350食目 始まりの大樹
「始まりの大樹。それは大樹にして大樹であらぬ者。原初の命にして全ての命の母なる存在」
百果実の難しい言い回しが少し気になるが、俺たちは黙って彼の話を聞く事にした。
でも、あんまりにも難しい内容だったため、俺のブレインは簡単な内容に変換してしまいました。
百果実には済まないが……長ったらしい話はカットだ。
始まりの大樹はどうやら大樹と呼ばれているが、その正体は【クラゲ】であるらしい。
と言っても海で生活しているわけではなく、ぷかぷかと宙に浮かぶという非常識な存在だ。
このことから単に姿がクラゲに似ている、というだけなのだろう。
それなるクラゲは独力で異なる生命をぽこじゃか産み始めた。
それが第六精霊界を支える精霊達。
その精霊たちが働く職場、即ち自然から偶然にも生まれたのが目に見えないサイズの微生物。
海で生まれたそれは、海の栄養分を独り占めしながら成長。
やがて、細胞分裂しつつ数を増やしていった。
精霊たちは、くっそ暢気だし、知らない顔が増えても知らんぷいだ。
だからだろう、微生物は長い時を経て進化していった。
それが、やがて陸に上がってなんかんやして、人間に至ったという。
一方、始まりの大樹はというと、こちらも大概暢気で幾ら年月を重ねようともやることは変わっていないらしい。
精霊たちをポコポコ生み出しては星を豊かにしていった。
でも、始まりの大樹は突然、精霊たちを産まなくなった。
これは産むのを止めたのではなく、育つのを待った、ということらしい。
そうして育てた精霊を生み出すのだが、どうやらそれが精霊王だったようで。
精霊王が誕生した頃、世界は精霊で溢れ返っており、秩序の無い秩序が保たれていた。
それは決して他者に危害を加えない混沌であったようで、海の中に火が灯っていたり、風が固体化していたり、樹木がコサックダンスを踊っていたりしたらしい。
それらをルール化し、俺たちが良く知る常識に整えたのが精霊王とのこと。
百果実は精霊王によって産み落とされた、と語った。
つまり、彼は原初の大樹が親ではない。
原初の命だが、精霊王を産み落とすため以外にも一時、精霊たちを産み落とすのを辞めていた時期があった。
それが、憎怨襲来時。
その頃はまだ人類はウホウホ言っていた時代であり、精霊と共にまったりと暮らしていた時代に、それなる災厄はやってきたという。
憎怨は人間、精霊、分け隔てなく喰らっていった。
これに対し、人間と精霊は力を合わせて抵抗するが、極陰の力を持つ憎怨に敵うはずもなく、次々と惨たらしく殺されていったという。
実はこの頃、弱肉強食の掟は存在しておらず、その全ては始まりの大樹が供給していたらしい。
だからこそ、競争力が弱く、強い個体が発生していなかった。
唯一、精霊王だけが戦う力を有していたようで、精霊たちの力を結集し、一人の巨人を生み出し憎怨に抵抗したようだ。
「私たちは、それなる巨人を【漆黒の巨人】と呼びました」
「漆黒の巨人?」
「全ての精霊たちの色を混ぜ合わせて生まれた意志を持たぬ精霊。敵を討つためだけに存在する哀れな彼は精霊王に操られ、全てを喰らう女神に戦いを挑みました。ですが……」
「……ですが?」
「それが、全ての過ちの始まりでした」
百果実は精霊王の決定に断固反対したらしい。
その漆黒の巨人計画は第六精霊界に災いをもたらす、と。
今はじっと耐え、全てを喰らう女神が飽きて去るのを待つべきだ、と。
しかし、精霊王は無残にも殺されゆく精霊たちと人間を見捨てることができなかった。
完成した漆黒の巨人はありとあらゆる精霊の力を行使できる戦闘兵器。
いわゆる、戦機の原型ともいえる存在だったようだ。
ただし、その無茶苦茶さは戦機と言えるものではない。
世界を焼き尽くす炎の剣を携え、全てを押し返す重力の盾を構え、あらゆる衝撃を受け止めたちまちの内に再生する水の鎧を身に着けた漆黒の巨人は、台風のマントをなびかせながら憎怨に戦いを挑んだ。
でも、鬼の知識が無かった悲劇が待っていたのだ。
鬼に対抗する場合、必要不可欠なのは極陽の力。
確かに強力な力を以ってすれば、肉体を破壊し一時的に行動不可能にすることはできるだろう。
でも、それはあくまで一時的。
殺しても鬼は蘇る。
鬼は退治して、輪廻の輪に送ってやらない限り、何度でも蘇る。
そして、蘇る度に強くなってゆく、という最悪の能力を持っていた。
「この戦いで多くの命が失われました。それが全てを喰らう女神によってではなく、精霊王の手によるもの、というのは皮肉以外の何ものでもありません」
ため息交じりに語る精霊の賢者。
彼が言うには、ジッと耐えればこれによって生じた被害よりも遥かにマシな状況だった、とのことだ。
「……」
と、ここでヒュリティアがピコンと耳を立てた。イアーサインだ。
これに対し、俺も、ぴょこっと耳を立てる。
了解との合図である。
「戦いは七日七晩続き、全てを喰らう女神を破壊、封印し精霊王の勝利で終わりました」
「よく封印できたなぁ」
「媒体には漆黒の巨人を用いたのです」
強力な力を持つ漆黒の巨人を生贄にし、全てを喰らう女神は封印された。
