289食目 異変 ~終焉のアリーナ~
◆◆◆ エルドティーネ・ラ・ラングステン ◆◆◆
大きな揺れを感じた。
果たして地震であっただろうか。
答えは否。
ただの地震に、このような陰湿的な波動を感じることなどありはしない。
「っ! 鬼力!? いや、それよりも、もっと濃くてどうしようもないほどに吐き気を催す邪悪な意志っ!」
正しく暗黒。
悲しい力ではなく純粋な悪意しかない。
こんな力があっていいのか。
力そのものが薄汚いなどとっ。
「ぐっ……エルティナっ! この力はっ!」
「あぁ、レギガンダー君。この力は存在しちゃいけない力だ」
そして、この力の発生源は……あぁ、どこかで知った波動だ。
んでもって、それから遠ざかるよく知る波動が三つ。
よく分からんのが一つ。
「変態マスクにレフティコーチとマーキスコーチか。でも、これは」
「地震が鳴りやみませんわっ! コロッセウムに亀裂がっ!」
「パプリカちゃん、そんなレベルじゃないんだぜ。エリンちゃんっ!」
「うんっ。みんな、コロッセウムを出るよっ」
既に観客たちも異変を感じ、我先と逃げ出している。
ニューパさんもH・モンゴー君に抱き上げられて避難を開始。
あの人、おっぱいデカすぎて走るのが遅いからなぁ。
「リューネちゃんたちは……」
既に姿が見当たらない、いやっ! あれはっ!
「ヤーダン主任っ!」
倒れているっ! それに強化ガラスに付着したおびただしい血痕!
まさかという感覚に襲われるが、ヤーダン主任の波動は安定している事に気付いた。
ということは意識を失っているだけ、という事になる。
ならば、あの血痕は彼女以外? では誰だ?
波動が確認できないのはフルベルト王子、リューネちゃん、そしてマッチョお爺ちゃんの三人。
そして、彼らの護衛三人。
「エルティナっ!」
「ガンテツ爺さんっ!」
「悪意の塊が来るぞいっ!」
「分かってる! もうエルティナイトを呼んだ!」
だが、彼が来る前に悪意の塊は飛び出してくるだろう。
既にそれは地表に亀裂を走らせていたのだから。
「クロナミに戻っている時間はないかっ!」
「ガンテツ爺さんっ、ヤーダン主任が取り残されているんだっ!」
「なんじゃとっ!?」
特別観覧席に視線を送る、とそこにはクロヒメさんの姿が。
そして、強化ガラスが見事に粉砕されているという。
意識を失っているヤーダン主任を抱き上げたクロヒメさんは、こちらに手を振ってみせた。
どうやら、ヤーダン主任は無事であるもよう。
ならばあとはリューテ皇子とフルベルト王子の安否。
ついでにマッチョお爺ちゃんもな。
「その前に、アレをなんとかしないとかっ」
地表を突き破って姿を現した巨大な何か。
余裕で30メートルを変えるのではなかろうか。
白い少女を中心に、花に見立てた醜悪な植物が全てを貪りながら飛び出して来たのだ。
エゴの塊のような臭いを撒き散らすそれに、俺は思わず嘔吐してしまう。
「うげっ、ひっでぇ臭いだ! ゲロ以下の臭いだなんて初めてだっ!」
「なんなんだ、あれはっ! あっちゃならないだろ!」
気持ち悪さが和らいだのは、レギガンダー君が桃結界陣っぽい何かを発生させたからだ。
たぶん、無意識で発動させたものだろう。
俺を護ってくれているに違いなかった。
「ありがとう、助かったよ」
「え? わわっ? なんだ、この桃色の膜はっ!?」
やっぱり無意識だった。
でも、光と闇を理解した彼なら、力に飲み込まれることはないと信じたい。
「これが終わったら、本格的に桃仙術を教えてやるさ」
口を拭い、悪意その物を具現化したかのような花と対峙する。
そして、その花から伸びる触手に乗る人物の姿。
「ようやく……希望の花が開花したか。礼を言おう、レフティ君」
そこにいたのは、リューテ皇子とフルベルト王子を抱きかかえたマッチョお爺ちゃんだった。
そして、青コーナーのゲートにレフティコーチたちの姿を確認する。
「マーシさんっ! これはどういうことだっ!?」
「全てはドワルイン王国の未来のために」
そういうや否や、マッチョお爺ちゃんは抱きかかえていたリューテ皇子とフルベルト王子を白い花へと投げ入れる。
それを許したら全てが終わる、と俺の直感が訴えた。
「精霊魔法!【うほっ☆健全なるレスキューマッチョ】発動!」
もりっと魔力が消費され、海の精霊マッソー緊急出動。
今まさに、白い花に喰われようとしていた幼女とショタを救出する。
「おまえは……そうか、邪魔をするか【精霊王】」
「おいぃ、勘違いすんじゃねぇぞ。俺は精霊王じゃない」
マッチョお爺ちゃんは怪訝な表情を見せた。
彼は精霊王の存在を知っているのか?
