280食目 生まれてきた意味を求めて
「くぅわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
咆哮を上げる。
制御できない力の解放に俺は歓喜と恐怖を覚え、しかし、これは完成への一歩であることを強く認識した。
これが、憎しみ、憎悪! 今、魂でしっかりと理解した!
レギガンダーには礼を述べたい気分ですらある。
その礼の言葉は、代わりに恐怖というもので代わりとさせていただこう。
赤黒い輝きは増大してゆく。
やがてそれは小さなホビーアインリールの右拳をサイコ・ジャイアント並みの巨大さへと至らせた。
『なっ!?』
喋らせない。耳障りだから。
甲高い金属音。
赤黒い輝き同士が衝突した音。
吹っ飛ぶ紫色の巨人は、しかし、大したダメージを負っていない。
だが構わない。
中に乗っているヤツは今頃、どんな気持ちになっているのやら、だ。
距離なんて開けさせない。
赤黒い紐を左腕からのばして絡め取り引き寄せる。
『な、なんで、抵抗できないっ!? サイコ・ジャイアントっ!?』
「力ってのはなぁ、格上に従順なんだよぉ!」
再びぶん殴る。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
それは、紫色の巨人にダメージを与えない攻撃。
俺はそれを理解しつつ、わざと行った。
「一方的に殴られ続ける怖さを教えてやる」
『ひぃっ!?』
機体にダメージは無くても、パイロットには振動が伝わってくるだろう。
そして、俺の殺意も。
このまま殴り続けて戦意を奪うのもいい。
俺を小馬鹿にした報いを受けてもらう。
あわよくば、このまま降参してくれないかなぁ?
「あっ」
なんという事でしょう。
悪い子ちゃんに集中できなかったせいで、暗黒面モードが解除されてしまいました。
いやいや、集中しないと暗黒面が解除されちゃうって、俺、面倒臭くね?
これじゃあ頭の上に【!?】を付け難くなっちまいますよぉ!
「くそっ、鬼力が切れちまった」
ここからが本番だったというのに。
桃力と同等量を混ぜれば、真なる力がどのようなものかを体験することができた。
そうすれば、自由自在とはいかないであろうが陰陽の力を扱えるようになっていたはず。
よし、もう一度、悪い子ちゃんモードだ。
力んでみたものの、出たのは破裂音だけでした。
俺って、熱しやすく冷めやすいお子様だったもよう。
「もう一度、鬼力だっ。何か、憎悪が沸き起こることを言ってくれ、アイン君っ」
「あ、あい~ん!? て、てっつ~?」
「うんうん、おならぷーこ、ねぇ。そんなんじゃ甘いよ」
「いあ~ん」
ダメだっ、アイン君では優し過ぎて憎悪には程遠い!
「じゃあ、クロちゃんで」
「くろっ!? くろ~……くっくー!」
「【おにょらんぺち】、かぁ。言葉の意味は良く分からんが、とにかく迫力だけは伝わった」
よし、諦めよう!
『くそがっ! なんだって言うんだよっ! おまえっ!』
しまった、もたもたしている間にレギガンダー君が立ち直ってしまった。
この珍獣、何百回か目になる一生の不覚っ!
「こうなったら、正攻法で攻めるしかねぇ! 桃力ぁっ!」
「あい~ん」
「最初っからそうしておけって? さーせん」
反省したので、この件は終了と相成りました。
さて、咄嗟の思い付きでホビーアインリールを戦える状態にはしたものの、決定打に欠ける状態だ。
光素剣はやり過ぎると最悪、爆発四散することが判明してしまってさぁ大変。
これも、桃力がハッスルし過ぎて調整を怠ったのが原因。
光素剣がバチバチ言っているので間違いない。
まさか、桃力の方が調整を誤るとは、この珍獣の目をもってしても……あっぶねっ!?
考え事をしていたら、サイコ・ジャイアントさんがロケットパンチをかましてまいりました。
なんでもできるな、おめぇっ。
『避けるんじゃねぇよ!』
「避けるに決まってんだるるぉっ!?」
飛ばした腕は謎技術でそのまま飛行し、バンバンと赤黒い光線をぶっ放してくるという凶悪ぶりに、桃使いを辞めたくなっちまいますよ~?
