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20食目 交渉

 バトル、それは戦機同士の試合を意味する言葉である。


 基本的には当人同士の話し合いの下同意し、戦機協会に申請した場合のみ執り行われる。


 敗者には報酬は無いし、受けた損害は自腹という厳しいものがあるため、最下層であるEランクではほとんど行われないもよう。


 勝者には一定額の報酬と機体の修理が約束され、順位もアップしてもらえる。

 それでもリスクの方が高いのか、そうそうバトルを吹っかける者はいない。


 だが、稀にではあるが、戦機協会が介入してくる場合がある。

 順位変動が停滞している場合などは切磋琢磨が欠如していると判断され、活性化のために実力が近い者同士でバトルをおこなわせるという。


 また、実力を偽証している者を粛正するという側面も持たされているのがバトルというわけだ。


「Eランク2位の男はここ最近、活動している姿を目撃されていない。にもかかわらず、2位の座を保ち続けているようだ。おかしいとは思わないか?」

「あぁ、あいつか……」

「確か、プッカヒーコーのボンボンだっけか?」


 ルフベル支部長の意見に、スキンヘッド兄貴とモヒカン兄貴が半ば呆れた表情を見せる。


「あたし知ってるよ。この間、口説いてきやがったから張り倒してやったよ」


 ワイルド姉貴は大きな乳房を抱え憤慨した顔を見せる。


「何が、女性は男の保護の下に生きるのが幸福だ、だよ。女をなんだと思っているんだいってね」

「うひっ、おまえさん、後先考えないんだな。可愛い顔しておっかねぇ」


 これにゴーグル兄貴が肩を竦める。

 そんな兄貴のほっぺを蹂躙するワイルド姉貴の顔は真っ赤だ。


 可愛い顔、と言われて照れてるワイルド姉貴可愛い。


「さて、どうだろうか、エルティナ君」

「是非も無いんだぜ。精霊戦機エルティナイトは逃げない逃げにくい! 誰からの挑戦もホイホイ受けてしまうのがナイト! 黄金の鉄の塊魂を見せてやる!」

「よろしい、ではバトルを私の名の下で承認するものとする。期日、場所は追って知らせる」

「了解なんだぜ」






 こうして、俺たちは幾ばくかの報酬を得て戦機協会を後にする。


 やるべきことは三つ。


 ゴーグル兄貴の戦機調達のお手伝い。

 バトルの準備。

 そして、遅くなってしまった夕食を摂ることである。


 当然ながら、祝勝会は酒場でおこなう。

 戦機乗りたちが集う、あのウェスタンな酒場だ。


「かんぱ~い!」

「「「「うぇ~い!」」」」

「……うぇい」


 兄貴、姉貴は黄金のシュワシュワを、俺たちはオレンジジュースである。

 それを、一気に喉に流し込む。


「キンキンに冷えてやがらねぇ!」

「……これくらいで丁度いい」


 やっぱ、ビールを流し込みたいんやなって。

 早く大人になりた~い! なりたくない?


 俺は愛と怒りと悲しみを胸に秘めて、極厚ビーフステーキにがぶりんちょする。

 もう、肉汁がドボドボ溢れて大洪水であるが、気にしたら負けだと思っている。


「うんめぇ! 生きててよかった!」

「ふん、冗談抜きに、よく生きて帰ってきたな。もう、町中の噂になっているぜ?」

「おん? 随分早いな。マスター、どこからの情報?」

「ルフベルさ。あいつも相変わらず根回しが早い」


 酒場のマスターはグラスを、きゅっきゅ、と小気味いい音を奏でながら答えてくれた。


 どうやら、ルフベル支部長が俺たちの活躍を情報として町に流しているようだ。

 きっと、酒場を通じて町に広まるであろう。


「機獣二十匹相手に僅か六機だ。それで勝っちまうんだからな。噂になって当然だ」

「兄貴たちと、ヒーちゃんもいたからだよ」

「銀閃の実力は知っている。一度、バトルを観戦したからな」

「えっ? ヒーちゃん、バトルしたの?」


 初耳である。


 マスターからの情報に、俺はヒュリティアに、ねっとりとした視線を送るも、彼女は自然で滑らかな動きで視線を逸らせた。


「んで、どうだったの?」

「銀閃の圧勝さ。見どころも何もねぇ、一方的な虐待とも殺戮とも称されてたな」

「ひえっ」


 若干引いた俺にヒュリティアは「実力も無いのに調子に乗ったから」と釈明した。

 かつてのEランク1位さんは、それが切っ掛けで引退したらしい。


 哀れってレヴェルじゃねぇぞ? おぉん?


