213食目 キアンカ大ピンチ ~あまり謎じゃないヒーロー見参~
「あれは、おまえらがヤーバン共和国へ旅立って間もない頃……まだ、正月気分が抜けきってない頃の事さ。鳴らなくなって久しかったサイレンが、急にけたたましく鳴りやがった」
マーカスさんは、ラム酒のグラスを傾ける。
カラン、と氷がグラスを叩いた。
「こんな朝っぱらから、どこのどいつが手違いしやがった、と不満を漏らしたもんさ。でもな、違ったんだ。確かに脅威はキアンカに迫っていた。そいつに気付かねぇほど、俺たちは微温湯に浸っちまっていたんだなぁ」
「それは仕方がないっちゅうもんや。いつまでも気ぃ張っとったら持たへん」
飲兵衛組のぽっちゃり姉貴がほっぺを朱に染めつつ、それでもクピクピとグラスを傾ける。
彼女は甘いお酒を好むようで、カルーアミルクを何杯も飲んでいた。
……太るぞぉ。
「まぁ、そうだろうな。だがよ、キアンカは前の教訓を活かしていた。戦機協会と警戒組の連中の怒声は寝惚けていた俺たちの目を覚ますには十分過ぎたさ。『寝惚けてんじゃねぇぞ、てめぇら、敵だ』って怒鳴られりゃあ、嫌でもあの日の事を思い出す」
今度はソルトピーナッツに手を伸ばし数粒手に取って、それを纏めて口に放り込んだ。
マーカスさんは、それらを苦々しく噛み砕く。
まるで悪夢を噛み砕いて忘れようとしているかのように。
「忘れられねぇんだな、あの日の事を。若いもんはともかく、俺たちのようなロートルはこの警報に飛び起きた。二日酔いの奴もいたし、風邪気味の奴もいた。だが、町の奴のほぼ全員が武装して脅威に立ち向かう気概を見せたのさ」
たん、と空になったグラスをテーブルに置くマーカスさんは、手を組んで口元を隠す姿勢を見せた。
酔ってはいるものの、その目つきは鋭く、また座っているようにも感じられる。
でも、大きく息を吸い込み、それを吐き出すと組んでいた手を解き、苦笑いをしながら椅子の背もたれに身体を預けた。
「まぁ、酷い戦力差だったぜ。向こうは約一万、それに対してこっちは旧世代機がたったの五十だ。誰がどう考えても勝てやしねぇ。俺も骨組みだけのブリギルトで出撃たが数合わせにもなりゃしない。もう絶望しかなかったな」
「それでも、逃げ出さなかったのかぁ?」
「そりゃあそうよ。逃げたところで、どこへ行けっていうんだ? 行くも地獄、退くも地獄。なら、前に行くだろうがよ」
マーカスさんは空いたグラスに、トプトプとラム酒を注ぎ込む。
氷の塊はゆるゆると形を変えてゆくものの、溶けて堪るか、との意気込みを見せチンチンと何度もグラスを叩く。
果たして、グラスの結露は消えゆく彼への涙であろうか。
「一方的な戦いだった。こっちの攻撃は効かねぇのに、向こうの攻撃は圧倒的で盾も何もかも意味がねぇ。おまえらと入れ替わるように帰ってきたラルクやレダムも参戦したが、お察しだ」
「モヒカン兄貴とスキンヘッド兄貴も戦ったのか」
「あぁ、連中も腕は経つが、いかんせん乗っているのがアインリールだ、明らかにパワー負けしているし運動性も劣っている。それでも撃墜されねぇんだから大したもんだ」
「……純粋にパイロットの腕前で機体性能をカバーしていたのね」
「ま、そんなところだな。そんな連中がキアンカのエースさ。後はどうなるか、なんて子供でも簡単に予想できるだろ?」
マーカスさんはカラカラとグラス内の氷を回し、ラム酒を十分に冷やしてからチビリと口に含む。
美味そうに飲むなぁ。
今日くらいは俺も、こっそりと飲んでもバレないかもしれない。
しかし、そんなことは許しまへんで、と桃先生が降臨なされましたので、俺はお酒の代わりに桃先生をチビチビ食べるだろうな。
「……エル、私にも」
「あいよっ」
桃力を手に集中し、何かを包む込むような形を取る。
すると、その中心に温かな輝きが集結し、やがてそれは桃色の果実を生み出した。
「ほい」
「……だいぶ生成が早くなったわね」
「そうかな? 自分では分からないけど」
彼女の返事は、シャクリという桃先生を食べる音で返された。
「それだ、その果物が俺たちに逆転の力を与えたんだ」
「ふきゅん? なんだって?」
「ここからが、おまえたちの聞きたがっていた話になる。大樹を見て相当驚いただろうが……信じられるか? あれはたった数秒で、あそこまでデカくなっちまったんだぜ?」
「マジか」
「あぁ、切っ掛けは謎の軍団がキアンカまで残り数百メートルに差し掛かった時だ。その頃にはキアンカの戦力もズタボロでな。町の連中が棒切れや鍬を手に最後の抵抗を試みようとしていた」