でも、この光線は光素剣で切り払える感じだ。
やはり気を付けるべきは凝縮された鬼力。
あれを封じない限りは勝機は無い。
となれば精神に干渉するしかない。
そうすれば動揺から鬼力が弱まるであろう。
では、その方法はというと、会話による情報の引き出しか、直接精神に干渉するかである。
だが、この桃仙術、ちょー苦手。
今まで成功したことが無い。
実験対象がモフモフだったから、という可能性もあるが、術自体が発動しなかったので素質がない可能性もある。
でも、男は度胸。
なんでもかんでも試してみるんだぜ。
「桃仙術・桃光精接っ」
……その番号はただいま使われておりません。
「失敗したっ! これだから嫌なんだっ!」
この怒りはやがて憎悪となって、ちょっぴり鬼力が出ました。
俺の憎悪、安すぎぃ!
「うっ!?」
その時の事だ、桃光精接の効果が残っていたかどうかは分からないが、時が止まった感じがした。
実際は時が止まっているのではなく、思考が超加速しているのだという。
「こ、これはっ……!?」
精神接続系の桃仙術は俺にとある記憶を観させてきた。
それは、とある薄暗い部屋。
どうやら子供部屋のようだが、部屋は汚らしく掃除された気配がない。
あたりに散らばるのは紙屑や鉛筆、クレヨンなども見受けられた。
カーテンを閉めて一切の光を拒む様子は、心までも閉ざしていることを理解させる。
記憶の主はレギガンダー君で間違いないだろう。
膝を抱えながら爪を噛んでいるようだが、それに鉄の味が混じっているのを認識。
異常なほどの飢えは、決して空腹から来るものではないようだ。
床に散らばる紙は、よく観察すると手で引き裂かれた写真のようだ。
そこには、笑顔のレギガンダー君と両親、そして生まれたばかりの赤子の姿。
でも、その破き様から酷い憎しみが込められていることが嫌でも分かる。
幸せそうな家族写真を破り捨てる、という行為に走らせた背景はいったいどのようなものか。
「俺は、屑なんかじゃない。おれは、くずなんかじゃない。オレハ……」
壊れた玩具のように同じ言葉を呟く少年は、やがて行き場を求めていた怒りを物にぶつけ始める。
手あたり次第、手に取っては壁に向かって投げつけ壊していった。
中には、大切な思い出のある物だ、と理解しつつも投げつけて壊してゆく。
酷い感情だった。
吐き気を催すほどに黒く悲しい記憶は、両親への失望と、妹への嫉妬と妬み。
彼は自分の全てを妹と比較され、そして、劣っていると判断された。
幸せだった彼の人生は、わずか数年の生でどん底へと転落する。
血の繋がっている親からの辛辣な言葉は、レギガンダー少年の心を彫刻刀で削り取ってゆくかのようだ。
わざとらしく妹を優遇する行為など吐き気を催す邪悪その物。
まだ、劣っているとは確定できない、未来ある子供に対して恥ずべき行為。
だというのに、自分たちは正しいのだ、という妄信は正しくレギガンダー君を暗黒の世界に向かわせる片道切符。
その妄信はやがてエスカレートし、遂には育児放棄となって形に現れる。
この国には一応、子供を守る法律はあるが、それも上級市民ともなれば捻じ曲げることが可能なもよう。
レギガンダー君は何度か毒殺されかけたことが、その記憶から分かった。
それも、実の母親から。
まさに外道。
だからこそ、レギガンダー君は幼くしてアリーナ戦士となった。
そう、彼は楽しいからではなく、生きるために戦い続けてきたのだ。
元を辿れば、彼の力を追い求める理由がこれ。
ただ生きるため、という悲しい現実は、しかし、敗北を許さない。
負ければ賞金を獲得できず、飢えて死ぬしかない。
正真正銘、真剣勝負。
だからこそ、彼は形振りを構わないで戦い続けた。
その結果がラフファイトの形になったに過ぎない。
