273食目 前世の記憶 ~死霊騎士クロエ~
◆◆◆ クロエ ◆◆◆
あぁ、この感覚だ。
とても気怠くて、寂しくて、悲しくて……でも、気付けば何かに護られているかのようで。
なのに酷く不安になる、そんな力。
私のおぼろ気だった前世の記憶の一部が鮮やかに蘇った。
今の私を構築していたのは、前世に置いて全てが終わった後のミオとの生活。
なので、私はミオと再会するまで不安定な存在だった。
だから、生贄なんてものに選ばれてしまったのだろう。
その当時の事を思い出すと恥ずかしい。
今のように強くもなく、大人に力尽くで押さえられていた。
『一気に決めさせてもらうよっ』
『調子に乗ってるねぇ、僕にはまだ奥の手が……なんだい、金。今は忙しいんだ、後にしておくれ』
あれ? なんだかクマドウジの様子がおかしい。
でも、そんなことは関係ない。
この力で君を斬る。
右の手を手刀に、その全てを刃に変えて。
かつて、そしてこれからも、私とミオの行く手を阻む者は、この力で切り裂く。
右手を振り上げる。
変貌した戦機は、まるで私の身体のような感覚を与えた。
『やあっ!』
使い慣れた刀のような一振りは熊童子の鬼力をバッサリと切り裂き、アロレディの首を刎ね飛ばした。
でも、この結果は彼女の囮。
本命はクマドウジが直接、私に力を送り込んで来ること。
『さぁ、自分の罪に殺されるといい』
『元々殺された状態の私が、どうやって殺されるというの?』
『なんだって?』
『あなたの力って、罪の意識に語りかけること。だから、真正の悪人や、私のような罪そのものには通用しない』
私はクマドウジの能力を無効化し、悲しく輝く赤黒い手刀をアロレディの胸部に突き刺す。
そしてそのまま、彼女のコクピットブロックを掌握した。
『……はっ!? も、申し訳ありませんっ! あまりの出来事に意識がぶっ飛んでおりましたっ! 突如、謎の力で変貌したホネ選手のアインボクサー! ってぇ! 勝負ついちゃってるぅぅぅぅぅぅっ!?』
ごめんね、実況さん。
ほんと、無茶苦茶な展開になっちゃった。
ここでゴング。
私がクマドウジのコクピットを握った結果、KO勝ちとなったのだ。
『やれやれ、油断したねぇ』
『元々、負けるつもりだったんでしょ』
『さぁて、ね。でも、負けは負けだよ。僕に勝ったからには優勝を目指すことだね』
『もちろん』
終始、本気じゃなかった人にそう言われてもねぇ。
ちょっと納得しかねる試合だったけど、私はこの戦いを通して忘れてはならない事を思い出した。
私は罪人。
それは前世でのことだ、とミオは言ってくれるだろうけど、この事を思い出すという事はまだ罪は清算され切っていない、という証なのだ。
選手控室に戻るとミオとエルティナちゃん、そしてガンテツお爺さんが出迎えてくれた。
エルティナちゃんの友達だ、という赤毛の少年アーガス君の姿もある。
「おかえりにゃ、クロエ」
「それは、どっちの意味?」
「両方。どっちもクロエにゃ~ん」
「うん、ただいま」
ミオは、あの頃のように笑顔で私を出迎えてくれた。
前世の私は、変貌したアインボクサー同様の姿であり、時折、自我を失って殺戮の日々を送っていた。
そう、私の前世は死霊の騎士。
恐怖と殺戮を撒き散らす死の騎士だった。
でも、くたびれ果てた私の下に、小さな生き物たちが訪れたのだ。
それが、にゃんこびとのミオ。
そして、その妹の【ミケ】。
前世のミオは身長が七センチメートル程度の小人だった。
今のように、人間サイズではなかったのだ。
「おいぃ、クロエ。いろいろと聞きたいことがあるんで、署までご同行願おうかぁ」
