307食目 漢たちの夢 ~眠れる戦艦アストロイ~
褐色の無骨な戦艦、そんな印象を思わせるそれは現在、整備員によって何かしらのチェックを受けているようだ。
しかし、その殆どの者が首を横に振って落胆の意思表示を見せている。
「ご苦労様です」
「あっ、お嬢様」
リリラータちゃんに気付いた整備員たちは帽子を脱いで一様に会釈する。
そんな中、整備員のまとめ役と思わしき体躯のやたら良いおっさんが前に進み出てこう告げた。
「お嬢、本当にこの欠陥品を譲渡するんで?」
「お客様の前ですよ」
「すみやせん。ですが……」
「きっと大丈夫です。それよりも、整備自体は滞りなくて?」
「そりゃあ、もちろんでさ」
何やら不穏な会話だ。というか、欠陥品ってどういう事だろうか。
「それでは、こちらへ」
「ふきゅん」
「ごじゃりゅ」
リリラータちゃんの後ろをついて行く。その先は褐色の戦艦の中。
でも、内部は真っ暗で通路は無数の電灯で照らされていた。
電源が死んでいるのか、はたまた何かしらのトラブルに見舞われているのか。
やがて、突き当りと思わしき場所へと到着。
そこには鋼鉄の機械扉が半開きになって存在していた。
電気が通っていないのだろう、扉は無理矢理こじ開けられている感じがする。
躊躇なくその内部へと進入する紫髪の少女。
それに続く俺は、内部を見まわし感嘆の吐息を漏らす。
「艦橋だ」
「えぇ、ここが欠陥品と呼ばれている戦艦【アストロイ】の艦橋ですわ」
その艦橋はクロナミの物とは違い、極めてシンプルな作りであった。
操舵輪以外はテーブルとイス、そして何故かキッチンが据えられている。
まるで食堂を艦橋に改造したかのような作りは、製作者の意図が全く読めない。
「不思議な空間なんだぜ」
「でしょうね。でも、これには理由がございますの」
リリラータちゃんは操舵輪に触れ、それを軽く回す。
それはカラカラと乾いた音を鳴らしながら、やがて力無く回転を止めた。
「エルティナ様、もし、この目覚めぬ船を目覚めさせることができれば、この船はあなた方の物になりますわ」
「そういう事か」
「理想だけを追い求め建造された船。ですが、理想ばかりではどうにもならない、それを戒めるために、敢えてお父様は残していたそうです。でも……」
リリラータちゃんは俺の顔をジッと見つめた。
「そんな戒めを壊して前に進む者の姿を見ては、この船の可能性を再び見てみたくなってしまうのも当然ですわね」
「期待され過ぎてストレスがマッハで蓄積されるんだぜ」
「レフティコーチ、そこに台がございますの。運んでくださいまし」
「OK」
レフティコーチが台を操舵輪の前に置いてくれた。
それに上がって操舵輪を掴めというのだろうか。
いや、そうではない。
操舵輪の中央に透明の球体が存在していた。
水晶を思わせる綺麗なそれは、この船の起動スイッチだという。
「そのクリスタルに光素を注いでくださいまし」
「これに?」
「はい、ですが……途方もない光素が必要になりますわ。規定量となる大量のプロペラントタンクを用意しても、遂に起動しなかったお父様の夢。エルティナ様には、一人の男の夢を叶えさせることはできまして?」
「それは俺に対する挑戦だな? 受けて立つんだぜっ」
売られた喧嘩は買うのが世の情け。だから俺は、ひゅおっ、と息を吸い込んで水晶に触れた。
ひんやりとした感触が手に伝わって来る。だが、同時に底知れぬ力と、一人の男の情熱、それに関わってきた者たちの想いが流れ込んできた。
間違いない、こいつは泳ぎたがっている。
この広い大地の大海原を自由に。
「さぁ、目覚めの時だ。おまえに込められた想いを今、叶えさせてやる」
熱き想いは俺に莫大な力を生み出させた。
クリスタルに注がれる光素はやがて加速度的に増してゆく。
でも、俺の光素は減るどころか益々増えてゆく。
それはこの水晶を通し、男たちの情熱と葛藤、そして夢が流れ込んできて俺の全てが活性化してゆくからだ。
「目覚めろ、鋼鉄の箱舟アストロイ! 今こそ船出の時っ!」
一気に光素を流し込む、すると水晶は熱い吐息を漏らすかのように青白く輝きだしたではないか。
それだけではない、船自体が青白く輝き出したのだ。
あれ? 光素だけじゃなくて、魔力も流れ込んでる?
というか寧ろ、魔力の方が沢山流れ込んでないか?
