30食目 暴食の黒点
放たれた輝く矢は俺の光素を受けて、空中で何倍にも膨れ上がりながら灰色の空へと接近。
弓がバチバチいっているので、これ以上の光素を注ぎ込むと大破待ったなしのもよう。
ヤヴェよ、ヤヴェよ。
そして、無造作に放った輝く矢が大鷲型の機獣の一羽に命中。
瞬間、世界が黒に染まった。
吹き飛ぶ雲たち、大気は悲鳴のような音を奏で空間が歪んでゆく。
やがて、その歪みは小さな小さな穴と、珍妙な咆哮を生み出した。
フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォンッ、という咆哮に俺は鈍痛を覚える。
その穴は全てを飲み込む吸引力を生み出し、次々と大鷲型の機獣を喰らってゆく。
穴に吸い込まれた機獣たちは、まるで穴に咀嚼されているかのように砕かれ爆散していった。
その爆発ですら吸い込まれ、最初から何もなかったかのように扱われる。
「……俺、やっちまったかぁ?」
「あ、あいあ~ん……」
流石の俺も、これには白目痙攣せざるを得なかった。
やがて、大鷲型の機獣は一羽も残らず穴に食いつくされ消滅。
穴も満足したのか、「ふきゅお~ん」の鳴き声と、げっぷを残して消え去っていた。
その光景をボヘっと見つめていた俺は、エルティナイトの振動で我に返った。
『……エル、あなた、使ったの?』
「おん? 何を?」
『……そう、ならいいわ』
また直接回線だ。
ヒュリティアは何かを気にしているようだが、記憶を失っている俺には何が何やらだ。
まぁ、危機は去ったことだし良しとしよう。
あの奇妙な穴も消えたことだし問題は何もなかった。
発着ドックに戻った俺は、早速ヤーダン主任に問い詰められる。
「エ、エルティナさん! あれは、あれはいったいなんですかっ!?」
「え? 光素の矢だろ?」
表情がマジキチなヤーダン主任は、プルプルと震える手で携帯端末のモニター画面を指差した。
「こ、この数値は明らかに異常なんだ! ランバール社のラボでも、こんな数値は出た例がない! いったい、どれほどの光素を注ぎ込んだんだいっ!?」
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
近すぎる修正が必要だ。それ即ち、誰か助けてっ!
「……近い」
「もぴっ!?」
それは、必殺の一撃であった。情け容赦のない一撃であった。
なんの迷いのないキックは的確にヤーダン主任のゴールデンスフィアをブレイクしたのである。
女の身となった俺であるが、これにはおまたが、ヒュン、としたのは言うまでもない。
「た、助かった。もう駄目かと思ったよ」
「……えっへん」
確かにピンチではあったが、あれは無いかなぁと思う。
「エルティナちゃん! ヒュリティアちゃん! だいじょ……ひえっ!?」
股間を抑えて蹲っているヤーダン主任の姿に、駆け付けたエリンちゃんはビックリ仰天、
思わず跳び退いてしまった様子に、不覚にも可愛いと思ってしまう。
「エリンちゃん、おかしい人がお亡くなりになってしまったんだぜ」
「え? 惜しい人だよね? あと、ビクンビクンしているけど死んでないよね!?」
彼女の適格な突っ込み具合に、ヒュリティアも満足げである。
「大丈夫よ、股間に一撃入れただけだから」
「それ大丈夫じゃないし、女の子がそんなことをしちゃ駄目っ!」
彼女の切れのあるツッコミは、俺たちに必要不可欠であることを悟らせる。
これは、彼女のポジションが確定した貴重な瞬間であった。
「うう、酷いよヒュリティアちゃん。流石にこれは勘弁してほしい」
「……考えておく」
ぷいっ、とそっぽを向くヒュリティア。
だが、俺は見た。
彼女が暗黒微笑を浮かべるのを。
これでは、ヤーダン主任が強制性転換してしまいかねない。
それではあまりにも可哀想なので、ヒュリティアに狙う位置の変更を打診する。
「ヒーちゃん、男のシンボルを攻撃するのはマナー違反だぁ」
「……これは、うっかり」
無表情のテヘペロなんて初めて見たんですが。
「だから、狙うのは脛で」
「……おっけー」
