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191食目 天翔ける牙

 崩壊するアンコウ鬼の身体。

 しかし、それは浄化されることなく黒いもやとなって空中に留まる。


「ううっ!? あ、あれはっ!」


 おぞましいほどに濃く、そして悲しいほどに救いようがない色の靄は、いよいよ以って侵食を開始。青空を黒へと染め上げてゆく。

 これは、ただ単に曇ってゆくという過程ではない。


 そんな甘っちょろいものではない事は、悲鳴を上げる大気を見れば分かるというものだ。


『なんだっ、この音……いや声なのかっ!?』


 ファケル兄貴もこの異常に勘付いているもよう。

 彼だけではない、エリンちゃんやぽっちゃり姉貴までもが大気の、いや星の悲鳴を理解していた。


『な、なんやっ!? なんやっちゅうねんっ! もう頭が追いつかへんでっ!』


 幾つもの超常現象を目の当たりにしたぽっちゃり姉貴は、遂に情報を処理できなくなったのかヒステリックに喚き散らす。

 そして、怒りを込めて黒い靄にマネックのマシンガンを打ち込んだ。


『ひっ……!? あわわ……なんや、なんなん、自分っ!』


 当然ながら、それらは黒い靄を貫通……しない。

 全て喰われて消失していた。


 攻撃が通用するどころか、それが食われてしまった光景にぽっちゃり姉貴はいよいよパニックに陥る。

 錯乱状態のマネックは黒い靄に切りかかろうと光素剣を引き抜くも、ル・ファルカンによって止められることになった。


『落ち着け、グリオネっ!』

『ひっ、ひっ、ふひっ』


 いよいよ精神状態がレッドゾーンの彼女。

 一般的な精神構造よりも頑強だと思われるグリオネ姉貴であるが、流石にこの光景は不味かったようだ。


『ちんちくりん、あの黒いの……食ってやがるぞ』

「あぁ、あいつ……死んでも食ってやがる。弱肉強食の掟を破ったばかりか、見境なく喰らい尽そうとしてやがる」


 その光景に魂の奥底にある何かが、ざわり、と騒めき立つ。

 怒りにも似た何か、しかし、それは陰の領域にはない純然なるもの。


 大気を侵略するアンコウ鬼の亡骸は徐々に巨大化。


 いや、アレは拡散している?


「……不味いわ、エル。アレが風に流されて拡散してしまったら手に負えなくなる」

「もう結構、拡散しちゃってるんですがっ!」


 呆然と見ている場合じゃなかった。

 既に黒い靄は風に散らされて広い範囲で大気を汚染してしまっている。


 こんなものが地上に降りて、且つ、生物が吸い込んでしまおうものなら、どのような影響が及ぶかは想像に難しくない。

 全生物が鬼に堕ちてしまってもおかしくはないのだ。


「全て浄化しないとっ……でもっ!」


 どうすればいい?

 これだけ拡散してしまっては風で集めるのは不可能に近い。


 チゲの炎で燃やす?

 だめだ、彼の炎の範囲はそこまで広くない。


 ヤドカリ君の精霊魔法も範囲が狭い。

 マッソォの力技も下手をすれば拡散の手伝いをしてしまう。


「まったく手段が無いっ!? いったいどうすれば……!」


 一か八かの全てを喰らう者に頼る?

