりも、エルティナイトを包み込んだ理由が分からない。
ぶっちゃけ、これも【わがんにぃ】で決着となった。
「大部分が分からないじゃないですかやだー」
「そうは言っても、調査用の機器が無いとこんなもんさ」
「……そうね」
というわけで、この話は終了と相成った。
俺の記憶も完ぺきに復活していないようであり、これからもぽこじゃかと蘇ってくる可能性は否定できないそうだ。
ただ、ヒュリティアからは、これで十分、とのお言葉を頂戴した。
どうにも彼女は、俺の記憶が完全に蘇るのを恐れているように感じる。
何か不都合なことでもあるのだろうか。
だが、俺は質問責めにされた疲労感も相まって、まえぇわ、という結論に至る。
パスタ店を出た俺は、久しぶりに娑婆の空気を吸う凶悪犯のような感覚に襲われた。
もちろん、俺はそのような邪悪な存在ではない。
「ところで、飛行機って出せるのかぁ?」
「あ~、それなんだよね。滑走路が滅茶苦茶にされちゃったから、無理かもしれないって」
「デスヨネー」
深緑の悪魔の滅茶苦茶な攻撃が滑走路に大ダメージを与えたのは明白である。
しかし、不幸中の幸いとして飛行機自体に損傷はなかったようだ。
これならば、滑走路を整備するだけで再び空港も使用できるようになるらしい。
その再開までの期間が早くても一週間後というのだから、エルティナイトの調査は延期せざるを得ないだろう。
ヤーダン主任も泣く泣くアマネック本社での調査を断念せざるを得なくなり、はらはらと涙を流していた。
これも全部、深緑の悪魔ってやつが悪いんだ。許すまじ。
結局、トレーラーでキアンカに逆戻りすることになった俺らは、途中で【サビカン】という町に寄った。
キアンカに帰るには時間が遅くなりすぎる、という事もあって、そこで一泊することにしたのだ。
サビカンはものっそい田舎町であり、夜になると街灯が少ないためほぼ真っ暗、という人間には辛いところさんであった。
しかし、俺たち白と黒は暗視能力が備わているのでまったく問題は無い。
どんなに暗くてもお月さまの光さえあれば、ハッキリくっきり物を認識することが可能だ。
もう限りなく村に近い自称町の宿屋にトレーラーを停める。
街中だというのに木々が我が物顔でにょっきりぽんしているので、近未来的世界観の中にあって、サビカンはヤッヴェくらいにファンタジーな外観になっていた。
普通に付近にオークやゴブリンが歩いていそうである。
そして、見渡す限り畑がドヤ顔しているので町という認識をどこですればいいのか、これが分からない。もう村でいいだろこれ。
「普通に兎が村の中でくつろいでいる件について」
「一応は町なんだよ、エルティナちゃん」
「うっそだろ、エリンちゃん」
夜になり、人気が無くなった自称町を不法占拠する野良兎どもの群れ。
何をするでもなく、町の至る場所で寝っ転がっている。
それは、とても野生の兎がするような行為ではない。
こいつらには、危機感というものが無いのであろうか。
こんな無防備な姿を晒していては肉食獣がにっこりしてしまう。
「野生の掟というものを教えてやるんだぜ」
俺はかさかさと野良兎どもに接近、そのモフモフな腹をわさわさして差し上げる。
これに兎は大ダメージを被り、鼻をヒクヒクさせて降参を主張した。
「おまえ、調子ぶっこき過ぎた結果だよ?」
空しい勝利であった。
やはり、戦いは何も産み出さないんやなって。
「……エル、助けて」
「おわぁぁぁぁっ!? 兎団子っ!?」
それは、兎団子だった。モフモフの塊であった。
正体は兎どもに懐かれたヒュリティアである。
ヤツらは感極まってヒュリティアに突撃を繰り返し、いちいち兎どもを受け止めている内に兎団子になってしまったのであろう。
なんたること、一瞬の油断が命取りとはこの事だ。
「エリンちゃん、戦機で蹴散らそうぜ」
「ダメだよ。兎さんが可哀想でしょ?」
「こいつらは、そんな可愛い連中じゃないぜっ! 兎の皮を被った野獣に違いないっ!」
とまぁ、冗談はさておき。
ヒュリティアが口を三角にしてジト目になってきたので、うさ共を立ち退かせる。
「おらおら、しょばだい払ってんのか、おるるぁん!?」
怖いあんちゃんのセリフを撒き散らしながら手作業でうさどもを引っぺがす。
うさどもは満足気な表情を見せつつ、大地にその身を放り投げた。
ダメだこいつら、早くなんとかしないと。
「……すっきり」
「まだ頭に子うさが乗っかっているけどな」
まるで帽子のように体を丸めている白兎は、結局ヒュリティアの手により立ち退かされた。
今は大人しく、親もとで暮らしている。
「いったい何だったんだ?」
「……この子たち、月兎ね。地上に遊びに来ているんだわ」
月の暮らしに詳しいヒュリティアの説明によると、月兎は空間跳躍能力を有する兎であり、危険察知能力も高いため、捕獲することは容易ではないとの事。
つまり、俺はまったく危険視されていないってこったぁ。
「俺がどれだけ危険か、その身で知ってもらうしかないな」
「……いろいろと面倒だから、やめておいてね」
結局はヒュリティアの制止もあり、月兎どもは九死に一生を得たのであった。
折角、この俺のエルティナスペシャルを見舞ってやろうと思ったのに残念である。
「お~い、宿が取れたよ!」
とヤーダン主任が駆けてきた。
すると月兎たちが一瞬の輝きを残し、全て消失してしまったではないか。
「うん? 何か輝いたような?」
「……危険人物」
「ふきゅん、危険すぎる」
「ヤーダンさん……」
哀れにも、彼が危険人物であることが証明された瞬間であった。




