210食目 蘇る英雄
鬼との遭遇から始まったこの騒動も、メカルグ元帥の逮捕でようやく落ち着いた。
ヤーバン市防衛戦に参加した戦機乗りたちは英雄と称えられ、大統領が政務を執るというブラウンハウス前にて、マシュー大統領より直接勲章を授与されることとなる。
俺は食べられないものに興味は無いため辞退することも考えたのだが、ヒュリティアに全力で圧を掛けられたため、渋々チームを代表して授与式に臨む。
精悍な顔付の戦機乗りが並ぶ中、ちょこんと幼女が紛れ込んでいるのは違和感MAXに違いない。
「チーム精霊戦隊、代表、エルティナ・ランフォーリ・エティル殿」
「あいっ!」
名前を呼ばれたので、しゅたっと手を挙げて優雅な足取りで前に進み出る。
ユウユウ閣下の歩き方を真似たので確実に強者の貫禄が出ているはずだ。
でも返ってくるのはクスクスという含み笑いだけでして。
いったい何が悪かったのだろうか。
俺の仕草は完璧だったはず。
「ヤーバン共和国の危機に立ち上がってくれたこと感謝に耐えません。よって、ここに感謝を形としてあなた方に送らせていただきます」
「謹んでお受けいたしましゅっ」
クスリと微笑まれました。
大事な場面でセリフを噛んでしまうとはこの珍獣、一生の不覚っ。
ヤーバン共和国の勲章は羽の生えた魚が描かれているものだ。
その黄金の勲章に興味が引かれたのだろう、ミラージュの稚魚たちが俺より、にゅろんと飛び出してきて勲章を鼻先でツンツンし始めた。
まぁ、こんなことが目の前で起こってしまえば、場は騒然とするだろう。
これを見た精霊戦隊のメンバーは案の定、苦笑いを見せている。
だが、俺は主張したいのだ。
俺は悪くぬぇ! と。
「こ、この魚はっ!?」
「ミラージュの子供なんだぜ」
俺から飛び出したミラージュの稚魚たちは好奇心の塊だ。
勲章に飽きると今度はマシュー大統領をツンツンし始める。
ああやって情報を収集しているのだろう。
「ミ、ミラージュっ!? これが、伝説の魚……!」
「遥か天空で発見したんだ。いろいろあって、今は俺の一部になっているんだぜ」
ミラージュはマシュー大統領の情報を集め終えたのだろう、今度は俺の周りを暫く泳いで喜びを表現した後に、俺の胸の中へと帰っていった。
でも一匹だけ、ちょこんと顔だけを出して周囲を窺っていたりする。
この子が一番、好奇心が旺盛なもよう。
「よもや生きたミラージュに出会えるだなんて。しかも伝説の魚に選ばれし者まで……!」
ぶっちゃけ、食っちゃったんだけどね。
これを言うと、色々パニックになるので言わない方が良さそうだ、と思いました。
プルプルと小刻みに震えだすマシュー大統領は、突如として叫んだ。
「素晴らしいっ! ヤーバン共和国を襲った悪夢は、蘇った英雄に払われたっ!」
突然のことに俺と顔を出していたミラージュはビョクッとしました。
急に大声を出すのはNG。心肺が停止する。
いや、分かってる。問題はそこじゃない。
呆然とする俺をマシュー大統領は抱き上げて、民衆によく見えるようにしてしまったではないか。
「皆様、ヤーバン共和国を襲った悪夢を乗り越えた今日という日を、これほど嬉しいと思ったことはありません! 何よりも伝説は再び蘇っていたのです!」
急に持ち上げられたため、ミラージュたちもビックリして俺から飛び出てしまい、更にこの場は興奮のるつぼとなって、えらいこっちゃになってしまう。
ミラージュたちも訳も分からないままに宙を泳ぎまくってしまって、さぁ大変。
「さぁ、英雄様。民に手を振ってあげてください」
「お、おう」
今の俺は捕獲されてしまったチンパンジーも同然。
指示に従うより他になかったので、ゆっくりと手を振る。
すると耳をつんざくかのような歓声が巻き起こった。
白エルフは耳がいいから大声は控えていただきたいんっ。
これではヒュリティアも悶絶してしま……あっ、ちゃっかり耳栓してやがるっ。
卑怯なり、ヒーちゃんっ!
