305食目 ミリタリル神聖国の使者
ぴょん、とソファーから跳躍するヒュリティアは、おもむろに獅子の少年にドロップキックを見舞った。
「うわ~、なにをするんだ~」
「……腹が立つほどの頑丈さは健在のようね。なんの用」
「なんの用はひでぇな。これでも一応は一国の使者だぜ?」
獅子の少年は幼女とは言え、顔面にドロップキックを受けてもビクともしなかった。
恐るべき耐久力を誇っている獣のような人物に、ふきゅん、と鳴かざるを得ない。
がしかし、身に着けている衣服はとても一国の使者のそれではなく、俺より強い奴に会いに行くかのような、ボロボロの道着であったという。
首に巻いている首輪はオシャレのつもりなのだろうか。
寧ろ紐を括りつけて、どっかに行ってしまわないように管理したくなる気持ちにさせられる。
「……まったく、気が流行り過ぎよ。たぬ子は」
「そう言ってやるなよ。ガイの報告を受けてスッゲー慌ててたんだぜ?」
「……ガイも、タイミングってものがあるでしょうに……」
額を抑えて呆れるヒュリティアと豪快に笑う獅子の少年。
そんな彼の尻がもりっと膨らみ始める。
う〇こを漏らしたのかな?
次の瞬間、ズボンからぶっとい物が飛び出した。それは、獣の尻尾だ。
続けて、ぴょこんと猫の耳。この場合は獅子の耳といった方がいいか。
「あー、窮屈だった」
「この世界に送られても獅子の獣人なのね、【ライオット】」
「おまえだって黒エルフじゃねぇか、ヒュリティア」
コキコキ、首を鳴らす獅子の少年の名はライオットといった。
この名前に母の薄れゆく記憶はしかし、色鮮やかに蘇る。
彼こそは母が絶対の信頼を置く人物。
そして、熊さんこと、プルルさんの夫。
「ふきゅん、ライオットさんは、ミリタリル神聖国の使者だって言ってたけど、精霊戦隊に何の用なんだぁ?」
「うん? 知らね」
「わ~お」
恐ろしい事に、彼は母の記憶の人物のままであった。
食う、寝る、戦う、というどっかの戦闘民族そのままの性格であったのだ。
というか、なんでそんな奴を使者として送り付けたっ。
そのたぬ子なる人物も戦闘民族なのかっ。
「俺の役目は、おまえらがミリタリル神聖国に入る際の手助けさ。俺がいれば顔パスで入国できるからな」
「生きたパスポートとか斬新だなぁ」
「ま、それまでよろしくな。エルドティーネ」
「名前も知ってたんだ」
「まぁな。色々と調べ回っているヤツがいるんだよ。うちにはな」
それはきっとガイリンクードさんの事なのだろう。
彼女が動き回り、そしてミリタリル神聖国の使者が訪れたことに偶然性はない。
きっと、このタイミングを待っていたに違いなかった。
でも、精霊戦隊は結構のんびり屋なので。
「一度、エンペラル帝国のキアンカに戻るけどいい?」
「構わねぇさ、俺の役目はあくまでミリタリル神聖国への水先案内人。多少の寄り道に、ああだ、こうだ、なんて野暮なことはしないぜ」
でも、飯はよろしくな、という辺りちゃっかりしているな、と思いました。
「にゃ~ん! 同族チックなにおいがするにゃっ!」
「というか、雰囲気があれに似てるっ!」
ドタバタ、と騒がしい連中がリビングに駆け付ける。
言うまでも無く、にゃんこびとの二人だ。
「んあ? 俺たち以外に獣人がいたのか?」
「……にゃんこびとのミオとクロエよ。この子たちもミリタリル神聖国の出身」
「ふ~ん、亡命者か。その形じゃ大変だったろ」
そんなことはお構いなし、とばかりにわちゃわちゃとライオットさんに纏わり付くにゃんこびとは、わっせ、わっせ、と本能的に身体をライオットさんに擦り付けた。
ミケはともかく、クロエの場合は……はっ!?
これは、不倫のにおいがプンプンしてきやがったぜっ!
「いやいや、おまえら本能に身を任せ過ぎだろ」
「「にゃーん! にゃーん!」」
取り敢えず落ち着きを取り戻したミオとクロエは、ライオットさんの周りをみーみーと鳴きながらうろうろする。
観察を行っているようだが、ミオの場合、テーブルの上のクッキーをチラチラ見ている辺り集中力がない。
「ミオ、やっぱりこの人、あの時の輝く戦士の人だよっ、もぐもぐ」
「にゃっ、やっぱりそうだったにゃおかっ、もぐもぐ」
そう言いつつ、クッキーをもしゃもしゃするミオとクロエは、どうやらライオットさんを知っているもよう。
でもそれは一方的なものだったようで。
「輝く戦士? いや、こっちじゃシャイニングレオは使ってないはずなんだが」
「にゃっ、こっちの世界の話じゃないにゃっ」
「あっちの世界の話だよっ」
「どっちの世界だよ?」
「「そっちにゃ!」」
そしてバラバラの方角を指し示すにゃんこびとは今日も元気です。
「会話が明後日の方向に向かっているんだぜ」
「「「にゃ~ん」」」
やはりネコ科はフリーダム過ぎてダメだな!
