261食目 鬼と修羅
◆◆◆ エルドティーネ・ラ・ラングステン ◆◆◆
遂にこの時がやって来ちまった。
地獄のお姉さま方が織り成す、悪夢の世界の始まりだぜぇ。
デスなクリムゾンを片手にひゃっほい、と現実逃避したくなるも、この試合を見届けなくてはならない。
予想としては、勝者はユウユウ閣下に決まるだろうか。
シミュレーターではクロヒメさんが圧倒的に優勢だが、実戦はシミュレーターとは違う、ということを俺が実証している。
なので、特殊な能力を持たないクロヒメさんは圧倒的に不利であろう。
……まさか、あったりしないよな? 特殊な能力。
『遂に悪夢のような戦いが実現します! 赤コーナー! 人の悪夢が具現化したっ! 妖艶にして背徳的! しかも、最凶! 唸る剛腕!【イバラキドウジ】だっ!』
もんの凄い歓声です。特に多いのが野郎ではなく若い女性という。
そんな若い娘が「抱いて」だの「犯して」だのと言うとか精神がイっちゃってますよ。
そして、使用する機体は当たり前のようにボングであった。
まぁ、ユウユウ閣下は鬼力やら魔法障壁やらを使うしで理に適っているのだろう。
『青コーナー! それは人の形をした何かだ! 立ち塞がる者は一撃KO! 驚異の踏み込みのインファイター! 修羅、【ブラックプリンセス】入場っ!』
こっちもすっごい声援だ。
内訳はおっさんども。
それぞれに「罵ってくれ」、「踏みつけてくれ」、「ゴミを見るかのような視線をください」などなど。
ダメだこいつら……早く輪廻に還って浄化されてどうぞ。
クロヒメさんは使い慣れているアインラーズを使用。
でも、よく見ると細部がちょっと違う。
「ふきゅん? アインラーズじゃない?」
「お? よくわかったな。あれはアインラーズのバリエーション機体【アインボクサー】だ」
「アインボクサー?」
流石はアリーナチームのコーチだ。
よく勉強していらっしゃる。
「アインラーズの関節や稼働領域を強化した機体で、近接格闘能力に着眼した機体として改良が加えられたのがアインボクサーさ」
「つまり、間合いに入ったら超強いってことか?」
「その考えでいいかな? でも、近接格闘をメインにするってことは余程の腕前がないと無理な話さ。結局は一部の腕利きが愛用するだけの少数生産機に留まった」
「そうだよなぁ。ライフルでハチの巣にした方が安全だし」
「そういうことさ。でも、エースが乗れば本当に強いんだ」
子供の目のように純真な輝きを見せるレフティコーチは、本当にアリーナが好きなのだろう。
でも、その目は時折、澱んだり、悲しみに染まったりする。
大人になるという事はそういう事だ、では済ませられないものを俺は感じ取ってしまう。
気のせいであってほしいが俺の直感は、んにゃぴ、そんなことはにゃいです、と告げてしまっているから、さぁ大変。
レフティコーチもまた、このチャンピオンシップアリーナの運命に絡め取られた一人となってしまうのか。
『クスクス、そんな装備で大丈夫?』
『大丈夫、問題無いわ』
試合はまだ始まっていない。
でも、両機とも必殺の間合いで待機する、という恐ろしい事をやっておりました。
『りょ、両機とも、定位置へっ!』
『あら、ここが私たちの定位置よ?』
『いつでも、開始の合図をどうぞ』
『ひえっ』
実況さんがドン引きするような笑みを見せる、ユウユウ閣下とクロヒメさん。
この二人、マジだ。
「ヤヴェよ、ヤヴェよ。こっち見てる」
「ものすっごく見てるねぇ」
「リューネちゃん。要するに、魔法障壁と桃結界陣でバリアフィールドを強化しろ、って言ってんだよ、ふぁっきゅん」
俺は慌てて立ち上がり、闘技場を包み込むバリアフィールドに魔法障壁を混ぜ込み強化。
更にその上から桃結界陣を張る、という超カチコチのバリアフィールドを生成した。
これで、ちょっとやそっとではパリーンと割れたりしませんぞ。
その代わり、俺が割れそうなんですけどね。
魔力と桃力をごっそり持ってゆかれましたぞっ!
