295食目 誤算
◆◆◆ 土の大精霊アースラ ◆◆◆
勝った。私は勝ったのだ。憎き精霊王に。
ヤツの肉体は我が手に落ちた。この器は中々に良い。
精霊王が長き時を掛けてこしらえたのだろう、実に良く馴染む。
マキシオンとは比較にならぬ順応性は一時期、我が肉体に定めていたレイナをも上回る。
まぁ、あれは死体であったから、この肉体と比べるのは少し酷というものか。
そして、この肉体を支配したという事は同時に、この戦機をも得たという事になる。
得体の知れない強大な力はしかし、私にこれ以上ない恍惚感を与えた。
私が手も足も出なかった力を、そっくりそのまま頂けたのだから当然であろう。
さぁて、あとは私に歯向かってくれた愚か者たちを皆殺しにして……。
いや、ただ殺すだけでは面白くない。
丁度、もう一体の媒体があるのだから、彼女で遊んでやろう。
グリオネとかいう豚人間を操ってアリーナ戦士に攻撃をさせる。
特にホワイトロードは厄介だ。最優先で撃破を狙う。
ヤツのプリンスは厄介であるが、使用している武器はしょせんアリーナ用の武器だ。
花粉を撃ち落とす威力はあっても私を討つ力はない。
ましてや希望の花を滅した、この鋼鉄の騎士に傷ひとつ付けることはできないだろう。
「くかかか、この娘の身体は頂いた。私こそが精霊王だ」
『なんだとっ!? エルティナをどうしたんだっ!?』
「確か……レギガンダーとかいったか。安心しろ、直ぐに同じ場所へと送ってやる」
『ふざけるなっ! エルティナは、お前なんかにやられたりしないっ!』
鈍重そうに見えてそうではない機体の小僧が咆えた。
負け犬は往々にして良く咆える。
「残念だが、アレの意志は既に私が喰らってやった。もう、この世には――――」
……ん? なんだ? この光景は?
私は今、どこにいるというのだ?
薄暗い空間。
そこは明かりが点いているようで、しかし、全てが闇の中という理解が追いつかない場所。
何故、私はこのような場所に?
考えられることは、ここがこの娘の記憶領域である、ということ。
それにしたって、これは異常だ。
幼い子供であっても、記憶領域という場所は明るく輝かしい場所だ。
であれば、ここはいったいなんだというのだろうか。
戻りたい、と願っても状況は変わらなかった。
今忙しい、というのに腹立たしいこと極まりない。
取り敢えずは進んでみる。
今の私の姿は何故かマキシオンの姿だ。
長くこの男の肉体を支配していたのでイメージが固着してしまったか。
だが、しょせんはイメージ。問題は無い。
暫く闇の中を進む、と目の前にぼんやりを光る小さな光の玉を発見する。
もしかしたら、ここから脱出するヒントがあるかもしれない。
私は小さな光の玉に触れてみた。
やはり、この光の玉の正体は記憶の集合だったようで。
しかし、それはあまりにも虚ろで不鮮明で苛立ちが募るものだった。
正直、これが何を意味しているのかは分からない。
この身体の持ち主だった少女が、巨大な熊に向かってふざけた鳴き声を上げているだけの映像が延々と流れているのだ。
なにが「ふきゅん」だ。そんな鳴き声が熊に通じるわけがなかろう。
しかし、熊は腹が膨れているのだろう、少女を襲うようなことはなかった。
やがて映像はぼやけてゆき、再び私は闇の中へと放り出された。
ここからの脱出に使えるかと思ったが、まったくそのような事は無く、ただの時間の浪費に益々、苛立ちが募る。
当ても無く彷徨う、と再び光の玉。
先ほどの光の玉はハズレだったのだ、と自分を言い聞かせてそれに触れる。
でも、その玉も先ほどと同じく、少女が鳴いているだけの映像が延々と流された。
しかも、今度は映像が酷くぼやけていて、何がなんだかよく分からない。
「なんだというのだ……!」
憤慨するも、私にできる事といえば、ただ歩く事のみ。
闇の中を僅かな明かりを頼りに進む。
酷く心が不安になる、そんな空間を進んでいると、目の前に一本の若木が生えているのを認めた。
大地も何もない空間なのに、それは確かに根を下ろし、すくすくと成長している事が理解できる。
だが、それは酷く不安定で、しかし、そこから感じる生命力はこの世のものとは思えないほどに鮮烈で……私は思わずそこに走り出す。
だが、いつまで経っても到着しない。寧ろ離れてゆく。
これは、いったいどういうことか?
