297食目 かつて見えていた者たち
殺人的な加速力は俺を圧し潰さんとする圧を生み、ギシギシと全身が悲鳴を上げているのが嫌でも理解できる。
正直な話、アースラがアイン・ストライカーに倒されるか、それとも俺がアイン・ストライカーにバラバラにされるか、という展開か。
一応、健康の維持のためにランニングのみはしていたが、こんな事ならしっかりと鍛えておくべきだった。
重圧から少しでも逃れよう、と余計なことを考えるが、相手は化け物なので余計なことを考えるのはここまでにする。
どうせすぐに余計な事など考えられなくなる、という結論だ。そして、それは正しかった。
乱れ飛ぶ触手。それらが殺到するのは高速突撃中のアイン・ストライカー。
ロケット砲のごとく突っ込んでゆく鋼鉄の機体に、これら全てを回避する事など不可能。
だから撃ち落とす。
機体制御のスティックタイプの操縦桿を左手で操り、攻撃のためのボール型操縦桿は右手。そしてヘルメットは武装の選択、及び細やかな機能選択ができるようだ。
アイン・ストライカーがハイパー・光素ライフルを構えた。
狙いを定める、などという事はしない。直感に任せて引き金を引く。
何故ならば、狙いとかそう言った類が馬鹿臭くなるような極太の光線が銃口より放たれるからだ。
破壊の閃光は真っ直ぐに飛び、大量の触手を飲み込んで尚、その勢いを失わない。
『ちぃっ!』
G・シェイカーの成れの果てが紫色の光の壁を幾重にも重ねた。
一層、二層、三層と砕きながら突き進んだ黄金の光線は、しかし、四層目を突破する事叶わず。
「一枚がダメなら、何枚かを重ねるか。考えるもんだ」
それじゃあ、同じ個所に何度もぶち込んでやればどうだ。
左腕部ミニガトリング砲を起動させる。それをわざと紫色に輝く壁へと叩き込んだ。
流石にハイパー光素ライフルに比べると一撃一撃の威力が低い。しかし、これをアースラは非常に嫌がった。
『ええい、鬱陶しい!」
何かが聞こえる。それは子供たちの声のようであって、でも人間の声とは違っていて。
「なんの声?」
でも、俺の問いに答える者は無く。しかし、答えは言葉にしなくても理解させてくれた。
俺の目は既に常人のものではなく、見えないものが見えるように。
ぼんやりと輝くそれらが、宙を漂い戦場を埋め尽くす勢いとなっている。
いや、元々は見えていたのだろう。それをいつの間にか俺たちは見ないように……見ないようになっていったに過ぎないんだ。
―――彼らも力を貸してくれている。
「あぁ、理解ってる」
闘技場の地面には幾多もの夢跡の残骸が埋まっていた。
恐らく彼らはそこから飛び出てきて、こうして俺たちに力を貸してくれている。
『な、なんだというのだっ!? やめろっ! 私に纏わり付くなっ!』
無数の意志が巨大な植物へと変貌したG・シェイカーへと纏わり付き、アースラはそれを振り落とそうともがく。
「もらった!」
ヤツが混乱している内に、至近距離で腹部拡散光素砲を起動させる。
これだけ至近距離であれば、それは光素剣での連続突きに相当するだろう。
確実にアースラを仕留めるため、悪いがパイロットの安否は考えない。
寧ろ、仕留めるつもりで事に当たっている。
全てを救う事なんてできない。俺はもう子供ではなく、だからこそ残酷なことをおこなおうとしていた。
大人というのは多きを生かすために、少なきを切り捨てることができるのだ。
G・シェイカーの胸部が吹き飛んだ。それだけで済むとは恐ろしい頑強さだ。
内部のコクピットの様子が窺えた。アースラの媒体になっている女性はもう駄目だろう。
全身から植物の部分が飛び出しており、直接、植物と結合している。寧ろ、逆かもしれないが微小な差異であろうことは間違いない。
既に彼女の意識など無いのであろう、こちらを睨み付ける目は憎悪で染まっていて。
だからこそ、憐みの感情しか浮かんでこなかった。
『やってくれたな! 人間っ!』
―――てっつー。
妙な声。直後の嫌な予感。急ぎアースラの下から離脱。
間一髪のところで地中からの根を回避する。
先ほどから見えざる者たちの妙な声が聞こえては、全身に新しい感覚が芽生えているような錯覚に陥る。
―――疑わないで、レフティ。
君がそういうのなら。
自分の中に生まれた新たな力に戸惑う。でもレイナは俺と共にいてくれるから。共に戦ってくれるから。
だからっ!
