357食目 淫らなる者
◇◆◇ 幸運の女神 VS 鬼女 ◇◆◇
エルドティーネ達が禁断の地へと向かっていた頃、聖王の間へと突入したプリエナ一行が目にした物とは、この世のものよは思えぬほどにおぞましい光景であった。
部屋一面が蠢く肉で覆い尽くされ、一定間隔で脈動するという光景は生物の内に取り込まれたかのような錯覚を覚えさせる。
「うわぁ、この中に入らなきゃいけないのぉ?」
プリエナの危機回避の幸運は、あくまで危険から逃れることができるというもので、自ら危険の中へと飛び込んでは効果を発揮しない。
戦闘時はそれが辛い所であり、彼女は別の方法で幸運を招き寄せる必要があった。
「お嬢、用心してください」
「うん、ルバールさんたちもよろしくね」
レジスタンスメンバーは内部へと突入。
すると蠢く肉壁に浮かび上がる人の顔。
それらは口々に言う、「何故、見捨てたのだ」と。
「こ、これは……」
「表メンバーですね。どうやら捕まって、このような姿にされてしまったようです」
ルバールは冷淡に推測を告げる。
彼にとって大事なのはあくまでプリエナであり、表のレジスタンスメンバーは捨て駒程度にしか思っていない。
億を超す年月は彼から人間らしい甘さをこそぎ落とし、冷徹な戦闘マシーンへと変えてしまっていた。
「そのようですね。鬼力でこねくり回されたか、弄ばれたか。どちらにせよ、まともな思考は残されてはいないようです」
怨念の声を上げ続ける肉の壁に対し、プリエナは僅かに眉を顰めるに留まった。
彼女の普段は見せぬ表情は、しかしそれこそが【今の彼女】であることを知らしめる。
幼く純真だった狸獣人の少女は、その甘さを捨てて幾世紀。
新生したカーンテヒルを守り抜く事のみを芯に据えた守護者たちが、この程度の残虐非道に臆する事などあるはずもなく。
「あらぁ? 全然、驚いてくれないのねぇ?」
肉で覆われた床から生え出てくる鬼女。
艶めかしい裸体は続けて這い上ってくる肉床で覆われ、おぞましい肉のドレス姿となる。
所々に存在する眼球はアクセサリーのつもりなのだろうか。
悪趣味極まりない姿となった鬼の女に、流石のプリエナたちも吐き気を覚える。
鬼女は相変わらずフォエナの頭部を弄んでいた。
丁度、敵対する者と同じ顔をしているからこそ、精神的動揺を誘いたいのは見え見えであり、しかし、プリエナにしては腹立たしい事この上ないであろう。
努めて平静を装っているが、その内はマグマのように煮立っているであろうか。
「驚く必要が無いからですよ。それに、ここには桃使いがいるんです。直ぐに浄化もできますし」
「冷たいのねぇ、あなたに救いを求めて散々に泣き喚いていたのよぉ? たすけてー、ってね。きゃはははははっ!」
肉の床からずるりと飛び出してくる首のない女の死体。
それに絡まる頭の潰れた無数の男の死体。
女の死体には狸の尾が確認できることから、影武者を務めたフォエナのもので相違ないであろう。
少しばかり貧弱なのは影武者であったためか。
「うふっ、あなたにも見せたかったわぁ。この子がよがり狂う姿。絶対に負けない、ってぐちゃぐちゃにされても気丈に振舞って。死体に相手をされても……」
それ以上は言わせない、とばかりにルバールが銃の引き金を引く。
弾丸は鬼女の頭部を吹き飛ばすも、鬼女は全く堪えた様子を見せず。
瞬く間に顔の損傷が修復され、平然とした様子を見せた。
「せっかちな男ねぇ。嫌われるわよ?」
「やはり、先ほども演技か。狙いはここに俺たちを確実に誘導させることだな」
「さっきの私も肉人形だけどね。くすくす」
ルバールの話術によって勝利へのヒントを掴む。
この鬼は真面にやり合っても勝利することは難しい。
だが、まともに戦わないのがプリエナであり、それまでの時間稼ぎをするのがチーム・ルバールの役割であった。
「まぁ、取り敢えずは自己紹介しておこうかしら。私は【淫鬼】。淫らなる者にして、それを喰らう者。うふっ、憎怨様の右腕といったところかしら」
これは誇張だ。そして、願望でもある。
鬼の新四天王と参謀的立場の淫鬼は立場的には同列。
しかし、作戦を立案することが多い淫鬼は彼らよりも上であることを自覚している。
それが大いなる勘違いだと理解せぬままに。
だが、頭脳担当を引き受けているとはいえ、四天王と同格。
