33食目 桃使い
◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆
業火に飲み込まれたエルティナイト。
私はその一部始終をルナティックのコクピットで見届けていた。
だが、はたと我に返り、慌ててエルティナに安否を呼び掛けた。
「……エル! 大丈夫っ!? 返事をしてっ!」
返事が返ってこない。まさか、という不安が過る。
だが、その不安は業火からゆっくりと出てきた漆黒の騎士の姿で晴らされた。
「……エルティナイト……なの?」
その姿はエルティナイトとは掛け離れた姿であった。
まるで、それは破壊と死をもたらす悪魔のような姿であったからだ。
しかして、その手には希望を紡ぐ桃色の輝きを湛える刃。
希望と絶望を内包する存在が、私にエルティナの無事を確信させる。
『あ、これか! ようやく繋がったんだぜ』
そして、この暢気な声である。
「……大丈夫? 怪我はしていない?」
『怪我なんて治癒魔法で一発だから死ななきゃ安いんだぜ』
「……そう、そうよね」
心から安堵した私は少し声が震えていたことに気付き、思わず赤面する。
エルティナも気が緩んだのであろう、漆黒の騎士に変化が起こった。
漆黒の騎士を形作っていた黒き鎧が崩壊してゆく。
それはエルティナイトが手にしていた実体無き剣へ集結し、元のエリン剣の姿を模ったのである。
「……え?」
それだけでも驚きだというのに、変化はそれだけではなかったのだ。
今まで他の戦機同様の無機質なエルティナイトの顔に、人間のような顔が出来上がっていたのだ。
それは、男性的とも女性的ともとれる顔の作りをしていた。
そして、決定的なのはエルティナイトが巨大化しているという事だ。
一般的な戦機は大体十メートル程度であるが、今のエルティナイトは明らかにその二倍以上はある。
また、エリン剣もそれに合わせて巨大化しているようだ。
この現象の原因に、私は直ぐに思い当たる。
エルティナが秘める神秘の力、それが原因だ。
また、無意識的に発動したのであろうか。
だが、先ほどの叫び、【桃戦技】の言葉からして、その可能性は低い。
「……エル、思い出したの?【桃力】のことを」
『うん、思い出した。俺の大切な力、大切な友人たちの事も』
エルティナイトは翼竜から射出され遠ざかっていった存在を見るかのように空を見つめた。
『極陽の力……桃力。この力は極陰の力【鬼力】に唯一対抗できる力。俺が、この世界に飛ばされてきた理由が分かったよ』
「……機獣に陰の力を感じたの?」
『ちょっぴりな。多分、あの程度なら桃力を持っていなくてもやっつけれる。でも、親玉はあれの比じゃない。きっと、桃力が必要になるはずだ』
エルティナの声には力強さと、少しばかりの悲しみが籠っていた。
その理由が私にはよく分かる。
『ヒーちゃん、俺は極陰の存在【鬼】を退治する極陽の戦士【桃使い】だからよ』
「……うん、知ってる」
『そっか。あ、でも、ナイトになるのは諦めてないからっ!』
「……それも知ってる」
『そっか』
そして、私たちは笑い合った。
記憶を取り戻しても、彼女は彼女なのだ。
そう思ったら、張り詰めていた緊張が解れてしまった。
そして思う。
この子こそ、私のエルティナなのだ、と。
『やることは決まった。この世界の鬼を退治して、ナイトにもなって、元の世界に戻る』
「……そうね」
残念ながら、最後の願いが叶うことはないだろう。
そして、いつか知るはずだ。
ここが、私たちの世界なのだ、と。
新たなる道を歩き出した、私たちの居るべき世界なのだ、と。
◆◆◆ 深緑の悪魔 ◆◆◆
バカな、あり得ん。
脱出ポッドのなかで、私はその言葉だけを繰り返した。
あってはならぬ結末に身体が震える。
いまだ経験したことのない莫大な力の奔流を思い出して背筋が凍り付く。
明らかに人間の力ではなかった。
そして、アレは人間が作り出したガラクタではなかった。
未知の存在、この世にあってはならぬ禁忌のからくり人形。
まるで太陽を思わせる輝きに、私はただただ怯えることしかできなかった。
それは屈辱、かつてないほどの侮辱ともいえた。
煮えたぎる怒りを糧になんとか平静を取り戻す。
まずは報告だ。あの方にありのまま起こったことを報告せねばなるまい。
この機械人は、侵攻のための貴重なデバイス。
そう簡単に損失するわけにはいかない。
本国から、ここに送り出すには、大量のエネルギーが必要になるのだ。
それは、我らの一年分の給与をもってしても賄えないだろう。
借りに失えば、その代償として今の地位、身分の保証も露と消えてしまう。
そうなれば、この私もただでは済まない。
遠ざかる戦場に眼差しを送る。
にっくき敵……確か、そう……精霊戦機エルティナイト。
「その名、絶対に忘れん! この【K・ノイン】が抹消してくれる!」
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
エルティナイトから降ろされた俺は、変わり果てた機体の姿にビックリ仰天。
それは紛れもなく鋼鉄の巨人。
目鼻口が備わった顔に、中性的な体つきをしたエルティナイトを目撃した俺は、速やかに口を三角にして耳をピコピコさせる。
いったい何がどうなったら、こうなるんですかねぇ?