俺はマシュー大統領の腕の中で、プルプルと痙攣するより他になかったのであった。
ようやく釈放された俺は、よろよろと他の英雄たちの下へと戻る。
疲れて立っているのも億劫なので地べたにドカリと腰を下ろした。
見晒せ、俺の堂々とした場違いな行為をっ! これが英雄というものだっ!
「おっちゃんこは、もう少し我慢しよなぁ?」
「ふきゅん」
これを、ぽっちゃり姉貴によって阻止される。
彼女は精霊戦隊ではないので、チームとは別に勲章を授与されることになる。
当然ながら肉団子さんも授与式に参加しておられた。
「ぶひひ! いやぁ、マシュー大統領も見事なおっぱいをしていらっしゃる! 結婚してください!」
「いえ、もう夫がおりますので」
見境が無さ過ぎるって、それ一番言われているっぽい。
色々な意味でナイトランカー・ドープの名はヤーバン共和国で有名になったのでありましたとさ。
これで受勲式は終了となったのだが、精霊戦隊はマシュー大統領にお呼ばれされてしまう。
絶対にミラージュの件であろう。
もしかしたら、勝手に獲っちゃいけないお魚だった多可能性が微粒子レベルで存在している?
応接間へと通された精霊戦隊のメンバー。
流石に全員は多過ぎるので、俺とヒュリティア、ガンテツ爺さんとクロヒメさんが応じた。
「よくお越しくださいました、英雄様」
「めっちゃ英雄を強調している怖い」
ニコニコと微笑むマシュー大統領は、ご立派な黒いソファーに腰かけるよう申し出た。
応接間は非常に広く、そこに据えられているソファーもかなり大型だ。
これなら、もっとメンバーを連れてきてもよかったかもしれない。
でも、修羅がいるから身の危険は回避できるので良しとしよう。
間もなく香り豊かな紅茶が運ばれてくる。
かなり良い葉を使っていることが窺える香りに、俺は思わずとろんとしてしまう。
「いい香りなんだぜ」
「お気に召してもらって幸いです。どうぞ、お召し上がりください」
身を乗り出しティーカップを手に取る。
これらティーカップも、お高いものだ、と直ぐに理解できた。
なので飲むのが若干、怖くなってくるも高貴な香りの誘惑には勝てないので、ズビビっと琥珀色の飲む宝石を啜るだろうな。
「……音っ」
「あちゅ~いっ!」
ヒュリティアに怒られた上に、がっつき過ぎて舌を火傷しました。
でも、すっごい芳醇な香りと優しい苦みとで幸せな気分に浸れる逸品だ。
「あらあら、お気を付けください。エルティナ様」
「名前を覚えてくれたのかぁ」
「もちろんですとも。我が国の賓客の名を忘れるなど、あってはなりません」
さっきからマシュー大統領はニコニコしまくりで、かえって怖いものを感じる。
何か無茶ぶりを要請してこないか心配だ。
まぁ、そうなれば全力で、とんずらぶっこいてやるのだが。
「……それで、お話というのは?」
「そうですね、本題に入らせていただきましょうか、銀閃様」
「……私のことも知っているのね」
この応対にヒュリティアの長い耳が僅かにピクピクと動く。
これは彼女が警戒している証拠だ。
とはいえマシュー大統領からは邪気を感じられないので悪いことにはならないだろ。
違った意味で悪い方向には転がる可能性はあるが。
「単刀直入で申し上げますと、精霊戦隊にはヤーバン共和国の所属になっていただきたく」
「みりきてきな話しなんだぜ」
「で、ではっ!?」
「だが断る」
靴を脱いでソファーの上に立ち、バァァァァァン! のエフェクトと効果音と炸裂させながら要請を拒否する。
この三代目エルティナ・ランフォーリ・エティルを侮っていただきたくはなくっ!
