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187食目 ミラージュ ~ 魂は幻影を見せて ~

 ◆◆◆ ファケル ◆◆◆



「ここは……? そ、そうか。俺はアンコウの奴に……」


 俺は何をやっているんだ。

 幾らノイズが酷いからって真正面に立っちまうだなんて。


 急ぎル・ファルカンのパラメーターをチェック。

 不幸中の幸いか、丸飲みだったために目立った損傷はない。


「ここは、どこだ? 縦穴……食道か?」


 空を飛べるル・ファルカンだからだろう、胃へと真っ逆さまになることはない。

 とはいえ、このまま飛び続けることもできないだろう。

 早急に、ここから脱出しなければ。


 とその時、再びノイズが走る。

 今度はより酷く、幻聴どころか幻まで見えてきやがった。


「へへっ……いよいよヤバいな」


 コクピットの中、そこに居るにもかかわらず強烈な風を感じる。

 こんな風はいつぶりだったか。


 そうだ、両親と妹を失った、あの嵐の夜以来だ。




 巻き上げられる家、人間。

 何もかもが真っ黒な空に吸い込まれてゆく。


 アレを嵐となんて言っていいか分からない。

 でも、それ以外の表現を人間は持たなかった。


「父さんっ! 母さんっ!」


 手を伸ばす、でも当時の俺は幼くて、伸ばした手は両親に届かなかった。


 黒い空に吸い込まれてゆく両親は何かを言っていたが、それすら空に吸い込まれてゆく。

 俺の片手には恐怖に慄く妹の姿。


 妹だけはなんとしてでも護る、という誓いはしかし、幼さの前に砕かれる。


 すり抜けてゆく妹の手。

 小さくなってゆく妹の姿に反し、大きくなってゆく俺の絶叫。




 ――――我ながらバカげた話さ。


 俺が天を目指す切っ掛けは、天国にいるであろう家族に会いたいがため。

 ガキだった俺はそれができると信じ、そこに辿り着くために戦機乗りになった。


 でも、やがて現実を知って別の天辺を目指すようになって……そこからだ、ノイズが走るようになったのは。


 最初はただの耳鳴りのようなものだった。

 だが、それは時が経つにつれて酷くなってゆく。

 大きな病院にも掛かったが症状が好転することは一切なく今に至る。


 そして、その症状は末期になろうとしているのだろう。

 ノイズはやがて人の姿を模るようになった。


 姿からして女性と思われるが、ハッキリとした姿を確認することはできない。

 まるで風の集合体のような、そんなおぼろげな存在は操縦桿を握る俺の手に自身の手を重ね、ル・ファルカンを降下させる。


「どこへ向かおうってんだ?」


 返事の代わりに「ザー」という雑音が返ってくる。


 彼女は返事をしてくれているのだろう。

 しかし、俺はそれを聞くことができない。


 ゆっくりとアンコウの食道を下りてゆくと胃と思わしき場所に辿り着く。


「こ、これは……!」


 そこには大量の白骨、瓦礫の山。

 消化途中なのかドロドロに溶かされて原形を失っているが、はっきりと理解したことがある。


 こいつだ、こいつが俺の家族を奪った張本人に違いない。


 ふつふつ、と怒りが込み上げて来る。


 だが、ここに存在していたのは、哀れな犠牲者だけではなかった。


「なっ……!?」


 胃液に浸からないように、ゆらゆらと胃の上空を泳ぐ膨大な数の輝く魚の姿。

 その大きさは戦機にも劣らない巨大なものから小さなものまで多種多様だ。


「まさか、これがミラージュだというのか?」


 輝く魚に気を取られていると下からふわふわと光の玉が昇って来た。

 それはミラージュの魚群で弾けると小さな魚が飛び出して来たじゃないか。


「これがミラージュの正体だっていうのか?」


 胃液の中には犠牲者の骸、そして瓦礫。

 普通に考えるなら、この輝く玉は人間の、あるいは動物の魂。


 いやいや、そんな非現実的なことがあるわけない、と考えたところで、その非現実的な連中と行動を共にしていたことに気付く。


 もう何がなんやら。


 胃液に浸かっていた骸から、輝く玉の発生を見届ける。

 どうやら、予想通りそれは魂であるようだ。


「どうなってやがるんだよ? ノイズ、おまえが見せたかったものはこれなのか?」


 ノイズは操縦桿から手を離さない。

 全身が痺れているような感覚に陥って指一本も動かせなかった。


 ミラージュの一匹がル・ファルカンに突っ込んでくる。

 回避しようにも、今はノイズの奴が邪魔をしていて避けようがない。


 そして、輝く魚はル・ファルカンと衝突。

 しかし、彼は鋼鉄の巨人をするりと通り抜けてしまう。


「うっ……!?」


 輝く魚は俺ですらもすり抜けて悠々と泳ぎ続ける。

 その瞬間のことだ、莫大な情報が俺の中に流れ込んできた。


 それは、とある女性の記憶。


 貴族に生まれながらも没落し苦難の人生を生き抜いた記憶。

 それが自分のことのように知ることができた。


 これは妄想だろうか。

 しかし、そう断言するにはリアルすぎる。


 再び輝く魚が突っ込んできた。


 今度は、とある男の記憶。


 男は貧乏な農家の次男。

 彼は没落貴族だという娘に恋をして、プロポーズをするために戦機乗りになって稼ぎ始める。

 やがて、そこそこの名声と富を得た男は没落貴族の娘と結ばれた。


 そして、一男一女を儲ける。


「……親父、お袋」


 そうだ、これは両親の記憶だ。


 そして、少し小さな輝く魚が突っ込んできた。


 俺に流れ込んでくる幼き記憶。

 それは間違いようが無く妹の記憶。


 退屈で幸せだった、あの頃の記憶。


 操縦桿を握る手が震える。止まらない。

 心臓がバクバク言って今にも張り裂けそうだ。


 この魚たちは、いったいなんなんだ?

 俺に何を求める?


