230食目 デーバトル
次の日、デーバトルが組まれているのでコロッセウムへと向かう。
結構、早い時間だと思うのだが、既にそこは大勢の人で賑わっていた。
どうやら、朝を露店の食べ物で済ませているらしい。
その多くが新聞を片手に、そして露店で購入した片手で食べられる物を口に運んでいる。
新聞を読む眼差しは真剣そのもので声を掛け難いが、手にする情報媒体が賭け事の情報紙であることが判明する、と途端に真剣な眼差しが不純なものに見えて、すっかり気が萎えてしまう。
なので結論から言えば、そっとしておこう、となってしまうのも無理なき事。
「……朝から熱心な事ね」
「そういうヒーちゃんも、ちゃっかり新聞を買っているんだな」
「……今日、あなたに一点買いするから。絶対に勝つように」
「負けたら?」
「……買い食い禁止」
「いかなる手段を用いても勝ちます」
此度の戦い、この俺に不覚は無いと理解していただきたくっ。
寧ろ、ぶち殺す勢いで勝たせていただく慈悲は無い。
もりもりと邪悪な気を昂らせる俺はバーサーカーに違いなかった。
こっちは負けたら死活問題。
たとえお子様であろうとも容赦はしないだろうな。
コロッセウム内に入り、専用カードで受付開始。
既に試合を申し込んでいるので、スロットにカードを入れるだけで事済んだ。
端末の画面には選手控室の場所が表示されており、どうやらそこに向かえばいいらしい。
「……それじゃ、観客席で応援するから」
「おう、俺の活躍、見とけよ見とけよー」
ヒュリティアに送り出されて選手控室へと移動。
途中、迷子になり掛けましたが係員さんに誘導されてなんとか到着。
そこには大勢のジュニアアリーナ戦士たちの姿が。
「おぉ~、こんな朝早くから待機してんのか」
「あなたが遅すぎるのよ。今何時だと思っているの?」
そんなきっついセリフを叩き込んでくれやがったのは、アーガス君に負けて半べそで立ち去った紫髪の女の子だ。
気の強そうな顔立ちをしているが俺には分かる。
この子、絶対にツンデレだゾ。
「アリーナ戦士はメンタルの調整も必要なの。だから、試合前は少なくとも三十分前に控室に来てなくちゃ準備もできないわよ」
「ふきゅん、そういうものなのか~」
「そういうものよ。あなた、新人で第一試合でしょ? もう準備に数分もないじゃない」
ふきゅん、と時計を見れば試合まで、あと十分でした。
「トウキチロウちゃん、レギガンダー君、試合の時間です。誘導員に従ってハンガーへと移動してください」
「十分前行動とか真面目か」
「普通でしょっ! さっさと行くっ!」
「うぇ~い」
えっちら、おっちら、と誘導員のケツでかお姉さんのお尻を追いかける。
でも、急に止まるのはNG。太ももに衝突するだるるぉっ。
「はい、こちらがハンガーです。トウキチロウちゃんは機体と武装は決まっていますか?」
「機体はアインリール、武装はライフルと光素剣で」
これに誘導員のお姉さんは驚きの表情を見せた。
はて、基本に忠実過ぎる機体と武装編成であるが、何が彼女を驚かせてしまったのであろうか。
「えっとね、普通は対戦相手の前では、自分の情報を漏らしたりはしないのよ?」
なるほど、そういう事か。
ちらり、とレギガンダー君なるガキ大将風の太っちょ少年を見やると、彼はにやにやしながら腕を組んでいた。
「へっへっへっ、今日のデーバトルはいただきだな。楽して勝てそうだぜ」
明らかに人を小馬鹿にした態度で赤い扉へと向かうレギガンダー君。
それは自動ドアであり、カシュッ、との機械音と共に開き、彼はその中へと入っていった。
どうやら、扉で仕切られて対戦相手の機体は対戦直前まで確認できない仕組みとなっているらしい。
でもぶっちゃけ、それがどうした、という感じである。
実戦なんざ、全てがぶっつけ本番。
遭遇戦なんて、それの極みだ。
