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190食目 天空の矢

 螺旋を描くかのように飛翔するル・ファルカンは、大量の鏡の鱗とアンコウ鬼すら一ヶ所に纏め行く。

 これを一網打尽にするには始祖竜之牙では無理だ。


 エルティナイトはこの事を既に理解していたようで、別人格に取って代わられていた間も、おいぃ、おいぃ、と考えていたらしい。


 その撃破方が彼の黄金の鉄の塊魂と共に俺に流れ込んでくる。


 ハッキリ言って無謀且つ滅茶苦茶な方法だが、アンコウ鬼はその滅茶苦茶をやらなければ倒せないであろうことを確信する。


 だから俺たちは迷うことなく、滅茶苦茶の向こう側に足を踏み入れるだろうな。


「行くぞっ! ファケル兄貴っ!」

『了解したっ!』


 俺の合図にファケル兄貴が反応。

 螺旋から逸脱しミラージュと共に高速退避する。


 その行動に反応できず、まごつく鏡の鱗とアンコウ鬼はしかし、莫大なエネルギーを蓄積したエルティナイトに気がついた。

 ゆっくりとこちらに視線を向けるそれは、よもや常人が見れば正気を失うほどに暗黒の色が濃い。


 だが俺たち精霊戦隊にその程度で恐慌状態に陥るヘタレはいない。


 H・モンゴー君を除いては。


「来たれ! 火の精霊チゲ! 海の精霊マッソォ! そして……花の精霊フロウ!」


 精霊三体同時召喚っ! これがきつすぎるっ!


 二体までなら、それほど問題はないが三体目となると召喚コストが一気に跳ね上がる仕組み、なんとかなりませんかねぇ?


 尚、アイン君はメイン精霊なのでコスト0で多少の維持費が必要なだけです、はい。


 ……あ、やっべ。視界がボヤけ……。


『しっかりしろぉ! エルドティーネっ! おまえがやらなくて誰がやるんですかねぇ?』

「……はっ!? 俺は意識を保った!」

『ナイトは例えふらふらでも仲間のために踏ん張るだろうな』

「そうだっ! 俺は、このくらいで倒れるわけにはいかない! 燃え上がれ、俺の精霊ちからっ! 勝利を掴むために限界の向こう側にまで手を伸ばせっ!」


 魂の奥底、桃力と同じ根源にあって別の力が湧き出て来る。


 それは確かに、俺の奥底にある何かを成長させるに至ったのだろう。


「……エルっ、そ、その力は……!?」


 ヒュリティアの声に驚愕の色が混ざる。

 でも、今はそれを確認している暇はない。


 この力でアンコウ鬼との決着をつける。


「マッソォ! 精霊魔法【マッスルタイフーン】!」

「エキサイティング☆タイフーン」


 マッソォが丸太のごとく太い腕を伸ばし回転し始める。

 異形の筋肉から放たれる回転力は、やがて天を震撼させる大竜巻を発生させるに至った。

 本来、風の精霊と契約できていれば、もっと楽に発生させられたのだが仕方がないだろう。


 筋肉が生み出す竜巻に囚われるアンコウ鬼。

 防御を固めるためか、鏡の鱗を全て身に纏った。


 これは、チャンスだ。


「続いてフロウ! 精霊魔法【あなたに捧げる憩いの時間】!」

「あなたに、安らぎの香りをっ」


 花の精霊フロウより大量の香り高い桃色花弁が撒き散らされる。

 それは竜巻に絡め取られ竜巻を桃色へと染め上げた。


「チゲっ、頼むっ! 精霊魔法【この世で最も優しい炎】!」

「……」


 チゲがエルティナイトの正面に炎の壁を作り出す。

 そこを通過した桃色の花弁たちは炎の衣を纏って、先に竜巻へと辿り着いた仲間たちと合流した。


 この世で最も優しい炎を纏った花弁が途中で燃え尽きることはない。

 この炎は邪悪な心を燃やす優しい炎。

 だから、これを受けて苦しむのは悪しき心の持ち主だけ。


 即ち、暗黒面の住人たちだけなのだ。


「融合精霊魔法!【この世で最も優しい花びら☆マッスルタイフーン】!」

「……ネーミングセンスっ」


 ヒュリティアさんが呆れ声でツッコミを入れてきましたが俺は元気です。


「ゴォォォォォォォォォォォォォッ!?」


 浄化の炎で染め上げられた竜巻の中で焼かれゆくアンコウ鬼。

 その鏡の鱗も浄化の炎の前では力を発揮できず、ドロドロに溶かされてゆく。


 しかし、巨大っ!

 このまま、浄化の竜巻で倒しきることなどできやしないっ!


 それはアンコウ鬼も同様に考えたのだろう。

 溶け行く鱗を額の疑似餌に集め巨大な槍を作り出した。


「……浄化の竜巻が消えるっ! 勝負の時間よ、エルっ!」

「応! エルティナイト!」

『任せろぉ!』

「ファケル兄貴っ!」

『あぁ、見せてやる。ハヤブサのファケルの力をな!』


 竜巻の戒めが消える、と同時にアンコウ鬼が歪な槍をエルティナイトに定め突撃してきた。


 防御を捨て攻撃に特化した奥の手。


 これを防げなかったら俺たちの敗北。


 だが……これを防げば俺たちの勝ちだ!


