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21食目 企業

 俺たちはラウン支部長に連れられて戦機開発研究室へと向かう。


「しかし、ヒーちゃんの信用も大したものなんだぜ」

「……それほどでもないわ。はい、これ」

「ふきゅん? なんなんだぜ、これ」

「弾薬請求書」

「おう、じ~ざす」


 お代金は……おい、まて。五百万ゴドルが溶けたぞ?


「さ、ここです。ヤーダン君、お客様だよ!」


 俺が悲しみに暮れていた頃、ラウン支部長は一人の青年に声を掛けた。

 彼に呼ばれ、億劫そうに歩いてくる薄い緑髪を中分けにしたメガネの青年は、しかし、ヒュリティアの姿を見た瞬間に慌てて駆け寄ってきたではないか。

 その表情は先ほどの憂鬱な物とは打って変わり満面に笑顔である。


 ロリコンかな? ロリコン死すべし! ナサケ、ムッヨー!


「……久しぶり」

「やぁやぁ、よく来てくれたね! レポートも読ませてもらったよ!」


 がっちりと握手を交わす両者は、どうやら面識があるようだ。

 俺は当然ながら、彼とは初対面となる。


「やっぱり、加速装置の放熱が追いついていないようだね」

「……そうね、銃身が焼き付くから連射すると確実に破損するわ」

「冷却システムを付けた場合は?」

「重量がかさんで取り回しが悪くなる。いっそ、銃身を使い捨てに……」


 ああだ、こうだと意見を交わす両者であったが、ここでヒュリティアが、はた、と我に返る。


「……そうじゃない、今日は戦機を都合してもらおうと思って来たの」

「戦機を? きみほどの乗り手が【ルナティック】をダメにしてしまったのかい?」

「……あの子は無傷。ダメになったのは、ロイスさんのブロウリヒトよ」

「そうなんだ。ビックリさせないでくれよ。あれは僕らの最高傑作なんだから」


 ヤーダン主任は胸を撫で下ろし、ほっとした表情を見せた。

 どうやら彼は、ヒュリティアのブリギルトを魔改造した張本人であるようだ。


「でも、お金の方はあるのかい?」

「五百万ゴドルと独占権で手を打った。ヤーダン君には、その調査リーダーに就いてもらう」

「えぇっ、ちょっと待ってくださいよ。うちの戦機の詰め作業が始まっているんですよ?」

「それは、ミオラ君に任せればいいじゃないか」

「しかし……」


 渋るヤーダン主任であったが、独占権の内容を聞かされるや否や、熱い掌返しを敢行。

 それを偶然にも耳にしていた金髪チリチリ頭の褐色女性が、口を三角にして不満の表情を見せていた。

 彼女がミオラと呼ばれた女性であるに違いない。


「いやぁ、光栄です。未知に挑むなど科学者として光栄なことですから」

「熱い掌返しを見たんだぜ。そして、交渉術も」

「……えっへん」


 まったくもって褒めてないからな? そこんとこ、分かってちょうだい。


 そんなわけで、ゴーグル兄貴の戦機、ゲットだぜ。


「これが、俺の新しい相棒か……なんて名前だ?」

「【TAS・069‐S‐フォーレッグ】です」

「Sってなんだ?」

「あぁ、先の共同戦機開発規約で、新たに型番にクラスを示す文字を含めることにしたんです。この子はSなのでスチールクラスとなります」

「ス、スチールっ!? そんな高額の戦機をいいのかっ!?」


 ヤーダン主任のさり気ないカミングアウトに、ゴーグル兄貴はビビって腰が引けていた。


 もっと、堂々としてどうぞ。


「とはいえ、この子は試作機です。レポートを提出を義務付けて頂ければ当社としても文句はありません」

「わ、分かった……!」


 こうして、ゴーグル兄貴は予期せぬ戦機を入手することとなった。


 TAS・069‐S‐フォーレッグはその名が示す通り、四脚タイプの戦機となる。

 この脚部構造は非常に珍しいとのこと。


 四脚は射撃の反動を抑える効果が期待でき、荒れ地での走破性の安定や、最大積載量の増加など、様々な恩恵をもたらす画期的な戦機として期待されていた。


 欠点としてはコストの増加が挙げられる。

