325食目 帝都偵察
風の精霊戦機ル・ファルカンに乗せてもらい帝都ザイーガを目指す。
途中で鬼もどきのと戦機たちの亡骸を見る。
相当に激しい戦いがあったようだ。
「沢山の戦機がやられたみたいだな」
「あぁ、一度、大反抗作戦を決行してな。それでコテンパンにやられちまったわけだ」
ファケル兄貴が言うには、その際にあの鬼もどきの親玉が出現し、理不尽な力を振るったみたいなのだ。
その際にファケル兄貴がそれに抗い、なんとか全滅は避けられたが、それでも戦力の大半を撃破されるという大敗北を喫したらしい。
その後はターウォに立てこもり、地方から戻ってきた帝都防衛隊を迎え入れつつ、次の反抗作戦を狙っていた、ということだ。
しかし、その鬼もどきの親玉が忽然と消失。
帝都に残っているのはアバスレン伯爵と鬼もどきのみ、という不可解な状態になった。
この情報をいち早く耳にしたゲアルク大臣は賭けに出る。
整わない戦力ではあったが、ファケル兄貴とDチームをメインに据えた少数精鋭部隊を結成し、帝都奪還作戦を決行。
果たしてそれは帝都のアバスレン伯爵を激闘の末に撃破し、帝都の鬼もどきどもを殲滅するに至る。
しかし……ゲアルク大臣たちが帝都に戻ることはなかった。
「誰も戻る気が無かった?」
「戻る気が無かった、というよりかは普通の連中じゃ帝都に近づけなかった。強烈な寒気と吐き気がするとかでな。帝都に突入できたのは頭のネジが外れた一部の戦機乗りと俺だけさ」
それは分かる気がしてきた。
帝都に近付くにつれて異常なほどの陰の力を感じる。
それは人の欲望が捻じれに捻じれた奇怪なもので、それを覆いこむかのようにねっとりとした憎悪が外側で荒れ狂っている。
こんなものに一般人が触れようものなら発狂、最悪はショック死してしまうだろう。
「そろそろ拙いな……桃仙術【桃結界陣】っ」
ル・ファルカンを桃結界陣で覆い尽くす。
柔らかな桃色の輝きが風の精霊戦機を醜悪な陰の力から保護する。
これで偵察程度なら問題はないだろう。
でも、これで薄々だが分かってしまった。
「こ、これはっ……!? おいおい、マジかよ」
「うん、アレは……この場から消失していたんじゃない」
鬼もどきを生み出す女神は帝都からいなくなっているわけではなかった。
彼女は【次の段階】へと移行していただけなのだ。
こうしてみると分かる。帝都へと流れ込んでゆく陰湿な力が。
それは世界中から集められている歪んだ感情たち。争いから発生する負の感情。
それらが帝都に向かって流れ込んでいる。
こんなものに触れれば寒気もするし吐き気も起こるであろう。
「エルティナ、突入するぞ」
「分かったんだぜ」
ファケル兄貴は帝都への侵入を決断。
内部で何が起こっているのかを見定める。
とある部分を境目に、明るかった世界は突然闇の世界へと変化する。
お日様は空にあるというのに真夜中のような奇妙な暗さであった。
それは破壊された帝都の町並みと合わさり、ますます不安を掻き立てる。
そこかしこに転がる庶民の生活の亡骸。
風化し掛けているぬいぐるみ。それを掴んでいる小さな白骨死体を確認。
心がキュッと締め付けられた。
しかし、悟ってしまう。
今の俺では、この穢れを払う事はできない、と。
「ここは、崩壊の日のままなんだろうな。全世界の滅びが、ここに集約されているかのようで吐き気がする」
「桃結界陣で保護してこれだもんな。これなしに突入した連中の神経を疑うんだぜ」
「ひっでぇな。俺もその一人なんだぜ」
「桃使いなんだから、耐性があって当たり前なんだよなぁ」
ファケル兄貴の説明によれば、Dチーム以外は帰還後に発狂したらしい。
以後は施設で治療をおこなっているが、回復は絶望的とのことだ。
「人の真なる暗黒面を見ちまったんだな」
「だろうな。まともな神経をしていなかったが故に、絶望しちまったんだろうさ」
「そう考えるとDチームのおっさんたちは何なんだろうなぁ」
「あいつらは単純だ。だから大丈夫なんだろ? 食う、寝る、喧嘩、な奴らだ」
