32食目 覚醒の時
俺は、エルティナイトにエリン剣を構えさせる。
それを目の当たりにした翼竜は、人を小馬鹿にしたかのような笑い声を上げた。
『なんだそれは? まさか、そのような棒切れで私に挑む気か?』
「きえあぁぁぁぁぁぁっ!? 喋ったぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
『そこに驚かないでほしいな』
深緑の悪魔は気を取り直して攻撃を仕掛けてくる。
阿保みたいに堅いエルティナイトはひとまず置いておき、ヒュリティアのルナティックから仕留める算段のもよう。
対するヒュリティアのルナティックは有効打がない状況だ。
狙撃銃での一撃が装甲を貫けないのでは、ただ回避するだけの的と化す。
しかも、現在は脚部をやられて自走不能というのだから大変だ。
なんとかしなければ全滅もあり得る状況に、俺はつるつるの脳みそを酷使しようとしたところで取りやめる。
考えても無駄だって言ったろうが。
「あの弓さえ使えれば何とかなるだろうが、ぶっ壊れてしまっていてどうにもならない。せめて、俺がまともな攻撃魔法を使えれば……」
また考えてるじゃないですかやだー。
とはいえ、仕方がない状況だから多少はね?
むむむ、だが、ナイトは決して無いもの強請りをしてはならない。
足りないなら知恵を絞ってなんとかするのがナイトというもの。
あ、そうか、空を飛べないのなら足場を作って跳躍すればいい。
そのヒントを俺は戦いの中で見出していたはずだ。
何よりも、エルティナイトがさっきから、早く早く、と急かしている。
それもそのはず、ヒュリティアを守るには、深緑の悪魔の撃破が最低条件となるのだから。
「よし、やるぞ! アイン君! エルティナイト!」
「あいあいあ~い!」
俺の気合を受け入れたアイン君が咆えた。
するとコクピットに異常発生。
どんどん操縦席が縮んできたではないか。
それはやがて、俺の体形にあったサイズで止まる。
「こ、これはぁっ!?」
どんどん姿を改めてゆくコクピットに俺は驚愕する。
やがて、その変化は鉄の精霊たるアイン君にも及んだ。
彼はその姿をヘルメットへと変化させ俺の頭へと装着された。
それを被った瞬間、俺はエルティナイトと正しく接続されたことを認識する。
「俺が、俺たちがっ! エルティナイトというんだなっ!? アイン君っ!」
「あいあ~ん!」
左右の操縦レバーは姿を消し、代わりに水晶玉が出現する。
その意図を組み、俺はしっかりと水晶玉を握り締めて、そこに魔力を流し込んだ。
瞬間、バキバキと音を立てるエルティナイトの装甲。
金属音を立てて地面に落下するパーツたち。
コンソールのスクリーンモニターの数値が異常値を示し、それらがどんどん書き換えられてゆく。
全ては俺の都合に合わせて変化していっていた。
鳴りやまぬ金属音は幼子が大人へと成長する過程を示すかのようで、むくむく、とエルティナイトが巨大化していることが分かる。
いや、成長では生ぬるい、それは進化だ。
俺と、アイン君と、エルティナイトが真に一つになったことにより、解放された力が奇跡を生み出したのだろう。
「行くぞっ! エルティナイトっ!」
『オォォォォォォォォォォォォォッ!』
エルティナイトが咆えた。
これも今までなかった現象だ。
『なっ!?』
異常な現象を起こしたエルティナイトに動揺する深緑の悪魔。
お構いなしに俺たちは行動に移る。
魔法障壁の足場を連続で作り出し、そこをエルティナイトに駆け上らせるのだ。
いまだかつてない速度で、天へと駆けのぼる鋼鉄の巨人。
その圧に耐えるべく、俺は自身にも魔法障壁を張り重圧に備える。
普通の人間ならぺちゃんこな圧に耐えた俺は、深緑の悪魔がエリン剣の攻撃範囲に収まったことを認識した。
「うおしゃあっ!」
『うぬぅっ!』
振り下ろしたエリン剣の一撃は深緑の悪魔の右肩に直撃。
バランスを崩す翼竜であったが、態勢を整えて尾の先にある銃口を向けてきた。
がしかし、吐き出される破壊光線を盾で受け止める。
