188食目 諦めない心
暴力的ともいえるスラスターの出力に圧し潰されそうになりつつ、俺はエルティナイトをアンコウ鬼に向かわせる。
この巨体を十分に支えるのだから、ルナティックのスラスターは規格外と言えようか。
でも、このスラスターは極普通の物だという。
だとするならエルティナイトを空中に浮かせるなど不可能ではなかろうか。
しかし、これに桃力が加わればどうであろう。
ヒュリティアは正式な桃使いではない、というが桃力を扱うことが可能。
そして、桃力には必ず所有者の特性というものが存在する。
「……エル、アルテミスを使うわ」
「え? あれって光素系兵器じゃなかった?」
「……あなたと繋がっている今なら、十分に桃力を使えるから」
「ふきゅん、完全に桃力を引き出せるわけじゃなかったのか」
「……鬼の防御膜を突破する程度の桃力なら出せる。そんな程度ね」
ヒュリティアの操作でバックパックの折り畳み式バスターランチャーが展開しながら腰の辺りに移動する。
それをエルティナイトが手にすると、一気に桃力と光素がそれに持ってゆかれた。
生半可な消費エネルギーではない。
しかし、それに見合う威力を持っているのだろうと確信する。
「……グリオネ、陽動かく乱、頼めて?」
『任せときっ』
「H・モンゴー、あんたもよ」
『ぴぃっ!? 逃れられぬカルマっ!』
『もきゅー!』
バスターランチャー・アルテミスはチャージに時間がかかるもよう。
なのでぽっちゃり姉貴とH・モンゴーに時間を稼いでもらう作戦を取る。
ぽっちゃり姉貴のうざったい飛び方はアンコウ鬼の癪に障ったようで、ぷんぷんと怒りながらマネックを追いかけ回すようになった。
そして、ガラクタウサちゃん号は被害に遭わないように安全なところから幻覚音波砲を撒き散らしているという。
実にH・モンゴーらしいヘタレな戦い方であるが、役に立っているようなのでなにも言えない。
「そ、それよりも……ファケル兄貴の反応が無くなっているんですがっ!?」
「……ダメだったのかもしれないわ」
「そんなっ!?」
「……真・身魂融合は必ず成功するものじゃないのよ。いかなる覚悟をもってしても、失敗する時は失敗するの」
『ず、随分と言ってくれるじゃねぇか……ごぼっ』
その時、スピーカーからファケル兄貴の声が聞こえた。
何かを水っぽいものを吐き出しながらの返事には、力というものがまったく感じられない。
「……ファケルっ!」
『これ、真・身魂融合っていうんだな? ちっとも知らなかったぜ。ぐっ……!』
「……肉体が損傷する、ということは【傷跡】型の真・身魂融合ね」
『なんだかよく分からねぇけど……ズタボロだ。家族の想いを受け入れるって難しいんだな……』
か細くなり行くファケル兄貴の命の波動。
このまま指を咥えていていいのか。
『おいぃ、ちんちくりぃん』
「何か用かな?」
『桃使い、凄いですね』
いや、だめだ。
仲間に手を差し伸べることができなくて、なんの桃使い。
エルティナイトは、それを理解している。
「そうだ、俺は桃使いっ! 仲間を決して見捨てはしないっ!」
「……エル、何をするつもりっ!?」
「桃力介入だっ!」
バスターランチャーに回す桃力とは別に、更にファケル兄貴に俺の桃力を送る。
「……無茶よっ! あなたが死んでしまうわっ! 桃力は魂の力、つまり桃使いは魂を削って鬼と戦う術を持った戦士なのよっ!」
「だからどうしたってんだ!」
「……っ!」
死にゆく仲間に手を差し伸べる。
それが俺の魂を代償にするのであれば、俺は迷わない、迷ってはいけない!
「俺は……桃使い、三代目エルティナだ!」
加速する魂の鼓動、燃え尽きるほどに熱を帯びる命は俺に莫大な力を与え始める。
『そうだ、エルドティーネ。それでいいんだぜ。【リンネエンジン】起動確認っ! ヒーちゃん、ソウル・ヒュージョン・リンクシステム確認っ』
「……えっ? ソ、ソウル・ヒュージョン・リンクシステム確認……ひゃ、100パーセントっ!?」
『エルドティーネっ! おまえは、そのままファケルに桃力をっ!』
「お、応っ!」
なんだか、エルティナイトの性格が変わっていませんかねぇ?