「どうしようかなぁ」
「ふきゅん、抵抗するとためにならんぞぉ」
ぐいぐい、と身体を押し付けて来るエルティナちゃんは、かつてのにゃんこびとの習性を思い出させる。
彼らは、とにかく気に入ったものに身体を擦り付けて、自分のにおいを付けたがるのだ。
「うわ~、それは困る~」
「堕ちたな」
いつものやり取りは、私に恐怖を覚えていない、と判断してもいいのだろうか。
とにかく事情を説明すべく、私たちは選手控室を後にした。
あ、アインボクサーは私が降りたら元に戻ったよ。
あのままじゃ、大騒ぎになるからね。
向かった先はコロッセウム内の喫茶店。
落ち着いたアンティーク調店内は、今の時間、お客さんも殆ど見かけない。
手前のカウンター席に二人ほど腰を掛けてコーヒーを飲んでいた。
手にしているのはギャンブルの新聞だろうか。
時折、うんうん、と唸っている。
奥の席に向かい、そこで軽い物を注文してから私の過去を説明することになった。
それは同時にミオの過去も説明することにもなるので、彼に同意を求める、とミオは気にしなくてもいい、と言ってくれた。
「えっと、なるべく簡単に説明するね」
「三行で頼む」
「ふぇ~っ!? 無茶苦茶だよぉ」
エルティナちゃんの無茶ぶりは今に始まったことではない。
とても三行で説明できないのだが、なんとか三行で纏めてみた。
「世界の危機に死霊騎士の私とにゃんこびと頑張る。
世界ヤバい。仲間集まった。
頑張って世界すくった、私消えた、めでたし」
「なるほど、分からんっ!」
絶対にそう言うと思ったよ。
「お待たせしました。極厚ビーフサーロインセットでございます」
「軽い物……だったよな?」
ミオの頼んだ軽い食事にアーガス君が呆れた表情を見せる。
私たち、にゃんこびとにとっては軽い物でも、人間の少年はとても重い物なのだろう。
私も死霊騎士になる前は人間だったらしい。
でも、生まれてすぐに死霊騎士にさせられてしまったので、人間の感覚が良く分からない。
「お待たせしました、とんこつラーメン爆盛チャーシューメガマウンテンです」
「あ、それ私です」
やっぱりアーガス君は表情を引き攣らせた。
大丈夫、ちゃんと完食できるから。
「お待たせしました。メガトンお子様セットです」
「それ、俺」
「エルティナ、おまえもか」
エルティナちゃんが頼んだものは、お子様セットという名の詐欺料理。
人間の子供では食べきれない、と表記され、総重量四キログラムにも及ぶ一品だ。
炒飯、オムレツ、とんかつ、スパゲティが山盛りになっているそれを、瞬く間に完食するエルティナちゃんは、デザートにアトミックパフェを注文。
店員さんに怪奇現象でも見たかのような表情にさせてしまった。
まぁ、私も似たようなことをするんだけども。
ちなみにガンテツお爺さんは、おにぎりセットを注文。
アーガス君はサンドイッチを頼んでました。
「さて、話を聞こうかぁ。むしゃむしゃ」
「うん、話すね。はむはむ」
「おねーちゃん、おかわりにゃ~ん」
「おまえら、食うか話すか、どっちかにせんかっ」
「「「ごめんなさい」」」
ガンテツお爺さんに怒られちゃいました。
「それじゃあ、説明するね。昔々、この世界ではない別の世界に……」
惑星ティエリ、そこが私たちが元々存在していた場所。
高度な科学技術が存在し、でも自らが生み出した悪夢で滅びた世界。
その悪夢の名は【厄災】。
十二の獣からなる凶悪無比の化け物たちの手により、人類は滅びを迎えんとしていた。
でも、それに立ち向かった者たちがいた。
それが私たち。
死霊騎士だった私は、とある森の中でくたびれていたところをミオに発見された。