彼女もまた、相当な実力を持っていることも確かな事であり。
「さぁ、絡み合え、淫らなる肉よ。激しく鋭く、粘液を撒き散らしながらっ」
先ほど床から生え出してきた男女が絡み合う死体が、淫鬼に呼応するかごとく姿を変えてゆく。
それは肉の槍。見ようによっては男根に見えるであろうか。
「ひっでぇ、センスだな」
「いや~ん、あんな太いの入らな~いっ」
唾を吐き捨てるのは桃使いファケル。
顔を手で覆いカマトトぶるのはユウユウだ。
いずれにしても呆れてはいるが臆してなどいない。
「あっはぁ! 男はズタズタに、女はぐちゃぐちゃにしてあげるっ!」
戦闘が始まった。
数にしてみればレジスタンス側が圧倒的に優位。
しかし、プリエナは即座に精霊戦隊に別件を要請する。
「ユウユウちゃん、そこに向かってくれるかな?」
「あら、脳内映像? くすくす、よくってよ」
「他の精霊戦隊は中庭に。あ、そこのぼくは残ってほしいかな」
「えっ? お、俺っ!?」
プリエナが指名したのは、桃使い見習いというにもおこがましいレギガンダー少年だった。
「そこの目つきが悪いお兄さんたちは、この部屋に繋がる通路で暴れていてほしいなぁ」
「あ? なんで俺たちが、おまえの言う事を聞かなきゃならねぇんだ?」
「お・ね・が・い」
ウィンクをルオウに示す、と彼はバリバリと頭を掻いてため息を吐いた。
「ちっ……今回だけだぞ」
「ありがと~」
だがルオウは感じ取った。
おどけた狸獣人の瞳の奥底にある途方もない怒気を。
どうしようもなく怒り狂っているというのに、それを抑え込める精神はルオウであっても寒気を覚える。
「(いったい、この女はなんなんだ?)」
決して口には出さないが、ルオウはプリエナを【人の形をした何か】、と捉えていた。
それは、ある意味で正しいだろう。
チーム・ルバールが淫鬼を牽制している間に、精霊戦隊は移動を開始。
ユウユウとDチームだけが別行動に移る。
そんな彼らを不安そうに見送るレギガンダーは、気持ちを切り替え戦士としての顔を見せた。
「ほぅ、幼くとも桃使いである自覚はある、か」
「おじさん、こう見えても修羅場を何度か乗り越えているんだ。未熟だけど、それなりには戦って見せる」
レギガンダーの怖気づかない様子に、ルバールは遠い昔の記憶を呼び覚ました。
「(彼の方も、こんな感じだったな。桃使いは幼くとも桃使い、か)」
ならば、と彼は手にした銃に力を込めて解き放つ。
通常、銃は設定以上の能力を発揮することは無い。
しかし、チーム・ルバールの所持する銃はその限りではなかった。
何故なら、彼らが手にする銃は、銃であって銃ではないからだ。
「ベック、ジャーリー、狙い撃て」
「「了解」」
ベック、ジャーリーと呼ばれた黒服たちが後方へと下がる。
片膝を突き銃を構える、とその銃が胎動し、瞬く間に狙撃銃へと変化した。
これは魔法などを用いた変化ではない。
どちらかというと蛹が羽化するといったものに近いのだ。
この銃の正体は、彼らの身体の一部。
切り離し可能な肉体ということだ。
したがって、銃に触れている間はいかような姿にも変更可能。
狙撃銃、散弾銃、グレネードランチャー、中には地雷に変化させる者もいる。
闘神の呼び名は伊達ではない。
その肉体全てが武器であるのだ。
しかして、彼らですら勝てない者が、彼らの長。
黄金の錫杖を構える狸の女神は優雅な足取りで前へと進み出る。
「狸のお姉さんっ!? 危ないよっ!」
「いいんだよ、坊や。俺たちは別の仕事がある」
「で、でもっ」
ルバールがレギガンダーの肩を掴み制止する。
そんな中で、淫鬼とプリエナとの一騎打ちが始まらんとしていた。
だが、淫鬼が馬鹿正直に一騎打ちするはずもなく。
「さぁ、俺たちは露払いだ」
肉床から一部だけ原形をとどめている男女の死体が生え出してきた。
この一部だけというのが嫌らしく、その整った部分はより醜悪さを加速させるのだ。
そして、このおぞましい成れの果ての目標は当然、幸運の女神である。
「わかった!」
レギガンダーはガンテツが昔愛用していた小太刀を抜き構える。
気後れは無く、純粋に邪悪に対する怒りで満ち満ちている。
そんな彼から頼もしさを感じた黒服の男たちは、女神の一騎打ちを邪魔する無粋な連中の排除に取り掛かった。




