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271食目 熊童子

 俺たちは取り敢えずアダルト選手控室へと向かう。

 ヤーダン主任を労わん、とアーガス君を引き連れ部屋に突入した。


「お子様警察だっ! ドスケベ法違反でアクアクンママを逮捕するっ!」


 これに、大部分の選手は納得を示したという。


「何をしに来たんじゃ、おまえさんは」

「ふきゅん」


 しかし、そこに居合わせた珍獣ハンター・ガンテツに捕獲されてしまいました。


「おや、エルティナちゃん。あはは、負けちゃいました」

「そんなことは、どうでもいいんだぜ。本当に虎熊童子の下へ行くのか?」

「約束ですからね。絞れるだけ絞ってあげます」


 そう言い切ったヤーダン主任は、とても凶悪な微笑を湛えておりました。


 虎熊童子の何を絞り切るのかは分からないが、彼の冥福を祈っておいた方がいいかもしれない。

 それほどまでに、ヤーダン主任からは渇きのような物を感じ取ることができたのだ。


 なので俺がする行動はただ一つ。


 ……そっとしておこう、だ。


 とここでアクア君を抱っこしたクロヒメさんが選手控室を訪れる。

 どうやらアクア君がぐずって、どうしようもなかったもよう。


「う~」

「ほら、おいで」


 ヤーダンママがクロヒメさんからアクア君を受け取った途端に、アクア君は超ご機嫌になりました。

 やはり誰が母親であるか、赤ちゃんにも分かるのだろう。


「妬けちゃうわね。あ~あ、私も赤ちゃん欲しいなぁ」


 ざわっ……!


 それは爆弾発言だったのだろう。

 急にそわそわし始める野郎たち。


 その視線はクロヒメさんのビッグなお尻に注がれまくっている。


 俺知ってるんだ! こーいうのを安産タイポって言うんだって!


 ということは俺も安産タイポだった?

 エッチな視線が注がれちゃ~う!


 今は全くそんなことはないけどな。


「その内、良い人が見つかると思いますよ」

「私より強い男が?」

「……うん」


 今、めっちゃ返事を絞り出してたんですが?