「まぁ、各ランクの1位はバトルでの勝者が就くものだからな。昇格圏内が3位までなのは、1位に昇格の意思がない場合、誰もランクアップできなくなるのを阻止するためなのさ」

「マスターは色々詳しいんだな?」

「そりゃあそうさ、俺も昔は戦機乗りだったからな」


 マスターは磨き終えたグラスを、コトリ、と棚に戻した。

 そのタイミングで【ジャガバタルミの蒸かし】が運ばれてくる。


「お、きたきた。こいつを解して、中身と混ぜ合わせて口に放り込む」

「ほふほふ……!」


 兄貴たちは熱々のジャガバタルミを次々と口の中に放り込んで、ほふほふ、と口の中に空気を送り込んで冷まし飲み込んだ。

 立て続けに、キンキンに冷えたビールを流し込み、超ハッピーな表情を浮かべる。


 ジャガバタルミはジャガイモの中にバターのような膜に包まれたクルミのような種が入っている食材である。


 この食材は蒸かすだけでじゃがバターになるというお手軽さと、尚且つ安くて腹に溜まるという事もあり、庶民と貧乏人の強い味方として親しまれていた。

 種がクルミなので香ばしいのも人気の秘密だ。勿論、栄養価も高い。


「はふはふ……おいちぃ!」


 もちろん、俺も大好物である。


「……これとソーセージを合わせてコッペパンに……ジャーマンポテト・ホットドッグ」


 ヒュリティアは「いける」とガッツポーズを決めた。

 彼女に掛かっては、全てはホットドッグに帰結するのかもしれない。


 壊れるなぁ、ホットドッグ。


「そういや、嬢ちゃん。バトルんだって?」

「もう、その情報も流してるんだ」

「あぁ、バトルは市民の娯楽でもあるからな」


 マスターは俺の空いたグラスにオレンジジュースを注いで告げた。


「Eランク2位は実力はないが機体だけは一流だ。一応、用心しておきな」

「ありがとなんだぜ。期待しててくれよな」

「ふん」


 マスターはニヒルな笑みを浮かべる、とグラス磨きを再開したのであった。






 次の日の朝、マーカスさんに戦機の面倒を任せて、俺たちはゴーグル兄貴の装甲車に乗ってトッペルボトのアマネック社支店へと向かう。


 ヒュリティアの試作品のレポート提出と一緒にゴーグル兄貴の戦機を都合してもらうというわけだ。



 道中はヒュリティアお手製のスペシャルホットドッグを食べながら車を走らせる。


「野菜多めのホットドッグなんだぜ」

「……キャベツを小間切れにしてビネガーとマスタードを利かせたソースを塗しているの」

「朝の食事には丁度いいな。運転しながら食えるし、言う事ないぜ」


 その分、ソーセージには塩っ気が強く、ほんのりと辛み成分が含まれている。

 それが、酸味と合わさって丁度いい塩梅となるのだ。


 モリモリと食べ進め、あっという間に完食。

 ヒュリティアのお手製とあって、満足感に満ち溢れる。


 その後、盗賊たちにも出くわすことはなく、昼前には無事にトッペルボトへと到着。

 装甲車は、そのままアマネック社トッペルボト支部へと直行する。


 駐車場に装甲車を停めた俺たちは、正面玄関から建物へと入った。

 当然のように自動ドアであるが、戦機を作る技術力があるなら当然と言えよう。


「いらしゃいませ。おや、これはヒュリティア様」

「……こんにちは。このレポートをヤーダン主任に」

「畏まりました」


 ビシッとスーツに身を固めた身持ちが硬そうな青髪メガネのお姉さんは、ヒュリティアから渡されたレポートを受け取った。

 感情に起伏が無いように、彼女も起伏が無かった。どことはいわぬぅ。


「……それと、ラウン支部長はいる?」

「はい、少々お待ちを」


 ペタンこお姉さんは受話器を手にすると内線を繋げた。

 暫しのやり取りの後に受話器を置く。


「応接室にお通ししてください、とのことです。どうぞこちらへ」


 俺たちは、スラリなお姉さんに案内を受けて応接室へと通された。

 そこには黒いソファーに沈んでいる、でっぷりとした気の良いオッサンが俺たちを待っていたではないか。


「おぉ、これはこれは、銀閃様。よくいらっしゃいました」

「……こんにちは、ラウン支部長。今日はお願いがあって来ました」

「おや? 初顔合わせ以来ですね。ささ、まずは座ってください」


 俺たちがソファーに促され着席すると香り高い紅茶が運ばれてきた。

 非常に上品な香りで、良い葉を使ったことが窺える。


「それで、お願いというのは?」

「戦機を一機、都合してもらえないかしら?」


 温厚そうな顔にくっついている眉が、ピクリ、と反応した。


「これはこれは……やはり、機獣二十匹とやり合ったのは本当だったようですね」

「……早いわね」

「情報は新鮮さが第一ですから」


 ラウン支部長の顔は気の良いオッサンから商人のそれへと変わっていた。

 一癖も二癖もありそうな商人相手に、ヒュリティアは臆さずに話を突き入れた。


「……単刀直入に言うわ。五百万ゴドルで戦機を都合してちょうだい」

「ご冗談を。五百万ゴドルぽっちでは戦機など、とても……」

「……それに、異端の構造を持つ戦機の独占調査権を付けるとしたら?」


 ラウン支部長はその言葉に固まった。


 それは、僅かな時間であったが、彼にしてみれば損得勘定に要するには長い時間だったと思われる。


 故に、彼は決断をおこなったもようだ。


「いやはや、銀閃様は商売上手だ。うちが戦機開発に力を入れ始めていることを知っておられる」

「……返答は?」

「よろしい、うちの試作機を都合いたしましょう!」


 ラウン支部長は愉快そうに自分の膝をバシバシと叩き、大笑いをしたのであった。

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