「残念ながら精霊戦隊には帰る場所があるんだぜ。そして、取り戻さなくちゃならないものも。今は力を付けるために色々な国を巡っているんだ」
「取り戻さなくてはならないもの……それはエンペラル帝国の首都、という解釈でよろしいでしょうか?」
「……色々と知っているのね」
マシュー大統領は交渉が決裂したことに多少なりともショックを受けたようだが、俺の続く言葉でそれは鳴りを潜めたもよう。
そして、ヒュリティアの質問に答える前に、彼女は紅茶で口を潤した。
「えぇ、これでも国を預かる身ですので。エンペラル帝国が事実上、崩壊していることも」
「そっかー」
「もう統べる者がいない国は自立が困難かと」
「ふきゅん、それならもんだ……もごもご」
言い終わる前にヒュリティアに百果実を口の中に放り込まれました。
今は目まぐるしく変化する果実にうっとりとしている。
「……油断も隙も無いわね」
「うふふ、お褒めに預かり光栄です。ですが、なるほど……あなた方が申し出を断ったのもおぼろげながら理解できました」
それまで単純にニコニコしていたマシュー大統領の笑みに鋭さが加わった。
ここからは統治者として交渉に当たってくる、という事なのだろう。
だったら俺にも考えがある。
ここより先っ、俺は一切、口を開かぬっ!
開いたら最後っ! ものすんごい機密がホイホイ飛び出すだろうなっ!
うん、自分が情けなかとです。
「マシュー大統領。一つ話がある」
「あなたは?」
「わしはガンテツ。まぁ、こいつらの保護者みたいなもんじゃ」
「では、ガンテツ様。話というのは?」
鋭い眼差しのマシュー大統領に対し、ガンテツ爺さんは咳ばらいを挟んで内容を告げる。
「精霊戦隊はエンペラル帝国の次期皇帝を匿っておる」
「っ!」
この爆弾発言に、俺たちは一斉に紅茶の霧を生み出してしまった。
折角、俺が貝のように口を噤んでいる意味が行方不明。
俺の無駄な努力を帰してっ。
「それは本当ですか?」
「無論。そして力あるわしらが、この事を晒す、という事がどういうことか……理解していただけるかのう」
ガンテツ爺さんの爆弾発言はしかし、マシュー大統領に相当なダメージを与えていたもよう。
額を抑えて盛大なため息を吐く彼女は、ゆっくりと両手を上げて降参の意思を伝えてきた。
「酷い話です。ヤーバン共和国を、あなた方の後ろ盾にしよう、というのですね」
「悪い話でもなかろう。エンペラル帝国に恩を売っておけるんじゃし」
「ですが、本当にその話は真実なのでしょうか?」
「真実だろうと嘘だろうと、いずれ判明するわい。帝都ザイガを占領している謎の軍団との戦いは避けられん。何よりも、放っておけば被害はエンペラル帝国だけでは収まらんじゃろうな。そのために、わしらは各国を巡っておる」
ガンテツ爺さんは守ったら負けるの姿勢を見せた。
きっと、いざという時はリューテ皇子の生存話を切り出してもいい、とゲアルク大臣に言われていたのだろう。
ガンテツ爺さんの発言にマシュー大統領は、何かに気付いたのかハッとした表情を見せた。
そして、ぐぬぬ、と唸りながらマシュー大統領は考え込み始める。
やがて彼女は顔を上げて結論を告げた。
「分かりました。ヤーバン共和国大統領マシュー・リグトワーズの名に置いて、精霊戦隊をバックアップいたしましょう」
「ふきゅん、マジでっ!?」
「はい。ですが支援は秘密裏に行います。事が事なだけに公にはできませんでしょうし」
「助かるんだぜ」
こうして、精霊戦隊はヤーバン共和国の協力を得ることができるようになった。
食材を求めて旅をしているだけなのに、結構な大事になりつつある。
俺的には各国に散らばる戦機乗りの力を貸してもらえればいいかなぁ、程度だったのでちょっぴり怖くなって来たりして。




