269食目 狂暴なる者と冷静なる者
『大会二日目も後半戦! チャンピオン・ホワイトロードの鮮烈なバトルに! 注目のダークホース、ニャンガーの激烈なバトルも覚め止まぬ内に、更なる追い打ちをかけるがごとく、注目の一戦が始まろうとしていますっ!』
実況さんの実況に熱が入る。
無理もないというもので、これからヤーダン主任と虎熊童子のバトルが始まろうとしているのだ。
これに観客たちもヒート。
大体が野郎ばかりであるが。
きっとヤーダン主任の悲鳴でも聞きたいのであろう。
あわよくば傷心状態の彼女に近づいてワンチャン、とすら考えているバカちんがいるに違いない。
「俺、ちょっと見て来る」
「分かった、リリラータは俺に任せてくれ。アーガス、おまえも行ってこい」
レフティコーチはリリラータちゃんの意識が戻ったことで、もう俺がここに居る必要はない、と判断してくれたもよう。
その上で、アーガス君にも試合を見てくるように指示を出した。
しかし、これにアーガス君は渋った。
「で、でも……」
「すん、すん……わ、私はもう大丈夫ですわ。しっかりバトルを見学してくださいな。そ、それに……恥ずかしいから、暫くどこかに行っていてくださいまし」
目と鼻の頭を真っ赤にしたリリラータちゃんは、抱き付いていたアーガス君を名残惜しくも突き放してそう告げた。
いじらしい少女、と感じても仕方のない仕草であろうか。
「はぁ、分かったよ。行って来る」
「はい、いってらっしゃいまし」
リリラータちゃんたちに送り出された俺たちは、選手専用の観戦席へと向かった。
そこにはレギガンダー君もいて、どこか落ち着かない様子で試合が始まるのを待っていた。
当然、アーガス君がレギガンダー君に食って掛かる。
「おい! レギガンダー! あの試合はなんだっ! それにあの機体……」
「俺は一人で勝てるんだ、俺は一人で勝てるんだ、俺は一人で勝てるんだ、俺は……」
「レ、レギガンダー? お、おまえ……」
俺はアーガス君のズボンを引っ張って、この場を離れるよう求める。
思った通り、レギガンダー君は心に巣食う暗黒に抗い始めていた。
その抗い方に少々問題を感じるが。
きっと、彼は心に大きな隙間を抱えていたに違いない。
その隙間を狙われて、いいように利用されているのが彼の立ち位置であろう。
でも、桃先生が楔を打ち込んでくれたお陰で時間ができた。
後は俺次第、ということになる。
「レギガンダー君は俺がなんとかする。アーガス君も自分の事に集中するんだぜ」
「で、でもよ……」
「決着を付けようぜ」
「え?」
キョトンとした表情を見せるアーガス君に、俺は言葉の続きを送る。
「いつまでも勝者の余裕を見せつけんな、っていってんだ。決勝でボコってやる」
ようやく言葉の意味を理解したのだろう、アーガス君は獰猛な笑顔を見せた。
「いいや、今回も俺が勝たせてもらう。光素だか何だか知らないけど、バトルは最終的にパイロットの腕前なんだからな」
「ふっきゅんきゅんきゅん……必ず決勝にまで上がって来いよ」
拳と拳を突き合わせて、それを誓いとした。
アーガス君が決勝に上がるには去年も勝てなかったジュニアチャンピオン・ブルーサンダー選手に勝たなくてはならない。
アーガス君に対する大きな壁が彼だ。
『赤コーナー! 魅惑のシングルマザー! アクアクンママの登場だっ! 本日は彼女のお子さんも応援に来ているとのことっ!』
大声援がおっかないです。
これが阿鼻叫喚の悲鳴に変わるんやなって。
『青コーナー! 残虐非道の猛虎! 彼の凶悪な牙は、果たしてアクアクンママの柔肌に突き立てられてしまうのかっ!? トラクマドウジの登場だっ!』
こっちはこっちでブーイングの嵐。
でも、虎熊童子は慣れっこなのか、寧ろ心地良さまで見せつけている。
両者とも機体は前戦と同じくアインラーズとアインドーガだ。
ただ、ヤーダン主任の装備が変更になっている。
ライフルはそのままだが、機体の背部に大型の独立スラスターが装着されているのだ。
そして、腰には六本もの柄のような物。
「あれは見たことがあるな……確か眼帯兄貴が使っていた高機動型か」
「詳しいな。そうさ、アレは高機動型。扱いが難しいから、狭い闘技場で使うやつは殆ど見かけない」
いったい、どんな戦い方をするのだろうか。
ヤーダン主任の腕前は良く言えば何でもできる、悪く言えば器用貧乏といえる。
『おい、女ぁ』
唐突に虎熊童子がヤーダン主任に語りかけてきた。
『はい、なんでしょうか?』
『俺が勝ったら、ヤらせろ』
いきなりのレイプ宣告っ!
