29食目 空を灰色に染める者
発着ドックに辿り着く、とそこでは多くの戦機乗りたちが自分の戦機に乗り込んで、準備ができ次第に出撃していた。
「ちっ、なんでまた急に機獣が攻め込んできやがったんだっ!?」
年配の戦機乗りのおっちゃんがボヤきながら、ズンムリムックリとした戦機に乗り込んだ。
俺が異世界転移した早々に、お命頂戴してきやがった、あの蛙野郎である。
がよく見ると細部が違う。
あのふぁっきゅん蛙とは違うのであろうか。
まぁ、今はそのようなことはどうでもいいか。
「おん? ヤーダン主任とエリンちゃんだ」
「……VIPルームで待っているわけないわよね」
エルティナイトと、ブリギルト改ことルナティックの下に両者はいた。
どうやら先回りして、俺たちの戦機のエンジンを入れておいてくれたらしい。
俺たちの足がクッソ遅い証と言えた。
まだ幼女だから仕方がないんじゃあっ!
「やぁ、エンジンに火を入れておいたよ」
「直ぐに出れるよ、二人とも」
梯子付きのハンガーラックから華麗に飛び降りた二人は、なかなかの運動神経をしているんやなって。
俺なら一発で顔面着地の憂き目に遭っている。悲しいなぁ。
「……ありがとう。直ぐに出るわ」
そして、ヒュリティアの華麗な梯子登りである。
その華麗な登りっぷりに他の戦機乗りが「ほぅ」と感嘆した。
内の一人がヒュリティアを知っていたのか「銀閃だ!」と叫ぶ。
騒めく発着ドックの中、ミスリルクラスの皮を被ったブロンズランクの戦機がハンガーラックからリフトオフする。
『……エル、先に行ってるわよ』
『ぶろろ~ん』
そう言い残して、ヒュリティアはさっさと行ってしまった。
できる女は行動が早い、ってそれ一番言われてんだよなぁ。
「はっはっは、銀閃が居合わせるとはな。こりゃあ、楽できそうだぜ」
顎髭が小汚い中年の戦機乗りはアインリールとブリギルトのパーツを合わせた戦機に乗り込んだ。
おそらくはアインリールの破損したパーツにブリギルトのパーツを宛がっているのだろう。
戦機の接続部分は規格が統一されているので、こう言ったコンパチブルが可能なのである。
「おっと、ぼんやりしている場合じゃねぇ。アイン君っ!」
「あい~ん!」
俺の頭の上に乗っかっていたアイン君がぴゅーっとエルティナイトへ潜り込んだ。
すると、鋼鉄の騎士の双眸が緑色に輝き独りでに動きだしたではないか。
ハンガーラックから降り立つと片膝を突き、俺に手を差し出す。
その掌の上に俺は「ふっきゅんしゅ」とよじ登ってコクピットまで運んでもらうのだ。
「あ? まてまて! コクピットが無人だとっ!?」
「自動で動いている? いや、戦機が自分の意志で動くって、機獣じゃないんだぞっ!?」
「あり得るのか……おい」
外野が煩い。
鉄の精霊のアイン君が動かしているのだから動いて当然。
そして、精霊が見えていないのだから無人に見えるのも当然なのだ。
いちいち説明するのも時間が掛かるのでガン無視安定。
俺は、もたもた、とコクピットに潜り込んだ。
「やっぱ、コクピットがデカいなぁ」
「いや~ん」
大人の体格に合わせているから仕方がない。
シートにクッションを重ねて座高を高くする工夫がなされているのは立ち膝をしていると疲れるからだ。
「早く大人になりたいんだぜ」
俺はぶつくさ言いながら、ハンガーラックからエリン剣と盾をエルティナイトに持たせる。
「エルティナちゃん! その隣の【弓】も持っていくんだ!」
「弓? これのことか?」
ハンガーラックには見慣れない青い弓が装着されていた。
どうやら、戦機用の弓であるらしい。
「ランバール社製の光素兵器だよ! グマプッカの友人が、試作兵器の失敗作をどうにかしたい、と言うものだから譲り受けたんだ!」
「おいぃ、なんで失敗作をエルティナイトに持たせるんですかねぇ?」
「デザインが秀逸」
「ならば仕方なし」
酷い理由であるが格好良さは何よりも優先される。
ヤーダン主任の簡単な説明によると、彼の友人は威力を追求したばかりに誰も使えない兵器を完成させてしまったらしい。
それでも、この弓をデチューンした兵器は高性能なものとなり、彼の失態は許されたそうな。テラ有能。
「あ、使用したデータを送るから壊さないでね」
「やっぱ、そういう取引をしてたのかぁ」
俺はヤーダン主任の抜け目なさに口を三角にして負のオーラを放つも、彼はこれを華麗にスルー。
恐るべき回避能力をまざまざと見せつけた。
「エルティナちゃん! 早くしないと戦いに遅れちゃうよっ!?」
「ふきゅんっ!? それは拙いっ! アイン君、ユクゾッ」
「あいあ~ん!」
エリンちゃんに急かされ、俺は正気に戻った。
ガッチャン、ガッチャン、とエルティナイトを走らせ発着ドックを飛び出す。
外に出る、と空の一部が灰色に染まっているのが確認できたではないか。
まさか、あれ全部が機獣とかいうんじゃないだろうなぁ?
