245食目 疑惑の人物
「おいぃ、じーちゃんがマーシさんかぁ?」
「おや、この子は?」
「ふっきゅんきゅんきゅん、もう逃げられんぞぉ」
がしっ、とマッスル爺ちゃんの足にしがみ付き退路を断つ。
この頭脳プレイを前に、彼は絶望のズンドコに叩き落されるだろうな。
「あぁ、この子がトウキチロウ選手ですよ」
「おぉ、あのバトルを披露したのが、こんな小さな子だったとは!」
レフティコーチの説明により、ギュピーン! と目を輝かせるマッスル爺ちゃんは、その筋肉で流れを強引に変えてしまわれました。
それ即ち、ひょいと俺を抱き上げて退路を断ってしまったのである。
「くっころ」
「録画で試合を見させていただいたよ。いやはや、ラフプレイの中に光る相手選手への配慮は実に素晴らしい。強者にしかできない余裕はなるほど見事だよ」
やたらと饒舌なお爺さんに俺は圧されっぱなしとなり、ヘルプミール貝のように「タスケテー」と鳴くより他になかったという。
「それに、こちらのお嬢さんは銀閃選手じゃないか。いやぁ、今日は幸運な日だよ」
「……それは何より。幸運ついでに質問、いいかしら?」
「いいとも。答えられる範囲で答えよう」
「……あなた、特殊食材を知ってる?」
「特殊食材かね?」
「……とある部族から持ち去られた食材よ」
それは極々僅かな【間】であった。
ともすれば間とすらいえない時間はしかし、俺とヒュリティアに疑惑を生じさせるには十分。
「う~ん、分からないなぁ。確かに私は食べることが好きですが、食材を求めることはしませんのでね」
「……そう、分かったわ」
ヒュリティアはそれ以上の追及を避けたもよう。
このマーシなる人物が、持ち去られたという食材を知っている可能性は高い。
しかし、今はそれを追求するタイミングではない、ということか。
「ところで、トウキチロウ選手は、どこかのチームに所属しているのかい?」
「戦機チームの事?」
「いやいや、そうじゃない。ということは、本当に何も知らない新人という事になるのかな? う~ん、これは益々、目が離せないね」
野獣の眼差しは止めたまえ、繰り返す、野獣の眼差しは止めたまえっ。
「ええっと、マーシさん。彼の傍に就いてなくても?」
「うん? あぁ、若いのに任せているから大丈夫だよ。彼らは私よりも動けるからね」
「そ、そうですか」
「それに、怪しい連中は取り敢えず大人しくしてもらったところだ」
「ひえっ」
顔を青褪めさせるレフティコーチは、このマーシなる老人のもう一つの顔を知っているのだろう。
ということは、この肉体はそのために必要なものだ、という証明になる。
必殺的な仕事人なのかな? このお爺ちゃん。
「ところで、レッドバレット君にパープリータ君、調子はどうかね?」
「あっ、はい! 絶好調です!」
「そんなわけないじゃない。手首っ」
「あっ」
ツンデレ紫さんが指摘したように、よく見るとアーガス君の右手首には包帯が。
「おや、良くないね。捻挫……かな?」
「はい……ちょっと無理したようで」
「練習は、ほどほどにしておきたまえ。うちの若い連中も、それでだめになった者が多い」
確かに、負傷中の練習は妙な癖が付いたり、症状が悪化したりとろくなもんじゃない。
でも、お子様のアーガス君にそれを守れるかどうか。
だからこそ、ほどほど、という言葉を用いたのだろう。
「さて、レフティ君。少し時間を貰っても?」
「はい、構いませんよ」
「では、場所を変えようか。すまないが少し彼を借りてゆくよ」
「あっ、はい」
何やら密談をするのだろうが、そうは問屋が卸さない。
下ろされた俺は密談を聞くため、さり気なく彼らに混ざらんとする。
「あなたは、こっち」
「ふきゅん」
なんということでしょう。
お節介焼のパプリカさんに捕獲されてしまったではありませんか。
遠ざかる二人の後姿。
貴重な情報をみすみす逃してしまった悔しさをパプリカさんにぶつける。
「おいぃ、いけない会話をするつもりだぞ。しっかり聞かないでどうするんだぁ」
「そんな恥ずかしい真似をしないっ。淑女は貞節をしっかりと守ってこそですわよ」
「俺は淑女じゃない、悪魔だぁ……」
「どうでもいいですわ」
「あっはい」
謎の迫力を醸し出しつつ強者感を演出した、というのにバッサリと切り捨てられた俺はションボリの権化になるより他にありませんでした。
「それよりも、この後時間があって? 少し、トレーニングに付き合って下さらないかしら」
「トレーニング? 実戦か?」
「それはチームに割り当てられた時間じゃないとできませんわ。実家にいらっしゃれば話は別ですけど」
「こいつ、金持ちのご令嬢なんだ。家の敷地にすっげー練習場があるんだぜ?」
アーガス君はまるで自分の手柄のようにツンデレ紫さんの事情を説明してくれました。
「でも一人っ子でとーちゃんと、かーちゃんも忙しいから、構ってちゃんになっちまって」
「ちょっと! 何を言っていらっしゃるのっ!? 構ってちゃんなんかじゃありませんわ!」
「そうなのかー」
ツンデレ紫さんはガチのお嬢様だった、と判明したところで返事を求められた。
今日は特殊食材捜索デーと決めているものの、そこまで執着するものでもない。
それに、俺たちとは別にエリンちゃんたちも捜査してくれているので、少しくらいの時間を彼女たちに割いても問題はないだろう。
「ヒーちゃん」
「……えぇ、構わないわよ」
ヒュリティアの許可を耳にして、パプリカさんは花が咲いたかのような表情を見せた。
そして何故か張り切るアーガス君。
おめぇは大人しくしてろ、って言われたばかりだるるぉ?
