34食目 桃力
「……まず、エルの記憶がどこまで戻ったのか、を把握しましょう」
「お、おう」
ヒュリティアがポシェットから小さな携帯端末を取り出した。
それは、いわゆるスマートフォンのようなものであり、機能も同様のものを備えていた。
「おいぃ、ヒーちゃん。それは?」
「……【ハンドPC】。中古を改良したの」
「お値段は?」
「……たったの三百万ゴドル」
「ふぁっきゅん」
既に金銭感覚がマヒしている彼女をどうにかしてほしい。
このままでは借金が天元突破して太陽系をも超える大きさに膨れ上がっちまう。
「あぁ、うちで弄っていたヤツを完成させたんだね?」
「……うん、いろいろと便利な機能を加えたわ」
「処理速度は?」
「……五倍。その代わり光素を沢山使うけどね」
ヤーダン主任が興味深そうにハンドPCなる携帯端末を観察した。
ヒュリティアは視線を気にも留めずに細い指で画面をタッチしてゆく。
「……これでいいわ。じゃあ、始めましょう」
ハンドPCを弄っていたヒュリティアが顔を上げる。
会議は質問形式で行われた。
ぶっちゃけ尋問に近いものがあるが、致し方が無いというものだ。
「……そうね、エルは私との初めての出会いを覚えていて?」
「おう、俺が人手を求めて、ヒーラー協会から抜け出したところでばったり遭遇したんだ」
「……そうね、それが全ての始まり」
懐かしい記憶を呼び覚ます。
彼女との出会いは、俺がなんやかんやでラングステン王国の聖女兼ヒーラーとして活動し始めた頃の事。
当時、ラングステン王国は魔族軍との戦争下にあって負傷者が絶えない状況にあった。
俺は超一流のヒーラーであったからして、阿保みたいに患者を抱えていたわけだが、流石に捌き切れないとあって外部に救援を求めた。
その際に出会ったのがヒュリティアというわけだ。
「……次に【クラスメイト達】のことは思い出せる?」
「あぁ、思い出せる」
「……じゃあ……」
ヒュリティアに次々と質問されてゆく。
しかし、ここで問題に差し当たった。
「……【全てを喰らう者】については?」
「おん? なんだぁ、それは?」
このワードに心当たりがない。
しかし、ヒュリティアは知っているようだ。
「……なるほど。分かったわ」
「いや、俺は分からないんですが?」
「……いいの。次は桃力について」
むむ、遂にその話題に触れてきたか。
「ちょっといいかな?」
「……何かしら、ヤーダン主任」
これまで沈黙を保ってきたヤーダン主任が挙手をして会話に入り込んできた。
「ここまでで、聞いたことがない単語がいくつか出てきた。ラングステン王国などという国は聞いたこともない」
この質問に対してヒュリティアは迷うことなく告げる。
「……そうよ、この世界にある国ではないわ」
「本当にきみたちは異世界から来た、というわけかい?」
「……えぇ、初めに会った時にも告げたわね」
「分かった、それともう一つ。【全てを喰らうもの】だ。実はその名前に心当たりがある」
ヤーダン主任の言葉にヒュリティアが、ピクリ、と僅かに眉を上げる。
「……詳しく」
「うん、僕が聞いた話は【全てを喰らう女神】という伝承だ」
彼は幼き頃にとある部族の青年より聞かされた伝承が頭から離れず、いまだに記憶にとどめているそうだ。
その内容というものが、超絶美女が天よりやってきて、この世の全てを貪り尽くす、といったものらしい。
その女神には、ありとあらゆる攻撃が通じず人々はただ滅びを待つのみであった。
しかし、人々の祈りを聞き届けた【精霊王】なる存在が、己の全てを掛けて女神を封じ込め世界は滅びより免れた、とされる伝承だ。
いわゆる英雄伝説を謳ったものであることは間違いないだろう。
これを耳にしたヒュリティアは、あからさまに動揺していた。
「おいぃ、どうした、ヒーちゃん」
「……なんでもないわ」
「なんでもない、ってことはないだるるぉ? 青褪めてるじゃねぇか」
「……そういう年頃なの」
あくまで、それを通す彼女。