助けて、変態マスクっ!
しかし、変態マスクは来なかった! 使えねぇな、ぺっ!
「よくやるよ、あの二人」
「うん、下手をしたら一瞬で終わる、っていうのにな」
レフティコーチとアーガス君は固唾を飲んで見守るもよう。
俺は冷や汗を流しながら結界の維持に勤めますん。
そして、遂にその時はやってきた。
『試合開始!』
瞬間、眩い閃光。
「なんの光ぃっ!?」
それは決して閃光弾といった物を使ったからじゃない。
純粋に、両者のパワーがぶつかり合い、摩擦し合った結果、強烈な閃光が発生したのである。
なんじゃそりゃあっ!?
『しゃおぉらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
『うふふ、いいわよぉ。ゾクゾクしちゃう』
クロヒメさんのアインボクサーは恐ろしい事に一切の武装を積んでいない。
つまり、徒手空拳での戦闘をおこなっているのだ。
そして、ユウユウ閣下は金棒だけ、という。
俺たちは、いったい何を見せられているんだぁ?
アインボクサーのマシンガンジャブを金棒で捌くボングはしかし、じりじりと後退している。
というか、そんな連続パンチをして機体が持つのか、クロヒメさんや。
「おいおい、冗談だろ。アインボクサーは、あんな動きをできるように作られちゃいないぞ!」
「えっ? そうなんですの?」
「あくまで近接格闘、つまり、ビームソードや光素剣等で切り合う事を想定している。そもそも、アインリールから派生している機体は汎用性はあれども、柔軟性に欠けるんだ」
レフティコーチはそう説明するも、アインボクサーは一切の不調を見せない。
寧ろ、回転数を上げてゆく一方だ。
ここで俺は、クロヒメさんが何かをやっている可能性を考慮。
このレアビーストアイに見通せないものは、あんまりない事を証明して見せよう。
「……んん~赤い輝き? なぁんだ、鬼力か」
なんてことはない、クロヒメさんは鬼だったのです。
……。
大問題じゃねぇかっ!
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
ちょっぴりパニックになったけど、俺は冷静になった!
だが、彼女が鬼だとして、よしんば鬼力を使ったとしても、まったく邪気を感じないという。
鬼力であって、鬼力ではない何か、そんな感じがするのだ。
「クロヒメさん、何かやってるなぁ」
「それって、アインボクサーを包んでいる赤い輝きのこと?」
「お、エリンちゃん、アレが見えるの?」
「うん、薄っすらとね」
という事は、だいたいの人間が見えている、という事になる。
これは、更に観察して、クロヒメさんの能力がなんなのか見極める必要がありそうだ。
『うふふ、ご機嫌じゃない。どうしたのかしら、その能力』
『取って置きにしておきたかったんだけど、あなたとヤルっていうのだから』
『光栄ね。なら、ちょっと本気出しちゃう』
ゴッ!
ボングが金棒を捨てて、徒手空拳に切り替えた。
瞬間、アインボクサーのどてっ腹にボディブローが叩き込まれたではないか。
くの字に折れ曲がるアインボクサーはしかし、その手を掴んでいた。
そして、その手を掴んだまま、腕ひしぎ十字固めの形へと持ち込まんとする。
だが、その姿勢のまま動かなくなったではないか。
なんと骨のような機体であるボングが、片腕一本でアインボクサーを支えてしまっているのだ。
これには実況解説のお姉さんズも言葉が出てこない。
ちょっと~、彼女らが可哀想でしょ?
少しは手加減してあげてっ!