無茶にもほどがある。
生身の鬼ならともかく、巨大ロボットの鬼相手にそれは無謀だ。
「最後の最後まで諦めるヤツはいなかった、と記憶してるな。俺も黒煙を吐き出すブリギルトに別れを告げてハンドガン片手に一つ目の化け物に狙いを定めた。当然ながら、殺気を当てられた一つ目は棍棒だか何だか分からない武器の切っ先を向けてくる」
マーカスさんは右肩を擦った。
そこには僅かに傷跡が残っているように見える。
というのも、元々マーカスさんって体中に傷跡があるので、新しいものなのか古いものなのか、これが分からない。
「信じられるか? 連中、棍棒の先からビームを放つんだぜ? しかも、そいつで殴ってきやがる。アホみてぇに頑丈でガンガン叩き付けてもぶっ壊れねぇ。それ一つで全てを賄えるから他に武装を積む必要が無い。だから機体も軽い。アインリールが勝てる要素が一つも見当たらねぇんだわ」
「加えて、理不尽バリアも備えてるんだろ?」
「それよ。本当に腹立つぜ。直撃でも平然としてやがる」
戦機乗りたちが桃使いでない時点で戦いの結末など決まっている。
でも、キアンカの皆は町を守り通した。
それは間違いなく桃先生の大樹が何かしらの加護を与えたに違いない。
でも何故、ここまで急激に成長したのであろうか。
「いよいよダメだって時に、奴は現れたのさ」
「ヤツって?」
「人はそいつをハヤブサって呼んでる」
「ハヤブサ……ファケル兄貴かっ!?」
「そっからだ、俺たちの逆襲が始まった」
ここからの逆転劇を思い出し、マーカスさんは興奮を思い出したのだろう、その言葉に熱が入る。
「始まりは熱い風だった。こんな真冬に熱風を感じるなんざ、機体の爆発に巻き込まれるくらいなもんさ。でも、違ったんだ。ヤツは無数の熱い風を従えて空を支配した」
「その風は、こいつらだったか?」
ぴょこっ、とミラージュの稚魚たちが俺の胸から飛び出し、マーカスさんの頭上を泳ぎ回る。
これに、彼はあんぐりと口を開き、手にしていたソルトピーナッツをテーブルに零してしまった。
「あっはっはっはっ! そうさ、こいつらだ! デカさはまるで違うがな!」
ぴしゃり、と額を叩き愉快そうに笑ったマーカスさんは、やはりラム酒をグイグイいく。
これは次の日、チゲ鍋の刑ですぞっ!
「ハヤブサの野郎、遅れてやってきたのに言うに事欠いて、最後まで諦めるな、だとよ。これには俺たちも笑ったぜ、色々な意味でよ。信じられるか? いや、おまえなら信じるだろうな」
「あぁ、ファケル兄貴がバッサバッサと鬼どもを退治しまくったんだろ?」
「あれは鬼っていうのか。まぁ、その通りさ。あの青緑の機体が輝く魚を引き連れて飛び抜けただけで、それまで手も足も出なかったヤツらを粉砕しちまうんだからな」
まるで自分の手柄のように彼は語り続けた。
奇跡の逆転劇の起点となったキアンカの英雄。
ファケル兄貴の単独行動は、思わぬところで俺たちの帰る場所を護ってくれていたのだ。
「ある程度、その鬼とやらの数を減らしたところで、ハヤブサは天高い場所で叫んだ。それがなんの意味かは分からないが……確かこう言っていたな」
勇敢なる者よ、桃力の輝きのあらんことを。
「そっか、桃先生の芽はファケル兄貴の桃力を貰って急成長したんだ」
「……十分過ぎる可能性ね。三体同時真・身魂融合を果たした彼なら、想像を絶する桃力を蓄えているだろうし」
謎は全て解けた。
桃先生はファケル兄貴の桃力で急成長し、キアンカ一帯に桃結界陣を敷いたのだろう。
「おまえらは事情を理解しているようだな」
「俺たちはファケル兄貴と同じ存在なんだぜ」
「そうか、それでその果物を生み出せたんだな」
テーブルに零れたソルトピーナッツを口に運んだマーカスさんは、「それでだ」と続きを語る。
「でだ、ハヤブサの野郎の叫びの後、おまえらの小屋に芽吹いた小さな芽は急成長を果たして桃色に輝いた。それと同時に、おまえが生み出した果実が俺たちの目の前に現れたんだ」
やはり、マーカスさんは右肩を擦る。
何か違和感出も感じているのだろうか。
「……実はな、その時、俺の右肩は吹っ飛んじまって無かったのさ」
「マジか」
「もう、そんときゃあ朦朧としてたからよ。目の前に桃色の果物が浮いても、何の疑問も浮かばなかった。しかも、女の声で『いいから早くこれを食え』だとよ」
「……食べたのね」