ま、まぁ、やる気満々だってのは伝わってくるので、こまけぇこたぁいいか。
『リンネエンジン、オーバードライブ!』
「……エルティナイトっ! このままじゃアルテミスが爆発するわっ!」
『大丈夫だ、問題無い。俺を信じろ』
「……っ、あなた……」
ヒュリティアの声色に一瞬、懐かしさと悲しさとが入り混じったものを感じ取る。
でもそれは直ぐに失われ、後には無類の信頼にも似たものが大部分を占めるようになる。
大部分から外れたものには怒りのような感情を感じ、ちょぴし「ひえっ」となった。
「ファケル兄貴っ」
俺は彼を護るという想いを乗せて桃力をファケル兄貴へと送る。
しかし、そこを横切るガラクターズの姿。
そして、彼らは俺の桃力に衝突した。
「邪魔すんなぁぁぁぁぁっ!」
『んほぉぉぉぉぉぉぉっ! エクスタシーっ!』
結果、H・モンゴー君がヘブン状態になってしまいました。
まぁ、操縦はガラクタのエリンちゃんがやっているから問題はないだろう。
その時、ガラクタのコクピットハッチが展開し何かが飛び出した。
件の毛玉饅頭モフモフである。
「もきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
貴殿もか、毛玉饅頭よ。
『はわわわっ!? モフモフちゃんがっ!』
慌てふためくエリンちゃんだが、ガラクタを制御しているのは彼女なので割と問題はない。
そして、外に飛び出してしまった毛玉饅頭は地上目掛けて真っ逆さま、かと思いきや雲の上に着地。
ぴょんぴょんと飛び跳ね興奮していた。
雲に乗れるとかファンタジーかよぉ!
「まったく……今、助けるんだぜ、ファケル兄貴!」
気を取り直して再度、桃力を彼に送る。
淡い緑色の輝きに混じって俺の桃力が送り込まれ始めた。
しかし、それと同時に痛みを感じ取るようになる。
「あぐっ!? これが、真・身魂融合の痛みっ!?」
「……繋がったのね。たぶん、だいぶ軽減されている痛みよ」
冗談ではない。
今俺が感じている肉体的な痛みは、爪を一枚一枚ゆっくりと剥がされているかのような壮絶な痛みだ。
これが軽減された痛みというのなら、ファケル兄貴が感じている痛みというものはどれほどだというのか。
背筋が凍り付くのを感じ取る。
しかし、俺は後ろに引くわけにはいかない。
何よりも、俺にはバックギアは搭載されていない。
……でもバックステッポゥは許されるかもしれない?
「いたいっしゅっ!?」
『余計なことを考えるな、バカちんがぁ!』
エルティナイトに怒られてしまいました。しょぼん。
どうやら桃力にも怒られたようで、バチンと電流を走らされて喝を入れられてしまいました。きびしーっ。
でも、そのお陰で迷いは晴れた。
ファケル兄貴に桃力を送り込むことに専念できる。
でもそうすると、ルナ・エルティナイトを支えるブースターの出力を維持できない。
少しずつ下降してゆくルナ・エルティナイト。
しかし、そこには白い足場が。
『おん? 足場?』
「もぎゅ」
なんという事でしょう。
そこには超巨大になった毛玉饅頭の姿があったではありませんか。
『おいぃ! なんだ、この珍生物はぁっ!?』
「モフモフもこもこデラックス十式なんだぜ」
「……モフモフね。アンコウ鬼と同じくらいはあるのかしら? どういう体の構造しているんでしょうね」
体長100メートルはあろうか、というほどに巨大化したモフモフはしっかりとルナ・エルティナイトを支える足場となった。
というか、重量の方はどうなっているんだ?
相変わらず雲の上に乗っかっているし。
あまりにも不思議生物過ぎて考えるのも馬鹿臭くなってきたので思考を不法投棄する。
すると、ファケル兄貴の真・身魂融合が無事に終了したのを感じ取れたではないか。
同時にバスターランチャー・アルテミスのチャージも完了したもよう。
『ヒーちゃん! 照準、よろしく!』
「……あなた、得意じゃなかった?」
『意地が悪いんだぜ』
「……そうね。私はちょっぴり捻くれているから」
『震えてきやがった』
声は間違いなくエルティナイトの声。
でも、それは彼の声で別人が喋っているように感じて。
「バスターランチャー・アルテミス発射」
ヒュリティアは照準を定め迷うことなくトリガーを引く。
バスターランチャーの砲口から莫大なエネルギーが発射された。
それは黄金に桃色が混ざりこんだ得体の知れないエネルギーと化してアンコウ鬼に殺到する。
通常であれば鏡の鱗によって反射拡散されるであろうエネルギーはそれを融解させ貫通。
アンコウ鬼の脇腹にどデカい大穴を作り上げる。
「ゴォォォォォォォォォォォォォッ!」
それでもアンコウ鬼は死を迎えることはなかった。
なんというタフネスであろうか。
しかも、開けた傍から傷口が再生してゆくという。
『あの傷、おかしいな。本来ならあれで決着だ』
「どういうことなんだぜ? エルティナイト」
『たぶん、作られた【鬼】。嫉妬や憎悪だけを原料にした本来、存在しない生物……【造鬼】とでもいうべきか。致命傷が致命傷になっていない』
「……あれには魂は無いってこと?」
『そうだな……だから、致命傷が存在しないんだろう。ヒーちゃん、あれを倒すには根源を。核となっている何かを潰すしかない。おまえら、やるぞっ!』
見る見るうちに傷口が塞がり、再びその巨大な咢を開くアンコウ鬼。
急遽、謎の覚醒を果たしたエルティナイトともに、俺は【造鬼】アンコウ鬼を退治すべく力を振るう。
果たして、この鬼はいったい何者なのだろうか。
そして、俺たちに倒せるのだろうか。