出会いは偶然だったのか必然だったのか。
でも確実に言えることは、ミオは私にとって光であったこと。
そして、厄災が私の敵であった事だ。
当時、理由は定かではなかったけど、私は厄災たちを敵だと認識していた。
正しくは認識させられていた、であろうか。
成り行きからミオとの契約を結んで、以降、彼は私の主となった。
その代償は彼の命を貪ること。
でも、ミオは圧倒的な生命力の持ち主。
その上で強靭な精神力を備えていた。
能天気過ぎるのが、ちょっぴり気になるけど。
やがて、【ヴァルナ】という女性を中心とした対厄災組織が発足する。
その組織は超文明の遺産であるホワイトキメラという戦艦を運用し、ホワイトキメラ隊と呼称されていた。
その中核戦力となったのがミオと私。
厄災を滅ぼすことができるのが、私とミオだけだったから当然と言えた。
でも、やがてミオは私の想像を遥かに超える成長を見せてゆき、遂には自分だけの能力を手に入れてしまった。
私はそれに焦燥感を覚え、時に失敗を重ねてしまう。
それでもミオは私を見捨てることはなかった。
こんな不気味な存在である私を、家族だ、と言ってくれたのだ。
そして、それは行動で示してくれた。
私が捕らわれの身になった時も、運命に囚われていた時も、彼は私の下に駆けつけて、それらを打ち砕いてくれたのだ。
やがて、私は肉を纏う事になった。
容姿は今の私と同じ。
でも、おっぱいやお尻が大きな大人の姿。
それでも、ヴァルナさんには敵わなかったけど。
「あと沢山の仲間がいたよ」
「そっか。よかったな」
「うん。私には勿体ないくらいの良い人たちばかり」
今はもう会えない、懐かしい顔が浮かんでは消えてゆく。
そして、双子の兄であり、同時に蛇の厄災だった兄の姿も。
最後に……全ての人類の罪を背負った悲しい人の顔も。
「んで、最後に人類の罪を全部背負った【ジャーク十三世】ってのをやっつけて。めでたしってわけかぁ?」
「正確には、やっつけたわけじゃないけどね」
「全部の悪いものを持って、星を出て行ったにゃ」
そう、ミオの言う通り。
彼は人類に絶望しながら、でも、人類を信じた。
その後の彼の顛末は分かりようがない。
だって、私も死霊騎士としての役目を終えて消えてしまったのだから。
「そのクロエが、こうして第六精霊界に転生してきたってわけかぁ?」
「ちょっと違うかな? 私、仲間たちの祈りの力と、もう一人の【死霊騎士】の願いによって、直ぐに【にゃんこびと】に転生したの」
「ふぁっ!? まじかぁ」
「まじだぁ」
その後、ミオと再会して、一緒に暮らして。
そして、ミオより少し早く天寿を全うしちゃった。
でも、気付いたらこの世界にいて、またミオを探していて。
そして、彼は私の下へと来てくれた。
「こんな感じかなぁ? ちょっとかなり大雑把だけど」
「ふきゅん、かなり凄まじい人生を送っていたことだけは分かった」
話を聞く限りじゃ、エルティナちゃんも大概だけどね。
「結論から言おう」
「うん」
「セーフっ」
「許されたっ」
こうして私の事情は全て話した結果、エルティナちゃんは大丈夫との判断を下してくれた。
でも、、それでも、私の罪が消えることが無い。
血で真っ赤に染まった骨だけの我が身、その記憶が消えることはないのだ。
そんな私でも、何かできる事があるのであれば……。
「クロエ」
「ミオ」
ミオが私の手を握ってくれた。
骨だけの時とは違って、しっかりと彼の温もりを感じることができる。
今は彼と共に戦い続けよう。
いつか、私がこの世界に生まれた理由が分かる、その時まで。