 気づけばノイズの奴も姿を消している。


 いや、違う。

 それは鮮明に声となって俺に語りかけてきたんだ。


 ――――やっと会えた、お兄ちゃん、と。


「――――っ!」


 声にならない。

 妹の……ネイラの、あの時にもう聞こえなくなっちまった家族の声だ。


 そうか、ずっと俺が助けに来てくれることを信じていたのか。

 ごめんな、ネイラ。随分と待たせちまって。


 後悔と謝罪の念は、しかし再会の喜びによって封じ込まれる。

 ならば、俺のすべきことはただ一つ、彼らの解放だ。


 巨大な胃の中、そこで窮屈そうに泳ぐ幻影の魚たちはどうしてか、ここから抜け出すことができないらしい。

 何かの力が働いているのだろうか。


 俺ごときの頭では考えることも理解することもできないだろう。


 できることと言えば、戦機を操って目の前の敵を叩き潰すことくらい。


「武装チェック……光素系は使えないな。だとするなら三連ミサイルか」


 内から突き破るのは難しいだろう。

 ならば、アンコウ自らが俺たちを吐き出してくれるのを祈るしかない。


「狙いはどこだ? どこに打ち込めばいい? チャンスは一度だ」


 ル・ファルカンに搭載したミサイルは計六発。

 これだけ大きい胃であるなら、ちょっとやそっとではビクともしないだろう。

 だから、同じ個所に全弾発射しなければ堪えてはくれないはず。


 ああだ、こうだ、と考えていると輝く魚たちは一斉にとある個所に集結し始める。

 何事かとそこにル・ファルカンの照準を合わせ拡大すると、潰瘍のようなものを発見した。


「そこを狙えってんだな……よぉし、やってやるぜ」


 幻影の魚たちから勇気をもらう。

 それは当の昔に枯れ果てた熱のようなものを呼び起こした。


「……? なんだ、この輝きは」


 薄っすらと纏わり付く奇妙な輝きは俺から発せられていた。

 なんとも奇怪な現象だ。


「も・も・ち・か・ら? なんだ、この声は? 妹の声とは違う。いったい俺に何が起こっているんだ? だが……!」


 それらを考えるのは後回しだ。

 今は成すべきことを。


 俺は潰瘍に照準を定め、三連ミサイルの発射ボタンを押した。




 ◆◆◆ エルドティーネ・ラ・ラングステン ◆◆◆




 グネグネと形を変えられてゆく水の板。

 やがてそれは鎧の姿を成して行き、簡易的ではあるもののエルティナイトの鎧として完成した。


 雲を素材に使ったからであろうか鎧は完成と同時に白に染まり、エルティナイトは白騎士として天空に降臨する。


『精霊戦機エルティナイト、見参っ!』

「浮き輪は似合わないので外すぞっ!」


 ユウユウが乗っている浮き輪はH・モンゴーに託す。

 基本的に、ちょろちょろすることしかできないから仕方がない。


 攻撃力、低すぎるんやなって。


「ヒーちゃんっ! お待たせっ!」

『……エレメンタル・ドッキング! やるわよっ!』

「応っ! エレメンタル・ドッキング! でゅわっ!」


 エルティナイトが魔法障壁の足場より跳躍する。

 同時にルナティックが機体を分解、鋼鉄の騎士と共に飛翔する。


『……ソウル・フュージョン・リンクシステム、シンクロ率54%……行くわよ』


 次々とエルティナイトに装着されてゆくルナティック。

 今回はユウユウが奮闘してくれているお陰で、こちらが敵を足止めする必要はない。


 やがて、ルナティックの全てがエルティナイトと融合。

 これにて、エレメンタル・ドッキングは完遂となる。


 即ち……。


「精霊融合、ルナ・エルティナイトっ! 転生降臨!」


 天空にて白銀の騎士が誕生する。

 今回はエリン剣を身に纏ってないので光と闇の件はカットだっ。


「ゴォォォォォォォォォォォォォッ!?」


 精霊融合が成ったタイミングでアンコウ鬼が突然、苦しみ始める。

 じたばたと藻掻き、遂にはゲロってしまったではないか。


「おいぃっ!? なんだありゃあっ!」


 その巨大な口から飛び出してくる無数の輝く魚たち。

 それは日の光を浴びて更に輝きを増す。


