251食目 チャンピオンシップアリーナ迫る ~王国の闇~
◆◆◆ マキシオン防衛大臣 ◆◆◆
深夜、必要最小限の明かりの中、自宅の私室にて資料を流し読みする。
それは、過去のアリーナのデータたちだ。
書物に囲まれた私室はインクのにおいが充満し、私の満足感を満たしてくれる。
そこにある使い古した机と解析し尽くされたデータたちは、私同様にくたびれていた。
でも、それらには価値があり、そして改めて見直すと新鮮さすら感じる。
私の半生、その半分はデータと書物、そしてアリーナが占めていた。
そして、もう半分は……。
「マキシオン様」
「【レイナ】か」
音も無く一人の黒尽くめの少女が部屋に現れた。
歳の頃は7~8歳程度で痩せている。
白髪、灼眼で容姿が整っており、ひと目見れば印象に残るはずなのだが、それがないほどに存在感が希薄。
ともすれば、幽霊である、とすら表現できる。
事実、彼女はそれに近しい存在。
「経過報告に参りました」
「うむ」
彼女からデータを受け取る。
送信という手段を用いないのは、外部に情報を漏らさないように万全を期すためである。
「……ご苦労。ところで、体調はどうだね?」
「変わりなく」
「そうか。下がって休みなさい」
「はい、失礼します」
素っ気無いやり取りの中に、レイナは一切の感情を見せることはなかった。
現れた時同様に気付けば、その姿を見失っている。
「生きても、死んでもいない存在……か」
正しくは、生きることも死ぬことも許されなかった哀れな少女。
あの事件さえなければ、彼女も日の下で生きることを許されていただろう。
全ては闇烏の、そして王国が抱える闇のせいだ。
レイナは闇烏の構成員だった。
アリーナを乗っ取るために送り込まれた強化人間、それが彼女だ。
重篤な洗脳と身体強化は幼い子供には負荷が掛かり過ぎる。
完全な使い捨てとして、ジュニアリーグに送り込まれた彼女は、鬼神のごとき強さを見せつける。
そんな彼女に初めて土を付けたのがレフティ君だ。
そこから、全ては狂い始めた。
「正しくは……いや、今となっては何が正しかったのか」
時が止まってしまった少女から受け取ったデータを閲覧する。
それは今、破竹の勢いを見せているチームシュテンドウジ、そして銀閃とその仲間たちの情報だ。
正直な話、信じられない情報ばかりだった。
脳裏をよぎるのは闇烏が用いたハイパースピリッツドライブ。
人間の限界を、機械によって無理矢理突破させる悪魔の装置。
これによって光素限界突破を発生させることが出来るものの、この装置を発動すれば確実に死へと向かう。
耐えれたとしても、まともな生活に戻るには相当な年月が必要になるだろう。
……そう、レフティ君のように。
あの事件さえなければ、今だって彼はアリーナで輝いていただろうに。
「しかし、ハイパースピリッツドライブ使用の痕跡無し、とはいったい?」
謎は深まるばかりだ。
タブレット端末にて、今日のデーバトルの記録映像を閲覧する。
内容はトラクマドウジとアリーナランク17位のジャックオッフとのバトル。
ジャックオッフはアリーナの20位圏内の特権で、ミスリルクラスの戦機の使用が可能。
したがって、【ミストルーテン】を使用している。
漆黒の風、と表現される曲線を多用したシルエットはアサシンのようで、実際に運動性が極めて高い格闘戦向きの機体だ。
それに対し、トラクマドウジが選択した機体は【アインドーガ】。
この機体はプロトタイプ・アインリールともいえる機体であり、パワーだけを追求した結果、バランスを損なってしまった欠陥機と評価されている。
しかし、それでも当時としては最高峰のパワーを持っていたので、87機ほど生産された経緯がある。
その後は主役の座をアインリールに譲り、戦場から姿を消した。
この機体の運用方法は、そのパワーを活かしての重火器の携帯である。
当時の戦機が持てないようなバズーカ砲やガトリング砲を携えて火力で圧倒する機体であり、その鈍重さも相まって格闘戦は苦手としていた。
にもかかわらず、アインドーガが手にしているのは金棒のみ。
