326食目 巨大桃先生を作り上げろ
ターウォに戻った俺とファケル兄貴は帝都で目撃したことを余さずゲアルク大臣たちに報告。
最早一刻の猶予もない事を冗談抜きで語る。
「そ、それは本当ですか? いや、信じないという事ではありませんが」
「マジなんだぜ。ファケル兄貴も確かに見てる」
「あぁ、あれはヤバいってレベルじゃねぇ。まず、今の俺たちじゃ息を吹きかけられても消し飛ぶレベルだと確信できる」
俺はともかく、ファケル兄貴の口添えは効果抜群だったようで、あのDチームですら苦虫を嚙み潰したような表情を見せている。
俺の知る彼らなら「んなもん知るか、ぶっ潰す」とか言って飛び出してゆくものだが、それが見られなかったのは、彼らとファケル兄貴の強さが均衡しているからだろうか。
「ファケル、その話、本当なんだろうな?」
「ルオウ、今回ばかりは冗談じゃねぇ。情けねぇ話だが……鳥肌が立っちまった」
「ちっ……青い隼にしちゃあ笑えねぇジョークだぜ」
ルオウは何かを迷っているようだ。きっと機獣の使用許可をエリシュオン軍に申請するかどうかを迷っているのだろう。
ターウォ防衛戦ではずっと戦機を使用していたと聞く。本来の力をまったく発揮できていなかったに違いない。
だが、その勝手の違う戦機ですら、他の戦機乗りが叶わないほどの腕前だというのだから脅威という他にないだろう。
「ルオウ、いざとなったら無許可でも使うしかねぇ」
「そうだぜ、迷うなんておめぇらしくもねぇ」
「てめぇら、俺をなんだと思ってやがる?」
迷いを見せていたルオウは、ズーイとモヴァエに掛かる迷惑を推し量っていたに違いない。
その迷いを見抜く二人は、決して上辺だけの付き合いではない事が確信できた。
「はん、後で吠え面描いても知らねぇぞ?」
「今までそんなことがあったかよ」
「んじゃ、哨戒に行ってくらぁ」
Dチームの面々は意外にも仕事を豆にこなすタイプらしい。
彼ら用に調整したアインラーズに乗り込み哨戒任務へと当たった。
「それで、これからいかがなされますか?」
「うん、羽化を遅らせるために桃大結界陣を張ろうと思う」
「それはいかなるもので?」
ゲアルク大臣は事が事なので、非常に事細かく問うてきた。
だから俺も可能な限り詳細に説明を行う。
俺たちの異常性を割とよく知るゲアルク大臣は、これらに頭から否定するという事はしない。
するとするなら、やってできなかったときであろうか。
「なるほど、分かりました。我々にできることは何かありますか?」
「うん、俺の桃力が回復するような美味しい料理を沢山作ってくれ。こっからは体力勝負になる」
「了解しました。直ちに事に当たらせましょう」
「ヒーちゃん、オカーメ隊にアストロイの食料を運ばせて。大仕事になる」
「……分かったわ。無理は……とは言えないわね」
こうして、俺は五日間、ほぼ徹夜で超ビッグ桃先生の製作に当たる。
やってみたことで分かった事実。
俺って実は、そんなに桃力の保有量が多くなかった事。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
「……エルっ、ハンバーガーよっ」
ぱくっ、むしゃむしゃ……おいちぃっ!
ただし、エネルギー源さえあれば回復が異常に早いとのこと。
枯渇し掛けた桃力は、皆の愛情が籠った美味しい料理にて即座に補填される。
「このシンプル過ぎる薄っぺらいハンバーガーっ! 奥が深いっ!」
「……ヤーダン主任が良く作る夜食らしいわ」
「ほほう、やるなぁ」
流石は徹夜の常連は格が違った。
こうして、一個目の超ビック桃先生は完成を見る。
アインリールがなんとか持ち運べる、というレベルの巨大さだ。
だが順調だったのは最初の一個だけ。
ここからが本当の地獄だったという事を嫌というほど思い知らされる。
一個目が半日で完成したというのに、二個目は丸一日を費やしてようやく完成に漕ぎ着けたからだ。
「……エル、集中っ」
「ぜぇぜぇ……こ、これが、桃大結界陣が幻と言われている理由かっ」
桃先生を作り上げるための集中力が続かない。
睡眠をとらない、ということはこういう事だったのだ。
もう瞼を開けていられないほどに疲れ果て、立つのもおぼつかない有様。
ここは一旦寝て、態勢を整えた方がいい、という誘惑にそそのかされる。
「ふっきゅん!」
しかし、ファイト一発。両頬を、ぺちっ、と叩いて覚醒を促した。
今は休んでいられない。一分一秒を争う事態なのだ。
寝るのは桃大結界陣を張ってからでもできる。
一日半を掛けてようやく三個目の桃先生を完成させる。
あと二つという現実は、俺に重く圧し掛かってきた。
しかし、泣き言などはいっていられない。
「エルティナ、俺も手伝うぜ」
「ファケル兄貴っ」
「桃仙術とやらはできねぇが、桃力くらいは生み出せる。ヒュリティアに放出の仕方を教わってきたんだ」
「助かるんだぜ」
ここでファケル兄貴が協力を申し出てくれた。
彼はぎこちないながらでも桃力を放出、ちょっぴり制作速度が向上した。
これにより心に余裕が生まれたのだろう、四つ目の桃先生は丸一日で完成に至った。
だが、最後の桃先生が最大の難関だったのだ。
この頃には俺もファケル兄貴もボロボロの状態。
桃力もお爺ちゃんのおしっこレベルの勢いだった。
