265食目 俺はヒーラーなのだから
「コーチっ!」
慌ててレフティコーチに駆け寄るアーガス君は、彼の胸に滲む血に顔を青褪めさせる。
リリラータちゃんは、完全に血の気が引いた顔でパクパクと口を動かすに留まっていた。
完全に混乱している証拠と言えよう。
この騒ぎに、他チームのコーチも慌てて駆け付けて来る。
「レフティっ、いったいどうしたんだっ!?」
「マーキス、少し……ヘマをしちまって」
「ヘマ?」
マーキスと呼ばれた無駄に肉体を誇示する、サングラスのおっさんはレフティコーチの友人か何かなのだろう。
レフティコーチの肩を抱いて楽な姿勢を取らせる。
すると、血に染まった胸が見えるわけで。
「弾痕だ」
「子供が見るもんじゃない、と言いたいが……そんなことを行っている場合じゃないな」
マーキスコーチはレフティコーチの上着を脱がせる。
すると、右胸の部分に銃弾。
それは金属のプレートにめり込む形で彼の胸に突き刺さっていた。
とはいえ、決して浅くはない。
だが、このプレートがなければ銃弾は貫通し、最悪、命にかかわっていただろう。
「これ……まだ身に着けていたのか? ガキの頃のお守りだろう?」
「あぁ、お陰様で命拾いした。ぐっ」
「直ぐに病院に行け、馬鹿」
「子供たちを放っていけるかよ」
「その結果がこれだ。少し考えろ……って考えた結果か」
「少しの時間なら大丈夫、と思ったんだがな」
結構な深さで、それは突き刺さっていた。
素人が摘出すれば、最悪、出血が止まらなくて死に至る可能性もある。
これは下手に取り出さないで、医師に任せた方が得策だろう。
だが、レフティコーチは病院へ行く事を拒んだ。
「病院はダメだ」
「何言ってやがる?」
「闇烏に襲われたんだ」
「……何?」
瞬間、マーキスコーチの表情が一変する。
それはいったい、何を示す言葉であったのだろうか。
「病院にはいけねぇ。行けば、待ち伏せされている可能性がある」
「馬鹿な……闇烏は俺たちが潰しただろう」
「そうじゃなかった。生き残りが居たんだ」
レフティコーチは、このまま包帯を巻いてくれ、とマーキスコーチに頼んだ。
俺からしてみれば、極めて愚かな行為だ。
きちんとした処置をしてからじゃないと化膿して最悪、手遅れにもなりかねない。
「レフティコーチ、事情はよくわからんが、その処置じゃダメだ」
「トウキチロウ選手、いろいろと済まないが……こうするより他にない。俺はなんとしても子供たちの夢を、希望を、護りたいんだ。だから……」
彼の眼差しは覚悟した漢のそれだ。
こうなってしまえば、何を言っても無駄であろうことはお子様の俺でも理解できる。
しかし……。
「ぶっちゃけどうでもいい」
「割とひどい返事が来たっ!?」
「ムキムキのおっさん、がっちりレフティコーチを押さえつけててくれ」
「え? あぁ」
「リリラータちゃん、裁縫道具ある?」
「だから私はパプリカじゃ……え? えぇ、持ってますわ」
「よし、アーガス君は助手を。要求した道具を俺に渡してくれ」
「ちょ、待てよ! おまえ医者かよ!?」
「免許はないが、戦場じゃなんでもできないと死ぬ」
実際は母の記憶を頼りに手術だ。
自分の裁縫道具を部屋に置きっぱなしにしたのは痛かった。
取り敢えずはフリースペースから薬品を取り出す。
ヒュリティア製の殺菌用アルコールに道具を浸して、調理用に買ったけど使ってない薄手のゴム手袋を着ける。
動きにくい聖女の服は脱ぎ捨てシャツとスカートだけに。
こういう時、治癒の精霊が居てくれれば。
いや、それは無いもの強請りだ。
それにチユーズは母の治癒の精霊たちであって、俺の治癒の精霊ではない。
つまり、俺は俺としての一歩を踏み出した瞬間、自分だけの治癒の精霊を見つけるか、別の手段で相手を癒すヒーラーとして歩む必要があるのだ。