「酷い理由を聞いたんだぜ」
でも、それくらい単純なのが案外、世界を救う者の資質なのかもしれない。
「はは……俺は目がイカれちまったのか? 帝都の奥にこんなもんがっ」
「いや、俺も同じものを見ているんだぜ……暗黒の繭だ」
それは言葉では言い尽くせないほどに負の感情の塊であった。
一定間隔で脈動しながら負の感情を全身で貪り喰らうおぞましき球体は、桃使いである俺たちですら直視することを躊躇わせる。
こんなものがこの世にあっていいはずも無く、これが羽化した場合、間違いようがなく第六精霊界は滅びを迎えるに違いない。
「冗談じゃねぇ、こんな化け物が羽化しちまった日にゃあ……っ!」
「アバスレン伯爵は、これを護るために帝都の入り口付近に待機してたんだろうな」
帝都の入り口付近には戦機の残骸があった。
でも、奥には一機も確認できなかったのだ。
これはアバスレン伯爵が戦いに負けて、勝負に勝ったことを意味している。
きっと、繭の初期段階ではファケル兄貴でも対処できたかもしれない。
でも、ここまで成長してしまうと桃使いの一人や二人ではどうにもできない。
それこそ、百人……いや千人単位で対応しないといけないだろう。
そんな人数の桃使いなんているわけも無く。
「どうするっ。このままじゃ世界が滅ぶのは時間の問題なんだぜっ」
「人の負の感情なんて無くなるわけもない。大きな戦争は終わったが、今尚、小さな戦争はこの世のどこかでおこなわれている。そこから生み出される悲しみを、こいつが集めて貪っているとしたら……」
ファケル兄貴の言うように、大国の戦争は終っても、小国同士の衝突は無くならないのが世の常。
そこに宗教が絡むと泥沼の争いになるわけで。
「俺たちにできることと言えば、その悲しみの感情を少しでも無くすことくらいしか……」
「無理だ」
即否定されました。
「俺たちの身体は一つしかないんだぞ? 今すぐ、世界中の争いを収めることなんてできやしない」
「でも、その無理をやらなきゃならない時が来ているんだっ」
「くそっ……だったら少しでも邪魔することはできねぇか? こいつの食事をよ」
あっ、その手があったか。
「ふきゅん、それなら【桃大結界陣】を用いれば少しくらいは」
「何だっていいさ。それはどうやるんだ?」
「今、桃先生に聞くっ!」
「知らねぇのかよっ」
存在自体は知っているけど、実際問題として桃大結界陣が使われたのは過去に数回程度という。
だから殆どの桃使いは名前だけ知っていて発動の仕方は知らないという、かなりのしょんぼり桃仙術である。
というか大半は桃結界陣で事済んじゃうからね、仕方ないね。
「え~っと、五芒星の先端に神桃の実を置いて、あとは桃結界陣の要領だって」
「なんだ、簡単じゃねぇか」
「それが簡単じゃないんだよなぁ。大都市一つ覆うんだから、神桃の実も超ビッグサイズ。加えて使用する桃力もアホみたいな量だから、発動までに最低……そうだなぁ五日は必要かも」
「五日ぁ!? どんだけ大掛かりなんだよっ!?」
「まず、くそデカ桃先生を作り上げるところからだもん」
しかもその間、邪魔が入られると折角の桃先生が台無しになるという。
ここら辺の使い難さが名前だけ知っているスゲー桃仙術に落ち着いている理由だろう。
「帝都の状況は分かった。一旦、ターウォに戻るぞ」
「うん、俺はすぐに超ビッグな桃先生を作り始めるんだぜ」
そろそろ桃結界陣も耐久力が怪しい。
ここは素直に引き返すべきであろう。
風の精霊戦ならば、数分も掛からない内に陰の力の領域から離脱できるだろうから。
遠ざかる帝都。そこは生命の感じられない廃都だった。
でも、俺たちはそこでこの世の終焉を見た。
「なんとかできるのか……俺たちは」
「なんとかするしかないんだよなぁ」
数少ない桃使い。
その殆どが見習いという絶望下で、俺たちは最悪の鬼と対峙しなくてはならない。
だが、それでも俺たちはやらなくてはならないのだ。
何故ならば、俺たちは鬼を退治する桃使いなのだから。