でも、その封印によって精霊王は粉々に砕け散ったという。
その後を受け継いだのが百果実ではなくアースラ。
しかし、アースラの顛末は俺たちの知るところであり、百果実の語るところとは矛盾が生じる。
「精霊王は砕けただけで滅んではいません」
「なんだって?」
「エリンさんに宿っている精霊王も、その欠片の一つ。今も完全復活を望んでいるのですよ、あの人は」
自分の生みの親を【あの人】と呼ぶか。
語気を荒めることこそしなかったものの、百果実は精霊王をよく思っていない事が分かる一幕であった。
「……バラバラになった精霊王は性格が異なるのかしら?」
「えぇ、それぞれの感情や心、想いとなって世界に飛び散りました」
「……じゃあ、それに宿られた者は、精霊王の欠片の影響を?」
「否定できません。中には抵抗する者もいるでしょうが……」
それでは、エリンちゃんに宿っている精霊王は穏やかな個体という事なのだろうか。
それとも、エリンちゃんの心が強靭過ぎるのであろうか。
「エリンちゃんの精霊王は?」
「彼女に宿る精霊王は……彼女こそが私の精霊王です」
「……そう思いたいのね」
「分かっています。彼女が私の理想であることは」
どうやら、エリンちゃんには穏やかな部分の精霊王の欠片が宿っていたようで。
でも、ヒュリティアはそれが引っ掛かっているようでして。
ぴこぴこ、と小刻みに耳を動かしては俺に情報を送ってくる。
普段、無表情な彼女は耳で感情を表現することが多いので、おかしな行動とは思われにくいであろう。
ぶっちゃけ俺も、感情を耳で表現するので、俺も疑われることは無いだろう。
「……まぁ、精霊王の事情は分かったわ。始まりの大樹の話に戻ってちょうだい」
「あぁ、済みません。少し私事になってしまいましたね」
百果実は始まりの大樹の話に戻した。
といっても精霊王の経緯が無くては話が繋がらなかったもよう。
始まりの大樹は全てを喰らう女神が封印された後、一時的に体調不良に陥ったらしい。
上手く命を産むことができず、身体が黒ずんでいったそうだ。
俺が思うに、陰の力に蝕まれたのであろう。
それでも始まりの大樹は命を産み落とした。
でもそれは、精霊でもなんでもない、黒ずんだ歪な何かだったらしい。
それはすぐさま、生まれたての精霊たちを貪り喰らった。
やがて、それは大きくなり対象を人間へと移してゆく。
「始まりの大樹が鬼を産んだのか」
「恐らくは。それなる存在は【堕とし子】と呼ばれ、多くの被害を産んだ後に、人間たちの手によって殺されました」
そこからです、と精霊の賢者は言う。
この頃を境に、始まりの大樹は精霊と人間たちに、エネルギーを供給できなくなったらしい。
精霊たちは自力でのエネルギー生産に切り替えたが、人間たちはそうもいかず。
遂には共食いを始めたらしい。
「まるで、人間全てが堕とし子になったかのような光景でした」
ここから弱肉強食が発生した、と彼は語る。
はて? 動物とかはいなかったのであろうか。
お魚は? 鳥は? 鹿やら羊とかはいなかったのか?
「ふふ、もちろん居ましたよ」
「ふきゅんっ、人の心を読むとか、おまえ忍者だろ?」
「いいえ、賢者です」
ぷひぷひ、と遺憾の意を示す俺に、百果実の声は笑っているように感じた。
「人間の餌になるであろう動物たちは存在していました。ですが、彼らは見向きもしなかったのです」
「……堕とし子とやらに染められてしまった個体かしら?」
「恐らくは。今はもう確認することもできませんが、その因子は今も人間から取り除く事ができません」
「……だから、獣人を作った?」
「おやおや、お見通しですか。ですが、それも失敗に終わりましたよ。やはり、彼女のようにはゆきません」
どうやら、この世界の獣人たちは百果実が作り出したらしい。
でも、それらも狂った人間と同じ結末を辿ったという。
「現在、人間、獣人共に堕とし子の欲求を抑えているのは始まりの大樹です」
「待った。もしかしなくても、始まりの大樹が何かの原因で活動停止したら……」
「えぇ、人間同士による喰らい合いが発生するのは間違いないかと」
そうなったら、えらいこっちゃじゃないか。
なんとしても、始まりの大樹を護る必要がある。
いや、だからこその結界なのか?
「……始まりの大樹の結界は、あなたね?」
「もちろんです。事の重大さはお分かりいただけたかと」
「その結界は今も大丈夫なのかぁ?」
「残念ながら、古いものでして。そろそろ新しいものに更新したかったのです」
うん、嫌な予感がウルトラMAX!
「……結局、始まりの大樹の誕生の経緯とかは分からない、でいいのかしら?」
「いやはや、申し訳ない。彼女も語ってくれないのですよ」
どうやら、百果実でも知り得ない事らしい。
「でも、やることは単純明快だな」
「……えぇ、始まりの大樹の保護ね」
こうして、第六精霊界の事情を確認できた俺たちは、次なる目標を明確にする。
色々と謎は残るものの、人同士の共食いはなんとしても阻止せねばなるまい。
そう硬く決意し、俺たちは眠りに就いたのであった。




