25食目 遠い記憶
戦機協会を出た俺は、建物の外で待っていたヒュリティアと合流した。
「……お疲れ様。エルらしい戦い方だったわ」
「寧ろ、あの戦い方しかできなかったんだぜ」
ヒュリティアは軽く首を振って、滅多に見せない笑顔を見せてきた。
「……エルが、エルらしいままであって嬉しいの」
「ふきゅん、よく分からないけど、ヒーちゃんが嬉しいなら俺も嬉しいんだぜ」
ブロン君もアイン君の健闘を称え、ふよふよ、と宙を飛び回っている。
最初は敵同士だったが、こうして分かり合えるという事は、もしかしたら、あの成金とも分かり合える日が来るのかもしれない。
まぁ、その可能性は微粒子レベルの存在だとは思うが。
「……取り敢えずはマーカス戦機工場へ帰りましょう」
「そうだな、腹も減ったから帰ろうぜ」
こうして、俺の初バトルは俺の勝利で幕を閉じたのであった。
◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆
私は戦機協会の観戦室で目撃した光景を、ブリギルトのコクピット内で思い出していた。
マーカス戦機工場まではブロン君が操縦してくれるので問題はない。
それよりも、エルティナが放った、あの桃色の輝きだ。
あれは、失われたはずの力。
何故、あの子がそれを発動させたか理解できない。
「……考えても無駄な気がしてきたわ」
「ぶろん?」
「……ううん、こっちの話よ」
心配そうに覗き込んでくる青銅の精霊を安心させて、再び思考の海に沈む。
私がこの世界に送り込まれた理由はただ一つ。
あの子の面倒を見るために他ならない。
私のオリジナルは、こことは違う世界にいる。
そう、私はヒュリティアであって、ヒュリティアではない者。
でも、オリジナルはこう言った。
あなたが、あなたを、ヒュリティアと認めるのであれば、それが真実になる。
どういう意味かは分からない。
でも、私のやるべきことはただ一つ。
「……ホットドッグ食べたい」
うん、今日もホットドッグ安定。
……違う、そうじゃない。
問題は、あの子がオリジナルかどうか。
【エルティナ】はその身を砕き、私たちの世界を新生させた生贄ともいえる存在。
そして、その際に意識は砕けて消えた。
そして、多くの仲間たちは転生し、再びエルティナと出会っている。
でも、私はそのエルティナに違和感を覚えた。
瞬間、私は、私になった。
気付けば私は宇宙に漂っていたのだ。
意味は分からないが、理解はできた。
これは干渉であると。
案の定、神を名乗る者が現れる。月の女神だ。
彼女は新生した世界であっても月の女神であった。
エルティナが、そう願ったのだから当然であろう。
彼女は仲間たちと再び出会えるように、と願いを込めて世界を新生させたのだから。
でも、その世界に【私の知る彼女】はいなかった。
エルティナ、という彼女に近く、そして遠い存在がいるだけだった。
月の女神は口にする。かつての私の伝言を。
それを聞いた瞬間、私はここにいた。
私自身も謎が多い。
でも、これだけはわかる。
あの子が、私の求めたエルティナである、と。
『おいぃ、ヒーちゃん。マーカス工場が見えてきたぞぉ』
「……そうね。随分と人が集まっているようだけど」
『ほんとだ』
マーカス工場に集まっていたのは、エルティナと親しい戦機乗りたちと、飲食業関係者であった。
理由は一つしかない。
「エルティナちゃん、おめでとう! ツケが払えるね!」
「はい、これ! 今月の取り立て!」
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! 誰か助けてっ!」
案の定、借金の取り立てであった。
私に内緒で食事をしていたツケが回ってきたのであろう。
「とほほ、賞金の半分が無くなったんだぜ」
「どんだけ食ってんだ、おまえ」
そして、その残りがマーカスさんに没収され、晴れて無一文となったエルティナは、芋虫のように地面に転がり不貞腐れた。
「ふぁっきゅん。帰って早々だけど、仕事をしてお金を稼がなければっ!」
「……休むのもナイトの仕事よ」
「うぐぐ、ヒーちゃんは隙の無い二段構えな?」
「……ふっふっふ」
うごうご、といいながらエルティナはエルティナイトの修理をマーカスさんに依頼する。
修理費は後日、戦機協会に請求する流れとなっていた。
そこに、エリンという少女がやってきてエルティナを抱き上げる。
はた目には活発な姉と、やんちゃな妹、という構図が出来上がっていた。