「今はまだ未熟だけど……必ずお前たちが誇れる主になる! だから、力を貸してくれ、シグルドっ! 桃力特性【固】!」


 エルティナイトが大いなる力に包まれ空間に【固定】されるのを感じ取る。


 これがシグルドの桃力の特性。

 なんという強大で反則な力なのだろう。


 空間にまで影響を及ぼす桃力は、まさに神が持つ御業に相違ない。


「ありがとう、シグルドっ! アイン君っ! やるぞっ!」

「あい~ん!」

「精霊魔法【決して退かぬ鉄の意志】!」

「あ~い~あぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


 今度は他の誰でもない俺たちに鉄の意志を施す。


 すると、エルティナイトは灰色ではなく黄金に染まってゆくではないか。


『ナイトは鉄の意志を黄金に染めるっ! 最早、このナイトを砕ける者はこの世にいないだろうな!』

「ゴォォォォォォォォォォォォォッ!」


 来るっ! 禍々しい槍っ! その先端っ!


「受け止めて見せるっ! 桃力ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「……私の桃力っ! 応えてっ!」

「ぶろ~んっ!」


 ……あれ? ブロン君も桃力、出してね?


 凄まじい衝撃がコクピットに伝わってくる。

 度し難い圧、激しく揺さぶられ息ができない。


 口を切ったのだろう、鉄の味が口に広がる。


 だが、その味は俺に更なる鉄の意志を引き出すに至った。


『うぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』


 がっしりとアンコウ鬼の槍を受け止める黄金の鉄の塊の騎士は、その場から1ミリたりとて動いていない。

 これが桃力【固】の特性。


 そして、何者も傷付けることのできないアイン君の精霊魔法。


 この二つが組み合わさった時、エルティナイトは【真なる盾】となるのだ。


「グゴォォォォォッ!?」


 力が弱まった!

 逃げようとしても、もう遅いっ!


「今だっ! ファケル兄貴っ!」

『おう、準備はできてるぜ』


 太陽を背にし天空の最も高い位置にて、輝く魚たちを纏う風の精霊戦機ル・ファルカンは一個の風の魚群となってアンコウ鬼へと突撃する。


 それは、その加速により姿を魚群ではなく一本の矢へと変貌させた。


『今の俺には見える。てめぇが喰らってきた人々の無念、悲しみを溜め込んできた胃袋がよ! そして桃力が教えてくれる! おまえの倒し方をっ!』


 ジタバタと暴れるアンコウ鬼。

 それを押さえるエルティナイト。


 このままでは逃げられる。

 致命的な危機感を覚えた時、ひらひらと俺たちの目の前を無数の蝶が通過していったではないか。

 それは俺たちのみならず、アンコウ鬼までをも呆気に取らせた。


『ファケルさんっ、今っ!』


 エリンちゃんの精霊魔法だ!

 まさか、こんなひっ迫した状態で使用を決断できるとはっ!


『うおぉぉぉぉぉぉぉっ! 貫けぇっ!』


 巨大な矢と化したル・ファルカンはアンコウ鬼を意図も容易く貫いた。


 ビクン、と一瞬の痙攣。

 腹部から血に塗れたル・ファルカンが飛び出し天高く飛翔する。


 異形のアンコウの体内から抜け出た風の精霊戦機の手の中には、ちっぽけでドス黒いヘドロの塊のような物が握られていた。


『あの巨体を、こんなちっぽけなもので動かしていた、ってわけか』

「グロアァァァァァァァァァァァッ!」


 ル・ファルカンはそれを太陽に捧げるかのように持ち上げる。

 それを奪い返そうとアンコウ鬼はエルティナイトの束縛から離れた。


『おまえが食い荒らした無数の命に……許しを請いやがれ!』


 ぐしゃり、という音。

 それと共に黒いヘドロはファケル兄貴の桃力によって浄化され、たちまちの内に桃色の粒子となって霧散した。


 同時にアンコウ鬼の肉体は、ピタリと時が止まったかのように停止。

 その身を黒い霧に分解してゆく。


 俺たちは遂にアンコウ鬼に勝利したのだ。




 しかし……奴は俺たちに、とんでもない置き土産を残していったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] エルティナイトといい、桃先生といい、謎の珍獣モフモフといい、二代目ママんの欠片を宿しているっぽい存在多すぎる。 カーンテヒルにいるであろうエルティナといい、どんだけばらばらになったんだ。
[一言] アンコウが残した置き土産は? ユウユウ「ダーリン、素敵よぉぉぉぉ!!」 NG「大変、興奮してなさる…」(恐怖) 珍獣「ヤベーよ、ヤベーよ!」(白目痙攣)
[良い点] 桃力!精霊力に続いて第三の力珍獣力 別名エルティナ力 [気になる点] ふと、初代エルティナさんも「ふきゅん」と鳴いたのだろうか? [一言] ネーミングセンス「僕のせいじゃ無い!みんなマッ…
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