195食目 首都ヤーバン
潮風に包まれながらクロナミはエメラルド色の不定形な草原を行く。
もちろん、ただボヘっとしているなど時間の無駄だ。
しっかりと釣り糸を垂らして、まだ見ぬ食材たちとの遭遇を狙う。
そんな釣り人は俺とヒュリティア、そしてファケル兄貴であった。
というのも彼は桃使いについて話を聞きたかったらしく、それならばついでに釣りなどはいかがかな、とお誘いした次第だ。
ピクピク、と釣り竿が小刻みに震える。
どうやら、お魚が「こんにちは、ぱくぅ」をしたがっているようなので辛抱強くヒットを待つ、と竿の奴がビクンビクンしながら「らめぇ」と喘ぎだしたではないか。
なので俺は「ここか、ここがええんか」とリールを巻き、いよいよ以ってお魚とご対面。
「ふきゅん、ナマコだ」
「……ヒトデにクラゲ、それにナマコ。ゲテモノばかりね」
「わけがわからないよ」
「てけり・りー」
「おい、クラゲってこんな風に鳴いたか?」
一部、よく分からない存在を釣り上げたが気にしない。
ヒュリティアの話によると、喋るクラゲは食べれない、とのことだったので海に帰しました。
俺の判断はきっと正しい。
「なぁ……結局、桃使いってなんだ?」
「鬼、つまりはアンコウ鬼みたいな、道理や理屈が一切通じない暗黒面の化け物と戦うために生み出される戦士みたいな存在なんだぜ」
「……桃使いは自然に発生する場合もあるし、最初から桃使いとして生まれてくる場合もあるわ。エルの場合は後者ね」
桃使いについて問うてきたファケル兄貴は、俺たちの答えに眉を顰める。
「それはなんだ? あのアンコウみたいなのが、わさわさと出現するってことか?」
「……否定しないわ。鬼あるところに桃使いあり、ですもの」
「光と影とがあるように、桃使いと鬼も切り離せない関係なんだぜ」
「二日酔い以上の頭痛がしてきやがったぜ」
ファケル兄貴には、桃使いとしての基礎的な部分を短い時間ではあるが、しっかりと叩き込んで差し上げた。
戦闘面に関しては特にいう事はない。
射撃の他に格闘術もしっかりと習得しているので、ぶっちゃけ俺よりも遥かに強いだろう。
本来なら桃仙術なども教えて上げたかったが、どうやらファケル兄貴は仙術に適性が無いもよう。
こういう時、桃使いの支援組織が消滅していることが悔やまれる。
かつては【桃アカデミー】という妙ちくりんな桃使い育成組織があったため、新人桃使いたちも比較的安全に成長することができたのだという。
……あれ? かーちゃんって安全に成長できてましたか? そして、俺は?
ぷるぷる、と白目痙攣状態に陥った俺はなんとなく元気です。
「桃使いについては、だいたい把握した。次は黒い靄を食ったアレだ」
「……桃使いになったのなら、それも話しておくべきね」
続いて全てを喰らう者についてもファケル兄貴に話しておく。
「簡単に説明すると、【なんでも食べちゃうマン】なんだぜ」
「ざっくり、とし過ぎだろ」
「……エルに聞いても駄目よ」
「酷いんだぜ」
怒りのリール巻を敢行。
またしても人魚さんが釣り上がりました。
「また貴殿か」
「タスケテー」
ヘルプミール貝の真似をしてきたので、彼女の貝のブラジャーを剥ぎ取って差し上げました。
おめぇに明日はねぇっ!
「こいつは借金の形に頂いていくぜぇ」
「ご慈悲をっ」
というわけで解れていたブラをアナスタシアさんに直してもらいました。
これで張り切って泳いでもポロリが無くなるというものだ。
「ばいば~い」
人魚さんを海へとリリースした俺は、ヒュリティアが全てを喰らう者についてファケル兄貴に教えた、との報告を受ける。
説明を聞いたファケル兄貴は複雑な表情をしていた。
そりゃまぁ、惑星一個が簡単に消滅するような爆弾を抱えた存在が目の前にいるのだから当然と言えば当然であろう。
「おまえも、とんでもないものを背負わされたもんだな。それに比べたら、俺の背負っているもんなんて無いも同然に感じるぜ」
「深く考えたら負けなんだぜ。俺は俺だし、ファケル兄貴はファケル兄貴だ」
この返事に、ファケル兄貴は豆が鳩鉄砲を喰らったかのような表情を見せる。
あれ、逆だったか? まぁ、細かい事はいいか。
「やれやれ、それがエルティナの強さってわけか」
「ふきゅん?」
「いいさ、俺たちは俺たちだ。宿命なんてもんは糞くらえだな」
わしわし、と頭を撫でられる。
少しばかり粗暴ではあるものの、男らしさを感じて悪い気はしなかった。
「あ~! こんなとこにおったん? ファケルはん、アドレス交換して~なっ」
ばるん、ばるん、とお肉を揺らしながら突撃してくる柔らかお肉姉貴は、ここぞとばかりにファケル兄貴の逞しい腕に抱き付いた。
