184食目 珍機と珍獣
それから少し日にちは経過し、ヤーバンからクロナミが戻ってきた。
どうやら、成層圏へと赴く手立てが完了したもよう。
「おかえりっ、マネックのフライトユニットは完成したのかぁ?」
「えぇ、ばっちりです。それと……」
格納庫へと赴く。
そこにはヤーダン主任とメカニックチームの姿。
そして、背中に飛行機を半分横に両断したかのような物を付けたマネックの姿があった。
もちろん、飛行機の後ろの部分だ。
「それで……この普通の飛行機に戦機の手足と頭を付けたのは?」
「フライトユニットの試作機ですよ……たぶん」
「誰が作ったんだ?」
俺の問いにヤーダン主任は、ポリポリと頬を掻きながら返答に困ったかのような表情を見せる。
そして、いよいよ諦めたのか、この珍妙な物体の製作者を白状した。
「エルティナイトです。留守番をするのが嫌だったらしくて向こうのスクラップ置き場であり合わせの物でそれを作ってしまったんですよ」
「マジか、というかエルティナイトが作ったんなら、ただの模型なんじゃないのかぁ?」
「いえ、それが恐ろしいことに【動く】んですよ」
「マジでっ!?」
「マジでっ」
迫真の集中線は俺たちの驚愕を十二分に表現してくれるであろう。
そして、それを成した原因様が満を持して登場する。
『ナイトは暇潰しに物凄いものを完成させるだろうな』
「げぇっ、その姿はっ!?」
『エルティナイト・サマーバージョン装備だっ!』
なんと言う事でしょう。
装甲を全て外し、海パン姿で浮き輪を腰に付けた筋肉モリモリの機械の巨人の姿がそこにあったではありませんか。
「何やってんだ、おめぇ」
『成層圏に行くにはナイトの誇りも捨てなくてはならない。だから俺は鎧を脱ぐだろうな』
「そこまでは分かる。だけど、なんで浮き輪なんだぁ?」
『柄は桃をあしらった』
「そうじゃない」
『むむむ』
というか、雲の上に行くって言うのに浮き輪は無いだろ。
「あら、いいんじゃなくて? どうせ私の鬼力で運べるし」
「ふきゅん、ユウユウ閣下」
ぴっちりとしたパイロットスーツ姿で登場したユウユウはエロの権化であった。
もう色々とヤヴァイ。
普通の野郎どもであったなら、男の尊厳を守るポーズへと速やかに変形するであろう。
「ほら、浮き輪の栓の部分に席を作ったのよ。私はそこに座って重力を操作するわ」
「正気かぁ」
「うふふ、面白いことになりそうね」
狂気の極みとしか言えないこの光景に、俺は遠い眼差しを示すより他になかったという。
どうやら、俺がエルティナイトに乗るのは確定事項のもよう。
まさか、ほぼ全裸のナイトで成層圏に行く羽目になるとは思わなんだ。
「あと、このガラクタはモンゴーとコンビを組ませるわ」
「え? これも成層圏に行けるの?」
「えぇ、地味に合体機能もあるのよ。ほら」
ユウユウは珍機を指し示す、とそれは意志を持っているかのように敬礼をし、H・モンゴーのうさちゃん号と合体したではないか。
「ただ抱き付いているだけじゃねぇか」
「うふふ、そうね。でも、あのガラクタは実はすごいのよ」
「どんなふうに?」
「パイロットが珍獣なの」
「パイロットは俺だったのかぁ」
「違うわ、パイロットは毛玉饅頭よ」
「え?」
ユウユウはガラクタに向かって手を振る、とコクピットのハッチが開いて何かが転落してきた。
乳白色のそれは二度、三度跳躍して転がってくる。
「もきゅ」
「な、なんだぁ……こいつはぁっ」
それは恐ろしいほどに毛玉饅頭であった。
もふもふの毛に覆われた獣は、黒いつぶらな瞳と桃色の鼻を持ち足は見当たらない。
恐ろしく短いのであろうか。
それを確認すべく持ち上げてひっくり返す、と辛うじて四肢が確認できた。
どうやら、一応尻尾もあるもよう。
大きさは十五センチメートルほど。
アイン君と似たり寄ったりな大きさだが若干、アイン君の方が小さいだろうか。
「エルティナイトが言うには、そのガラクタの中でしょんぼりしていたらしいわ」
「あれの?」
「えぇ。案外、どこか別の国からやってきたのかもね」
毛玉饅頭はそれを肯定したがっているのか「もきゅ」と何度も首を縦に振る。
もしかして、こいつは人語を理解しているのであろうか。
でも、俺たちが出会ってきた珍獣は割と人語を理解していたような?