「初バトル勝利、おめでとう!」
「ありがとなんだぜ」
茶色の癖っ毛と青い瞳が納まる大きな目が特徴的なエリンは、エルティナイトの主力兵装エリン剣の製造者という事だが、彼女があの鉱物を加工できたとは信じられない。
あの鉱石は、この世のものではない、と思われるからだ。
詳細は分からない。
触れてみると、冷たさの中に温かさが宿っているような感触を受ける。
とてつもない硬度に、重量であるが、それをエルティナイトは片手で振るっている。
私のブリギルトでは持ち上がりもしない。
内包されているであろうエネルギーは測り知れないが、誰もそのような力を感じないという。
所有者のエルティナでさえ、マジか、と驚いていた。
もう、謎は深まるばかりだ。
「これで、おまえらも昇格権を得たわけだ。すっかり追い越されちまったな」
「もっと上のランクにいるはずのおっさんたちに褒められてもなぁ」
「それを言ってくれるな」
ベテランの戦機乗りたちがエルティナのツッコミに苦笑した。
彼らの気持ちも分かる。キアンカは本当に暮らしやすい。
そこに住む人々も少々気性は荒いが気持ちのいい連中ばかり。
下町の住人、といえばいいのだろうか。
なるほど、エルティナが好みそうな町である。
不意に、その彼女に表情に影が差す。
「……エル、ランクアップが嫌なの?」
「ちょっと考えてる。今になって、スキンヘッド兄貴たちの気持ちが分かってきた」
「……そう、そうよね」
それ以上は口を出さない。
上に上がるも、上がらないも、エルティナの自由。
この子は運命から解き放たれている。
ようやく、自由に生き方を選択できるのだ。
私はそんな彼女を見守り支える。
それが、私の生き方。
それが、生きる意味を教えてくれたエルティナに恩を返す方法。
「うん、決めた。俺、Dランクに行く」
「……そう。決め手は?」
「折角だから、色々と世界を見てみたい。そして、あわよくば美味しいご飯を」
「……そう言うと思ったわ」
エルティナの決定にマーカスさんたちは大笑いだ。
「あぁ、そうするといいや。若いうちに旅はしておくもんだ」
マーカスさんは、バシバシ、とエルティナの小さな背を叩いた。
エルティナは、その度に口を三角にして「ふきゅん」と悲鳴を上げる。
「ま、今晩は嬢ちゃんの勝利を食して乾杯といこうや」
「ラルクさんたちは、いっつも何かを理由に乾杯してるでしょ」
「へっへっへ、エリンちゃんにはお見通しだったか」
レダムことスキンヘッドの戦機乗りは、ツルツルの頭をピシャリと叩き苦笑いを見せた。
宴は営業が終了したマーカス工場内でおこなわれる。
そして、何故かエルティナが酒のつまみとなる料理を作っている件について。
「ふっきゅんきゅんきゅん……ワニ鶏の胸肉はじっくりと焼くと、ねっとりとした食感になるんだぜ」
「……本当ね。コッペパンに挟めざるを得ないわ」
「ホットドッグ警察だおるるぁん!」
「……きゃ~」
今日も珍しい食材をコンロで調理している。
炭を使うのは彼女のこだわりであり、決して譲れないものであるという。
確かに、炭火で焼いたソーセージは格別である。
「焼けたんだぜ。これを一口大にスライスして、バジルソースをタラりと掛ける」
「白い肉と合わさって美味しそうだね」
完成した料理を摘まみ食いするのはエリンだ。
どうやら、彼女はエルティナの料理に興味があるようで、小さなメモ帳に作り方を書きこんでいた。
「コツは、じっくりと気長に、焼き上がったら肉を休ませる、だぜ」
「バジルソースは?」
「ゴリゴリして擂ったバジルと、塩、お酢を少々。あとはウィスキー」
「ウィスキー?」
「ウィスキーはワニ鶏の臭みを包み込んで消してくれるんだ。でも、肉に直掛けして焼くと表面が荒れて美味しくなくなるんだぜ」
「せ、戦機よりも研究してるんじゃない?」
「それほどでもない」
実際、彼女は戦機よりも料理の方にのめり込んでいる。
向こうには無かった食材が、たんまりとあるのだから仕方のない事であろう。
でも、それも、力が無いと手に入らない。
だから、彼女は戦機乗りを続けるもよう。
料理人になるという選択肢は、どうやら彼女の【黄金の鉄の塊魂】には勝てなかったもよう。
エルティナの料理がエリンによって運ばれてゆく。
マーカスさんと戦機乗りたちから拍手喝さいが聞こえてきた。
宴はまだまだ続きそうである。
その様子を、エルティナは嬉しそうに眺めながら、美味なる料理を作り続けたのであった。




