317食目 絶望をもたらす兵士
◆◆◆ ルフベル ◆◆◆
突如としてキアンカは地獄と化した。
私としたことが迂闊であった。長い平穏な暮らしは私の感覚を鈍らせてしまったらしい。
外部に対しての備えは、それこそ慎重に慎重を重ねた。
しかし内部、それも身内の職員たちの動向にも目を光らせておくべきだった。
信頼を置いていた職員の一人が、独立の情報を本部へと流し金を受け取っていたのだ。
だが、その代償は高くついたようだ。
兵士を率いてここに乗り込み、妙に勝ち誇って私を処分する、といった矢先に私ごと撃たれて死んだのだ。
恐らくは口封じ。ぺらぺらと口の軽い男は信用するに値しないのだろう。
用が済んだとばかりに消されてしまった。
最後の恩返し、かどうかは分からないが、彼のお陰で致命傷は避けられるも、左肩を撃ち抜かれて銃の照準が定まらない。
即座に職員たちが応戦してくれるも、本職ではないため時間稼ぎにしかならなかった。
ただ、この場には似つかわしくない者たちがいた。
妙な三人組の傭兵たちだ。
彼らはエルティナイトを探していた。
そして、ここをホームとしている事を知ったのであろう、奴を出せ、との一点張りで動こうともしない。
理由を聞けば、奴を倒しプライドを取り戻す、という。
そんなことは認められない、といっても聞かない連中は獣が人間になったかのような狂暴性を秘めていた。
そんな彼らの癇に障ってしまったのが、ここを襲撃してきた兵士だ。
「オラッ! どうしたっ!? 退屈凌ぎにもならねぇのか、てめぇらはっ!」
「言ってやるなよ、ルオウ。頑張ってるじゃねぇか」
「ガハハハッ、ちげぇねぇ。まぁ、その頑張りを叩き潰してんだがなっ!」
傭兵の彼らが手にしているのはメリケンサック、ナイフ、そして何故か中華鍋だった。
しかし恐ろしい事に、彼らはケガ一つ負うことなく機関銃を持った兵士と渡り合っているのだ。
しかし、数が数である。幾ら彼らが強くとも、一人で全部を相手にするのは無理というものだ。
「きゃあっ!?」
「彼女は非戦闘員だっ!」
しかし、兵士は非常にも彼女を撃ち殺してしまった。
関係など無いのだ、彼らは恐らく……キアンカの制圧ではなく、消去の命令を下されている。
戦機協会め……いったい何様のつもりだ。
いや、だからこそ見限る決断をしたのではないか。
「あぁ? 女子供関係なしかぁ?」
「いやはや、感心だねぇ」
「でもよぉ、かわい娘ちゃんを殺しちまうのは……むかっ腹が立つぜっ!」
巨漢の男が職員を惨殺した兵士を殴り殺す。
中華鍋で頭部を殴打された兵士は頭部の半分を陥没させ息絶えた。
多少の溜飲は下がったものの喜ぶべきではない。
「動ける者は奥へっ! 応戦できる者は頼むっ!」
「はいっ!」
男性職員18名。いや、たった今、やられたので17名か。それと傭兵の彼ら。
しかし彼らは傭兵。状況が悪化すれば、私たちを見捨てて逃げることだろう。
それが傭兵の生き方だ。寧ろ、こうして協力してくれていること自体が幸運。
「何をしているか? もたもたするな」
指揮官らしき眼帯の男が葉巻を咥えながら姿を現す。
葉巻はただの飾りなのか煙は立っていない。
「別に捕虜にするってわけじゃないのだ。効率よくやれ、効率よく」
「っ! 手榴弾だっ!」
指揮官の男が手榴弾をこちらに向かって投げ入れた。
淀みのない自然な動きは、何度もこの動作を繰り返してきた証明か。
慌ててその場から飛び退く。しかし、反応が遅れた職員の半分がやられた。
傭兵たちは……あの爆風で無事なのかっ!?
「てんめぇ! 痛ぇじゃねぇかっ!」
「ふぅむ、通常は、痛い、では済まないのだがね」
尋常ではない光景はしかし、指揮官の男を動揺させるには至らない。
飢えた獣のような傭兵は、指揮官に躊躇なく突進した。
しかし、指揮官は腕を組んだまま微動だにもしない。
にもかかわらず、傭兵の男……名をルオウといったか、の顎が跳ね上がる。
やはり、指揮官は腕を組んだまま葉巻を咥えていた。
「猪ではなぁ」
椅子や机を巻き込みながら床に叩き付けられたルオウ君は僅かに呻き、しかし、勢いよく飛び上がる。
「ぺっ、居合か」
「いやはや、頑丈だね。頭ごと持ってゆくつもりだったのだがね」
指揮官、ルオウ君、共々超人。
だが―――。
よもや戦機協会に、このような男がいるとは思わなかった。
旗色はお世辞にも良いとは言えなくなりつつある。
「ズーイ! モヴァエ! 手を貸せっ!」
「ったく、ここは面白いねぇ」
「ちげぇねぇ」
傭兵三人がかりでも余裕で捌く眼帯の男。
しかし、この男……どこかで見たことが。
「っ!? 【リバースゴッドハンド】かっ!」
「おやおや、私の異名を知っているとは光栄だね。消さなくてはならないのが残念だよ」
リバースゴッドハンド、通称RGH。
彼は千を超える戦場に置いて勝利し続けた伝説の兵士。
ありとあらゆる兵器を使いこなし、極限にまで鍛えられた肉体で以って確実なる勝利をもぎ取ってきた畏怖の対象。
ゴッドハンドが人を救う凄腕の医者を示すのに対し、リバースゴッドハンドはその名が示すように、必ず人の命を奪う、という意味で呼ばれるようになった。
つまり、彼に狙われる、という事はそういう事なのだ。
「てめぇの相手は俺たちだろうがっ!」
「咆えるのは大変に結構。しかし……未熟」
鈍い音、同時に巨漢の男たちが吹っ飛び壁に叩き付けられる。
格が違う、それ以外に考えが纏まらない。
「ふぅむ、鍛えれば良い兵士になる。どうだね? 私の部下にならんか?」
「けっ! 誰がてめぇなんぞにっ!」
「ふっふっふっ、調教し甲斐があるな。諸君らは」
圧倒的だった。傭兵の彼らも超人足り得る。
しかしRGHはその上を行く。
そして、RGHが傭兵の彼らを相手にするという事は、残った兵士たちは私たちでなんとかしないといけないわけで。
「ぐあっ!」
一人、また一人と残ってくれた職員たちが殺されてゆく。
―――情けない、私は何もしてやれないのかっ。
この世に神の希望もありはしないのかっ。
「だからといって! 諦めるわけにはっ!」
そう、私は諦める事を許されない。
私のために死んでしまった者がいるこの現状、意志を、志を貫かねば笑いものどころではなくなる。
右腕だけで発砲、照準が定まらないも関係ない。
息が荒い、呼吸がままならない、関係ない。
抗え、抗え、あらがえ―――!