三十分前に調整なんて甘え以外の何ものでもない。
事前情報が得られるなんて極々稀だ。
戦機乗りは常在戦場の心構えをもってなんぼ。
できないヤツはア―――――ッという間にこの世から行方不明になるだろうな。
「アリーナ戦士は幸せな連中が多いなぁ」
「えっ?」
「いや、こっちの話なんだぜ」
とはいえ相手の能力が分からない以上、あらゆる状況に対応する装備など当たり前。
加えて俺はエルティナイトを使用できない以上、相性がよろしい機体に乗るのも当然。
更にっ、俺はっ、ルールを頭に叩き込んだっ。
もう負ける要素があんまりないっ。
と思います。
戦いに絶対は無いから仕方がないねっ、との心境を抱きつつ、俺は青い扉へと誘導される。
俺が新人だからであろう、誘導員のお姉さんはビッグなお尻をフリフリさせながら内部の設備を説明してくれた。
大体は説明書に書いてあった通りであるが、口で説明されると「なるほどなー」となる部分が多々あった。
尚、機体と武装の設定変更は試合開始三十分前までらしい。
それで紫髪のあの子はプリプリしていたのだろう。
「ふきゅん。小っちゃいアインリールなんだぜ」
「あい~ん」
しかし、その機体は結構なオンボロに見える。
装甲の所々に傷跡が残っており、錆も幾つか確認できた。
「あらやだ、なんで廃棄予定のこの子が……? 直ぐに掛け合ってみますね」
「いや、動けばいいんだぜ」
「でも……大切なデビュー戦なんですよ?」
心配してくれる誘導員のお姉さんであるが、俺はこいつをひと目見て運命的なものを感じ取る。
それはアイン君も同じようで、ゴマ粒のような瞳に強い輝きを宿していた。
そんなくたびれたホビーアインリールから、ぴょこっと顔を覗かせる小さな鉄の精霊の姿。
その鉄の精霊はアイン君よりも高いキーで俺たちを威嚇してきた。
「くろ~っ!」
「こっちに来るなって? それは無理な話なんだぜ」
きょとんとしている誘導員のお姉さんは、やはり精霊が見えていないようだ。
俺も慣れたものなので、そこら辺は華麗にスルーするー。
「ふっきゅんきゅんきゅん……今日から俺が、このアインリールの主だぁ」
「くろっ、くろ~っ!」
俺をボロホビーアインリールに近づけまい、とちっこい鉄の精霊はぴょこぴょこ俺の顔周りを飛び回るも、アイン君で慣れてしまっているため効果は成さない。
「あい~ん」
「く、くろっ」
そんな小さな鉄の精霊を宥めるのはアイン君だ。
「あいあ~い」
「ふきゅん、そっか~」
アイン君の説明によると、このホビーアインリールは誘導員のお姉さんが言っていたように廃棄予定の機体であったらしい。
何かの手違いでここに運ばれてきて、俺の搭乗機となったようだ。
この小さな鉄の精霊は、沢山の子供たちを見守ってきた鉄の精霊であるようで、例によって機体から離れられなくなっているもよう。
ヤーバン共和国で出会った鉄の精霊たち同様、戦いで朽ち果てるならまだしも、解体によって終わってしまう事に納得ができないらしい。
でも、アイン君のように機体を自力で動かすことができない彼女は、その日を怯えながら待っていたもよう。
「誘導員のお姉さん」
「なんですか?」
「このアインリール、俺の専用機にするように伝えてっ」
「ええっ? 十年以上も経った完全な型落ち機ですよっ? アップデートしたホビーアインリールの方が……」
これに俺は首を横に振る。
確かに機械は最新式の方が良いに決まっている。
しかしだ、これには沢山の想いが、そして何よりも精霊が宿っている。
俺にとっては最高の物件、といっても過言ではないだろう。
「見せてやるさ、俺の戦い方を。そして、幾多の子供たちの戦いを見守ってきたこいつの本当の力を」
俺は鋼鉄の階段を一歩一歩踏みしめながら登ってゆく。
お子様が落っこちないように柵が設けられているが、俺はちっこ過ぎるためか普通に身体が通り抜けられそうだ。