「……エル、身体に異常は?」
「う~ん、なんかこう、心臓の辺りがくそ熱い」
そう告げる、とヒュリティアは服の中に手を入れて熱を測り出した。
彼女のひんやりとした手が心地よい。
「……うん、まだ大丈夫。取り敢えずは休みましょうか」
「そうだな。いろいろと整理したいんだぜ」
そして、色々と説明もしないといけないだろう。
慌てて駆け付けてくるエリンちゃんとヤーダン主任の姿を見て、俺は質問責めを覚悟したのであった。
場所は移り空港内のパスタ店。
機獣の襲撃もあってか客が少なく、直ぐに注文した料理が運ばれてきた。
というか、襲撃があっても逃げ出さないパスタ店従業員の胆力よ。
「ほぅ、これが絶品カルボナーラか」
白い皿に映えるクリーム色のソース。
パセリの緑が良いアクセントになって美しい。
その緑の下には粗挽き胡椒の黒。
具は厚切りベーコンがゴロゴロとちりばめられている。
だが、なんと言っても中央の卵黄がひと際目を引く。
これを崩してパスタに塗せというのだろう。
ソースにも卵黄を使っているのに、追い卵黄とは粋な計らいをしてくれるものだ。
「いただきま~す」
何かを語る前に腹ごしらえ。当たり前だなぁ?
まずは、パスタからパックんちょ。
フォークで、くるくる麺を巻き取ってお上品に食べる。
これは俺のこだわりだから、ヤーダン主任みたいに、ぞぼぼっ、と豪快に行くのもありだ。
麺を噛み締める。
適度な歯応えが歯を押し返した後に、ぷつり、と麺が千切れる。
この歯応えは正しくアルデンテ。
フライパンでソースと合わせる際に、最高の状態になるように調整されたであろう麺の硬さは俺に興奮を覚えさせる。
鍋から引き上げた時点でアルデンテではいけない、ソースと絡め完成した時点でアルデンテでなくてはならないのだ。
この心配りは何よりの調味料となる、と断言しよう。
「うん、やっぱり濃い味付けになってるな」
全体的に味付けは濃いめ。塩加減も強めにおこなっているようだ。
濃い味付けが好きな者は、卵黄を崩さずに食べてしまってもいいだろう。
しかし、このカルボナーラが真価を発揮するのは、やはり卵黄を崩し、その身を黄金の衣で飾り立てた時に違いない。
「フォーク、おぉん!」
野獣の咆哮のごとき声を上げて、パスタ中央の卵黄にフォークを突き立てる。
卵黄は鮮度抜群であり、フォークを若干押し返した後にとろりと黄金の液体を溢れさせた。
溶岩のごとく広がる黄金の衣に、俺は「ふっきゅんふっきゅん」と鳴くより他にない。
だが、絶頂に達するにはまだ早い。
俺はまだ、この最高のパスタを口に運んでいないのだから。
「これが絶品というものか」
フォークで絡め取った麺を持ち上げる。
それは正しく食べることのできる黄金であった。
「はぁむ」
口に運び、二度、三度咀嚼する。
だが、それ以上噛み締めることができない。
正しくは、噛み締める前に飲み込んでしまうのだ。
料理には美味しさの時間制限がある。
それを知っているばかりに、俺は麺を口に運ぶ速度が加速度的に向上してゆく。
気が付けばカルボナーラは姿を消し、俺の胃の中に納まってしまった後であった。
「ごちそうさまでしたっ」
絶品といわれるだけのことはある。
少々お高い価格設定ではあったが、これだけの完成度であれば安い、とすら思ってしまう。
「わわっ食べるの早いよエルティナちゃん」
「エリンちゃんは大喰らいだけど、食べるのが遅いんだぜ」
既に彼女以外は食事を終えている。
ヒュリティアも【キーマカレーホットドック】なる物を完食していた。
ホットドックとキーマカレーをドッキングさせたものであり、ソーセージの上にたっぷりとキーマカレーを掛けたホットドックである。
これが彼女的に大当たりだったらしく、終始長い耳をピコピコさせながら食べ進めていた。
「……エリンちゃんは食べながらでもいいわ。まずはいろいろと整理しましょう」
ヒュリティアが音頭を取り、報告確認会が執り行われた。