最悪、ヒーラーを諦めるという手段もあるが、このように首を突っ込んでいる時点で無理だというのは分かり切っている。
今の俺の全ての力を使って、レフティコーチを治療する。
正直な話、このままでは最終日まで彼は持たない可能性すらあるのだ。
それほどまでに出血は激しく、そして、胸にめり込んだ異物は奥深い。
プレートが貫通を防いだとはいえ、これでは矢を胸に受けたのと大差ない状態。
まだ矢の方が引き抜き易い、というものだ。
「アーガス君、こいつをレフティコーチに飲ませた後、タオルを咥えさせて」
「え? なんでそんなことを?」
「死ぬほど痛いからに決まってんだろ」
その言葉にアーガス君はギョッとした表情を見せ、レフティコーチに視線を送る。
脂汗で顔を濡らした彼は、アーガス君に頷いた。
アーガス君に渡した黒い丸薬は痛みを和らげる効果がある。
もちろんヒュリティア製であり、効果は保証済みだ。
ぎっくり腰をやらかしたガンテツ爺さんも良く効く、と言っていることから幾分かの痛みを和らげてくれるだろう。
「トウキチロウ選手に委ねる」
「一応、ここにも医師はいるんだぞ?」
「以前もそれで洗脳された奴がいたろ?」
「うっ……」
マーキスコーチはバツの悪そうな表情を見せた。
どうやら闇烏なる組織は、彼らにとって脅威足りえるのであろう。
極めて慎重な対応を取っているように見える。
寧ろ、怯えている……であろうか。
だが、任されたとあれば、全力で応えてしまうのがヒーラー。
今はヒーラーの定義は満たしていないが、やってやろうじゃないか。
たかが異物の摘出と止血だ、俺の力で癒してやる!
新珍獣は伊達じゃないっ!
「よし、それじゃあ、おっぱじめんぞ」
覚悟を決めて異物の摘出を始める。
道具は針と糸のみ。
では、どうやって異物を取り出すのか。
「来れ、水の精霊、ヤドカリ君っ」
レフティコーチの胸元に、水滴が集まり始め、それはやがて一匹のヤドカリを形成した。
彼はパチンパチンと大きなハサミをならし、来たよー、とアピールする。
「えっ? ヤドカリ? いったい、どこから」
「なんだっていい、ヤドカリ君、レフティコーチの銃弾を摘出して」
コクリ、と頷いたヤドカリ君は、よちよちとレフティコーチの傷を覗き見て状態を確かめていた。
そして、そのハサミを使って異物の摘出を試みる。
「うっ……!」
めちめち、と肉を広げられる音が聞こえ、レフティコーチのギリギリとタオルを噛み締める音までもが聞こえ始めた。
鎮痛剤を飲んでも尚、痛むのだろう。
当然だ、あれは本来、術後に飲んでほしいものなのだから。
俺は処置後の薬を沢山ヒュリティアに渡されているが、処置前に使う薬は殆ど渡されていない。
それは、ヒュリティアの方が応急処置の技術が優れているし、そもそもが、そうならないようにヒュリティアはだいたい俺の傍にいるからだ。
そんな彼女がいないときに限って、このような状態が発生するのはなんという皮肉か。
「ん~!」
レフティコーチの籠った悲鳴と共に異物が摘出される。
それと同時に胸から血が噴き出してきた。
「発現せよ! 全てを喰らう者・水の枝! ヤドカリ君っ」
ヤドカリ君を召喚した理由はもう一つ。
それはレフティコーチの血を喰らってもらうためだ。
超小型サイズのヤドカリ君なら出血する血だけを喰らうことができるんじゃないのかな、という思い付きだったのだが、それは見事に噛み合い成功を収めている。
ここからは時間との戦いになるのだが……拙い事に血管が傷ついているもようで、そこをなんとかしないと出血死するだろう。
こんな細い血管を縫い合わせるのは、この糸じゃ無理だ。
何か他の手段を講じなければ。
「レフティコーチっ! しっかり!」
「ふーっ! ふーっ!」
レフティコーチの顔がどんどん土気色に変化してゆく。
時間はもう殆ど残されていないようだ。
どうする、ここまで来て諦めるのか?
