185食目 天空の異変
本日は晴天なり。飛ぶには良い日だ。
エデンテルの浜辺に勢ぞろいしたのは、いずれも一癖も二癖もある戦機ばかり。
中には戦機と言っていいのか分からないものもあるがご愛嬌という事で。
『やめろーっ! 俺は死にたくなぁぁぁぁぁぁいっ!』
『もっきゅっきゅっきゅ……!』
喚き散らしているのは、ガラクタと合体したウサちゃん号に搭乗しているH・モンゴーだ。
もちろん、ユウユウ閣下自らが、嫌がる彼を強制的にコクピットに放り込んだ。
マジであの人、鬼やで……あっ、そういえば鬼だった。
なら問題はないな。
そんなガラクタには毛玉饅頭ことモフモフ、そしてエリンちゃんが乗り込んでいた。
どうやら、成層圏に興味があるもよう。
でも、その眼差しは明らかに成層圏の向こう側にある。
それは俺と共に見た先代の記憶が引っ掛かっているに違いなかった。
『かぁ~、こりゃごっついで。こんなんを量産機にしていいんか?』
『本格量産にするには、まだまだ削らないといけませんがね』
『マネックが販売されたらアインラーズもお役御免やな』
『それは無いでしょう。アインラーズもまだまだアップデートされて使い易くなっていますから。それこそ、マネックはベテランかエース向けの機体に落ち着くかもしれません』
どすこい姉貴……もといぽっちゃり姉貴はマネックの可能性に感嘆していた。
ヤーダン主任の言うようにマネックは高水準の性能を持っているが、それを維持しつつコスタダウンするのはもう難しいとのこと。
なので、現在は性能そのままに高性能量産機として販売するか、更にマネックをデチューンした【コマネック】を製造するかでアマネック本社と相談中らしい。
一般戦機乗りは、お高い量産機には手が出せないので、マネックが高嶺の花になってしまうからだろう。
販売側からしてみれば、買ってもらえなければ作った意味が無いのだから仕方がないというものだろう。
『ルナティック、良好だよっ! 心配せずに行っといで!』
『……ありがとう。大漁を期待してちょうだい』
ルナティックから離れてゆくアナスタシアさんたち。
銀色の機体にはドラム缶のようなものが無数取り付けられている。
これらはプロペラントタンクであり、製造者はアマネック社のオーストさんである。
実はこれ、素材がジャガイモである。
なので中の光素を使い果たし投棄しても自然に分解されてゴミとはならない。
実にエコなプロペラントタンクであるが欠点が無いわけでもない。
一つに濃縮光素の長期保存が不可能であること。
もって二ヶ月が限度とのことだ。
それ以降は光素によってプロペラントタンクにジャガイモの芽が出てくるらしい。
光素は生命エネルギーなので、ジャガイモの命が復活するとかなんとか。
もう一つにあまり耐久力が無い。
そりゃあ材料にジャガイモだから仕方がないだろう。
これはあくまで自然環境に考慮した装備なのである。
普段は船舶などが用いて長期航行を実現させているんだとか。
『おほっ、すっげぇパワーだな。オーバーホールしただけでこんなに違っちまうのか』
『自分だけの整備は限界がありますよ。定期的に工場に出すことをお勧めします』
ファケル兄貴はリフレッシュした自分の相棒に歓喜しているもよう。
そして、自分の相棒に歓喜していないのは俺だったりする。
「おいぃ、その釣り道具はなんですかねぇ?」
「あい~ん」
『暇だったから自作した。これでミラージュを一本釣りして差し上げる』
もう完全に遊びに行く気満々じゃないですかやだー。
一応、成層圏は戦機乗りたちにとって未知の領域だ。
そんなところまで戦機で行こうと考えるバカちんたちは、今までいなかったのだから当然である。
「まったくもう……いやそれよりも、おまえ、どうやってガラクタを作ったんだよ」
『桃力を使った』
「ふぁっ!? おまえ、桃使いかよぉっ!?」
『落ち着け珍獣ぅ。俺は、おまえの桃力をいつもビンビン流されているっ。だから貯蔵することなんて余裕。英語で言うとEasy』
なるほど、エルティナイトは俺の桃力の特性【融】を用いて無理矢理、部品を融合させていたのか。
というか、我ながら無茶苦茶な能力だなっ!?