まぁ、そんなことはしないけど。
「お邪魔するわよ~」
どっかのおばちゃんチックに、ホビーアインリールのコクピットに乗り込んだ。
身体に纏わり付く感覚がエルティナイトのそれとは違う。
鉄と錆と油の臭いは、正しく戦場を駆け抜けてきた戦機が持つ香りなのだろう。
それを肺に取り込んだ俺は、確かにこのホビーアインリールの戦場の記憶をも取り込んだ。
操縦系統は完全マニュアル。
パイロットの技量が動きに直結するタイプだ。
これをデビュー戦を迎える新人にわざと与えるとなると、かなり性根が捻くれた者がいる可能性が否定できない。
願わくば何かの手違いであった、と思いたいところだが……さて。
「トウキチロウちゃん、動かせそうですかっ?」
「大丈夫だ、問題無いっ」
コクピットハッチを閉めてメインモニターを起動させる。
同時にホビーアインリールのエンジンが起動した。
少しばかりガタが来ているのであろう、稼働にまで時間が掛かった。
だが、問題無い。
「くろ~……」
「しょんぼりすんな。今、俺の元気を分けてやる」
しょんぼりする鉄の精霊は、どうやら俺がこのホビーアインリールを操縦することには抵抗が無いもよう。
先ほどの抵抗は、この機体を廃棄するために近付いてきた者だ、と勘違いしていたようだ。
「さぁ、行き届け、俺の光素よ。今再び、鋼鉄の戦士を戦場に立たせるために」
戦機とは、光素を原動力として動く戦闘兵器である。
人々の大半は、光素とは戦機が自動で取り込んで貯蓄してくれている、と思っているようだが、実際はパイロットからの供給も馬鹿にできないくらいされているのだ。
でも、その許容量が大幅に超過した場合、とある現象が発生する。
それは時として、害悪から身を護る盾となり、害悪を打ち滅ぼす剣ともなる。
しかし、それをも超える光素を注いだ場合、どうなるか。
俺たちは、その答えを知っている。
パキパキ、と音を立てる鉄の戦士は、俺という新たなエンジンを得て地鳴りのような咆哮を上げた。
メインモニターには驚愕する誘導員のお姉さんの姿。
その姿が徐々に遠ざかってゆく。
ハンガーがバトルステージへと移動を開始したのだ。
「武装確認……これまた旧式のライフルと光素剣だな」
「あい~ん」
「くろっ! くろっ!」
「分かっているさ。こいつらも、こいつと共に駆け抜けてきたんだろ」
やがて、ハンガーは移動を終えて、今度は上昇し始める。
薄暗かった景色は天井が開く事により徐々に明るさを増してゆく。
『青コーナー! 今日がデビュー戦の新人、トウキチロウ! 機体はアインリールだっ!』
実況は女性が担当しているらしい。
妙にテンションが高いのが印象的だ。
ガコン、とハンガーが停止。
いよいよ戦場に辿り着いたという事だろう。
「さぁ、やるぞっ。アイン君、それに……クロちゃん」
「あいあ~ん」
「くろっ? くろ~!」
ちっこい鉄の精霊は「くろ」と鳴くので【クロちゃん】と名付けた。
分かり易いので、とってもよろしいかと思われる。
ハンガーに備え付けられた武装を、ホビーアインリールに取らせる。
実によく手に馴染む、とはこの事であろうか。
ギュムン、ズシュン、と初めの一歩。
俺のアリーナ戦士としての一歩が刻まれる。
戦場はコロッセウム内の闘技場。
基本的にここで大半のバトルが執り行われるが、場合によっては屋外でのバトルもあるらしい。
「地面は剥き出しの土で遮蔽物は無し。結構広いのはスナイパーライフルの持ち味を活かせるようにか」
ざっと戦場を考察。
どうやら、戦機シミュレーターと同じような状況下になるもよう。
でも、シミュレーターと違う点は空気のにおい。
「これが戦場のにおいか……悪くない」
操縦桿に力が籠る。
いよいよ、俺のデビュー戦が始まりを迎えんとしていた。