『……エル、ちょっと拙いことになったわ』
ルナティックがエルティナイトの隣に移動して来て肩に手を置き、直接回線で会話を行ってきた。
戦機同士は内緒話をするとき、こういう方法で会話ができるらしい。
もちろん触れる部分はどこでもいいらしく、尻や股間でも大丈夫らしい。
無論、絵面的にはまったく大丈夫ではない。
「あれ、全部、機獣?」
『……そうよ。およそ八十機。全部、空戦タイプ』
「陸戦の戦機じゃ相性最悪ってか?」
『……こっちの戦力は五十らしいけど、たぶん当てにならないわ』
「空港なんだから守備隊とかはいないのか?」
『こちらの守備隊はレ・ダガーの陽動に引っかかったらしいわ』
「馬鹿珍がぁ」
いや、それよりも機獣が妙に賢くないか?
これって明らかに戦術だよなぁ?
「ヒーちゃん、背後に指揮官っぽいのがいる可能性は」
『……否定できない。でも、この状況じゃどうしようもないわ』
「デスヨネー」
つまり、やるしかないという事だ。
数字的にはなんとかなりそうではあるが、五十の中にどれだけ戦力になる戦機がいるかである。
「グダグダ言ってても仕方がない。アイン君、ヤーダン主任の携帯に回線を繋げて」
「あいあい」
俺はこの状況をヤーダン主任に説明、いつでも町から脱出できるように準備をしておくように、と一方的に通達して通信を切る。
『……エル、生き残りましょう』
「当然なんだぜ。エルティナイトの伝説は始まったばかり。こんなところで終われない終わり難い! だから俺たちは勝利するだろうな」
『……来た。戦闘開始よ』
灰色に染まった空から光弾が降り注いできた。
それに命中した戦機が呆気なく爆散する。
「うをっ!? 洒落ないならない威力だな!」
一発くらいなら耐えれるだろう思ったのだろう、大破した戦機から負傷したパイロットが這う這うの体で脱出してきた。
そこに容赦なく光弾を放ってくる大鷲型の機獣。
「おう、情け容赦ねぇな」
当然、これを盾で防ぎパイロットの逃げる時間を稼ぐ。
「す、すまん!」
「はよ行け」
どうやら、まともに回避できるのは五十機中半分も居ないようだ。
これは、個人プレーでは全滅しかねない。
「なら、やることは一つなんだよなぁ」
「あいっあ~ん!」
どうやらアイン君も黄金の鉄の塊魂に染まってきたもよう。
俄然やる気を示す。
「魔法障壁展開っ! 唯一無二の盾っ!」
俺はエルティナイトに魔法障壁を纏わせて前線に出る。
「な、なんだっ!? あの妙な戦機はっ!」
「死にてぇのかよっ!?」
俺はエルティナイトに盾を背負わせ、手にしていた弓を起動させる。
コンソールのパネル画面には【ローランド】の名前。
ランバール社製の試作型光素兵器ローランド。
圧倒的な威力を持つが攻撃力を追い求め過ぎたため、莫大な光素消費量となってしまい使用できる者がいなくなった失敗作。
仮に使用できた場合、その攻撃力はどれほどのものになるか想像もできないという。
「やり過ぎたら壊れる、って話だったな。加減がよく分からないけど……撃てばわかるさ」
低い駆動音と共に輝く弦が伸びてきた。
エルティナイトがそれを引くと青白く輝く矢が発生する。
要はこの矢に光素をぶち込んで放て、と言うのだろう。
「それじゃあ、ぶち込んでやるよ」
俺は大量の光素を矢に注ぎ込み、それを放った。