この動画を見直すのは何度目になろうか。
あのボング同様に凄惨な内容のバトルとなっている。
ジャックオッフの動きは悪くなかった。
寧ろ、今までの彼の動きの中で一~二を争うほどに切れがある。
しかし、それではダメだったのだ。
意図も容易く懐に飛び込んで両の手に装備した格闘専用武装レーザーカタールでアインドーガを滅多切りにする。
誰しもが勝負あった、と思ったことだろう。
しかし、次の瞬間、ミストルーテンがふっ飛ばされた。
そして、アインドーガには傷ひとつない。
あり得ない、あってはならない。
レーザーカタールはトップクラスの攻撃力を持つ近接格闘兵器の一つ。
ビームでも、光素でもないため、防御手段がほぼ無いのだ。
唯一の弱点がその射程距離。
威力を維持するため、極度に短い射程となってしまい結果、格闘兵器としてしか用いる事ができないのだ。
しかし、それを十二分に活かせるのがミストルーテンの強みだった。
その強みが理解不能の理不尽さで潰されてしまっている。
『イバラキぃ! 見てるんだろ! えぇ、おい! 喧嘩、しようやっ!』
動画のトラクマドウジが咆えた。
ジャックオッフなど眼中にないといった感じだ。
アインドーガから溢れ出すのは果たして光素の輝きか。
それにしては、あまりにも禍々しい。
直視するには、相当な労力を要した。
「赤黒い輝き……まさか、とは思うが」
闇烏が復活した、としか思えない。
壊滅したと思っていたが、生き残りがいたのだろうか。
確かに全員、逮捕。或いは【死亡】が確認されていたはず。
そう、【レイナ】のように死んだはずなのだ。
動画では殺戮が繰り広げられている最中だ。
赤黒いオーラに囚われたミストルーテンは身動きが取れず、ゆっくりと近づいてくるアインドーガから離れられない。
振り上げられる金棒、そこで私は動画を消した。
彼の残虐性は常識を逸している。
とても真面な人間のそれではない。
「……強化人間、その新型を疑わざるを得ないな」
こんなことができるのは闇烏だけだ。
王国も強化人間を製造しているが、毛が生えた程度。
そもそも、その技術を持ち出して組織を作ったのが闇烏の総統【ヌックラート】だ。
彼が死に、強化人間を製造する術は既に潰えたはず。
しかし、現にそれらはアリーナに参戦している。
だが、これらは果たして総統が生きていたという証拠足り得るのか?
確かにヌックラートの遺体は首から上が無かった。
しかし、確かに我々はヤツが戦機に乗り込み、レフティ君にコクピットを光素剣で貫かれた場面を目撃している。
間違いなく、彼は死んだはずだ。
生きているはずがない。
「情報が足りないな」
大きく息を吐き出す。
疲労で文字がボヤけ出した。
年には敵わないようになってしまったものだ。
「あとは……トウキチロウ選手か」
正直、彼女も訳の分からない存在だ。
特殊食材を求めてドグランドへとやってきたという彼女たちは、そのついでとしてアリーナに参戦しているとのこと。
彼女もまた光素限界突破を多用している。
そして事あるごとに【光素の暗黒面】を主張しているが、彼女が発する光素の輝きはどこまでも澄んでいて、且つ魅入るほどに美しい。
それは間違いなく自然で、決して歪んでなく、だからこそ惹きつけられた。
考えれば考えるほどに、暗黒面とは別物だ。
子供だましの文句、と断じてしまえばそれまでだろう。
実際に会ったトウキチロウを名乗る少女は少し癖があるものの、真っ直ぐな眼差しを持つ可愛らしい少女だった。
しかし、彼女の耳は常人のそれとは違い、妙に大きく長い。
そして、銀閃もまた彼女同様である。
「か、考えたくはないが……【人造人間計画】の成功例ではあるまいな?」
改造人間計画とは別に、一時期、人間兵器を作り出そうという計画があった。
それこそが【人造人間計画】だ。
尤も、この計画は企画段階で頓挫してしまったのだが、最後まで諦めない者がいた。
それが、現在の過激派連中を纏める【マックロイ大臣】だ。
しかし、既に彼に往年の勢いはなく、息子に後を託すべく奔走している最中。
アリーナに人造人間を送り込むなど考えられない。
