22食目 進化過程
鋼鉄の骨に鉄の筋肉が纏われている、とでもいえばいいのだろうか。
小学校のキモい筋肉標本を想起させる、そんな有様のエルティナイトがそこにあった。
「取り敢えず、装甲を全部取っ払ってみたんだが……いったい何がなんだか」
「これは、俺も【ふきゅん】というレベルだな」
「あい~ん」
アイン君が、いやんいやん、と恥ずかしがっているのは、エルティナイトが装甲を外されて素体状態となっているからだろうか。
彼にしてみれば、裸同然と言えるのかもしれない。
しかし、この裸はどうやっても嬉しくはならないだろう。
「す、素晴らしいっ! とってもセクシーだよ!」
いたよ、例外が。
ヤーダン主任は装甲車から降り、素体状態のエルティナイトをひと目見て大興奮した。
「あぁ、これはどうなっているんだ? いい、とってもいい!」
ぺたぺた、と鋼鉄の筋肉の感触を確かめるメガネの変態。
これをどう表現すればいいのか……俺には、そのための言葉を持たない。
「柔らかい? しかし、これは金属……鉄なのか?」
「あんた誰だい?」
「あ、申し遅れました。僕はアマネック社トッペルボト支店開発主任ヤーダンと申します」
マーカスさんは「ほぉ」、とヤーダン主任を興味深そうに観察した。
「トッペルボトに出来のいい博士が来たって聞いてたが、あんたのことかい?」
「多分そうです」
「なかなか、図太いな」
ヤーダン主任の飄々とした態度に、マーカスさんも苦笑して見せた。
その間でも、変態メガネさんは、エルティナイトを舐め回すかのように調べている。
「はぁ……これは凄いよ。戦機というよりかは生物のそれに近い。確かに、アインリールの名残が見受けられるけど、それすらも別の何かに変化する過程を見て取れる」
ヤーダン主任はポケットからペンとメモ帳を取り出し、もの凄い勢いで走り書きを開始。
あっという間にメモ帳が黒く染まってしまった。
「んで、あんたがここにやってきたのは、こいつを調べるためかい?」
「はい、その通りです。この子はアマネック社が独占調査権を得ました」
マーカスさんが、ジロっと俺を見てきたので、俺は、チラっとヒュリティアを見つめた。
彼女は、ぷいっ、っと顔を背ける。
俺とマーカスさんが、同時にため息を吐くのも仕方がない、というものだ。
「おまえらは、本当に面白い事をしてんなぁ? しかも、五日後にバトルんだろ?」
「おう、華麗に勝利して、Eランク2位の白エルフになってくれるわ」
俺の言葉に、ヤーダン主任はピクリと反応した。
「それはいい。丁度、生のデータが欲しいと思っていたところです」
眼鏡をビカビカ輝かせながら、はぁはぁと接近してくるのは止めろぉ。
「……マーカスさん、それよりもアレはできた?」
「あぁ、できてるぜ。しっかし、正気とは言えなぇな」
マーカスさんが親指で示す先には巨大な何かがあった。
それは、俺の視線の高さでは何かは判明しない。
仕方がないので、二階へと続く階段に上って全貌を見る、とそれに俺は感動を覚えた。
「でっけぇ【盾】だ!」
「おう、銀閃の嬢ちゃんが騎士には盾だろってな」
「ありがとう! マーカスのおっちゃん! ヒーちゃん!」
「材料調達、製作費込みで千五百万ゴドルな」
「……デザイン費で五百万ゴドルね」
「金とんのかよ、おるるあぁん!」
悲しみで前が見えねぇ。
しかし、これでエルティナイトが騎士として、さまになったのは言うまでもない。
あとはマントが欲しいところ。
真っ赤なマントであれば、言う事なしだ。
「しかし、内部構造がこうなっちまっていたら、機体のスラスターは使えないな」
「はい、幾つかのスラスターも鋼鉄の筋肉に取り込まれて機能しなくなっているようです」
「あぁ? 取り込まれている?」
「えぇ、この脚部スラスターなどは顕著ですね」
「おぉ、マジだな。じゃあ、加速力に劣るのか?」
「いえ、そうとも言えないかも。筋肉の瞬発力を……」