 ヤーダンママは固い微笑を浮かべたまま、アクア君の頭を撫でて誤魔化したのでありましたとさ。




 さて、いよいよ鬼との対決が迫っているホネことクロエは、むしゃむしゃとクッキーを口に詰め込んでおりました。

 その隣ではミオが、もりもりと焼きそばを貪り食っているという。


 目を離した瞬間に、高確率で口をもごもごさせるこの二匹は、実のところ光素の塊のような存在だ。


 圧倒的な身体能力と肉体の頑強さ、そして超動体視力。

 この二人が経験を積んで成長すれば、誰も敵わなくなるのでは、と容易に想像させる。

 そんな魅力が二人にはあった。


 しかし、それもミオと比べれば一歩劣った位置に居るのがクロエだ。


 決して才能に劣るという意味ではない。

 問題はその性格であろう。


 彼女はどうにも一歩引いた立ち位置に納まるのを好むようで、自分から目立つという事がない。


 言い表すなら、奥手、という言葉であろうか。

 だがこれも、しっくりくるかと思えばそうではない。

 やるべき場面では、しっかりと前に出るのがクロエだ。


 絶妙に自分を出さない、それが今のクロエであろうか。

 ミオに依存している、という表現は決して間違いではないような気もするが、一応自分でなんでもやっているので、これを当てはめてもいいのかこれが分からない。


 なので、クロエを一言でいえば【微妙】というクッソ失礼な言葉で納まってしまったり。


「クロエ、試合、頑張ってな」

「あふぃふぁふぉ! ふぁんふぁふふぉっ!」

「ぬわーっ!? クッキーを口に入れたまま喋るんじゃぬぇ~っ!」


 クッキーの散弾を受けた俺は、それが目に入って悶絶しました、ふぁっきゅん。


「ミオもやった方がいいのかにゃ?」

「おいバカやめろ。このままでは俺がマジで暗黒面に突入する」


 クロエの真似をしようと企むミオを窘めた俺は九死に一生を得る。

 焼きそばの散弾は命に係わるからやめようね。


 大ダメージを受けた俺の下へと近づく気配。

 それは、とんでもなく陰湿な気配でもあるし、太陽のように温かな気配でもあった。

 何ものにも例えようのない気配に、ふきゅんと振り向けばヤツが居た。


「んふふ、君が食いしん坊の娘かい?」

「く、熊童子っ!」


 先ほどまでは姿が確認できなかった、もこもこドスケベピンク鬼が、音も無く俺の背後を取っていたのである。


 これに俺は思わず身構える。

 両腕を高々と天に掲げ、右ひざを上げる、という完璧な威嚇のポージングだ。


 一説によれば、このポージングは敬虔な信者が神に捧げる祈りの姿勢とも、異世界の大都市のシンボルマークとも言われているが定かではない。


 お母んの記憶なんてそんなものだ、と割り切るのがよろしかろう。

 微妙に記憶に残っているものなんて全部そうだ。


「おやおや、威嚇かい? 可愛いねぇ」

「ぷじゃげんなっ! 俺は桃使いっ、鬼は退治だっ!」

「蛙の子は蛙だねぇ。でも、桃使いは、桃使いを退治するのかい?」


 熊童子はそのような訳の分からない事を供述しており……って、うをぃっ!?


 なんということでしょう、熊童子の右手の内には、確かに桃力の輝きが発生しておりました。


「そ、その輝きは桃力っ!?」

「そうさ、そしてこっちが鬼力」


 そして、左手に赤黒い輝きを発生させる熊童子。

 これに俺は益々混乱が生じた。


「別におかしなことじゃないだろ。陰と陽は本を正せば同じ力から生まれたものなんだから」

「でも、おまえは鬼だろっ」

「そうさ、僕は鬼だ。でも、それがどうしたって言うんだい? 白エルフという名の化物りゅうちゃん」


 こ、こいつ、どこまで知っているんだっ!?


 いや、ということは、こいつは純粋な鬼の四天王ではなく、母の友人の方?

 ヒュリティアが言っていた、プルルン・プルプル・ポヨンの方かっ!?


「……今、物凄く失礼なことを考えてなかったかい?」

「ソンナコトナイヨー」


 熊童子の執拗な質問を無を用いて回避する。

 ヒュリティアとの日々が役に立った形だ。


「あっ、エッチなお姉さんだっ」

「クロエの対戦相手にゃ~ん」


 そこににゃんこびとが加わって話がややこしくなってゆく。


 くそっ、もっと食べ物を与えておくべきだったか。

 あれだけあったクッキーと焼きそばが綺麗さっぱり消滅してやがる。


「やぁ、子猫ちゃん。試合の準備はできているかい?」

「もちろんっ。試合は私が勝っちゃうんだからっ」

「んふふ、大きく出たじゃないか。でも、僕も負けてあげられないねぇ」


 とろんとした垂れ目の熊童子が俺に視線を向けてきた。

 その視線に俺は思わず身構える。


 何故であろうか、まったく殺気が籠っていない、というのに思わず身構えてしまう。


「やれやれ、面倒臭いねぇ」


 そう言って肩を竦めた熊童子は巨大ヒップをフリフリさせながら立ち去ろうとした。


「馬鹿めっ! その隙を狙っていたんだっ!」


 というわけで、その大きなおケツを思いっきり引っ叩いてあげました。

 でも、ぷるるん、と弾かれてしまったわけで。


「残念、僕のお尻はお子様の攻撃を受け付けない」

「おのれー」


 完全敗北を喫した俺は、この日より打倒熊童子を掲げる事になった。

 なので忘れないように紙に書き記しておく。


「こりゃ、それは妥当じゃ。打ち倒すという意味の文字はこっちじゃ」

「なん……だと……?」

「そんなんじゃ、鬼退治はできんのう。勉強の方も誰かに見てもらった方が良い頃合いかの」


 ひぎぃ、お勉強はらめぇっ!


 益々募る鬼への怒りパワー。

 これはなんとしてでもクロエに勝っていただかなくては、俺が陰の力に目覚めてしまいそうである。


 いや、しかし……熊童子に勝つには、最終的に俺も鬼力を使えるようにならなくてはならないのか?


 陰陽一体こそが真なる力。

 それが実現可能であるなら、桃力しか使えない俺に勝ち目はない。


 彼女の桃力は本物だった。

 決して幻覚やホログラムといったちゃちなもんじゃない。


 そして、その実力はこれから始まるクロエとの戦いではっきりとするだろう。


「熊童子……見せてもらおう。鬼の四天王の実力とやらを」

「格好つけとらんで、早う字を書かんか。こうじゃ、こう」

「ぐぬぬ……」


 今後、ガンテツ爺さんによる習字のお稽古が加わりそうで怖いっしゅ。


 つーか、ガンテツ爺さん超達筆。

 寧ろ、これを売ったら良いお金になりそうです、はい。


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