「ぜぇぜぇ……も、桃力が出てこねぇ」
「くそっ、こんなにもきついのか」
桃力は陽の力であり魂の力でもあるという。
そうなるとファケル兄貴はもう危険領域だ。
「ファケル兄貴はもう休んでくれ。後は俺がなんとかする」
「馬鹿を言うな。俺だって桃使いなんだぞ……見習いだが」
五個目の桃先生はその片鱗すら見ることが叶わない。
最早ここまでなのだろうか。
その時、ひたひた、との足音。
靴を履いていないのであろうか。
でも、その気配には覚えがあって。
「ライオットさん?」
「そのままでいい。心を落ち着かせろ」
彼の姿は少年のものではなく、どういうわけか青年のものであったが、身に着けている道着が彼であることを教えてくれた。
というか獅子の耳と尾っぽで一目瞭然なんですがねっ。
たぶん、ヒュリティアみたいに子供と大人の姿を使い分けられるのだろう。
ということは、ここまで走って駆け付けてくれた、という事なのだろうか。
「用事の方は終ったの?」
「あぁ、問題無く……とは言えなかったがな」
「そっか」
取り敢えずは、ライオットさんに言われたように心を落ち着かせてみる。
でも意識が朦朧としている徹夜四日目。心を落ち着かせると即座に寝てしまいそうで怖い。
「エルドティーネ、おまえの力は、おまえの父親と同じ感じがする」
「俺のとーちゃんに?」
「あぁ、あいつの力もまた、想いを力に換えるものだった。だから、エルドティーネも我武者羅に桃力だけを使おうとはするな」
「で、でもっ」
「おまえは、おまえ。母は、母だ」
「俺は、俺……?」
いや言っていることは分かるのだが……いかんせん、今の俺を作っているのは母の記憶なわけで。
なので、どう足掻いても絶望な状況。これを俺は俺でどうにかできるか、と問われれば俺はこう答えるだろうな。
「にゃっぷるふっきゅん!」
「おまえは何を言っているんだ」
ほんと、何を言っているんですかねぇ?
疲労がピークに達する、ともう余裕がなくて何が飛び出してくるのかこれが分からない。
自分でも予想不能な何かが、すぐそこまで出かかっていて気持ち悪いのなんの。
「まぁ、寝たら寝たで叩き起こしてやるさ」
「永眠の間違いじゃないですかねぇ?」
そのごっつい拳を見せての不穏な発言に、俺は白目痙攣状態にならざるを得なかった。
「おまえ誰だ?」
「おっと、こっちは初顔だったか。俺はライオット。こいつの母親の幼馴染みたいなもんさ」
「へぇ……って、エルティナの母親っ!? 知ってんのかっ!」
「もちろんだとも。話すと色々と長くなるから、今は置いておくぞ」
ファケル兄貴はこれで目がしゃっきりポンとなったようだ。
クソザコナメクジだった桃力が蟻ん子程度には復活したもよう。
「まぁ、目を閉じておまえに寄せられる想いを感じてみろ。できるはずだ」
「ふきゅん、怖いけどやってみるんだぜ」
というわけで目を閉じてみる……ぐううぐうすやすやすぴ~。
べしっ。
「ぷきゅんっ!?」
「寝るな」
何かモフモフしたもので引っ叩かれました。
どうやら、それはライオットさんの尻尾の先端のもふもふ部分だったようで。
「もう一回」
「わ、分かったんだぜ」
今度は寝ないように頑張る。
すると暗闇の視界の中に、ぽつぽつと輝く蛍のような存在が、ふぅわり、ふぅわり、と漂っている事が理解できた。
果たして、これらが想いというものであろうか。
無意識の内に手を伸ばしていた。
でも、それは現実の俺の肉体が取った行動で。
「想いを形に」
「想いを?」
「おまえにならできる」
「気安く言ってくれるんだぜ」
暗闇に輝くそれにイメージの手を伸ばす。
そして、その手は蛍に触れることが叶った。
その手の平の上で羽を休める蛍から想いが流れ込んできた。
とても暖かで優しい気持ちにさせてくれるそれは【思いやりの心】。
疲れ切った心に活力が戻ってくる気がした。
すると、今度は想いの方から俺に向かって来て、次々と手の平に乗ってきた。
イメージだからであろうか、重さはまったく感じない。
感じるのはそれらからの暖かい想い。
「そうか、俺は独りだけど、独りじゃないんだ」
「そうだ、全てを喰らう者は独りだが、決して独りじゃない。そして、おまえは新たなる全てを喰らう者」
目を開ける、とライオットさんの手の平には膨大な想いの輝きが。
「俺は【繋ぐ者】。おまえに連なる者たちの想いをおまえに繋げる。さぁ、存分に喰らうがいい、【想いを喰らう者】よ」
俺は自然に合掌の構えを取っていた。
そして、全身全霊で感謝するのだ。
「いただきます」
――――と。
想いとの真・身魂融合。
これこそが、母ではなく俺なのだろう。
誰も犠牲になんてさせやしない、俺は俺の力と、皆の想いで、唯一無二の盾になって見せる。
「やっぱ、エルとエドの子なんだな」
「……来てたのね、ライ」
「あぁ、そろそろ本格的に行動しないといけなくなった」
「……そう」
ヒュリティアが追加の料理を運んできてくれたようだが、どうやら無駄足をさせてしまったもよう。
俺の目の前には、皆の想いの力で作り上げた最後の超ビッグ桃先生の姿が。
「で、出来たっ!」
「はぁ~、くっそ疲れたぁ!」
遂に桃先生を完成させた俺たちであったが、流石にこれ以上は無理であり、完成を見届けて意識を手放してしまったのであった。