戦機を一撃で破壊する光線を完全に防いだ盾はマーカスさんが改良を加えたものであり、光素系攻撃に強い加工を施されている。
つまり、この破壊光線は光素系兵器という事になるだろう。
『なんなのだっ! おまえはっ!』
「精霊戦機エルティナイトだっ! 覚えておけっ! ハゲタカ野郎っ!」
『このル・ワイバルを愚弄するかっ!』
ハゲタカもとい、ル・ワイバルは鋭いかぎ爪が備わっている脚部で直接攻撃を仕掛けてきた。
落下中のエルティナイトに魔法障壁の足場を作り着地。
その光景は、空中に着地する鋼鉄の巨人、という異様な景色を作り出した。
そこを足場にしてル・ワイバルの攻撃を盾でいなす。
『それが、戦機のやることかっ!』
「間違えるなっ! 精霊戦機だっ!」
いなされてバランスの崩れた翼竜の背に思いっきり蹴りを入れさせる。
ル・ワイバルは勢いのまま地上へと墜落。大きなクレーターを作り上げた。
それでも立ち上がれるのは脅威の何ものでもない。
動揺して正確な判断ができていない今を置いて、あいつを倒すチャンスはないと判断。
「アイン君! エルティナイト! 決めるぞっ!」
「あいあ~ん!」
『おぉっ!』
エルティナイトを魔法障壁の足場から跳躍させる。
狙うは立ち上がらんとしている翼竜、ル・ワイバル。
深緑の悪魔は立ち上がり、憎悪の眼差しを俺たちに向けてきた。
それは、度し難く真っ暗な炎を想起させる。
恨み、憎しみ、怒り、そして悲しみをことこと煮詰めたかのような炎だ。
『調子に乗るなっ! 人間っ!』
「残念! 俺は白エルフだっ!」
空中でエリン剣を振り上げる。
その際、エリン剣がエルティナイトと共鳴しているかのような音を奏でた。
『集結せよ、憎悪の力! 昏き闇に灯れ! 業火の黒炎!』
翼竜の咢が開き、そこに破壊の輝きが生れ出た。
それは黒い太陽のようにも思える。
やはり、そこからも攻撃できるようになっていたか。
だが、そんなことは最早、関係ない。
ただ、突っ込んで、斬る!
「唸れ、エリン剣っ!」
『殲滅熱波!』
一足早く深緑の悪魔の攻撃が発動する。
それは灼熱の暗黒吐息であった。
吐息の余波で翼竜の足元が融解、沸騰してゆく。
直撃すればエルティナイトは蒸発してしまうかもしれない。
しかし、このエルティナイトにはバックギアは付いていないのだ。
水晶を握る手に力が入る。俺の心に熱が籠る。
何よりも、奴の昏い心を感じ取って怒りが湧き上がってきた。
あの昏い心は、全ての命を蝕む力だ、決して許すわけにはいかない!
そう心で、否、魂で感じた瞬間、パリン、と何かが砕け散る音を聞いた。
俺から溢れ出す桃色の輝き、それは正しく昏い力を打ち払うもの。
それはやがて、コクピットを満たしただけでは飽き足らず、エルティナイトをも包み込んでしまう。
エルティナイトが桃色の輝きに満たされた時、エリン剣にも変化が生じた。
刀身が砕け、それがエルティナイトに纏わり付いていったのだ。
それらは一瞬にして形状を変え、黒き鎧を形どる。
エリン剣は砕けた刀身に成り代わり、桃色に輝く光の刃を発生させた。
そして、頭に浮かび上がる力ある文字、それを俺は詠唱する。
清らかに、勇ましく、邪を打ち払う力を与えたまえ、と祈りながら宣言する。
「昏き闇よ! 光と共に逝け! 桃戦技!【桃光剛破斬】っ!」
何故、この言葉が出たかは分からない。
しかし、この状況、この一撃に見合う言葉と力であることは疑いようがなかった。
桃色の刃が灼熱の吐息を切り裂く。爆発的な力は黒い吐息を飲み尽くすかの勢いだ。
そして、それは決して止まることがない。
『ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!』
最早ここまで、と悟ったのか、翼竜の背より何かが射出され遠ざかっていった。
そして、桃色の刃は深緑の悪魔へと達し、そのまま翼竜を真っ二つに両断する。
瞬間、大爆発が起きて、エルティナイトは業火に飲み込まれた。