「レギガンダー君の方が、よっぽど戦機乗りの素質があるじゃねぇか」
このジュニアリーグの誰よりも、戦機乗りとしての素質があると判断できる。
彼は毒親に縛られたままじゃダメだ。
自分の力で生きてゆけるのであれば、自由になるべきだ。
この世界には、そのための術が、手段があるのだから。
「気付かせなきゃ、自分には生まれてきた権利と理由があることにっ」
景色が一瞬で変化した。
そこは、どこかの研究施設。
色々な作業機械があることから、戦機の建造工場だと理解できる。
意識の主は果たして何者か。
視界がぐりぐりと動くものの、命の鼓動を感じることはできない。
不意に視界を下に下げる。
足元では白衣を着た大人たちが、ああでもない、こうでもない、と口汚く言い争っていた。
この足の形状は間違いない、サイコ・ジャイアントのものだ。
『この木偶の坊め、起動すらしやがらねぇ』
『理論は完璧だ。悪いのは、この鉄屑の方だ』
『役立たずの、金喰い虫め』
自分たちで作った、というのに酷い言い分にムカムカと腹が立つ。
でも、サイコ・ジャイアントは戦機なので喋ることはできない。
ただ、自分への不当な侮蔑の言葉をぶつけられるのを耐えるしかなかった。
そんな光景が繰り返されたある日、彼は一人の少年を宛がわれた。
それが、レギガンダー君。
その日、サイコ・ジャイアントは初めて起動に成功した。
この出会いは、果たして奇跡か、それとも悲劇の始まりだったのであろうか。
サイコ・ジャイアント自体はただの入れ物。
でも、あまりにも黒い感情を叩きつけられたせいで、それが形成される環境は整っていたのだ。
サイコ・ジャイアントの初めての起動は、レギガンダー君の光素に反応してのもの。
その温かで、しかし、悲しみを帯びている輝きに反応し、サイコ・ジャイアントのエレメコアから小さな黄金の輝きがレギガンダー君の胸へと移動していった。
果たしてそれは、何物であっただろうか。
だが、その時、両者は確かに繋がった。
そして、それはサイコ・ジャイアントに生まれてきた理由を与えたのだ。
以降、サイコ・ジャイアントは公の場に出るまで、レギガンダー君の相棒として、彼だけの事を想い、いかなることにも耐え続けてきた。
でも、彼には致命的な欠陥があった。
そう、サイコ・ジャイアントには善悪の区別が無い。
レギガンダー君を優先する行動は、人の命を奪う事にすら一切の躊躇が無いのだ。
出会うべきではなかったのだろう。
この両者は。
出会ってしまったがため、二人の境遇が似すぎていたが故に、もう引き返せなくなってしまっている。
このまま進めば滅びるだけ。
でも、この二人はどこまでも行ってしまうに違いなかった。
これは悲劇だ、圧倒的な悲劇。
―――僕を壊して。
声が聞こえた。
―――レギガンダー君を、光差す世界へ。
それは酷く幼くて、でも切実で。
ただひたすらに、レギガンダー君の事を想う心は、確かにサイコ・ジャイアントのもの。
彼は理解している。
自分がレギガンダー君を破滅へと導いてしまう事を。
それを分かっていても、自分ではどうにもできない事を。
「……分かったよ、サイコ・ジャイアント」
俺は、この切なる願いを聞き入れた。
同時に桃光精接の効果が切れる。
通常の時間軸に急に戻って吐き気を覚えたが、ここはなんとか耐えた。
「アイン君、クロちゃん!」
「あいあ~ん!」
「くっくー!」
俺から溢れ出る力は、果たして桃力であっただろうか。
「俺たちは見せなくてはならない! 伝えなくてはならない! レギガンダー君に本当の優しさというものを!」
コクピット内に満ちる純白の輝きは、桃力でも、鬼力でもない、第三の力か。
「想いよ、今こそ形となって俺に示せ!」
その時、俺は確かに竜の咆哮を耳にした。




