189食目 疾風の目覚め
アンコウ鬼が咆える。
開けられた大穴は既に塞がり、こちらに憎悪の眼差しを向けて来た。
パキパキと鏡の鱗が逆立つのを認める。
「まさか、アレを飛ばす気かっ!?」
『エルドティーネ! 魔法障壁、展開! みんなを護れっ!』
「応!」
エルティナイトの一瞬の判断で魔法障壁を展開。
ボール状の魔法障壁にて精霊戦隊一人一人を包み込む。
それと同時にアンコウ鬼の鏡の鱗が射出。
100メートルからなる鱗の数は、ぶっちゃけ数えるのも馬鹿臭くなる。
地肌が露出していることから全ての鱗を射出したか。
ならば、今が攻撃するチャンスでもある。
「くそっ……鱗が邪魔で攻撃できねぇっ!」
「……慌てないで。チャンスはあるわ」
「アイア~ン!」
射出された鱗は自由自在に操作できるのか旋回して戻ってくる。
このままでは魔法障壁が持たない。
『このままじゃあかんで! なんとかならへんか!』
『いやだー! おうちかえるー!』
ぽっちゃり姉貴はマシンガンで鱗を撃墜しているものの焼け石に水だ。
パキパキ。
そして、H・モンゴー君もヘブン状態から復帰してうるさい。
パキパキ。
いや、本当にうるさい。
いったい、なんの音だ?
「何の音なんだぜ?」
『真・身魂融合を耐えた者が辿る進化ってそれ一番言われてっから』
モニターを確認する。
すると、巨大な桃色の繭の姿を確認することができたではないか。
「あれは……繭かっ!?」
「……エルも体験済みだったわよね」
「うん、だとするなら、ファケル兄貴は、ル・ファルカンは……」
確実に規格外の存在へと変貌を遂げるだろう。
このエルティナイトのように。
しかし、繭は一種の防御装置ではあるものの、破壊されてしまわないかと言えばそうではないらしい。
『エルドティーネ! 桃の繭を護れっ! 狙われている!』
「えっ!?」
繭に殺到する膨大な量の鱗。
このままでは辿り着く前に繭が破壊されてしまう。
そして、アレを覆い尽くす魔力が残っていないという不具合。
俺に残っているのは桃力と精霊ちから。
この二つの内、可能性があるとするなら精霊ちから。
桃力を魔力に変換するには時間が足りなすぎる。
「あいあ~ん!」
そうだ、アイン君の精霊魔法をまだ使っていないじゃないかっ。
ぶっつけ本番、効果のほども把握していない。
しかし、これに賭けるより他にない。
でも、もし、期待した効果が望めなければ、ファケル兄貴はっ!
『迷うなっ! 三代目っ!』
「っ! アイン君っ!」
「てっつー!」
「精霊魔法!【決して退かぬ鉄の意志】発動!」
「あ~い~あぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
ヘルメットと化してるアイン君より灰色の輝きが放たれる。
それはかなり離れた位置に存在する桃色の繭を瞬く間に灰色に染め上げてしまったではないか。
「……あれは……鉄になったというの? でも、ただの鉄じゃ桃力の繭の防御力には……」
「ただの鉄じゃない」
「……えっ?」
「俺たちが築き上げてきた友情の、絆の数だけ強固になる……そう、あれは黄金の鉄の塊っ! それは、あんなへなちょこ鱗に傷付けられない、傷付けにくいっ!」
それ以前に鱗自身が黄金の鉄の塊を嫌っている。
事実、それに衝突した鱗は粉々に砕け散り、黄金の粒子となって天へと昇って行った。
これが、俺とアイン君の精霊魔法。
アイン君だけでも、俺だけでも成し得なかったであろう精霊魔法。
俺たちの力は、精霊魔法は進化する。
それを、頭ではなく魂で理解した。
『もう大丈夫みたいだな』
「エルティナイト?」
『そろそろナイトが、早くして~早くして~、とうるさいから引っ込む感』
「ま、待ってくれ! もしかしてっ……!」
『それじゃ、期間限定キャラはクールに去るぜ』
引き止める暇さえなく、クールに去ってしまったエルティナイトの別人格。
思い返してみると、それなる人格は俺を厳しくも激励してくれていた。
それはまるで……。
『ナイト帰還っ! いやぁ、強制乗っ取り凄いですね』
「感慨に更ける時間が欲しい」
『それは鬼を退治してからにしろぉ、ちんちくりぃん』
あぁ、もう、台無しだよ。
だが、相棒の言うとおりだ。
感慨に更けるなら戦いが終わってからでもできる。
それに俺は、やっぱり、こっちの人格の方がしっくりとするらしい。
『アイン君の本格参戦で、もう力がビキビキ言って大変に危険。今ならデンジャラスな精霊魔法がヒュンとするだろうな』
