353食目 結界前の攻防
ハヤテのごとく森を突き進む。
あまりの速度に全ての景色が溶けているかのように映る。
でも、それはやがて慣れていって、普通に物を認識できるようになっていった。
はて、以前は勘だけで高速戦闘を行っていたはずなのに?
そんなことを感じながら首をかしげるのは、張り付いている背中がヒュリティアのものだからだろうか。
安心感が段違いなその場所は、俺に余裕というものを与えているに違いなかった。
でも、安心ばかりはしていられないものでして。
「来たぞっ」
いかにも鬼という風貌の人影。
つるっ禿げに一本の角、濁った黄色の眼球と開いた口には不揃いの牙。
枯れ木のような手足だが、腹だけは異様に膨らんでいる。
「……面倒臭いのが来たわね。餓鬼よ」
「地獄の亡者じゃない奴らかっ」
地獄にいる亡者はただ単に罪を犯した魂が罰を受けてなる姿であるが、こいつらは鬼が作り出した手駒だ。
明確な意思は無く、命令に従って動くだけの生物兵器。
しかし、最低限の鬼の能力を持つという厄介な存在であり、固有能力である【飢餓】は触れた者を飢えさせる効果がある。
つまり、俺なんかが触れられ続ける、と最悪、全てを喰らう者が暴走する場合も。
「ヒュリティアっ、エルドティーネに触れさせるなよっ!」
「……言われなくっても」
ライオットさんが左腕一本でザインちゃんを抱きかかえる。
キュッとライオットさんの服を掴むザインちゃん可愛い。
じゃなくて、俺もしっかりヒュリティアの背中に張り付かなくては。
「数が多いな……面倒臭い事だ」
ガイリンクードさんの銀色の拳銃が火を噴く。
すると、そこから無数の弾丸が出鱈目な軌道を描きつつ餓鬼どもを次々と貫いていった。
黄金の銃からは強力な一撃が飛び出す。
直線でしか飛んで行かない弾丸はしかし、広い範囲を砕きながら飛行。
森の大木すら薙ぎ払いながら大穴を作り出した。
拳銃なのに威力があり過ぎじゃないですかねぇ。
「数が減っているとは思うな。俺は桃使いじゃない」
「おっと、俺が頑張らないといけないのかぁ」
とんでもない威力だが、これでは鬼を退治できないのは説明したとおりであり。
俺は直ちに粉々になった餓鬼どもに桃力を送り込む、と抵抗なく餓鬼どもは消滅し始めた。
なるほど、魂無き鬼は直ぐに消滅して無に還るのか。
「輪廻にも還らないタイプっぽい」
「……すぐに補給して。あなたの桃力は大容量じゃなくて、即時回復が売りなんだから」
「了解なんだぜっ」
ヒュリティアに指摘された俺はフリースペースより、ホットドッグを取り出しむしゃむしゃ。
シンプルなそれは美味しい上に食べカスが零れないというパーフェクトな料理だ。
そして、首にストロー付きの水筒を掛けて水分補給も容易にする完璧な布陣。
どっからでも掛かって来いやぁ!
でも、本当に来るのは勘弁な。
「上だっ!」
高い樹から降ってくる餓鬼の群れ。
小柄で体重が軽い分、こういった森の中ではどこに潜んでいるか判別に苦労する。
樹の枝に身を潜ませていたのであろう、大量の餓鬼が降ってきた。
流石にここでファイアーボールは拙いのでアイスボールで餓鬼どもを吹き飛ばしつつ氷漬けにする。
ふふ、桃力入りのアイスボールは痛かろう。
「……ナイス、エル」
「どういたまして」
「……いたしまして、ね」
「ふきゅん」
餓鬼をぶっ飛ばしながら森の奥へと進む。
するとやがて開けた場所へと出た。
ここでヒュリティアの黒い花飾りより精霊の賢者の実が生る。
「急いでください、ヒュリティアさん。結界の表層部分が既に破壊されています」
「……なんですって?」
「一番古い結界部分ですが、ここが一番強固だったんです。それを破壊できるとなると……」
「他も破壊できる、か?」
「えぇ、その通りです獅子の獣人」
どうやら事態は急を要するもよう。
無数の足跡は更に広がる無理の奥へ。
そこから来るのが、やはり大量の餓鬼ども。
結界破りに鬼が関わっているのは明白だ。
「突っ込むぞ!」
「おうっ! ヒュリティアも遅れるなっ!」
「……誰に言っているのよ」
ガイリンクードさんを先頭に突入。
餓鬼を薙ぎ払いつつ禁断の地へと踏み込んだ。
餓鬼では俺たちを倒すことはできない。