声が聞こえた。資格無き者は許さぬ、と。
「誰だっ!?」
返事はない。だが、幻聴にしては現実的すぎる声であった。
嫌な予感、チリチリと背中が焼き付くかのような焦燥感は、正しく私に危険を知らせる。
――――我は、【生命之大樹】を護りし者。
酷く低く恐ろし気な声が天より降ってきた。
姿形が無い、というのにそれに圧し潰される。
「がっ!?」
――――哀れ、資格無き者。汝はあまりに知らなさ過ぎた。
「だ、誰だっ!? この私を精霊王と知っての狼藉かっ!」
返事の代わりに、くつくつとの嘲笑う声。
――――笑止。汝が王だと? 冗談も休み休み言うがいい。
更に身体に掛かる圧が強まる。
全力で以ってそれを跳ね除けようと試みる、が上手く行かない。
――――汝は王たる者がどのような存在であるかを理解していない。
「何っ!?」
――――王は成るのではない。認められて初めて王足り得るのだ。
瞬間、圧が消え去り戒めを解かれた。
慌てて立ち上がる。
言われようのない不気味な気配が体中に纏わりついて吐き気を覚える。
なんという濃厚な殺意。
このような殺気を放つ存在が居てもいいのか。
「……うぅっ!?」
一歩、二歩、後退る。
濃厚な闇の向こう側。
その闇よりも更に深い闇を纏った、巨大な何かが近づいてきている。
いったい、ここはなんなのだ。
やがて、それは私の前で闇を喰らって姿を成す。
大地だった。それは大地。
思い出す、精霊王と協力し、この星を作り上げた時のことを。
思い出す、ヤツが裏切り、私を黄金の種の中に封じ込めたことを。
約束したのに。
この星ができた暁には、私が精霊たちの王となることを。
――――偽りの王は、滅するが定めよ。
大地が盛り上がる。それはやがて獣の姿を模り私の前に現れた。
しかして、それは異形。
四肢から伸びる植物の根は闇すらも絡め取り、そこから養分を吸い上げているかのようで。
体を覆い尽くすのは瑞々しい葉であるが、その一枚一枚は名刀のように鋭い刃が備わっていた。
だが、何よりも恐ろしいのは頭部と思われる場所……いやそれを頭部といってもいいのであろうか。
首ではない、胴体に直接口が備わっている、と表現した方が早そうな外見。
メキメキと伸び行く胴体は正しく樹木のそれであるが、通常の樹木はこのようにしなやかではなく。
そう、それは植物ではない、しかし、生物とも言い難かった。
では、これなる存在はいったい―――。
「我、全てを喰らう者が一枝。土の枝、グレオノームなり」
においを感じた。それは明確過ぎる滅びの。
あの日と、全てを喰らう女神との最終決戦の風のにおいと同じ―――。
「ひっ!?」
思わず悲鳴を漏らす。あの日、私は逃げた。
敵である全てを喰らう女神から逃げ出した。
精霊王になるのだから、なんとしても生き延びる必要があった。
その判断は間違っていないと今でも確信している。
私さえいれば、この星は何度だってやり直せるのだから。
だから、今回とて―――。
「笑止、汝ごときがおこがましい。竜の枝よ、やはりこ奴は我だけで十分ぞ」
まさかとは思うが、この化け物の後ろには、まだ化け物が控えているとでもいうのか。
だが、確かに感じる。強大過ぎる何かを。
いや、ここだけじゃない。この闇からも……!
ぴしり、と闇が裂ける。
そこから何かの液体が溢れ出て、続いて禍々しい白い牙がずらりと隙間なく並び出た。
それは口腔。肉食の獣の口腔だ。
殺気といっていいのだろうか、いや、これは殺気ではなく……食欲。
これは私を餌としか認識していないっ!
「やれやれ、闇の枝が目を覚ましたか。おまえは余程に腐れた臭いを放っているようだな」
「ぐ、愚弄するかっ!」
虚勢を張っている、自分でもそう感じてしまうほどに形勢は不利だった。
既に幾多ものおぞましき口が私を取り囲んでいる。
いや、だが待てよ?
これらが、この娘の下僕だとするなら、娘を喰らった私がこれらの主となるのではないか?
真実に気付き、私は一気に心の余裕が生まれる。
「まぁ、これまでの無礼は許そう。私はお前たちの主であるからな」
「ぷっ、ぐわっはっはっはっはっはっは!」
巨大な植物モドキが大口を開け放ち大笑いした。
いったい何がおかしいというのだ。
「汝が我の主であるとな? 中々、面白い冗談だ。褒めてやる」
「き、貴様っ! 主に向かって……!」
「おまえはどうやら、エルドティーネの魂を喰らった、と思っているようだな。それは確かに正しい事だが、同時に間違いでもある」
「何?」
「ヒントをやろう。そして、己が何を喰らったか知るがいい」
植物の縄……いや蛇ともいえる何がが示した先には若い樹木の姿。
その枝には桃色の実が沢山生っていて、その身の一つが地面に落ちて真っ二つに割れた。
「ふきゅん」
「―――!?」
そこから生まれたのは私が喰らったはずの娘。
でも、それに魂の輝きは感じられず。
「あり得ないっ! 生物ならっ! あるはずのものがっ!」
恐怖、心の底からの恐怖。
あってはならない、私とて、精霊王でさえ、魂を持っているのに。
私は、この娘の何を喰らったというのだ。
この娘は何も持っていない。故に何ものでも生み出せるのだ。
何かを口に出さなければ狂ってしまいそうだった。
でも、言葉が見つからない。酸欠状態の魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。
「魂に縛られない、それが【――――】なのだ」
聞こえないっ! 聞こえないっ! そんな存在があって堪るかっ!
恐怖で、何もかもが恐ろしくなって、私は背を向けて逃げ出した。
瞬間、背後で何かが蠢きだす。
それが何かだなんて、振り向かなくても理解できた。
急ぎ、遮断しなくては。
大幅なパワーダウンに繋がることは理解している。
だが、念のために、と向こうの豚に残しておいて正解であった。
少しでも、力を向こうに――――。
「え? べ?」
視界の半分が消失した。激痛が走っているのだろう。
でも、半分しか残っていないであろう脳では、それを認知することができなく。
そして、どうしてこうなってしまったのかと考える暇さえなく。
私の意識は遮断された。