傷口を縫ってごまかすのか?
そんなものは一時的な物。
きっと、大会中は持つかもしれないが、その後に急死するのは目に見えている。
でも、俺たちはずっとここに留まるわけじゃない。
なら……いいんじゃないか?
ぎりり、と奥歯を噛み締める。
いいわけねぇだろ! 最後まで諦めんな!
自分はヒーラーだ、って認めてんだろ!
それに、レフティコーチは俺を信じ、俺に全てを委ねた!
裏切るのか、彼をっ!
答えろ、エルドティーネ・ラ・ラングステンっ!
まったくの覚悟が足りていなかったことを、俺はこの期に及んでようやく自覚する。
やるからには徹底的に!
ありとあらゆる手段を使って病める者を癒せっ!
これは覚悟だ。
圧倒的な覚悟だ。
今ようやく、俺に足りなかったものが頭ではなく、魂で理解することができた。
そしてそれは、今まで聞こえなかった小さな声を俺に拾わせる。
『大丈夫、任せて』
俺は、その小さな声に賭けてみることにした。
「リリラータちゃん! お湯を用意してくれ! 大急ぎでっ!」
「えっ!? は、はいっ!」
その間に俺はフリースペースから、とある物を取り出す。
お椀に入ったそれは、東方国で購入した珍しい物だ。
「そ、それって……米か?」
「あぁ、【結び米】っていう縁起ものさ」
この米はもち米であり、非常に粘り気があるのが特徴で、そのままだと粘り気が強過ぎるので普通の米と混ぜ合わせて餅にする。
粘り気が強いこの米は、古来から、【縁結び】の食材として親しまれてきた。
何故、俺がこのタイミングでこんな物を取り出したかなど、既に理解され始めているだろう。
「ま、まさか……それで傷付いた血管を接着するつもりかっ!?」
「そのまさか、なんだぜ」
予想通り、マーキスコーチが顔を真っ赤にさせて、もち米による治療を否定した。
「馬鹿なっ! おままごとじゃないんだぞっ!」
「そうだ、これは……おままごとじゃない。何かあった場合、全ての責任は俺が負う!」
覚悟は既に決めている。
もう一歩も引きさがる気はない。
俺の覚悟に、覚悟が決まっていない者たちは押し黙った。
「ポットのお湯、沸き直しましたわっ!」
「いいタイミングだっ! それを、ここに注いでっ!」
結び餅が入ったお椀を差し出し、熱湯を注いでもらう。
入れる量はひたひたになるまで。
すると、一瞬にして結び米は熱湯を全て吸い尽くしてしまったではないか。
「え? お湯が消えたっ!?」
「全部、吸収したんだよ。さぁ、こっからが勝負だ!」
この食材に、俺の全てを託す。
「今こそ応えろ! 命たる光素の輝きよ! 光素限界突破!」
俺のこの手が光って唸る。
命を救えと輝き叫ぶ。
輝く手を用いて、結び米をこねる。
すると、もち米たちはお互いに結びつき、いよいよ以って黄金に輝き始める。
それは誕生の喜びだ。
それは、新たなる命の誕生。
そして、死に瀕する命へ差し伸べられる救いの手。
お椀一杯分にあったもち米は見る見るうちに圧縮されてゆき、やがて米一粒サイズへと至る。
大量に吹き出す汗。
もう服も汗でぐっしょりだ。
「な、何が起こっているんだ……こんな少女が光素限界突破だと……!?」
マーキスコーチは俺から放たれる光素の輝きに呆然としていた。
「これがトウキチロウの本当の光素なのか? 暖かいな」
アーガス君に流れ着いた光素の粒子、それを彼は握り締める。
それは、光素とは何か、を知った表情だ。
「綺麗……バトル中はそんな余裕もなかったけれど」
リリラータちゃんは宙を漂う黄金の輝きに見とれていた。
彼女だけではない、この部屋にいる全ての者が、光素の輝きに目を奪われた。