では、この子はいったいなんなのだろう、と考えた時、とある物が脳裏を過る。
それは、とある部族から押収した秘宝だ。
王命により、私は特殊部隊に命じて戦乱の最中にそれを奪取させた。
それは、その部族に伝わるという黄金。
しかし量は極めて少なく、小さな粒上のものであった。
小さな袋に入ったそれを見て、私はこんな物のために一つの集落を潰さなくてはならなかったのか、と憤ったが、直後にそれから伝わる恐ろしいほどの未知の力に魅入ってしまった。
そしてこれを、あの愚かな王に渡さねばならないのか、とも。
「さて、どうしたものかな?」
手を組み机に肘を載せて口元を隠す。
特に意味は無いが、物事を考える際にこうすると何か閃きが起こる気がするので、この姿勢を取っている。
あのトウキチロウ選手が求めているのは、部族の秘宝たる黄金の粒で間違いないだろう。
しかし、これが食材であるかどうかは不明だ。
個人的に調べてみたものの、なんの変哲もない黄金だった。
しかし、手に持つと分かる。
その不思議な力は確かに、人を狂わせるほどのパワーを秘めていた。
だからこそ、王宮には渡せない。
彼らは欲望の奴隷だ。
いや……それは私もか。
それ故に、私は取り返しのつかない過ちを犯した。
レイナ君には詫びても詫びきれないだろう。
私が、この黄金の粒を一粒用いて、死んだはずの彼女を蘇生させてしまった。
でも、彼女は彼女であって、彼女ではなかった。
命令を聞くだけの生きた屍。
完全に時が止まってしまった生体ロボット。
以降、レイナ君は成長することも、感情を示すこともなくあり続けた。
ただ、時折、ぼんやりと空を見つめている時がある。
それは空を眺めているのか、その向こう側にある何かを見つめているのか。
「……なんとかしてあげたい。しかし、罪人の私に、それができるのか?」
過ちは正さなくてはならない。
レイナ君が感情を取り戻すかもしれない、とチームオリオンの面々の調査を任せたものの、レフティ君を見ても感情が蘇ることはなかった。
淡々と任務をこなすだけ。
それは精密機械のごとく正確で、抜かりなく、完璧だった。
故に悲しさを覚える。
私は、レイナ君に新しい人生を送ってほしかった。
悲惨な分、幸福になってほしい、と一抹の期待を籠めて秘宝を用いたのだ。
しかし、これが結果だった。
私は傲慢だったのだ。
死者の蘇生など、許されざる行為だったのだ。
私はレイナ君を喜ばせるどころか、余計に苦しませることになってしまった結果に、今日まで苦しみ続けている。
これは、間違いなく私の罰だ。
とてもではないが、レフティ君には打ち明けられない。
「どうしたらいいのだ。私には……もう時間がっ、ごほっ、ごほっ!」
咳き込む。
口元を手で押さえ、離すとべっとりと血が付着していた。
私は肺を患っている。
回復の見込みは無いとのことだ。
ここ最近の私は焦っているのだが、これが最たる理由。
なんとしても、私が生きている間に、組織との因縁を全て断っておかなくては。
「……残された者たちのために、見極めなくては」
ハンカチで口元を拭い、小さな鍵で机の錠を解除する。
引き出すとそこには小袋に入った部族の秘宝が変わらない姿を見せる。
「これを誰に託すか。それが問題だ」
欲望に支配されない者。
果たして、そのような者がいるのか。
脳裏を過るのは果たしてレフティ君か。
それともレイナ君であったか。
しかし、私自身の予想を裏切って、トウキチロウ選手の顔が浮かんだ。
何故だ、どうして彼女が?
「……私は、彼女に期待している? 穢れ無き光素の輝き、そして真っ直ぐな食欲に?」
確かめなくてはならない。
トウキチロウ選手……いや、エルティナ・ランフォーリ・エティルという少女を。
構えを解き、机から離れる。
眩暈がした。
もう、限界はすぐそこまで来ているようだ。
「急がねば……もうすぐチャンピオンシップアリーナだ。何かが起こる、とするなら、そこしかない」
直ぐ傍の使い慣れたベッドに倒れ込む。
私が意識を手放すのに、そう時間は掛からなかった。