それはきっと、こいつらを送り込んでいる奴も理解しているのだろう。
餓鬼はあくまでも足止め。
「二つ目の結界が消滅しました。残りは一つ」
「ふきゅんっ、間に合うのかっ!?」
「間に合わせてください」
穏やかな百果実の声。
しかし、そうであっても焦りが多分に含まれているのは疑いようが無く。
努めて冷静に振舞っているのは、余計な心配を掛けさせないためであろう。
「ヒーちゃん、先行する」
「……エルっ!?」
「来れ、とんぺーっ!」
足元から純白の毛を持つ狼が飛び出して来た。
俺はその背中に飛び移る。
「ままうえっ!」
続けてザインちゃんも……飛び移れないので、とんぺーが彼女を口で咥えて背中に放り投げました。
「突撃っ」
「あお~んっ!」
暴風を纏いながら一直線に駆けるとんぺーは、さながら白い砲弾。
餓鬼どもはそれを止めんと束になって押し寄せるも、それらは全てバラバラに引き裂かれた。
『おいぃ、ナイトの出番はまだですかねぇ?』
「ま~だ」
このタイミングで痺れを切らしたのであろう。
俺のうなじに引っ付いていた、玩具サイズにまで縮んだエルティナイトが文句を言ってきた。
おまえはあくまで切り札だし、戦機サイズの巨大ロボットが出てくるまではお預けなのだ。
一応は人間サイズで戦えるけど、無駄にエネルギーを消費するのは得策ではない。
サイズダウン時に激しい行動をとるとエネルギー消費が通常の2倍消費することが判明しているので、大人しくしていてちょうだいな。
「ももちかりゃ~」
とんぺーが粉砕した餓鬼たちはザインちゃんが浄化。
後から来るヒュリティアたちが困らないように処理しておく。
この程度ならザインちゃんでもこなせるもよう。
でも、マサガト公との併用はできないようで悩ましい。
あの人、悪霊だからね。仕方がないね。
「おんっ!」
「見えたっ! あいつらだっ!」
森の最奥と思わしき場所。
白い霧の前で何やらおこなっている大男の頭には鹿の角のような物が。
俺たちに気付いた取り巻きが、黒いローブを取り払い正体を現す。
彼らも鬼であったが餓鬼とは違う。
マッシブな肉体を持つ大男。
しかし、顔には大きな眼球が一つだけという異形の人型。
丁度、あの一つ目小僧を生物に落とし込んだかのような鬼だった。
『……エル、そのまま結界に突入して』
とここでヒュリティアから念話が。
俺の知識では黒エルフは魔法が使えないとあるが、それはヒュリティアには当てはまらない。
『なんだって? 入り口に戻されるだけなんじゃ?』
『……【あなたなら大丈夫】なのよ。とにかく、そのまま』
『なんだかよく分からないけど、分かったんだぜ』
襲い来る一つ目小僧どもを巧みに避けながら突っ込む。
この質量だと流石に風で吹き飛ばすのは難しいか。
「いかじゅちよっ!」
とんぺーの風に、ザインちゃんの雷を混ぜ込んで感電させる。
倒すまでは至らないが、足止めには十分。
問題は鹿男。
あれは話にあった聖王ルーラインで間違いなさそうだ。
俺たちの突撃の意図を読んだのであろう。
彼は俺たちに向かって構えを見せた。
右手を突き出し、左拳を腰に添えている。
徐々に腰を落としてゆく様子は弓の弦を絞っているかのようだ。
「滅せよ」
感情の籠っていない低い声。
それを聞いた瞬間、俺は迷うことなく多重魔法障壁を展開。
轟音と共にそれが破壊されてゆく。
何をぶっ放したかなど一目瞭然。ただの拳圧だ。
聖王ルーラインは拳から繰り出される圧で敵を粉砕できるのだ。
砕け散る無数の魔法障壁。
その破片に紛れるとんぺー。
しかし、鹿の聖王はそれを見逃すはずも無く。
「うぬっ!?」
だが、目が良いのが命取りだ。
こちらには切り札がある。
『バックステッポゥっ!』
あの攻防の瞬間、勝負は付いていた。
魔法障壁を撃ち貫けなかった、おまえの負けだ。
砕け散る魔法障壁の破片に紛れていたのは俺やとんぺーだけじゃない。
もう一人、存在していたのだから。
あの一瞬で、人間サイズにまで巨大化したエルティナイトの腕に抱きかかえられる俺とザインちゃんは、そのままナイトのバックステップで結界内へと侵入。
真っ白な霧の中へと身を投じたのであった。