「おっけー、じゃなぁぁぁぁぁぁいっ! エルティナちゃんも変な事教えないでっ!」
血相を変えて起き上がるヤーダン主任は、必死の形相でヒュリティアと蹴る位置を交渉。
ヒュリティアは渋々ながら尻で妥協することとなった。
だが、ヤーダン主任は知らない。
ヒュリティアのケリのえげつなさを。
俺はヤーダン主任に生暖かい笑顔を送る。
彼のケツに幸あれと。
◆◆◆ ??? ◆◆◆
グマプッカ制圧作戦、その初撃となる空港制圧戦。
当初の予想では十五分以内に制圧が完了し、本隊が町へと突入。
一気に制圧するという電撃作戦であったが、予想を遥かに超える大敗を喫した。
内容も信じ難い。
戦機が放った光素系兵器の一撃により部隊が壊滅した、というのだ。
正直な話、このまま撤退すれば上の連中に何を言われるか分かったものではない。
「確かめなければなるまい」
敗走する友軍とは真逆の方向に機体を向かわせる。
【鋼獣ル・ワイバル】。
我が愛機は空の支配者。
深緑色の翼を持つ鋼鉄の翼竜は、数多の戦機を葬り去ってきた。
故に連中はル・ワイバルを【深緑の悪魔】と称える。
人間ごときに遅れは取らぬ。
私は愛機へと共に戦場を目指した。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
機獣を撃退してまったりモードになっていた俺たちに対して、おるるぁん、もう一回行ってこいや、とサイレンが鳴り響く。
『機獣、最接近! 数は1!』
「あ? 1だぁ?」
「随分と舐められたもんだな」
放送の内容にモブ戦機乗りたちが不快な表情を見せる。
さっきはあんだけ苦戦していたというのに、この態度である。
相当に面の皮が厚いか、能天気かのどちらかであろう。
「一機で突撃してくるだなんて、いい度胸だな」
「……それだけ、腕に自信がある?」
ヒュリティアは少し考える仕草を取り、慌ててルナティックへと乗り込んだ。
「……エル! 急いで!」
「ふきゅん? いったい何事なんだぜ?」
「……エースが来た!」
そう言うや否やコクピットハッチを閉じて、銀色の機体は発着ドックから出撃していった。
何がなんだか分からないまま、俺もエルティナイトに乗り込んで最出撃する。
生憎と弓の方は使い物にならないので置いてゆく。
空を飛んでいる相手に有効的な攻撃手段がなくなってしまった形だ。
俺たちに続いて戦機乗りたちも再出撃をしてゆく。
滑走路に飛び出した俺たちが目撃したものとは、宙に滞空する深緑色をした鋼鉄の翼竜であった。
それを目の当たりにした戦機乗りの一人が悲鳴と共に、二つ名を告げた。
『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!? し、深緑の悪魔だっ!』
その叫び声が耳障りだったのだろう、深緑の悪魔と呼称された翼竜は尾の先に装備されていた砲から破壊光線を放ち、悲鳴を上げた戦機を破壊する。
破壊光線を受けた蛙のような戦機は一瞬赤く染まり、その後、膨張して爆発四散してしまった。
その光景に、あからさまに狼狽える戦機たち。
このことから、ビビった連中は戦力外と言える。
「ビビってるやつは下がれっ! こいつはヤヴァイやつだ!」
俺はエルティナイトに盾を構えさせて前へと出る。
そして、先に外に飛び出していたヒュリティアのルナティックと並び立つ。
「ヒーちゃん! なんだこいつはっ!?」
『……深緑の悪魔よ。強いわ、一度やり合ったことがあるから分かる』
どうやら、ヒュリティアは一人で依頼をこなしていた時に一度遭遇していたらしい。
マーカス工場で修理されていたルナティックは、どうやらその時に負った損傷であったことも判明する。
つまり、銀閃でも倒せなかった相手が襲撃してきた、という事になる。
でも、そんなの関係ねぇ!
「どっちにせよ、こいつをやっつけないと町に被害が出る」
『……そうね。あの時の借りを返させてもらうわ』
精霊戦機エルティナイトと凶戦機ルナティックは、深緑の悪魔に挑戦する。
明らかに格が違うと思われる機獣に、果たして俺たちは勝利することができるのであろうか。