 それこそ無謀だ。


 枝にはそれぞれの得意分野がある。


 火の枝なら熱を、水の枝なら水分、雷の枝なら電気。

 そして闇の枝は、ただ食欲に身を任せるのみという超問題児。

 制御できない今、こいつだけは絶対に呼び出してはいけない。


 ちなみに竜の枝は、全てを喰らう者の枝を喰らう、いわば全ての枝の統括者である。


『エルティナちゃんっ、このままじゃ世界が、星がおかしくなっちゃうよっ!』

「分かってる、エリンちゃん! でも、こいつを止める手段が思い付かない!」

「もきゅー!」

「取り敢えず、モフモフを回収しておいてっ!」

『う、うんっ』


 これは、かつてないほどに追い込まれた状況と認識しても問題はない。

 ツルツルのブレインで、うんうんと考えても出てくるのは、今晩のおかずは何にしようかな、という現実逃避的なものであった。


 それが余計に俺の心を焦らせるというのに。


 その時、コクピットのコンソールの上に桃色の輝きが集まり、桃色の果実が勝手に顕現したではないか。


「ふきゅん? 桃先生?」


 瑞々しい果実は取り敢えず食っておけ、と主張してきたので食べておきました、げふぅ。


 いやぁ、桃先生は美味しいなぁ。

 俺に無い物がたっぷりと補充されて極上の幸福感に浸れる。


「幸福に浸っている場合じゃないんだよなぁ……はっ!?」


 全身に痺れ、走る。


 それは圧倒的な閃き。


 そして、至極当然の発想。


「手段が無いなら、その一手がないのであれば……作り出せばいいっ!」

「……何を言っているの、エル?」

「俺たちは、ここに何をしに来たっ! ミラージュを捕獲して食べるためっ! そうだろ、ヒーちゃんっ!」

「……確かにそうだけど、今は黒い靄を……そうか、精霊契約ね」

「違うっ、真・身魂融合だっ!」

「……また食材と?」


 これでええねん。

 桃先生もYou行っちゃいなよ、とおっしゃられている。


「確かに、真・身魂融合は人間や動物たちと行うことが多いと思う。でも、俺みたいな桃使いがいたっていいだろ?」

「……それは当事者の意思だけど。あなたと一つになってくれる子を探し出せるの?」

「呼びかけるっ!」


 俺はコクピットより飛び出し、ルナ・エルティナイトの手の平に降り立つ。

 そして、両腕を広げて叫んだ。


「きてー! きてー!」


 すると、「わぁい」との声と共に、小さなミラージュたちが沢山、雲の影から飛び出して来たではないか。


『……いやいや、普通はそんなことはないからね?』

「ナイトは人望が厚い、厚くない?」

『人望、凄いですね』

「それほどでもない」

『謙虚だなー、憧れちゃうなー』

「ひゃあっ! 堪んねぇ! 真・身魂融合!」

『……かつてないほど酷い真・身魂融合を見る気がするわ』


 解きほぐれてゆくミラージュの稚魚たちは、淡い緑色の輝く粒子となって俺の胸へと吸い込まれてゆく。

 痛みなどはまったく無い。


 どうやら、俺の真・身魂融合の型はファケル兄貴とは違うようで、その代わりに劇的なパワーアップは無いもよう。


 やがて、全てのミラージュを受け入れた俺は、確かに彼らの全てと一つになったことを魂で感じ取った。

 その奥底に眠る何かが成長を果たし、眠れる獣が覚醒するのを認める。


 獣は告げる。


 我が名を叫べと。


 世界に知らしめよ、と――――。


「力を貸してくれっ、ミラージュっ」


 俺の身体の至る場所から輝く魚たちが飛び出してくる。

 そして、ゆらゆらと俺の周囲を泳ぎ始めた。


 彼らが集めるは縛られる事無き風。

 自由の象徴、それを糧とし呼び出すは自由すら喰らいつくす風の支配者。


「来たれ! 全てを喰らう者・風の枝っ!」


 大きく息を吸い込む。

 瞬間、何者よりも誇り高い白き獣の姿が頭の中に浮かび上がる。


「とんぺーっ!」


 ミラージュが風の王の帰還を祝福する。


 俺から伸びる姿なき風は縦横無尽に天翔けた後、狼の顔を持つ大蛇と化した。


「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!」


 全てを喰らう者・風の枝とんぺーが咆えた瞬間、急速に空気が薄くなってゆくのを感じ取る。


「ファケル兄貴っ! 皆を連れて離れて!」


 遠距離念話魔法【テレパス】を使用しファケル兄貴と連絡を取る。

 最初こそ戸惑った彼であったが、この超常現象にて何を成さんとしているのかを理解した彼は、錯乱がピークに達して『ほひー』だの『むきょー』だのと叫ぶぽっちゃり姉貴のマネックを引っ張って、ここより離脱し始めた。