「何か考えがあるのか?」
『ナイトは頭脳担当でもある』
「……豆粒なのに?」
『おいぃっ!? ヒュリティアさんはきびしー!』
「いやいや、そんなことよりも、どうなんだ?」
『こっちも厳しかった! あるに決まっているぅ!』
どうやらエルティナイトに考えがあるもよう。
しかし、それを成し得るには鱗をどうにかして纏める必要があるとのこと。
だが、それを成すのは一苦労だ。
現在、鱗は鉄の精霊魔法【決して退かぬ鉄の意志】にて拡散してしまっている。
これを纏め上げるには誰かが囮にならなければならない。
「誰かが囮になれっていうのか?」
『それが確実、且つ無難』
「……でも、私たち以外じゃ危険だわ」
「それじゃあ、エルティナイトの策が使えない」
『その役目、俺に任せてくれ』
俺たちが囮作戦の決行にあぐねている、とスピーカーからファケル兄貴の声が。
「ファケル兄貴っ! 大丈夫なのか……ふきゅんっ!?」
『はは……男前の面になっただろ?』
サブモニターに映るファケル兄貴の顔。
彼の額と両頬には痛々しい傷跡が見て取れた。
愛おしそうに傷跡に触れる彼は告げる。
『親父、お袋、そして……妹だ』
「……良い男になったわね、ファケル」
『光栄だ、銀閃。それで、返事は?』
「もちろん、お願いしたいんだぜ。でも、ル・ファルカンは大丈夫なの?」
『あぁ、相棒も俺同様に影響を受けているようだ。パラメーター、オールグリーン! いつでも行けるぜ』
いい笑顔を見せて来る彼に、やっぱダメです、などとは言えない。
だから、俺はこう言うだろうな。
「お願いするんだぜ、ファケル兄貴っ!」
『あぁ、任せておけ! エルティナ!』
決して砕かれぬ黄金の鉄の塊の繭が引き裂かれ、そこから緑色と青色とが混ざり合った戦機が姿を現す。
それはル・ファルカンのようであったが、その装甲にはびっしりと鱗のようなものが。
そして、その背には魚のヒレのようなものが無数に生え出ているではないか。
まるで生き物のような有機的なデザインへと変貌した戦機から膨大な精霊の力を感じ取る。
あまりに強力過ぎて鈍痛すら感じるほどだ。
「うっ!? なんて強烈な精霊ちからなんだっ!」
「……桃力も凄まじいわ。あれが、見習いですらない桃使いの力だというのっ!?」
驚嘆、ただその一言に尽きる。
生まれ変わったル・ファルカンは最早、ただの戦機じゃない。
『三体目の精霊戦機……風の精霊戦機が誕生した感』
「風の精霊戦機……か」
エルティナイトの呟きに共感を覚える。
そうだ、あれは間違いなく精霊戦機だ。
エルティナイトと同じく、精霊に認められし唯一無二の存在。
『行くぜ、相棒。風の向こう側に』
そう告げたファケル兄貴の周囲に風が集まり、やがて風は輝く魚の姿を模った。
甘えるかのように纏わり付く魚たち。
彼らを引き連れ、ル・ファルカンは爆ぜるかのように飛び出す。
「……初動が見えなかった! なんて爆発力なのっ!?」
「あれが、風の精霊戦機なのかっ」
それは紛う事なき疾風だった。
風の魚を引き連れ魚群と化すル・ファルカンを追いかける鏡の鱗。
アンコウ鬼もまた、奪われたミラージュを再び喰らわんと追いかける。
しかし、鏡の鱗もアンコウ鬼も、疾風となったル・ファルカンには追い付けない。
『な、なんやあれ……!? ゴッズクラスの戦機ですら、あんな速度……いや、その前に耐えられるはずがないんやっ! 死んでまうでっ!? ファケルはんっ!』
『俺は死なねぇよ。死ねねぇ理由を抱えちまった。それに、おまえらも守らねぇとな』
『う、うちを護るっていうんかっ!? ちちち、ちゃうでっ! きゅん、となんかなってへんからねっ!』
おまえ【ら】、と言ったんだよなぁ、ファケル兄貴。
なんか盛大な勘違いをし始めたぽっちゃり姉貴は一旦、意識の隅っこに置いておく。
ファケル兄貴が作ってくれたこのチャンス、逃すわけにはいかない。
「エルティナイト、準備は良いか?」
『もう既にできているっ! アイン君、力を貸してくださいっオナシャスっ!』
「あいあ~んっ!」
「……私たちもやるわよ、ブロン君」
「ぶろ~ん!」
「ふきゅんっ! パワーをエルティナイトにっ!」
「「「いいですともっ!」」」
……あれ? 今、どさくさに紛れて喋らなかった? まま、ええわ。
アンコウ鬼との決着をつけるために、エルティナイトに力を注ぎ込む。
果たして、エルティナイトの策は巨大すぎるアンコウ鬼に、致命傷を受けて平然としている造鬼に通用するのであろうか。
決着の時は近い。