「行けっ! 精神操作小型遠隔砲台!」
本来のアイン・ストライカーには無かった武装をセレクトし解き放つ。
計10基と少ないものの、それは間違いようがなく小型遠隔砲台たちであった。
アロ・フローゼとは違い、アイン・ストライカーのそれは小型戦闘機のような形状であり、数を少なくしたが故に速度と攻撃力で勝っているもよう。
「これが、スピリビットっ!? 感情がぐちゃぐちゃにっ……!」
正直、気持ち悪い。喜怒哀楽の制御が利かなくなる。でも、やり方はレイナが教えてくれた。加えて慣れない武装に彼らが取り付いて制御をサポートしてくれている。
―――大丈夫、あなたならやれるから。
「あぁ、大丈夫。見える、見えるよ」
メインモニターには変容した戦機しか見えていない。でも、俺の視界にはスピリビットたちが見ているであろう映像が映し出されていて、その情報を処理しようと脳が焼き切れそうで。
これが、レイナの見ていた世界。普通の人間では気が狂ってしまうだろう。
でも、俺はこれに耐えれる気がしてる。もう普通ではいられないのは確かな事で。そして、普通でいてはダメなのだろう。
精神操作小型遠隔砲台が順次攻撃を開始。
小さな戦闘機たちが縦横無尽に飛び交い、破壊の閃光を撒き散らす。
その内、一発がコクピット内に命中。媒体となっていた女性が吹き飛んだ。
しかし、それは致命傷とは成らず、ぐちゃぐちゃと音を立てて肉体が再生してゆく。
「あそこは致命傷にはならない? フェイクかっ!」
「ごぼ……おのれ、おのれっ!」
もうアースラには戦機を操るという体裁が必要無いのか、大部分を植物化させ、更に巨大化を押し進めた。
戦場を埋め尽くさんと大量の根が発生し、誰かれ構わず取り込まんとする。
「アーガスっ! 離脱しろっ!」
『わ、分かった! でも、エルティナイトがっ!』
エルティナイト? あの大型の戦機の事か?
外的な損傷はないようだが……システムダウンでもしたのだろうか。
あの巨体を抱えて離脱するのは不可能に近い。
「パイロットだけをどうにかできないかっ?」
『構わず逃げてどうぞ』
パイロットからの返事。やはり何らかの要因で機体が動かないのか。
「そこのパイロットは機体を放棄できないのかっ?」
『生憎と、ただいまパイロットは再生中なんですわ。暫く動けない動きにくい』
「再生中? 何を言ってるんだ?」
『肉体は無事だがよ。精神が壊れちまってな』
「状況が良く分からない。だが、何をすればいい?」
『ほぅ、これを信じるとか、おまえナイトか? ジュースを奢ってやろう』
掴みどころのないパイロットだ。そして、よく分からない事を告げてくる。
精神が壊れているのに、まともな受け答えができるとは思えないのだが。
「すまんが、早くっ」
『せっかちさんは損をするタイプ。でも、俺は大人だから答えるだろうな』
巨大な騎士風の戦機は少しの間、時間を稼いでくれと頼んできた。
要求時間は180秒。少し長すぎる。
「120秒にならないかっ?」
『90秒でいい』
「最初からそう言ってくれっ!」
『俺は謙虚だからよ』
「自分でそれを言うかっ!」
アイン・ストライカーの全武装を駆使しつつ、動けない戦機を防衛する。
しかし、アイン・ストライカーの武装を以てしても、全てを迎撃することは難しい。
90秒は短そうで、実のところ戦闘時間となるとそう短くも無い。
「まだ、15秒しか過ぎていないっ!?」
そして防衛となると更に長く感じる。精神を研ぎ澄ますが故の時間の流れの緩やかさ。
でも、この防衛戦に参加してくる者がいて。
「アーガスっ! 逃げろと言っただろうっ!?」
『逃げれるんならそうしてる! でも、仲間がここに取り残されてるんだ!』
光素ライフルを構えそれが返事だ、とばかりに黄金の輝きを放つ。
『レッドバレットの言うとおりだ。俺はもう逃げれないし、逃げない』
レギガンダー選手のビッシュガドルが同じく光素ライフルの引き金を引いた。
『いやはや、若い世代の頼もしい事』
「チャンピオン……」
『負けてはいられない、そうじゃないかな?』
とんでもないお人好したちばかりで思わずため息が出た。同時に肩の荷が軽くなった気がする。
「ここには馬鹿野郎しかいないってか?」
『そういう事だ。さぁ、しっかりとお姫様の護衛しようか』
どう見ても、ごっついおっさんにしか見えないけどな。
行動不能となった巨大な騎士を護る防衛戦。
アリーナ戦士たちも加わっての試練を、果たして乗り越えることができるのか。
いや、乗り越えて見せる。その為に俺は戦場へと還ってきたのだから―――。