「……エル、もうだいたいは理解しているとは思うけど、こいつはライオット。私たちの幼馴染にして割と問題児」
「酷い紹介、ありがとさんよ」
それでもまったく気にしてない辺り、二人の仲は良好なのだろう。
「……それよりも、そろそろ時間だけどいいのかしら?」
「あっ、うっかりしてたんだぜ」
これからドワルイン王国を後にすることもあり、チームオリオンとの一応のお別れ会が催されるのだ。
一応、と付くのは、必ず再会しようとの約束を込めての事。
リューネちゃんも行きたがっていたが、万が一のことも考えて今回はお留守番です。
「ままうえー、おじきゃんでしょーりょー」
「あ? まさか、おまえ……ザインか?」
「にゃにゃっ!? そーゆー、おぬしは、りゃいおっとっ!」
レギガンダー君を伴い、というか逆か、ザインちゃんがリビングを訪れた。
そこにはライオットさんが居るわけで。
つまりは、ザインちゃんも彼と幼馴染なわけで。
「ぶははははははっ! おまえ、ほんところころ姿が変わるなっ!」
「おにょーれっ!」
軽々と持ち上げられるザインちゃんは二歳児です。
ジタバタと短い手足をぶんぶんしてもビクともしない獅子の少年に根負けした彼女は、いよいよションボリとしましたとさ。
「まぁ、取り敢えず行って来る」
「……えぇ、行ってらっしゃい」
「あと、精霊王の事なんだけど……」
「……分かってる。向こうから話しかけてくるまでは手出しは無用なのでしょ」
「よろしくなんだぜ。じゃっ」
俺はザインちゃんとレギガンダー君を伴いクロナミを後にする。
外に出ると見知らぬ赤いスポーツカー。割と型は古いもよう。
それに寄りかかっていたのはレフティコーチだ。
「よぅ、迎えに来たぜ」
「ふきゅん、レフティコーチ。よく場所が分かったな」
「レギガンダー君に教えてもらったのさ。たぶん、どたばたで遅れるかもしれないから、ってな?」
「案の定、だったけどな」
「おいぃ」
どうやら、レギガンター君も精霊戦隊の雰囲気に慣れてきたもよう。
現在の彼は見習い乗員的な立場で、大人たちから様々な技術を学んでいた。
戦機の取り扱いはガンテツ爺さんから。
戦機の構造、修理はヤーダン主任とアナスタシアさんから。
そして、船の操縦もニューパさんから教わっている。
更には格闘術をクロヒメさんから、尋問の仕方はヒュリティアから、拷問の仕方はユウユウ閣下から……うん、後半は何かおかしい。
H・モンゴー君からは効率のいいお掃除術を。これは割とどうでもいいか。
そして、桃力と料理は俺が指導している。
男でも自炊できなきゃいけない世の中なのだよ。特に第六精霊界では尚更。
習い始めたばかりで四苦八苦しているようだけど、彼には諦めるという選択は無いので必死に食らいついている。だからこそ、指導にも熱が入るのだろう。
特にガンテツ爺さんの指導は苛烈であると聞く。
えぇ、飛び火がおっかないので近付いておりません。
時折、レギガンター君の声に混じってミオとクロエの悲鳴も聞こえたり。
そしてH・モンゴー君の悲鳴も割と頻繁に。
怖いなー、戸締りすとこ。
「それじゃ乗ってくれ」
「そういえば、どこでお別れ会をするんだ?」
「うん? 言っていなかったか?」
「パープリータが会場を用意してくれたんだよ」
「そうそう、彼女の家に招かれてるんだ。俺も何度か招かれたことがあるけど……凄いぞ」
「マジか」
赤いスポーツカーに乗り込む。
うん、想像していたけど、男臭いっ。
「香水くらいは付けておくんだぜっ」
「くちゃいでごじゃるー」
「えぇっ!? 一応、掃除したんだぞっ」
「レフティコーチ、女ってにおいに敏感だ、って俺も最近理解した」
というか異性のにおいに敏感。慣れないにおいに危機感を抱くのかも。
その割にガンテツ爺さんのは大丈夫なんだよなぁ。
お爺ちゃんだからか? 分らん。
「おいでませっ、桃先生っ」
神桃の実を召喚し、ダッシュボードの上にちょこんと乗せる。
すると車内の男臭いにおいは、スッキリーと言いながら退散していったではないか。
残るは桃先生のフルーティーな香りだけ。
流石は桃先生だ、瑞々しいぜっ。
「おお、良い匂いだな」
「悪臭も退散できて、しかも食べられる香水は桃先生だけっ」
これにて快適なドライブが約束された俺たちは、やがてリリラータちゃんのお家へと到着。
近代的な建物が並ぶ中、急に視界が開けて巨大な建築物が見えてきた。
それは紛う事なき城。中世ヨーロッパのそれ。
「ふきゅん……お城なんだぜ」
「おしろでごじゃる」
『むぅ、アレなるが西洋の城であるか』
マサガト公、おもむろに出てくるのはNG。
「うわっ、ビックリした。どちら様で?」
『某、怨霊のマサガトにて候』
「あぁ、これはご丁寧に。俺は……」
レフティコーチ、順応し過ぎぃ! 幽霊に耐性が出来過ぎた人ってこれだからっ。
というわけで、レギガンター君も割と問題無しでした。
でも、リリラータちゃんたちは普通だから出てこないようにお願いしておきましたとも。
ぐるーっと周りを一周してようやく門に到着。
そこにはメイドを従えた老執事の姿。
「お待ちしておりましたレフティ様」
「今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、本日はお客様での対応をさせていただきます。それではこちらへ。あぁ、お車の方は我々で」
「お世話をお掛けします。それじゃ、行こうか」
老執事が案内した先にはなんと馬車の姿。
優雅すぎて貴族かっ、と口走りそうになりましたとさ。