 エリンちゃんは、というと機体の周囲に風の蝶を解き放ってその場を動かない。


「エリンちゃん?」

『私は見届けるよ』

「そっか」

『うん』


『お家帰りたーいっ!』

『もきゅ~』

『うふふ、諦めなさいな、モンゴー。それより、久々に見せてもらうわよ。全てを喰らう者の力を』


 喧しいH・モンゴー君を黙らせたユウユウは、浮き輪の座席にて悠々と余裕のほどを見せつける。


 そういえば、彼女は先代の全ての枝を知っているのだった。

 余裕があって当然だろう。


「……エル、こっちも準備いいわ。酸素マスク装着完了よ」

「刮目して見ていてくれっ! 弱肉強食の掟を破った罪は重いぞっ、ふぁっきゅんアンコウ!」


 ここからは桃使いではない、捕食者としておまえに対処するっ!


 もう許さねぇからな、おい。


 強烈な吸い込みは、ありとあらゆる物をとんぺーの口の中へと送り込んだ。

 そう、アンコウ鬼がやっていたことを、今度は俺たちがやっているのだ。


 ただし、その規模は桁外れである。


 アンコウ鬼が吸い込んでいたのは物。

 対し、とんぺーがやっているのは範囲内の全ての存在である。


 生命や物はもちろんのこと、空気までをも喰らってしまうため、この場は生命が活動することができない地獄と化すのだ。


 生き物が酸素無しで活動できる時間はあまりに短い。

 その状態を広範囲で作り出してしまうのが全てを喰らう者・風の枝なのだ。


 ちなみに、俺はとんぺーが喰らった酸素があるので窒息しませーん。


 ヒーちゃんもルナティックの酸素マスクを持っているし、そもそも彼女も全てを喰らう者・風の枝を知っているので問題無しとのこと。


 強烈な吸い込みの前に拡散して逃げようとする黒い靄の行動は無意味だ。

 吸い込めばどのような害があるか分からない黒い靄とて、全てを喰らう者に食われればその効果を発揮できないまま消滅する。


 そう、消滅するのだ。

 全てを喰らう者は鬼よりも利己的であり、鬼よりも残酷で、鬼よりも容赦がない。


 圧倒的な捕食者。

 何者も抗えない絶対強者。

 それこそが、全てを喰らう者の真の姿。


 やがて、黒い靄は断末魔のような音を上げて周囲の空気ごと風の枝とんぺーに貪り食われて消滅した。


 慈悲など一切ない。

 そのまま桃使いに退治された方が、よほど幸せだったであろう。


「戻れ、風の枝」


 しゅるしゅる、と風の枝が俺へと戻ってきて、しかし、それは俺の足元で渦巻き、やがて一匹の獣の姿を模った。


 その獣の中にミラージュの稚魚たちが入り込み、風の獣は色を得る。


「おんっ。へっへっへっ……」

「ふきゅんっ!? わんこになったんだぜ」


 なんという事でしょう。

 そこには、夢の中に登場したとんぺーの姿がっ。


 そして、俺の中の魔力と桃力が一段階、増加したことも認められた。


「おまえが、かーちゃんも頼ったとんぺーかぁ」

「くぅん」


 もふもふのわんこは、どうやら俺にもよくしてくれるらしい。

 ぺろぺろと顔を舐めてくるのは親愛の証か。






 かくして未曽有の危機を脱した精霊戦隊はミラージュを獲得し、無事に地上へと降り立った。

 ちなみに、ミラージュは魂であると同時に精霊であるので真・身魂融合をした今、いくらでも生み出せます、はい。


 身体も風で出来ているから幾らでも作れる、という超特殊食材である。

 クロナミに戻ったら早速、調理開始だっ。


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― 新着の感想 ―
[一言]自分の精霊を食うのか、倫理観ぇ
[一言] なんか犬っぽくねえよなあ?(風の枝形態をみながら)
[一言] 珍獣、さらに珍獣と化す 珍獣「自分で食材を出して食べるこれぞ永久機関!」 NG「代償にミラージュの断末魔の声を 聴こえるようにしといた」 珍獣「悲鳴は無視しよう」(暗黒微笑)
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