こうなってしまっては、暖簾に腕押しとなってしまうため、これ以上の追及を避ける。
答えたくない理由、あるいはまだその時ではない、と判断したのであろう。
「……ヤーダン主任、他には?」
「そうだね、魔法というものにも興味がある」
「そうね、実際に目撃すればいいわ」
そう言うと、ヒュリティアはナイフを取り出し自身の腕に切り付けた。
当然、赤い血が流れだしてくる。
「……治して」
「ばかやろう、女の子がそういう事をするんじゃありません。ヤーダン主任を切りなさい」
「……これは、うっかり」
「うん、何気に酷いやり取りを見たよ。僕は泣いていいかな?」
このやり取りを、エリンちゃんはカルボナーラをもごもごさせながら見守っていた。
流石はエリンちゃんだ。なんともないぜ。
「取り敢えず【ヒール】」
俺の小さな手がほんのりと輝き、治癒の精霊たるチユーズが緊急出動する。
『ひゃっはー』『しんせんな』『かんじゃだ』『いやせ』『いやせっ』
こんな感じで俺の中から飛び出してくる彼女らは、手に大工道具を持ってヒュリティアの患部に殺到した。
そして、明らかに治療音ではない音を撒き散らした後に患部から離れてゆく。
そこには、傷ひとつ残っていないヒュリティアの腕があった。
タオルで血液を拭う、と元通りになった褐色の肌が姿を現す。
流石のヤーダン主任とエリンちゃんも、これには目をまん丸にさせて驚いた。
「こ、これが……魔法……!」
「凄い、エルティナちゃんって魔法使いだったんだねぇ?」
久しぶりに治癒魔法を行使して謎の感動を覚える。
本来は使わないのがそれ一番な魔法だったりするのだが……まぁええわ。
「超久しぶりだったけど、きちんと発動してよかったんだぜ」
「……そうね、治癒魔法が使えなかったら、ただのエルだものね」
「ふきゅん」
辛辣なヒュリティアさんに、俺はただ鳴くことを強いられた。
「他にも聞きたいことはあるけど、それはこれから話してくれるんだろう?」
「……エルがね」
「マジで震えてきやがった」
ヤーダン主任が飢えた野獣の眼差しを送ってきた。
これは根掘り葉掘り聞かれるパターンだ。
「……こほん、それじゃあ桃力に対する質問ね」
「おうマカセロー」
そんなわけで、【桃力】について記憶が蘇った範囲で説明する。
桃力とは極陽の精神を持つ戦士【桃使い】のみが扱える不思議パワーだ。
陽の精神とは、愛や希望、相手を思いやる気遣い、命を敬う心といったものであり、それが極端に高い者が習得するエネルギーである。
桃力はありとあらゆるエネルギーに変換できる性質を持っており、また桃力そのものを物質化することも可能というチート性能を持っている。
その半面で扱いが非常に難しい。
私利私欲のために使用し、それが【悪】である、と桃力に判断された場合、桃力とは対極の位置に存在する【鬼力】となって使用者を蝕む。
「こんなところかな?」
「……うん、大体合っているわ」
ヒュリティアは俺の説明に一定の評価を下した。
可もなく不可もない、といった評価であったが寧ろ、それでいい、とも捉えられる返事だ。
「待った。なんだい、その反則能力は?」
「そうだよ、もぐもぐ。あらゆるエネルギーに変換できるって、むしゃむしゃ」
ヤーダン主任とエリンちゃんが桃力のチート性能に噛みついてきた。
でも、エリンちゃんはカルボナーラを食べ終わってから質問してどうぞ。
「ありとあらゆる、ってことはナイトランクの者たちが用いる【ゴッズパワー】も使えるってことかい?」
「うん? なんだぁ、その【ごっついぱわー】ってのは?」
「いや、ゴッズパワーね。神より授けられた力って意味の生命エネルギーの事だよ」
「光素とは違うのか?」
「う~ん、似て異なる力、ってところかな」
食後のコーヒーが運ばれてきた。
俺たちはお子ちゃまとあって、リンゴジュースが運ばれてくる。
尚、エリンちゃんはまだカルボナーラを食っていた。
食うの遅過ぎぃっ!




