242食目 銀閃の少女
◆◆◆ レフティコーチ ◆◆◆
今日のアリーナの客の入りは尋常ではなかった。
関係者用の入り口を使えなければ、結構な時間待たされてしまっていたかもしれない。
その専用通路での事だ。
「あ、コーチ。俺の試合どうだった?」
「まだ動きに、ぎこちなさが残るな。右手首の痺れが残っているのか?」
「うん、ちょっと」
アーガスは前々回のバトルで少し張り切り過ぎたらしい。
利き腕を痛めてしまっていた。
診断結果はただの捻挫。安静にしておけば直ぐに治るとのこと。
しかし、アーガスはデーバトルを休むことはしなかった。
それは悲願でもある、ジュニアリーグチャンピオンシップに出場し優勝することに繋がる、と信じて疑わないからだ。
しかし、俺は彼と同じことをして選手生命を絶たれてきた者たちを数多く目にしている。
だからこそ、アーガスに釘を刺す。
「試合に出るのは止めはしない。でも、引き際だけは間違えるな?」
「分かってるって」
「湿布を替えて、なるべく動かさないようにな」
アーガスは分かっているのかいないのか、ぶんぶんと利き腕を振ってこの場を後にした。
「動かすなって言ったろうに……ったく、あいつは」
「あ……コーチ」
「パープリータ。もう大丈夫なのか?」
「はい、別に怪我をしているわけではないので」
そう言うが、どう見ても彼女に以前の精彩を認めることはできない。
無理もない話だ。
トウキチロウ選手の、あの戦いを体験してしまっては。
「光素の暗黒面、それが忘れられないか?」
「無理です。あんなものを見せられては……!」
ぐっと唇を嚙む幼き少女は、果たして再び華麗に戦場を舞うことができるのか。
それにしても……光素の暗黒面か。
あの後、光素について再び調べてみたのだが、光素にそのような側面があるとの記述はどの高名な書物にも記載されていない。
しかし、パープリータとの試合で見せたトウキチロウ選手の光素は、確かに有無を言わさぬ強力な力と、相手の一切を考慮しない圧倒的な暴力性を秘めていた。
「今は何も考えるな。それよりも、これから銀閃の試合だ。しっかりと見ておけ」
「は、はいっ! あの銀閃の試合が見られるなんて思いませんでしたわっ! コーチも早く席についてくださいましっ!」
「分かった、分かった」
取り敢えずは光素の暗黒面は後回しだ。
見た感じトウキチロウ選手は、その暗黒面とやらに振り回されてはいない様子。
でも、予断は許さない、と認識しておいた方が良いだろうか。
強過ぎる力は人の手に余るものなのだから。
「……」
大きな傷跡が走る俺の右腕、それがブルブルと震えていた。
強過ぎる力、という言葉に我知らず反応しちまったか。
ぎゅっと拳を握る。やはり、あまり力が入らない。
「ままならねぇな」
小さく呟く、もそれは興奮する紫の少女には伝わらなかった。
観客と選手、その関係者は別の席が用意されている。
コロッセウムの最上段、そこが関係者の席だ。
この場所なら、戦機の動きや位置取りが手に取るように分かる。
それに、近くの映像なら端末で中継を見ればいい。
俺たちに重要なのは位置取り、そしてそこからの攻撃のタイミングや防御といった情報だ。
もちろん、目が良いヤツは、ここからでも試合を把握することができるだろう。
俺は双眼鏡を使うがな。
「うぅ……緊張してきましたわ」
「なんでリリラータが緊張してるんだよ」
「ここではパープリータですっ。何度もそう申しているでしょうっ」
アーガスとリリラータ、この二人は幼馴染だ。
アーガスは極一般的な家庭に生まれ、片やパープリータは良家のお嬢様。
本来なら釣り合いのとれない二人であるが、そこは子供の特権。
ジュニアリーグという環境が二人の身分差を、それなりに取っ払っている。
でも、いずれ二人も理解する時が来るはずだ。
それが大人になる、という事なのだから。
尤も、俺は子供のまま、大人になっちまった口だが。
「あっ、銀閃ですわっ!」
ひと際、大きな声援。
実況のニアンシャ女史が彼女の登場を告げるよりも早く、観客たちが反応してしまったのだ。
『赤コーナー! 煌めく弾丸は銀に染まって! 戦機乗りの超新星がアリーナに殴り込んできたぞっ! 戦機ブリギルト・C!【銀閃】の登場だっ!』
赤コーナーから銀色に塗装されたブリギルトが姿を現した。
通常、ルーキーは青コーナーからの登場なのだが、銀閃は赤コーナーから。
これは相当に上層部の連中に贔屓されているに違いなかった。
「ブリギルトだ。カスタムっていっても、しょせんはブリギルトなんだよな? コーチ」