 七色に輝く美しい魚は幻影を残し消えてゆくのだが、その内の三匹だけがこの場に残った。


 それらは一機の戦機に寄り添うかのように、ゆらゆらと空を泳ぐ。


「ファケル兄貴っ!」

『おいおい……なんの冗談だ? その姿はよ』


 ファケル兄貴の戦機は、アンコウ鬼の胃液で無残な姿になってしまっていた。

 今こうして空を飛べていること自体奇跡だ。


 いや、違う。あれは自力飛行じゃない。


『はは、なんの冗談だ、か……笑っちまうな。俺自体、冗談じゃないってのにな』


 その自虐とも取れる笑いはしかし、覚悟のようなものにも取れた。

 だからだろう、不安のようなものは感じなかった。


『ノイズの正体、分かっちまったよ』

「そっか」

『あぁ、だから、もうあとは天辺を掴みに行くだけさ。待ってくれていた家族と共にな』


 ファケル兄貴に何があったかは知り得ない。

 自分のことはあまり語らない人だから。


 でも、彼は嘘を吐くことがないであろうことを確信している。


「……エル、見えていて?」

「あぁ、薄っすらとだけど見えているんだぜ」


 それは桃色に輝くオーラ。

 鬼を征する者が持ち得る極陽の力だ。


『行くぜ、親父、お袋、ネイラ……!』


 幻影の魚たちが淡い緑色の粒子に解きほぐれてゆく。

 やがて、それは損傷激しいル・ファルカンの中へと入り込んでいった。


「……何を考えているのっ!?」

「えっ?」


 これを見たヒュリティアが急に叫び始める。


「ど、どうしたんだぜっ?」

「……エル、あなた真・身魂融合の【痛み】を感じたことがないでしょう!?」

「お、おう」

「……あれは、心と体を壊すわ。たった一人との真・身魂融合でも廃人になり得る、そんな儀式なの。それを三人同時だなんてっ!」

「ふぁっ!?」


 そんな危険な儀式だったとか聞いてない。


 え~っと俺の真・身魂融合のお相手は……グツグツ大根だ。


 うん、人じゃないっ。


「……人の人生を丸ごと受け入れるって易いものじゃない! パンクしてしまう!」

「キャ、キャンセルはっ!?」

「……できるわけないでしょう」

「デスヨネー」


 これは拙い。

 桃使いになりたて、というか見習い状態……いやいや、それですらもない。

 にもかかわらず、三人同時の真・身魂融合とか自殺に等しいレベルということになる。


 ミシミシ、と音を立てる青い機体はやがて全身にビビが走ってゆく。

 真・身魂融合はファケル兄貴のみならず、ル・ファルカンにすら影響が及ぶというのか。


「ファケル兄貴っ」

「……だめっ! やっぱり、持たないっ!」


 スピーカーから壮絶な悲鳴と、何かが裂ける音、そして液体のようなものが壁に叩き付けられる音が聞こえてくる。

 サブモニターは真っ赤に染まりファケル兄貴の様子を窺うことはできない。


 淡い緑色の輝きは更にル・ファルカンの中、即ちファケル兄貴へと流れ込んでゆく。


『エルドティーネ、そろそろ、鬼力が尽きるわ。任せてもよろしくて?』

「はっ!? うん、任せてなんだぜっ、ユウユウ閣下」


 どうやら、このままファケル兄貴の真・身魂融合を見守っている暇はなさそうだ。

 重力の渦から解き放たれたアンコウ鬼が怒りの形相を見せている。


 折角のごちそうを全部没収されたのだから怒って当然だろう。


 でも、独り占めは良くないって、それ一番言われてっから。


「行くぞっ! ヒーちゃん、アイン君、エルティナイトっ!」


 俺はエルティナイトを怒れるアンコウ鬼へと突撃させる。

 決着の予感は色濃くなり、ねっとりと俺たちに纏わり付くのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 怖いな… 「擬似霊界」かな?
[良い点] ノイズの正体 まさかファルケ兄貴が太ももつかいだったなんて! え?なんか違う?3体も合体するんだから普通のもも使いじゃなくて 太(っぱら)もも使いでしょ! [一言] グツグツ大根!うん!奴…
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