俺が盾に感動していると、マーカスさんとヤーダン主任はエルティナイトの内部構造、特に筋肉組織に対して意見を交わしだした。
確かに金属の筋肉と言える構造をしている。
これでは、普通の修理工場では手に負えないであろう。
専門的な修理工場であっても、こんなものを見せられたら即座にお手上げになるに違いない。
壊れたら、どないせいちゅうねん。
「……まるで生き物ね」
「そうだな。案外、治癒魔法が効いたりしてな」
「……エル、今なんて?」
「え? ちゆまほ……う?」
思い出す、かつてのマイフェイバリット魔法。
「お、思い出したぁぁぁぁぁぁぁっ! 俺の存在意義魔法っ!」
遂に思い出す、俺が、俺であるための魔法。
それは同時に、とある存在も蘇った。
ぽん、と煙と同時に小さな小人たちが次々に飛び出してくる。
その小人は俺の姿をした【治癒の精霊】たちだ。
その名も【チユーズ】。
割と、いろいろなことに興味があるトラブル製造機たちだ。
『おもいだすのが』『おそい』『ばかちんが』
「酷いこと言われた。鳴きたい」
この五十もの精霊たちに興味津々なのが、鉄の精霊であるアイン君だ。
「あい~ん?」
『なんだ』『こいつ』『まんじゅう』『こわい』『はよくれ』
わちゃわちゃ、とアイン君に群がるチユーズにマテをする。
だが、彼女らは言う事を聞かない、聞きにくい。
なので、強引に俺の中にしまちゃおうね~?
「世界に平和が訪れた」
「……いつも通りね、あの子たち」
「あい~ん」
まぁ、五十体も出て来られたら鬱陶しいので、普段は一体のみとしておく。
どうせ、彼女らは意識は繋がっているので、表に出るのは一体で十分なのだ。
やはり、チユーズもマーカスさんたちには見えないもよう。
俺たちは異世界人なんやな、って嫌でも理解してしまう。
「……それで、どこまで思い出したの?」
「ヒーラー協会で仕事していた部分までかな?」
「……そう、今はそこまででいいわ」
「いいのか?」
「……えぇ、無理に脳に負担をかける必要は無いわ。爆発しちゃうし」
「マジで震えてきやがった」
衝撃の事実を耳にし、そこはかとなく震えるのは白エルフの珍獣だ。
「どうせなら、装甲も騎士らしくしてしまっては?」
「おいおい、今からデザインし直すのかよ」
「はい、ついでに着脱をし易いように設計し直します」
「そっちが本命だろ?」
「ご名答」
というわけで、本人の承諾を得ないままに作業をおっぱじめる悪い大人たち。
「はぁ~、これが、あんときの無茶ぶりを支えていた、ってわけか?」
「みたいだな、ゴーグル兄貴」
散々にフォーレッグを自慢しまくっていたゴーグル兄貴は満足したのか、戦機から降りてきてエルティナイトを観察していた。
「いったい、どうやったら、こんなふうになるんだかな?」
「それが分かったら、苦労はしないんだぜ」
「あいあ~ん」
アイン君が俺の返事に相槌を打つ。
最大の被害者は彼であることは言うまでもない。
しかし、割とうれしそうにしているので問題はないように思われた。
問題は……エルティナイトのデザインである。
マーカスさんは無骨な騎士鎧を推奨しているのに対し、ヤーダン主任はヒロイックなデザインを推奨しているのだ。
「いやいや、戦機は命が掛かってるんだぞ?」
「いやいや、そこに英雄的要素は必要でしょう」
「……足して二で割る?」
「「それだ!」」
その結果、堅実性の中に、ほんのりと【日の出】的なデザインが滲む騎士鎧が出来上がった。
エリン剣を構えて、【日の出立ち】を炸裂させたい。
「さて、バトルまで、後一日となったんだが……準備はできてるよな?」
「今できたじゃないですかやだー」
「だよな」
俺はエルティナイトしか戦機がないので、鎧が完成するまで食堂でバイトをしておりました。
賄い、美味しかったです。
「それじゃ、慣らし運転でもしてみっか?」
「あいあ~ん!」
俺たちは、久しぶりにエルティナイトに搭乗し、そして驚愕した。