「あぁ、ブリギルト・C。光素の出力アップを目指して改良された機体だが、想定の数値に届かなかった機体。一応は通常のブリギルトの三倍の出力があるらしいが……」
それにしたって、アインラーズには届かない。
それならば素直にアインラーズか、ブロンズクラスの新型【ブリアーズ】に乗った方が良いだろう。
特にブリアーズはブロンズクラスとは思えないほどの性能で、光素出力こそ低いものの、抜群の運動性と機体の軽さとで、他のクラスと差別化を図った傑作機となっている。
操作性も良好であり、初心者でもそこそこ戦えるというのが強みだ。
にもかかわらず、特に扱いが難しいとされるブリギルト・Cに乗り込んだのはネームドとしての意地であろうか。
いずれにしても、この一戦で銀閃の実力が理解できるだろう。
その実力は本物なのか、それともメッキで覆われた薄氷の評価なのか。
アリーナは実力世界。ハッタリなんて通用しやしない。
『赤コーナー! 全ての空間、距離は俺が把握している! 百発百中の狙撃手! 戦機【シュナイター】!【ロックオンフィーバー】の登場だっ!』
銀閃にも劣らない声援が沸き起こる。
彼もまた、狙撃を得意としているアリーナ戦士で、その戦歴は百に届こうとしているベテラン戦士だ。
その勝率も八割を超え、チャンピオンリーグでベスト16の好成績を収めている。
「とんでもないカードを組んできたな。この試合だけAIを使ってないだろ」
「そ、そうなんですのっ?」
「ま、大人の都合ってやつか。いずれにしても、瞬きなんてできないぞ」
お互いに高性能のスナイパーライフルを手にしている。
実弾タイプ……確かアマネック製の新製品【ブラッディ・ローズ】だ。
装弾数はたったの4発。しかも、射程距離は他の同社製に劣る。
しかし、その威力は現段階で、どの狙撃銃よりも高い。
「お互いに一撃必殺を意識してやがんな」
「それじゃあ、派手に動き回らないで終わるってこと?」
「それはどうかな……装備をよく見て見ろ」
アーガスは「う~ん」と目を凝らして両機を観察している。
こいつは規格外の目の良さを持っているので、双眼鏡を必要としないのだ。
「銀閃は戦機用のコンバットナイフを腰に仕込んでる。ロックオンフィーバーはハンドガンを肩アーマーに仕込んでるっぽい」
「正解だ。シュナイターは狙撃専用機として開発された戦機。狙撃時の無防備な状態をどうにかしようと防御力を高めたスチールクラスの機体だ。その装甲の内側には様々な武装を取り付けることが可能。特にハンドガンや予備マガジンといったものを守りながら携帯できるのは狙撃手として利便性が効く」
しかし、搭載したその分、動きが遅くなる。
万が一を考え、どれだけ保険を積むかはパイロットのセンスとなるのだ。
「ハンドガンだけ、というのは自信の表れなんでしょうか?」
「たぶんな。銀閃もロックオンフィーバーも、4発以内にケリを付けるつもりなんだろう」
狙撃手同士の戦闘は派手さに劣る。
しかし、決着にまで至る過程が非常に面白く、玄人志向の試合と言えよう。
また評価されるのは概ね、試合から数日経過して情報紙などで詳しく解説されてからとなる。
『試合! 開始!』
狙撃手同士の戦いが始まった。
「試合が始ま……えぇっ!?」
リリラータが試合直後、驚きの声を上げる。
それは彼女だけではない、この試合を見守っていた観客の殆どがだ。
『あぁ~っとぉ! 銀閃がナイフを片手に突っ込んだっ!?』
これが答え。
誰しもが狙撃戦を予期していたというのに、銀閃はまさかの接近戦を挑んだのである。
狙撃の腕前は誰しもが聞き及んでいるが、彼女の接近戦の腕前はまったく伝わっていない。
果たして、この日のためにわざと隠し通してきたのか。
『おいおい、狙撃戦をするんじゃなかったのかい? 銀閃さんよ』
『……それは勝手な思い込みよ』
これに対するロックオンフィーバーの対応は狙撃銃での一撃。
4発ある内の一発が銀閃に向けて放たれる。
しかし、頭部を狙ったそれは僅かに機体を逸らしただけで回避されてしまった。
『おっと! これは運がいい! 銀閃選手、弾丸が機体を掠めただけっ!』
『運も味方に付けていますね。流れが銀閃選手に来てますよ』
果たして、偶然なのか。
それはロックオンフィーバーの表情を見れば分かる。
見開かれた目に驚愕の色。彼は気付いたはずだ。
『ならっ!』
即座に気持ちを切り替えてハンドガンを手にしたのは高評価だ。
心の動揺を突かれて直ぐに試合が終わることはままある。
やはり、ナイフを片手に突っ込んでくるブリギルト・C。