「……見事に珍妙な生物ね」
「ふきゅん、こいつ、どうしよっか?」
「パイロットが務まるなら外見がどんな姿でもいいわ。マサガト公みたいに」
「えっ?」
ビックリすることに、マサガト公も戦機を操縦することができるらしい。
ただし、完全マニュアルタイプではなく、半オートマティックのボールタイプの操縦桿となるが。
まぁザインちゃんが座席下のペダルに足が届かないから仕方がない。
それにマサガト公も足が無いしね。幽霊だし。
「う~ん、そうとなると名前がいるよな」
「もっもっ、もきゅ~」
毛玉饅頭は何かを訴えているが、当然ながら何を言っているのかは分からない。
考えても無駄なので、俺から素敵な名前をプレゼントしてあげようではない。
「よし、今日からお前の名は【もふもふもちもちエキサイティング十三世】だっ」
「もきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
壮絶に嫌がる毛玉饅頭。
はて、この格好いい名前のどこに嫌がる要素があるのであろうか。
「名前が長すぎて覚えられないんじゃないのかな?」
「それは甘えだぁ。俺なんて三代目エルティナ・ランフォーリ・エティルとエルドティーネ・ラ・ラングステンだぞっ」
「そ、それは確かに長いよねぇ」
「甘えは許さぬぅ。おまえの名は、もふもふびちびちスタイリッシュマークスリーだっ」
「もふもふしか合ってないよっ!?」
結果、誰も覚えられなかったので【モフモフ】と呼ぶことになった。
モフモフはその脚の短さから想像できるように歩くのがくそ遅いので、エリンちゃんの左肩が定位置となりましたとさ。
「それで、これが俺のル・ファルカンか?」
「はい。ご要望にあったように【ハイブースター】を装備させました」
その青い機体、ル・ファルカンの背部にはごっついブースターが二機搭載されていた。
よくよく見るとブースター同士は連結されているようだ。
「これで従来の速度の1・5倍は出ます。ですが、その分、光素を大量に消費しますからね?」
「了解だ」
「それに合わせて機体強度も上げておいたよ。特に関節をね」
「そりゃあ、ありがたいことだ」
「ただ、無茶はしないように。あたしらも人間は改造できないからさ」
「その内、やらかさないようにな」
どうやらヤーダン主任とアナスタシアさんたちによってル・ファルカンはかなり強化されたもよう。
さて、問題はフライトユニットを装備したマネックに誰が乗るかだ。
当初の予定では俺が乗るはずだったが、エルティナイトが色々とやらかしたせいで空きができてしまった。
そうなるとガンテツ爺さん辺りが妥当だろうか。
「あれ? ガンテツ爺さんは?」
「それが……」
ヤーダン主任は悩ましい表情を浮かべると彼の現状を伝えてきた。
「ぎっくり腰です」
「おっふ」
ガンテツ爺さんは自室のベッドにて白目痙攣状態だという。
これでは他の誰かに頼むしかない。
ヒュリティアは当然、ルナティックで無理矢理飛ぶだろうし、ミオとクロエではまだ操縦に難があるだろう。
「うちがいったろか?」
「え?」
どこかで聞いたことのある声、そして独特の喋り方。
振り向けばそこにはっ。
「げぇっ、横綱っ!」
「どすこーいっ、ってなんでやねん」
そこには、ぽっちゃり姉貴ことグリオネの姿が。
彼女も相当に薄着でビキニにアロハシャツを羽織っているだけという刺激的な服装だ。
ぽよんぽよんのお腹も盛大に主張している。
「なんでここに?」
「バカンスや、バカンス。なんや自分、ルフベル支部長が言うたようにチーム作ったんやなぁ」
「あぁ、それでクロナミのことも知ってたのか」
「今時、こんな派手な色をしてる船なんて無いで。直ぐに分かったわ」
がっはっはっ、と笑うぽっちゃり姉貴のお胸は、笑いに合わせてぷるんぷるんと弾む。
だが、彼女の申し出は願ってもない事だ。
「……行き場所は成層圏だけど?」
「かまへん、かまへん。おもろそうやないか。なぁ、銀閃」
「……あなたがそう言うなら構わないわ。でも、レポートは書いてもらうわよ」
「うちのでいいなら書いたるわ。言うとくけど、うちの操縦は荒っぽいし、レポートも辛口やで?」
「……大丈夫。うちのメカニックは全員変態だから」
「うわぁ……」
こうして、思わぬ助っ人たちを迎え入れた俺たちは準備を整えて雲の上を目指す。
果たして、そこにミラージュはいるのであろうか。
というか、本当に浮き輪で成層圏に辿り着けるんだろうな?




