259食目 心壊す者
熊童子の登場に沸き立つ観客たち。
特に野郎どもの小汚い声援が目立ちすぎる。
確かに、その甘ったるい顔立ちに似つかない我儘ボディはインパクト絶大だ。
加えて腕前も相当なものだと聞く。
映像では何度か熊童子の試合を見てはいるものの、実際の動きを見るのは初めてとなる。
果たして、彼女はどのような試合を見せるのであろうか。
『赤コーナー! 戦術が決まれば俺のもん! 策士【メイコウ】!』
熊童子のお相手は、ひょろいおっさんだった。
どうやら、頭を使うタイプのようで電子戦使用のスリアムに搭乗していた。
機体のスリムさと、頭部のレドームがミスマッチ過ぎて、動くキノコにしか見えない。
『青コーナー! 動くエロス! しかして、その戦いぶりは修羅か鬼神か! ダイナマイトピンク【クマドウジ】!』
つんざくような声援は耳が痛くなるので、やめて差し上げろ。
鬼のとんでもない人気ぶりに頭に来ますよ。
「凄い人気だねぇ」
「そりゃ~、全戦全勝だしね。クマちゃんは」
当然の権利のようにクマドウジは無敗でした。
意外なことに、虎熊童子は一敗を喫している。
そのお相手が熊童子とのことで、益々見逃せない試合となっていた。
でも、相手がキノコではなぁ、という思いが無いわけでもない。
熊童子は機体に女性っぽいシルエットの戦機を選んでいた。
正直、見たことが無い機体である。
「あの戦機ってなんだろ?」
「あれは【アロレディ】という戦機ですわ。女性アリーナ戦士も増えたという事で、女性らしい戦機を作ろう、という企画が立ち上がって建造されたうちの一機ですの」
「詳しいんだな、パプリカちゃん」
「えぇ、パパの会社は船の建造がメインですけども、戦機の開発にも携わっていますのよ」
「マジか……」
ギュピーン! と目を輝かせざるを得ない。
今のうちにパプリカ様を篭絡して、俺の言うがままされるがままにしてしまえば、船の一つや二つ、ホイホイとくれるのではなかろうか。
しかし、その時! 俺に電流走る!
割と痛いヤツ! これは間違いなく、桃力のお仕置きっ!
痛いっしゅっ!
「お、俺は、正気に戻った!」
「どうしたの? エルちゃん。なんだか、疲れてるみたいだけど」
「リューネちゃん、邪悪な考えはいけない。いいね?」
「う、うん」
そう、桃使い以前に、これは人として恥ずべき考え。
桃力は、それを俺に教えてくれたのである。
俺もまだまだ、勉強不足だぁ。
欲望に打ち勝つ努力を積み重ねなくてはっ!
「ところで、アロレディのおっぱいは飛ぶのか?」
「いえ、飛ばないですわよ。飛ぶのは【バストレア】の方ですわね」
「飛ぶやつもあるのかぁ」
どうやら、ロマン機体も用意している辺り、分かっているヤツが開発に関わっている様子。
アロレディは曲線を多用していることから、スリアムがベースになっていることが窺えた。
リリラータちゃんにそう問うたところ、正解との返事をいただく。
後は軽量化とバストの追加、女性らしいフェイスに形状変化させたという。
実質的にスリアムとみて間違いない機体に仕上がったとのこと。
正しくバリエーション機体、と考えるべきだろう。
『試合開始!』
メイコウとクマドウジの試合が始まった。
メイコウのキノコは武装をライフル銃、そしてバックウェポンラックの多連装ミサイルとしていた。
対するクマドウジは光素弓と薙刀という、いかにも大和撫子な武装となっていた。
でも彼女の外見は大和撫子ではなく、特殊なお店のエロ従業員にしか見えないんですわ。
『私の勝利の確率は87%です』
『ふぅん、計算を間違えているんじゃないかい?』
『私の計算は完璧です』
動くキノコはスリアムなためか機敏に動けた。
その運動能力を遺憾なく発揮し、熊童子を翻弄せんとするも、彼女の機体もスリアムがベースなのでしっかりと動きについて行けているという。
計算、本当にあってるのかぁ?