『うわ~、普通に動かせるよ、この子』
『もきゅ』
『飛行機なのに手足があるって変な感じだねぇ』
『もっもっもっ』
件のガラクタがぶんぶんと手を振っている。
どうやら、メインパイロットはエリンちゃんが担当するもようだ。
『準備は良いかしら? そろそろ重力を操作するわよ』
ユウユウからの無線連絡が入った。
浮き輪の栓に設けられた座席にパイロットスーツ姿の彼女が確認できる。
「準備オッケーなんだぜ」
『それじゃあ、鬼力特性【重】発動っ』
その瞬間、身体に掛かる圧が減少したことを感じる。
それを認めたエルティナイトは地面を蹴った。
『ナイト平泳ぎっ』
平泳ぎの要領で空へと上昇してゆく姿は紛う事なき変態。
しかも、それが普通の人間ではなく巨大ロボットというのだからシュールの極みであろう。
『行ってらっしゃいにゃ~ん!』
『お土産、おねがいにゃ~!』
砂浜で手を振るお留守番のミオとクロエ。
ガンテツ爺さんは、いまだぎっくり腰の真っ最中だ。
何かあるとは思えないが、ミオとクロエがいればなんとかなるだろう。
エルティナイトの出発に次々と仲間たちが続く。
目指すは白い雲の先、そこにある空の海。
そこに天空の魚、ミラージュがいるに違いなかった。
「ここが成層圏か?」
『殺風景でつまらない感』
そこには青と白が広がるばかりで何もない空間だった。
見上げれば太陽が「どやぁ」と輝いているが、それ以外はまったく同じ光景だったという。
『……成層圏なんてこんなものよ。それよりも、早くミラージュを探しましょう』
「そうだな。エネルギーも無限にあるわけじゃないし」
浮き輪に掴まって暢気に泳ぐエルティナイトは、早々に飽きたのか早速、釣りを開始する。
「おいぃ、いきなり何をおっぱじめているんですかねぇ?」
『飽きた』
「ばかやろう、三分も経ってないだるるぉ?」
『釣り餌を要求するっ』
「人の話を聞けないナイトは心が醜い」
でも、釣り餌は上げましたとさ。
『これは何ですかねぇ?』
「百果実。特殊食材だぁ。ちょっと前にゲッツした」
『ぱくっ』
「おいバカやめろ、なんで針に付けた物を食べてるんだ」
『ぎゃおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? 喉に釣り針がっ!』
ナイトは阿呆だった……? 脳みそが豆粒だから多少はね?
その後、なんとか釣り針を外し九死に一生を得たバカタレは釣りを開始する。
ハッキリ言ってこんなものに掛かるクソザコナメクジなんているのだろうか。
そもそも、ここには俺たち以外の生命体が存在していない件について。
「ふきゅん、というか……ここにはミラージュ、いないんじゃね?」
『……その可能性は否定できない』
キョロキョロと周囲を見渡すルナティックはしかし、突然スナイパーライフルを構えた。
『……何か来るっ! この力はっ』
「っ! 鬼力だっ!」
まさか、こうも連続で鬼力を感じ取ることになろうとは。
しかも、ここは成層圏だ。
こんな場所で仕掛けられては、まともに戦うのは難しいのではなかろうか。
特にエルティナイトはほぼ全裸な上に浮き輪をやられたら一発アウト。
そして、まともな攻撃手段が精霊魔法のみという。
はい、エリン剣は重量オーバーで置いてきましたとも。
『……来たっ!』
雲海を突き破って姿を現したのは全長百メートルは優に越すかという巨大な空飛ぶアンコウだった。
その表面にはびっしりと鱗のようなものが密集しており、正しくアンコウとは呼べない存在であるが、頭部の疑似餌と平べったい体、そして鋭い歯が並ぶ巨大な口はアンコウの物で相違ない。
『鱗にマネックの姿? こいつ、鱗が鏡やっ!』
『ちっ、そういう事か。ビーム系と光素系は反射か拡散されるぞ』
ぽっちゃり姉貴とファケル兄貴からの警告。
どうやら、この超巨大アンコウは身を隠す術と獲物を呼び寄せる術を同時におこなえるもよう。
鱗に映った自分の姿を不思議に思って近づいてきた者を一口で飲み込むのが狩りのスタイルなのだろう。
本来は。
「ゴォォォォォォォォォォォォォッ!」
アンコウが咆えた。
憎悪の眼差しをもって。
本来のアンコウは視力が退化しているはずだ。
しかし、天空に住まう彼は目が良いのであろう、しっかりと獲物の姿を捉えている。
「やれやれ、最初はハードなロボット世界だと思ってたのになぁ」
『ファンタジーとロボットが合わさり最強に見える』
「割と最悪だけどなっ」
予期せぬ怪物との出会い。
連続する禍々しい力は果たして何を意味しているのか。
「戦闘開始だっ!」
未知の領域での戦い。
精霊戦隊は一切の恐れなく巨大アンコウに立ち向かうのであった。