距離に有利なシュナイターがハンドガンを発砲。
弾薬を撃ち尽くすつもりか。
「11発で止めたっ!」
「最後の一発を温存したか」
シュナイターの持つハンドガンは装弾数12。
これだけ連射すれば何発撃ったかを誤認する場合が多い。
しかし、焦りがあるのはロックオンフィーバーの方だろう。
正確に撃ち込まれた弾丸の全てが回避されてしまっている。
「完全に見えてやがる。あれは異常だ」
「だ、弾丸が……ですの?」
「そうとしか思えない」
冷や汗が頬を伝る。
褐色の肌に銀色の長髪、エメラルド色の瞳を持つ神秘性。
誰しもが認めるであろう。
彼女こそ、神が気まぐれで作り上げた傑作であることを。
『……あら、残りの1発、撃たないの?』
『ちっ、嫌なヤツだなっ!』
『……そりゃどうも』
見抜かれたロックオンフィーバーはハンドガンを撃ち尽くし、銃をブリギルト・Cに向かって投げつける。
それを当たり前のように回避する銀閃は、しかし、直後にナイフを投擲する。
直後に銃声。
『……残り2発ね』
『2発あれば十分っ!』
投げナイフで狙撃銃の弾丸を迎撃する。
異常、あまりにも異常。
しかし、これほどであっても銀閃はナイトランク7位に敗北している。
このことから、ナイトランカーがどれほどに異次元の世界か理解できるだろう。
「俺たちは何を見せられてんだ? コーチ」
「分からん。だが、この試合はしっかり見ておけ」
アーガスも理解が追いついていないもよう。
誰だってそうだ。こんな試合、見たことなんてない。
『い、異常っ! いったい何が起こっているんだっ!? 狙撃銃の弾丸を投擲で迎撃っ!』
『あ、あり得ません。人間ができる業では……!』
実況解説が仕事もできないほどの内容。
彼女たちにとっては不幸な試合展開だろう。
観客たちも声が出ない。
固唾を飲んで見守るより他にないのだ。
会場に響くのは戦機が奏でる金属音と機械音。
そして、発砲音のみ。
『……残り1発』
『ちぃっ!』
ロックオンフィーバーは撃たされた。
それも当然のように回避する銀閃。
彼女から発せられている重圧は相当なものだろう。
銀閃と対峙していない俺ですら押し潰されそうだ。
だからだろう、ロックオンフィーバーは決着を焦った。
「ロックオンフィーバー、焦っていますわ!」
「いや、位置はいい。銀閃の背後は壁。だからこそ、勝負に出た!」
ロックオンフィーバーの得意技の一つ、跳弾。
壁を背にしている銀閃が、それに気付くか。
狙撃銃は一撃必殺の威力を持つ。
一方的に試合を運んでいても一瞬で逆転負けを喫するなど、とよくある話なのだ。
『もらった!』
ロックオンフィーバーが勝利を確信した。
やはり、跳弾狙いだ。
彼の情報は既に流出して久しいものの、この跳弾は予測し難い。
それ故に彼と対戦する場合、決して壁を背にはしないのだが……どうやら銀閃は情報を事前に収集するタイプではなかったもよう。
『あぁ~っとぉ! ロックオンフィーバー選手、お得意の跳弾だっ!』
『危ないですよ、銀閃選手!』
ここで初めてブリギルト・Cが狙撃銃を構えた。
しかし、銃口が向けられたのはシュナイターではなく壁側。
『……なかなか面白かった』
ガンッ、という発砲音。放たれたのは確かに壁側。
しかし、直後にシュナイターの首が吹き飛んだ。
特殊防御壁にめり込む弾丸。
それはつまり……ロックオンフィーバーの跳弾を弾丸で弾き返し、彼のシュナイターの首をふっ飛ばした証明であった。
跳弾を跳弾で返すなんて狂っている、としか言えない。
何が起こったか理解できずに固まる実況解説と観客。
レベルが違い過ぎる、もうそれしか頭に浮かび上がらない。
『はは……マジかよ。この化け物が』
『……それは誉め言葉として受け取っておくわ。じゃあね』
コクピットロック3カウントのゴングがなって、ようやく時は再び動き始めた。
『し、試合終了っ! 勝者っ、銀閃選手だっ!』
割れんばかりの喝采。
間違いなく、俺たちは今日、伝説を見た。
それだけは確かな事だろう。
「あ、あれが……銀閃」
「レベルが違いますわ。あの方、本当に私たちと同じような年齢ですのっ?」
これにアーガスもリリラータも戦慄するばかりだ。
当然ながら俺も戦慄している。
こう見えて黄金の時代を牽引してきた自負があったが、こんな試合を見せられては、それも粉々になろうというものだ。
「もう世界レベルって次元じゃねぇな。アリーナのランカーたちも戦々恐々だろう」
観客たちに向かってブリギルト・Cの腕を振らせる銀の少女はしかし、その表情を崩すことは決して無かったのだった。