『勝利確率……68%。それでもまだ、私の方が優勢です』
『馬鹿だねぇ、確率なんて当てにならないものだよ』
『だまらっしゃい』
メイコウがワンテンポずらして多連装ミサイルを撒き散らしてきた。
どうやら牽制のつもりで発射したようで、着弾地点が滅茶苦茶だ。
しかし、それでも熊童子の足止めには成功したもよう。
熊童子は鬼力を殆ど使っていないようだが、それは意図的なのか、それとも使うまでもないと判断しての事か。
『おおっと! メイコウ選手、ここで多連装ミサイルを吐き出したぞ!』
『仕掛けてきましたね。彼の必勝のパターンです』
多連装ミサイルの一斉発射は辺り一面を黒煙で覆い尽くした。
なるほど、狙いは視界を潰すことだったのだ。
メイコウ選手は頭部がレドームになっている電子戦使用なので、視界不良は得意とするところなのだろう。
あとは視界が潰れた相手を、焼くなり煮るなりにしてきたに違いない。
でも、この黒煙は必ずしもメイコウ選手の味方とは限らない。
ライフル銃の発砲音。
その後の金属が【軋む音】。
……やはり予想通り、おっぱじめやがった。
大型スクリーンに映し出されていたはずのメイコウ選手のコクピットの様子が途端にブラックアウトする。
対する熊童子の方は、もう妖艶とは言い尽くせないほどの蠱惑的な色気をプンプンさせまくっていた。
『ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ! しょ、勝率っ0%っ!? な、なんなのだっ!? 貴様はっ!』
『闇が味方をしたのは僕の方だったねぇ? 頭でっかちさん』
バキバキ、メリメリ、という音。
そして、メイコウ選手の悲鳴。
救いを求める声はやがて、恍惚のものへと変化して行き、最後は破滅すら懇願するという有様。
黒煙が立ち込めていた時間はそれほどでもないだろう。
それが戦場から立ち去った時、そこには胸部装甲を引っぺがされ、コクピットが丸見えになって跪くメイコウ機と、それを見下すアロレディの姿があった。
『ごじひっ、ごじひをぉぉぉぉぉっ』
そう壊れた機械のように繰り返す男は完全に精神を破壊されているかのようだ。
『んふふ、欲望に支配された哀れな男だね、君は』
べろり、と唇を舐める熊童子はしかし、懇願し続けるメイコウ選手に興味を失ったようだ。
ふん、と彼を侮蔑して背を向ける。
既に戦意が消失しているメイコウ選手はKO負けという判断が下された。
しかし、それでも彼は慈悲を求め続けたため、担架で運ばれた後に精神病院へと搬送されたことが実況さんによって説明されたのであった。
「あんにゃろう……いったい、どんな鬼力を使ったんだ?」
人の精神を簡単に崩壊させる鬼力。
下手な力技の鬼力よりも遥かに凶悪で危険だ。
黒煙に紛れて使用した、ということはみた者の精神を無差別に破壊するものに違いない。
これは対応を誤ると、俺たちでも初手全滅もあり得る。
これが……鬼の四天王か。
「エルちゃん……あの人」
「リューネちゃん、あいつが怖いんだな?」
「すっごくセクシー! 憧れちゃう!」
「すたぁぁぁぁっぷっ! あれに憧れちゃ、らめぇっ!」
「だ、だって、強くてエッチなんだよ! 僕も、強くて、エッチで、ゾクゾクさせたい!」
ダメだっ、熊童子はリューネちゃんの精神教育に多大な悪影響を及ぼすっ!
今すぐに退治しなくてはっ!
「ままうえ~」
「ふきゅん? あれ? ザインちゃん?」
はて、ザインちゃんはクロナミでお留守番をしていたはず。
なんでこんなところに、と思ったらそこには人間に擬態したH・モンゴー君の姿。
彼の肩にはモフモフの姿も。
「我が主っ、お嬢様をお連れいたしましたぞっ」
「もきゅっ」
「頼んだ覚えはないんですがねぇ?」
「せっちゃが、おにぇがい、ちたのでごじゃりゅ」
どっせい、と俺に抱き付いた愛娘は、にぱぁと笑顔を向けてきた。
どう考えてもまともには終らないであろうチャンピオンシップアリーナ。
できればザインちゃんは安全な場所に居てほしかったのだが。
「まったくもう。ザインちゃんは悪い子だぁ」
「にゃにも、きこえにゃいで、しょうりょう」
ぱたん、とお耳を塞いで悪い子をアピールするザインちゃんのほっぺを、罰としてぷにぷにと凌辱する。
俺同様のもちもち感は、ぷにぷにする俺をほっこりさせた。
「来ちゃったものは仕方がない。H・モンゴー君、しっかりザインちゃんをガードして差し上げろ」
「承知いたしましたぞっ。このH・モンゴーにお任せあれっ」
「もきゅ」
若干、心配であるが、もしもの時はマサガト公もいるしなんとかなるかなぁ、と思いました。
「随分、賑やかな方ですわね」
「でも、同じくらいヘタレなんだぜ」
「酷いっ!」
とH・モンゴー君を弄ったところでヤーダン主任の試合が始まった。
いやぁ、すっげー人気だこと。
ビックリするのは野郎だけじゃなく、女性の黄色い声が意外に多いことだ。
しかも「抱いてや」、「抱かせて」とかの声って、おまえ。
「ヤーダンママ、半端ないんだぜ」
「流石はママだねっ」
ふんす、ふんす、と興奮する俺たちが見守る中、華麗に勝利する彼女。
でも、これで次に戦う相手は熊童子と確定することになる。
「ヤーダンママとクマドウジか……無事に終わってくれればいいけど」
勝利したヤーダン主任は、実況さんに促されて観客たちに手を振っている。
実況さんに指示しているのだろうか。
どうやら、運営の方にも熱烈なファンがいるもよう。
華麗なバトルの後は再び残虐ファイトが待っていた。
そう、虎熊童子と哀れな犠牲者との戦いが始まらんとしていたのだ。