そうだとしても、俺は精霊王ではないし、そもそも精霊王はエリンちゃんに宿っている。
精霊魔法を行使できるからといって、精霊王足り得るとは思えないのだが。
俺の中に何かを見たというのか? 彼は。
「これは異な事を。精霊を従え、あまつさえ【自発的】に動かすなど、精霊使いにできる御業ではない」
「自発的? おまえは、何を知っているというんだっ!?」
ニヤリ、と口角を上げるマッチョお爺ちゃんは、その右腕を高々と上げた。
「全てだ。この星の誕生から、そして滅びに向かう戦い。そして、精霊王の失態もな」
「なんだって?」
「精霊王よ、おまえの時代は終わったのだ。これからは、【私】の時代だ」
その部分だけ言葉がぶれた。
やはり、俺の知っているマッチョお爺ちゃんではない。
操られている、そう確信した。
同時に白い花からの触手攻撃。
情け容赦のない攻撃は一本や二本ではすまない。
触手が変幻自在に動く度に悲鳴のような音が頭の中に響く。
悲しくもあり、おぞましくもあるその音は、生きていようが死んでいようが構わない、といわんばかりに無差別攻撃を開始。
破壊の波がコロッセウムに押し寄せる。
砕け散り砂になってゆくアリーナは、ドワルイン王国の栄光、その崩壊を意味していた。
「コ、コロッセウムがっ!」
「ガンテツ爺さんっ! リューネちゃん達をっ!」
桃結界陣と魔法障壁のコラボで触手を防ぐ。
しかし、一枚や二枚ではまったく追いつかない。
多重魔法障壁でこれを凌ぐ。
やっぱり、パリンパリン、いいながら壊れて、いやぁ頭に来ますよっ。
「し、しかしっ! おまえさんを置いて……」
『いいから、さっさと行っておくれ!』
『んもう、無粋な花ねぇ。折角、ガンテツ爺さんとやり合えると思ったのに』
迷いを見せるガンテツ爺さんの下に現れたのは戦機に乗り込んだ鬼たち。
熊童子ことプルルさんと、茨木童子ことユウユウ閣下だ。
「行ってくれ! エルティナイトはもう少しかかるっ!」
「なんじゃとっ!?」
「コロッセウムの外に、こいつの根が飛び出してんだよ! 今、エルティナイトが焼き払っている!」
恐ろしい事に、この異形の花の成長速度は異常であった。
コロッセウムを飛び出した根は、ありとあらゆる物を捕らえ養分を吸い尽くし砂へと変えてゆく。
それは無機物だろうと、有機物だろうとお構いなしにだ。
これを知り得たのはエルティナイトと視覚を共有して、あいつがどこにいるのか把握しようとしたからである。
俺の言葉を受けて、ガンテツ爺さんは「むぅ」と唸り、しかし、己の使命に気付いたようで。
「相分かった! エルティナ、死ぬでないぞ!」
「あぁ、分かってるさ!」
ガンテツ爺さんはリューネちゃんとフルベルト王子を抱きかかえ、コロッセウムの外へと脱出を試みた。
しかし、それに従わないのはレギガンダー君だ。
「レギガンダー君もっ!」
「俺はここに残る。そのために、この力を授かったんだろう!」
レギガンダー君は不慣れながらも桃力を行使した。
それは俺の桃結界陣に作用し効果を倍増させる。
「あれは、あの力はダメだっ! 不幸を作るだけだっ!」
「そうだな。止めなくちゃなならない。男の子は辛いな」
だが、どうすればいい。
きっとプルルさんやユウユウ閣下でも時間稼ぎにしかならないはずだ。
その証拠に鬼力は効果を発揮できていない。
しかも、桃力でさえ弾き返されている。
いったい、あのわけの分からない膜はなんだ。
陰でも陽でもない、不確かな力。
『くろ~!』
その時、赤コーナーのゲートから見慣れた機体が姿を現した。
桃色の機体はホビーアインリール。
そして、それを動かしているのは鉄の精霊。
「クロちゃんっ! でも、そいつは……!」
損傷しまともには動けないであろう相棒は片腕が失われたまま。
パーツの到着は期待できない、この状況は、しかし俺に迷いを捨てさせた。
「アイン君っ!」
「あいあ~ん!」
急ぎ、桃色のホビーアインリールへと駆ける。
しかし、そこに大量の触手攻撃。
「っ! 防げるのかっ!?」
多重魔法障壁を発動。
でも、お煎餅みたいにどんどんカチ割られてゆく。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
時間稼ぎにもならないので、ころころと地面を転がって触手の突き攻撃を凌ぎました。
「レギガンダー君は下がって!」
「わ、分かった!」
俺の指示に従い、レギガンダー君は後退。
青コーナーのレフティコーチ達の下へと向かう。
それをサポートするのはユウユウ閣下とプルルさんだ。
でも、この二人であっても触手の攻撃を凌ぐのはきついようで、機体がどんどん損傷してゆく。
『歯痒いねぇ!』
『そろそろ、専用機があってもいい頃合いなのかしらねぇ?』
ユウユウ閣下が鬼力を濃くする、とボングから煙が噴き出した。
触手は防げるが今度は機体が持たない、という不具合が発生しているもよう。
『金爺さんがなんとかしてくれるだろうから、今は我慢するしかないよ』
アロレディの左腕が触手に貫かれ千切れ飛ぶ。
白い花の力と鬼力は相性が最悪のようだ。
まったく効果をなさない鬼力を諦め、プルルさんは桃力に切り替える。
一方の俺はようやくホビーアインリールに到着。
クロちゃんが降着状態にしてくれたお陰で、なんとかコクピットによじ登ることができた。
転がり込むように座席へと着きハッチを閉める。
一瞬の闇に包まれ、続いて機械の輝きが狭い世界を照らす。
「うおぉ……ステータスが真っ赤だぁ」
「くろ~」
やはり無茶をしたせいで、まともに戦える状態ではない。
しかし、この現状ではホビーアインリールに再び無茶をさせるより他にない。
「頼むぞ、相棒っ!」
しんどそうな駆動音を上げながら、ホビーアインリールは立ち上がった。
右手には試作型の光素ライフル。準決勝で使用した武装のままだ。
果たして、俺たちはこの強大な敵を、どうにかすることができるのであろうか。