 そして、整備の複雑化から、いわゆる町工場での修理は難しい、といった点が挙げられる。


 固定武装としては左腕部が四連マシンキャノンとなっており、背部ユニットの右側に試作型のレールキャノンが搭載されている点であろう。


 近接戦闘は想定されていない戦機であるようで、中距離~遠距離を得意とする機体に仕上がっているとの事。


「どちらかと言えば、ネーシャが得意とする機体なのかもな」

「ワイルド姉貴の戦機も同じコンセプトだもんな」


 オレンジ色に塗装されたフォーレッグは主を迎え入れ、低い唸り声と共にエンジンを起動させた。


「すっげぇパワーだな。痺れちまうぜ」


 どうやら、ゴーグル兄貴はお気に召したもよう。

 まずは一安心である。


「っと、嬢ちゃんたちは車を運転できないよな?」

「足がまずとどかにぃ」

「……誰かに運転してもらわないと無理ね」


 とここで名乗りを上げたのは、言うまでもなくヤーダン主任だ。


「僕が運転しましょう。ついでにキアンカにあるエルティナさんの戦機を調べたいですし」

「お、そりゃあ名案だ。二人もそれでいいか?」


 当然、断る理由もない。

 俺たちは二つ返事で、それを了承したのであった。






 トッペルボトで昼食を済ませた俺たちは、一路、キアンカを目指す。


 途中で戦機に乗った盗賊が現れたのだが、フォーレッグの四連マシンキャノンでハチの巣にされ、呆気なく撃破されてしまったという。


「おいぃ、威力おかしくね?」

「そうですね、もっとバラバラになってもいいのですが……」


 そういうことを聞いたわけじゃないんだよなぁ。


 ちょっとズレているマッドにいちゃんが、俺の中で危険人物として認定された瞬間であった。


 ハチの巣になった盗賊ブリギルトは勿論回収。

 鉄屑として売れるので、その場に放置は得策とは言えない。


 四連マシンキャノンは実弾兵器なので、弾薬代という経費が発生する。

 こうした、こまめな金策は戦機乗りたちにとって重要であり不可欠であるのだ。


「こうなると、光素兵器か、ビーム兵器が欲しくなるよな」

「光素兵器は【ランバール社】、ビーム兵器は【ルルアンタ社】が強いですからねぇ。うちは実弾専門なので」

「……信頼性は実弾よ?」

「ヒュリティアさんに、そう言ってもらえると心強いです」


 ヤーダン主任は満足げな表情であるが、俺はその言葉に、ひゅん、となる。


 たまたまが幾ら掛かるのか知ってんのか、おるるぁん!?

 お陰様で、借金が減らせねぇんじゃ! おんどるるぇ!


 尚、俺たちの財布はヒュリティアがにぎにぎしている。


 以前調子に乗って食材と調味料を買い込み無一文にしてしまった実績があるので、それ以降はヒュリティアが管理するようになったのだ。


 お陰様で、丸一日、水だけを飲んで過ごすことはなくなりました。


 でも、借金が増えたよ! やったね、エルちゃん!


「……どうしたの? 白目で痙攣起こして」

「ヒーちゃん、俺、こんなに貧乏だったの初めてだ」

「大丈夫、こんなの貧乏とは言わない」


 凄まじいほどの微笑を見せてくれた彼女は貧乏の達人であった。

 スラムの生まれは逞しいんやなって。


 ちなみに、俺は密林生まれの野生児である。


 あ、なんだ。別にお金が無くても問題ないジャマイカ。

 密林暮らしに金という概念は無かったのだから。






 ちょっぴり野生を取り戻した俺は、キアンカに到着後、そのままマーカス戦機工場へと直行する。

 ゴーグル兄貴も興味があるのか、これに同行した。

 フォーレッグを自慢したかった、との可能性も微粒子レベルで存在する。


「マーカスのおっさん、ただいま!」

「おう、早かったな?」

「エルティナイトの様子は?」

「見ての通りだ。わけが分からん」

「わぁお」


 それは、本当にわけが分からなくなっている元アインリールであった。

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