兵士の一人がナイフを抜き、突撃してきた。
一瞬の隙は私の動きを硬直させる。
抜かった、ここまでか。
「うぉしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
何かが天井を突き破り目の前に降ってきた。それは人間だ。
あまりの事に目を見開く。しかし、彼女は私が最もよく知る人物。
「ク、クロヒメっ!?」
「随分と好き勝手やってくれちゃって!」
突撃してきた兵士のナイフを素手で【握り潰し】、残った右手で兵士の喉を掴む、とそのまま引き千切ってしまったではないか。
もう何がなんだか分からない。本当に私の娘なのか?
ただのそっくりさんであってほしい、というのは贅沢なのか?
「大丈夫? お父さん」
――――絶望した。
「ア、アァ、ダイジョウブダヨ」
「なんで片言なのよ? それよりも精霊戦隊が来たわ。もう大丈夫よ」
娘からもたらされた、精霊戦隊来る、の言葉は希望以外の何ものでもない。
生き残っている職員たちも奮起。必死の抵抗を続ける。
「あんたね、キアンカで好き勝手やらせたのは?」
「これはこれは……実に美味しそうだ」
「言葉はいらないってことでいいかしら?」
「さぁ、存分に語り合おう。拳でね」
「上等」
RGHは、あろうことか娘に照準を定めた。
傭兵の彼らは兵士たちの邪魔が入り、戦闘に割り込めないでいる。
「っけんなっ! 俺たちが相手だろうがっ!」
「君たちはもっと力をつけるべきだろう。再び会う日まで美味しくなっていてくれたまえよ」
その言葉が終わる前にクロヒメが仕掛けた。我が娘ながらえげつない。
しかし、それに当然のように対応するRGH。
両者の攻撃は一般人では見る事叶わない。
何かが高速で行き来している、そんな感じにしか捉えることができないのだ。
しかし、幾度やり取りの後、クロヒメの顎が跳ね上がる。
追撃が来る、と思った。しかし、それは無い。
「っ痛……!」
「これは堪らない。後半歩踏み込んでいれば、ここが抉れていたよ」
RGHがトントンと指を叩いたのは彼の左胸。クロヒメは一撃必殺を狙い、RGHの心臓を貫きに行っていたのだ。
飛び退き距離を開けるクロヒメ。果たして脳を揺らされたか。
それを見逃さない眼帯の男は満面の笑みで追撃。
がしかし、直後に横っ飛び。机の上に飛び乗る。
瞬間、床を抉りながら突き進む目に見えない衝撃が走った。
それは複数名の兵士たちをバラバラに破壊し、壁をも粉砕。そのまま駆け抜けていったではないか。
「愉快、愉快。実に甘露」
「よく喋る男ね」
「饒舌になるのは理解していただきたいね。私にとって、戦いとは呼吸するも同義。美味しい空気は強者の事を指すのだよ」
「だったら、力尽くで黙らせてあげるわ」
クロヒメの言葉に、RGHは気持ちの悪いくらいの笑みを浮かべ両の二の腕を擦った。
それはまるでエクスタシーに達したかのようでもあり。だからこそ恐怖を覚えた。
「さいっ、こうだっ! いつぶりだろうか! こんな気分はっ!」
「うっさい! さっさと、くたばれっ!」
クロヒメが拳に赤い輝きを纏わせ突進する。狙うは一撃必殺か。
「こんな幸せな気分を与えてくれた君には、是非ともこれをプレゼントしたい」
RGHが前屈みになって強く息を吐き出した。その瞬間、彼の上着が爆ぜ、膨張した筋肉が姿を現す。
「いつぶりだろうか……さぁ、アンチゴッドの拳を見るがいい」
真っ黒に染まる彼の拳は、見るものを絶望に染めるという。
これが、幾多の屍の伝説を築き上げた拳――――。
「ダメだっ! 行くな、クロヒメっ!」
しかし、私の言葉は届くことなく。
赤い拳と黒い拳が激突、その際に発生した衝撃は、戦機協会をことごとく破壊せしめたのであった。