どうやら、自分のお肉の柔らかさを彼に刻み込む腹積もりらしい。
きたない、ぽっちゃり。流石ぽっちゃり、きたない。
そのお肉のえげつない柔らかさと温もりを直に堪能したファケル兄貴は、流石にあたふたと動揺し始めた。
「お、おいっ。年頃の女が無暗に男に抱き付くんじゃねぇよ」
「かまへん、かまへん。なんなら、押し倒してもええんやで?」
「おまえなぁ……」
「いい男なら尚のことや。なぁなぁ、いっそまどろっこしいことせんといて、うちをもっらってくれへん? 一目惚れやねん」
ぐいぐいと迫るぽっちゃり姉貴は自身が言うように、ファケル兄貴に一目惚れをしていたらしい。
しかし、ファケル兄貴はこれを断った。
その理由というのが……。
「グリオネよりもランクが低いのに一緒になれるか。なるとするなら、おまえよりも上に行ってからだ」
「はぐぅっ!? ここに来てナイトクラスの弊害がっ!」
男のプライド、というものであろう。
しかし、今のファケル兄貴とル・ファルカンなら、あっという間にナイトクラスに到達できるのではなかろうか。
「うぐぐ~、エルちゃん、お姉さんを慰めてくれ~なぁ」
「ふきゅーん! ふきゅーん! ふきゅーん!」
見事に振られたぽっちゃり姉貴は標的を俺へと変更。
俺を、ぼにゅん、と人をダメにする肉へと埋めてしまわれた。
あぁ~、ダメ白エルフになるんじゃ~。
「まぁ、だいたいは把握したぜ」
「……ヤーバンで一旦、分かれる?」
「そうだな。どの道、おまえらとは切っても切れない縁になりそうだが……自分の力でどこまで駆け上がれるか知りてぇ」
「……なら、アドレスを交換しておきましょう」
「あぁ」
「うちも、うちも~!」
こうして、ファケル兄貴はヤーバン共和国首都ヤーバンに到着後、精霊戦隊を後にした。
尚、ぽっちゃり姉貴はマネックのレポートを製作するために、もう暫くはクロナミに留まるもよう。
「ここが首都ヤーバンかぁ」
「自然と近代文明が調和したかのような町並みだねぇ」
至る所に高層ビルが立ち並ぶ町にはしかし、それと同じくらいに植物たちが元気いっぱいの姿を見せている。
一応は車道もあるにはあるが、何故かそこは馬やら牛やらが暢気に闊歩しているのだ。
時間がゆっくりと動いているような感覚は、そうであると捉えて間違いないだろう。
町の人々も労働しているが、全ての人々に余裕のようなものを感じ取ることができる。
露店から流れて来る美味しそうに香り、それは調理の真っ最中だからだがそれを待つ客は新聞を広げて地べたに座っていたり、噴水の傍で涼を取っていたりと並んで待っていないもよう。
実に緩やかな生活スタイルだ。
「……それでもコンビニはあるのね」
「まぁ、首都やからなぁ。観光業にも力入れてるから仕方があらへん」
露店からアイスクリームを購入し、ぺろぺろと舐めているぽっちゃり姉貴は相変わらずビキニにパレオというスタイルだ。
これならいつでも海に突撃できるし、いろいろと分泌物を撒き散らしても問題はないとのこと。
隙を生じぬ二段構えは流石はナイトクラスと言ったところか。
「そういえば、クロヒメさんはこっちの戦機協会に残ってたんだよな」
「えぇ、なんでも古い友人の一人が困っているとのことで」
日傘をさしながら、ぽっちゃり姉貴同様の姿をしているのはヤーダンママだ。
彼女のパレオにくっつくリューテ皇子もしっかり同様の姿。
アクア君は乳母車の自動温度調整機によって快適な睡眠を貪っている。
乳母車に何を付けていらっしゃるんだぁ。
「にゃ~ん、マフィアはいないにゃおか~?」
「悪者はいないかな~? 居たら返事してくださ~い」
にゃ~にゃ~、と純真な瞳をぎらつかせるにゃんこびとたちは、いったい町をなんだと思っているのだろうか。
しかし、そのマフィアたちはオンドレラ島でのマフィア壊滅事件を耳にして一斉に島を後にしていたそうな。
恐らくは長寿タイプの悪党どもなのであろう。
「はぁ~、やれやれ、ようやく歩けるようになったわい」
「ぴよ、ぴよ」
「散々だったな、ガンテツ爺さん」
腰を擦りながら盛大なため息を吐くガンテツ爺さん。
肉体がエーテル化しても、その身体機能自体は変化することがない理不尽を十分に堪能した彼は、もう無理はしないと固く誓うのであった。
「んじゃ、ここの戦機協会に向かうか」
トロピカルな歩道を向った先に、これまたトロピカルを主張しまくる戦機協会を確認する。
そこにでは、どのような出会いが待っているのだろうか。
クロヒメさんの友人、という時点で嫌な予感がしないでもないがっ。