向かった先はお子様用の戦機シミュレーターが設置されているスペースだ。
ここは選手のみならず、一般のお子様も利用できる。
将来有望なお子様も訪れる、とあってコーチ業のアダルトたちも目を光らせていた。
「使用受付、お願いしますわ」
「承りました……B-12が空いたので、そちらの方へ」
パプリカさんが受付のお姉さんからプラスチック製のカードを受け取った。
どうやら、それが利用券となるらしい。
基本的に利用は無料だが、戦闘データは記録されてアリーナが管理しているようだ。
ただより高い物はない、とはまさにこれの事だろう。
まぁ、戦機シミュレーターじゃ俺たちの能力は推し量れないんですけどね。
「えっと……ここですわね」
「よぉ、おめぇら。俺たちとバトれよ」
指定の場所へと向かう、とそこにはガラの悪いお子様たちがいた。
「……いいわよ」
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
そして、問答無用でフルボッコにするヒュリティアさん素敵。
「ま、ままま! まてっ! バトるっていってもリアルじゃねーよ!」
「戦機シミュレーターでだっ!」
「マジでこえーよっ! おまえっ!」
「……あら、男なのに情けないわね」
こんな女の子がいたら、俺だってジョバリッシュだぜ。
「おまえら、噂の【狩人】か」
「へへ、そのとーりよ」
「泣く子も黙る【デッドゴール】とは俺たちの事」
「俺たちに狙われて無事だったヤツはいねぇ!」
「……じゃあ、闇に葬りましょう」
「「「タスケテ―」」」
この子たちも役作りを必死に頑張った形跡があるので、そろそろ物理は勘弁して差し上げろっ。
「どうせ、弱い者虐めしかできないんでしょう? いいわ、私が懲らしめて差し上げます」
「げっ、こいつ……よく見ればパープリータじゃねかっ!」
「とすると……うわっ! レッドバレットだ!」
「やっべ、バトル吹っ掛ける相手、間違えてんぞっ!」
相手が誰だか理解した途端に弱気になる、へなちょこトリオ。
しかし、ヤツらは多少、知恵が回るもようで。
「お、おまえらとはバトんねぇ! 俺らが挑むのは、そいつだっ!」
「ごじゃる?」
なんと、まさかのザインちゃんを指名してきたではないか。
「おいぃ、この子はアリーナ戦士じゃねぇぞ」
「関係ないねっ! こいつがバトルに負けたら、おまえらのバトルポイントを寄こせよ!」
おや、バトルポイントってなんだ?
「なぁ、バトルポイントってなんだ?」
「え? なんだよ、バトルポイント制度も知らないのか?」
隣のアーガス君にバトルポイントなるものを聞いてみる。
それはポイントを支払う事によって、様々な特典を貰える制度とのこと。
「へぇ、超お得」
「だから、ポイント狙いのこんな連中が湧いて出るんだよ」
「しかも、運営って略奪行為を承認してるの。ただし、戦機シミュレーターに限るけど」
つまり、アリーナの活性化を狙っている、ということか。
悔しかったら負けるんじゃねぇよ、との考えなのだろう。
「勝負の回避は20ポイントの支払いだぞ!」
「さぁ、どうするっ!」
これにアーガス君やパプリカさんは激おこであるが、勝負を吹っ掛けられたザインちゃんはというと、もう笑顔でございました。
「ちょーぶを、いどまりぇたきゃらにはっ、いじゃ、じんじょーに、ちょーぶっ!」
「うわっ、思ったよりもお子様だった」
「操縦席に乗れるか?」
「なさけは、むよー! いじゃ、いじゃっ!」
ふんす、ふんす、と操縦席へとよじ登るザインちゃん。
座席は自動調整してくれるようで、機械音を発しながら変形していく様は中々に格好いい。
「おっ、ぎりぎり足も届くな」
「へっへっへっ、これならボコれるぜ」
「じゃあ、おっぱじめようか!」
こうして、アリーナの番外編ともいえる戦いが始まろうとしていた。
尚、バトルに負けた場合、俺のポイントをくれてやろうと思っている。
勝負を挑まれたのはザインちゃんだからな。当然だろう。