ただ一人を除いては。
「な、なんだよ……それっ! やめろ、俺にその輝きを……見せるなっ!」
レギガンダー君は、異常なほどに光素の輝きを恐れた。
尋常ではない恐れ方に不自然なものを覚えるも、今は彼に構っている暇はない。
光素によって生み出されたこの命を、死に向かわんとしているレフティコーチに捧げる。
輝くもち米は、己の使命を悟っているかのように動いた。
破損している血管に纏わり付く、とそれは見る見るうちに広がってゆく。
しかも、血管だけではなくズタズタになっていた肉にすら及んだ。
「こ、これはぁっ!?」
俺ですら驚愕する現象が、今まさに引き起こされていた。
もち米によって覆われた個所が、驚異的な速度で結びついて行く。
スロー再生を巻き戻しているかのような現象だ。
やがて、レフティコーチの胸の傷は綺麗に塞がってしまった。
そこにあるのは、胸を撃たれた名残である真新しい血がこびり付いているだけである。
「っはぁっ! な、なんとかなった!」
光素の輝きを抑える。
すると荒れ狂っていた光素たちは「いい仕事をした」といって俺の中へと帰っていったではないか。
その瞬間、体中の力が抜けて立っていられなくなる。
なので、遠慮なくケツから床にぺったん。
盛大にため息を吐き出し緊張を和らげる。
「上手く行ったんだぜ」
「し、信じられん……傷が、まったく残っていないなどと」
マーキスコーチは不思議現象に免疫がないのか若干、挙動不審に陥っていた。
ズレてもいないのに、やたらとサングラスの位置を修正している。
「奇跡、とでも言えばいいのか?」
「いや、そこに生きようとする意志を持ち、治そうとする者がいれば、これは必然さ」
「そうか……ありがとう、トウキチロウ選手」
「エルティナだ。俺の名はエルティナ・ランフォーリ・エティル」
「ありがとう、エルティナ。これで、俺は己の使命を果たすことができそうだ」
無理矢理立とうとするレフティコーチは、足に力が入らないのだろう。
無理もない話で、彼は血を失い過ぎている。
だから俺は彼に増血丸を渡すだろうな。
「血を増やす薬、増血丸だ。噛まないで水で……」
がりっ。
「ばかやろう」
「うげぇ、にっげぇ」
人の話を聞かない、せっかちさんは自爆するってそれ一番言われてっから!
この世のものとは思えない苦さの増血丸に、レフティコーチは酷い表情を見せた。
ある意味で気付けにも使えるのではなかろうか。
リリラータちゃんが慌てて手渡した水で事なきを得た彼は、大きなため息をひとつ。
「暫くすれば、血が増えて立てるようになるさ。それまでは安静に」
「分かった。それまでは各自、闇烏に注意してほしい」
「それだ。その闇烏ってなんなんだ?」
レフティコーチは意外そうな顔を見せて、はたと何かに気付いたもよう。
「そうか、君は外部から来たんだったな。それじゃあ、闇烏を知らなくて当然か」
レフティコーチは俺の顔を見て、うんと頷いた。
どうやら、俺を信用して、闇烏なる組織の事を話してくれるようだ。
「……場所を移そう。今なら、チーム専用の部屋が空いているはず。レッドバレットとパープリータも付いてきてくれ」
「あ、あぁ」
「わ、分かりましたわ」
「マーキス、わりぃが肩貸してくんね?」
「お安い御用だ」
こうして俺は新たなスタイルのヒーラーとしての一歩を踏み出した。
そして、レフティコーチから闇烏の情報を打ち明けられることになる。
その内容は決して受け入れられるものではなく。
加えて、俺の闘志に火が点いた瞬間でもあった。