『いい子ね。なら、これも耐えれるわよね?』
腕を掴んでいるアインボクサーごと手を振り上げ、ボングは彼女を地面へと叩き付けんとする。
『それはノーセンキューよ』
アインボクサーはスルリと拘束を解いて、地面に叩き付けられるのを阻止。
この瞬間、両者に僅かな間が空いた。
空中に居るアインボクサー、そして、しっかりと大地に足を付けているボング。
これは致命的な差。
『っしゃあっ!』
遂に堪え切れなくなったのか、余裕を繕っていた微笑の仮面を投げ捨てるユウユウ閣下。
それはもう、嬉しそうな笑顔でしたとも。
思わずチビっちゃいましたが。
『はい、いただきっ!』
アインボクサーが右肘と右膝でボングの突き出した拳を挟み込む。
あと一歩のところで、ボングの拳はアインボクサーのコクピットに届くことはなかった。
『あらやだ。蹴り足ハサミ殺し?』
『残念、読んでたわよ~?』
一瞬、ボングの動きが止まる。
それを逃すほど、クロヒメさんは甘くなかった。
アインボクサーの左足が大地に着く、と同時にボングの腕を掴み上空へ向かって放り投げた。
宙を舞うボング。
それを追いかけ、大跳躍するアインボクサーは空中でボングを捕獲。
そして【大】を逆さまにしたかのような形にボングを持って行った。
アインボクサーは自身は【大】の形のまま。
両足首を掴まれたボングは身動きが取れない。
そして腕の根元に足を掛けられ、完全にホールドされた状態のまま頭から地上へと落下してゆく。
『これが……夢の中の神様のお告げに出てきた必殺技!【マッスルドライバー】よ!』
いやいや、神様がそんなもんをお告げになられるはずが……え? マジで?
ゴガシャァァァァァァァンッ!
ピキピキピキ……ガッシャァァァァァァン。
超特大の衝撃音は決着が付いた証であった。
そして、俺の血と涙の結晶であるバリアフィールドが粉みじんになった瞬間でもある、馬鹿野郎。
そんな無茶をやらかした試合の勝者は……ユウユウ閣下であったのだ。
『【マッスルドライバー返し】よ。私以外だったなら、あなたの勝ちだったわ。うふふ』
地面に突き刺さっているのはボングではなく、アインボクサーだった。
この絡繰りは簡単だ。
何故ならば、ユウユウ閣下の鬼力の特性は【重】。
即ち、彼女は重力を操ることができる。
この時点で、投げ技は彼女には通用しない。
地面に衝突する前に、ユウユウ閣下は上下をひっくり返し、技を掛ける方へと回ってしまたのだ。
『……はっ!? しょ、勝負あったぁぁぁぁぁぁっ!』
湧き上がる大歓声。
しかし、それがピタリと止まる。
地面に突き刺さったアインボクサー、その周囲の大地に亀裂が入り、粉々に砕け散って鋼鉄の闘士は再び活動を再開する。
『まさか、そんな方法があっただなんてね?』
『くすくす、ビックリでしょう?』
『えぇ、とっても』
にちゃあ、という擬音が最適解な笑顔を見せて、両者は再び必殺の間合いに踏み込む。
双方ともあれだけヤリ合っているのに、ほぼ無傷という。
あ、バリアフィールド再形成しないと。
壊れるな~、俺。
『それまでぇぇぇぇぇぇぇぇっ! タイムアップです!』
『『えっ』』
ガチで、どぼじで? という表情を見せるヤッヴェお姉さま方。
どうやら、一試合90秒ルールだったのを忘れていたもよう。
『ちょ、待って! まだ始まったばかりでしょっ!?』
『そうよ、そうよっ。ようやくエンジンが掛かってきたのよ?』
『ルールですっ!』
『『ソンナー』』
ここの二人、ちょっぴり可愛かった。
結局、ユウユウ閣下が優勢、という形で決着が付きました。
もちろん、この結果にクロヒメさんは、激おこプンプンクライマックスバーニングでしたとさ。
助かったよ、もう駄目かと思った(震え声)。