やはり、鬼は問答無用で退治しなくてはならないっ!
俺は全力で桃力をこね捏ねし始めました。
えぇ、桃スペシャル・スクリューピーチクラッシャーでござます。
こいつで虎熊童子の顔を吹き飛ばしてご覧に入れましょう。
『はい、いいですよ』
『まぁ、嫌だって言っても……え?』
『でもその場合、起たなくなっても起たせるし、出なくなっても絞り尽くします。まぁ、負けるつもりはないのですけどね』
これに観客の野郎どもは「ひえっ」と悲鳴を上げたとかなんとか。
虎熊童子もこれにはニッコリであった。
『ま、まさかのOK! というか、未亡人の原因って、まさかこれが原因かぁぁぁぁぁっ!?』
実況さん、落ち着きたまへ。
そんなわけないでしょうが。
『くっくっくっ、面白い女だ。褒美に、ちゃんとベッドの上で鳴かせてやる』
『言ったでしょう、負けるつもりは無いって』
『負けて吠え面描くなよ』
『負けたら負けたで、第二ラウンドが始まるだけです。私は絶倫ですよ?』
『……マジか』
『はい』
真顔のヤーダン主任に、虎熊童子はちょっぴり押され気味であった。
もしかして……ヤーダン主任って相当に溜まっているのかな? かな?
『りょ、両者! アダルトな会話は後にっ! 定位置についてくださいっ!』
いよいよ以って緊張感が高まり過ぎたので、実況さんはさっさと試合を始めちゃいたいもよう。
このままでは大人たちの、大人たちによる、大人な会話が延々と続いちゃいそうだから仕方がないね。
実況さんの指示に従い、定位置に着く二人。
緊張が高まるのは二人だけではなく、ヤーダン主任のファンも同様だ。
そして、観客席で彼女を見守っているであろう、リューネちゃんとアクア君も。
『試合! 開始!』
遂に両者の試合が始まった。
当然の権利のごとく鬼力を発現させる虎熊童子に対し、ヤーダン主任は背部スラスターユニットを早速起動し、あまり広いとは言えない闘技場を縦横無尽に飛び交う。
まさかと思うが、これを90秒間も継続させるつもりか?
時間的に可能とはいえ、身体の方が持たないのではなかろうか。
『早い、早い! アクアクンママ! とんでもない速度でバトルフィールドをかっ飛んでいるぞっ!』
『トラクマドウジ選手の、あの不思議な力を警戒しての事でしょう』
そう、鬼力の戒めに囚われてしまえば、あとは嬲り殺しにされるだけ。
それに対する答えがこれであるなら相当にしんどい。
鬼力に対抗できる力が無い限りは、こうするより他にないのだ。
『蠅のように飛び交ってもなぁ!』
早速、虎熊童子が高機動型アインラーズに向かって、赤黒い縄を無数に放つ。
ある意味でこれは、あの高名な【触手プレイ】的な展開なのだろうか。
このままでは危険がデンジャラスな展開になってしまうっ!
でも、赤黒い縄には明確な有効射程距離があるようだ。
あと一歩のところで、ピタリと止まってしまう。
『届きませんねぇ』
『……ちっ、てめぇ』
まさかとは思うが、事前に有効射程距離を調べていた?
いやでも、録画を見返してもそんな情報なんてあったっけ?
もしかして、推測だけで有効射程距離を測った?
そんな馬鹿な。
『反撃、行きますよ』
『無駄な足掻きだってことを教えてやる』
ここでヤーダン主任が反撃に移る。
果たして、彼女の攻撃は通用するのか。
緊迫の戦いは残り55秒。