「あぁ、戦場に居た連中は全員、それを口にした。するとな、不思議なことが起こったのさ」
マーカスさんはバチン、と右肩を叩いた。
その逞しい肩はビクともしない。
「一瞬で右肩が生えた。尽きかけていた気力、体力、根性、もろもろが一気に湧き出てきてどうしようもなくなっちまったんだ。俺たちは口々に叫んだよ、これは奇跡だ、ってな」
「そのための神桃の実だからな」
「それは神桃の実っていうのか。なるほどなぁ」
「後は一方的な反撃になったんだろ?」
「そうさ、こっからが俺たちの逆襲の時間だった。朽ちかけていた戦機たちですら立ち上がる力を得ていたんだ。安物のライフルからは桃色の光線が出るわ、物理剣なのに振れば桃色の輝きを纏う。奇跡のオンパレードで全員頭が麻痺してたんだろうな。とにかく俺たちは鬼に突っ込んだ。俺も工場に帰って戦車を引っ張り出してきたさ」
戦車って……工場裏の廃材置き場にあったヤツか。
というか、動いたんだアレ。
「まぁ、移動するだけでやっとだった戦車が動く動く。砲口から、ぶっといビームが発射された時は笑ったぜ」
「桃先生も、これでもかとばかりに無茶するなぁ」
「流石に戦いの後はぶっ壊れて完全に動かなくなっちまったがな」
「……でしょうね」
そんな大活躍した戦車は感謝を込めて修理し、今はマーカス戦機工場の守護神として桃先生の大樹の下に置かれているという。
その内、ピンク色に染まっていそうである。
桃先生ならやりかねない。
「こうして、キアンカは奇跡の逆転勝利を収めたんだ。これをキアンカ以外の奴に語っても信じやしねぇだろうが……な」
「うちは信じるで。実際に不思議な現象を何度も目にしとるさかい」
「おたくも不思議な現象に魅入られているって口かい?」
「うちはどっちか、というと巻き込まれている口やな。ちゅうかエルティナちゃんの傍に居たら嫌でもそうなるで」
クスクスと微笑みながらカルーアミルクを飲み干す。
というか、顔真っ赤じゃないですかやだー。
「おいぃ、お酒は飲んでも飲まれるなっ」
「きゃー、飲み過ぎ警察や~」
とぽっちゃり姉貴はふざけていやんいやんした途端、糸が切れた人形のようにテーブルに突っ伏しましたとさ。
「飲み過ぎたんだ……泥酔してやがる」
「……ダメな大人の見本ね」
これには俺たちも苦笑いせざるを得ない。
しょうがないのでオーストさんに頼んで彼女をマーカスさんちに運んでもらう。
「うす、彼女、男をダメにする肉っす」
「誘惑に負けないでっ!」
「うす、自分、戦機一筋なんで」
「……ある意味で負けた方がいいんじゃないかしら?」
ぽっちゃり姉貴を背負ったオーストさんは、のっしのっしと階段を上ってゆく。
後はエリンちゃんに任せれば悪いようにはしないだろう。
「それで、その後、ファケル兄貴は?」
「あぁ、奴ならそのまま風のように飛んでいっちまった。礼の言葉も何も受け取らないままな。方角的に……あっ」
嫌な予感。
「帝都かっ!?」
ガタッ、と椅子の上に立つ。
「そうだ! あの方向は帝都だっ! なんで今まで思い出せなかった!?」
これにマーカスさんは酔いが醒めてしまったかのような表情を見せた。
「いくらハヤブサが強くても限度ってもんがあるだろ!? こ、こうしちゃいられねぇ!」
「……落ち着きなさいな。軽く突きに行っただけよ」
「あ?」
これにヒュリティアは酷く落ち着いた様子を見せる。
「……彼の桃力の波動は潰えてないわ。エルも落ち着いてファケルの波動を拾ってみなさい」
「ふきゅん……あ、本当だ。ターウォに反応がある」
「……きっと独りでは無理だと判断したんでしょうね」
「なるほど、ターウォの戦機乗りと協力して事に当たるつもりなのか」
「……それはどうでしょうね。彼、ああ見えて名声にこだわるから」
「むむむ」
ファケル兄貴は慎重そうに見えて意外と無謀だ。
ここは、このまま慎重に動いてほしいものだが。
「……分かっているとは思うけど、まだ帝都に赴くのは早いわよ」
「わ、分かっているんだぜ」
ちょっとくらいなら許されるかも、と思っておりましたがビシッと釘を刺されてしまいました。しょぼん。
どうやら、俺はまだまだ力不足であるもよう。
更なる精進を積むようヒュリティアから言い渡された。
なので特殊食材の探索はまだまだ続くだろう。
取り敢えずはジェップさんにミラージュゲットの報告でもしておこうか、と考えたところで先にチゲ鍋を作って置かなければと思うのでありました。
明日は朝から早々に地獄が待っているぞっ!