まぁ、起動できればどっちでもいいんだけど。
「やはり、エルティナ様とアストロイは出会うべくして……いえ、出会うために造られたのですわ」
「大袈裟なんだぜ。こいつは漢たちの夢だ。それ以上でもそれ以下でもない」
真っ暗だった艦橋は船の起動によって照明が点き明るくなった。
白を基調とした清潔そうな内部は、やはり艦橋というよりかは生活スペースに思える。
一切の窓が無いのはここが船の中央部に位置するからだろう。
それでは、どうやって操縦するのか、という答えは向こうからやってきた。
『メインシステム、起動成功。ハロー、ワタシはシステム【NH・05・P34】。これよりアストロイの制御に入ります。何なりとご命令を』
女性の声を思わせる合成音。それと同時に無数の映像が宙に浮かび上がった。
「これが、艦橋に操舵輪しか存在しなかった理由か」
「はい、管制制御システムNH・05・P34、通称【マザー】ですわ」
「男どもの夢がお母ちゃんとか」
「まぁ、否定はできませんわね」
『男の86%はマザコンのようです。どうしようもありませんね』
辛辣ぅ! 目覚めた途端にこの毒舌だよっ。
こいつ、寝かせたままでよかったんじゃないかな?
これにはレフティコーチとジュニアたちも苦笑いであったという。
「ま、それはどうでもいいや。それよりも処女航海に行っとく?」
「お父様からは許可が下りていますわ。マザー、ゲートの使用を許可します」
『了解しました。ゲートオープン、アストロイ、抜錨します』
何から何までフルオート。俺は操舵輪に手を添えるだけという。
やがて、青白い戦艦はゆっくりと動き出した。
映像に映る整備員たちは一様に大興奮しているようで、子供のようにキラキラとした笑顔を見せている。
先ほどの纏め役のおっさんなどは、それが顕著過ぎて引くレベルだ。
ゆっくりと開いて行く超巨大な門。そこを進むアストロイ。
坂道をゆるゆると進みゆく船は、やがて光差す地上へと飛び出した。
「……本当にこの子が動いているのですね」
『事実です。稼働良好、全て問題無し』
リリラータちゃんも、この船には想うところがあったのだろう。
うっすらと目に光るものがあった。
「思ったんだけど、アストロイって光素補充は毎回この量なのか?」
『いえ、アストロイのメインエンジンは、ネフタリス式半永久機関です。一度、起動に成功すれば周囲の光素を取り込んでのチャージが可能。したがって、急を要する場面以外での光素注入は不要です』
「すげー」
どうやら、この船は男どもの願望の殆どを詰め込まれているもよう。
そりゃあ、起動するのにも苦労するわけだ。
でも、起動さえしてしまえば、あとはやりたい放題になるというわけか。
『マスター、前方に敵影3、機体名レ・ダガー』
「ふきゅん、やっちゃえる?」
『可能。前部三連湾曲砲【ベクタリオン】を使用します』
重々しい音を立てながら三つの砲台が一般通過機獣に狙いを定めた。
『ベクタリオン、発射』
砲口から青白い光線が放物線を描きながら放たれる。
それは寸分違わずレ・ダガーに命中し、悲鳴も上げさせないまま……蒸発したっ!?
『命中。機獣の撃破に成功しました』
「威力強過ぎぃ!」
『調整したので被害は微少。ちょっぴり地面が沸騰している程度です』
それを一般的にやり過ぎというのだよ。
もしかしなくても、このマザーって意外とドジっ子?
「が、学習システム搭載型AIですわっ」
「それって、逆にポンコツになるフラグなんだよなぁ」
『失敬な。私は完璧な管制制御システムです』
かくしてアストロイの処女航海は波乱の内に幕を閉じ帰還。
再び9番ゲートに戻り、最終チェックを受けることになった。
そこには多くの男たちが集まり、夢が羽ばたいたことを喜んでいたではないか。
無論、そこにはリリラータちゃんのパパンも居て。
「皆、おまえの目覚めを喜んでいるな」
『はい、そのようで』
抑揚のない言葉は、しかし若干嬉しそうに感じなくもない。
こうして精霊戦隊は新たなる船を手に入れることができた。
そして、この船を整備するために不可欠な整備員スタッフも同時に加入。
それが先ほどの整備員達の纏め役であるおっさんだ。
通称【おやっさん】。名前、不明。
過去に色々あって、名前は捨てたのだという。
だから、彼を呼ぶ際は【おやっさん】である。
「これで、ひとまずのお別れですわね」
「うん、でも永遠じゃないだろ?」
「もちろんですわ。再び出会うそのときまで」
俺たちは互いの手を重ね再開を誓い合った。
明日はいよいよ、ドワルイン王国を出立する。
色々あったこの国ともお別れだ。
この後はきっと精霊戦隊はミリタリル神聖国へと向かう事になるだろう。
そのためにも一度、キアンカへと戻らねば。
俺はアストロイをクロナミの下へと向かわせる。
きっと、みんな驚くだろうな。
「ふっきゅんきゅんきゅん、ざいんちゃん、カメラの準備はいいかぁ?」
「ばっちりでごじゃるっ」
青白い船は新たなる仲間を乗せ、再び9番ゲートより出港する。
仲間が増えたことによって、チームを二つに分ける必要も出てくるだろう。
さてさて、どのように分けるか。
帰ったら、みんなと相談しないとな。




