182食目 百の果実
花の精霊の下に戻った俺たちは花鬼がどうして鬼に堕ちてまったのかを問いただした。
すると彼女は花鬼が元々嫉妬深い固体であったことを明かす。
「最初はくだらない話だったのです。花弁にシミが無い、羨ましい。たったそれだけの事」
そこからどんどんエスカレートして行き、次第に自分以外の美を認めなくなった花鬼は自分以外を枯らそうと考えるようになった、とのことだ。
「そんなことのために自分以外を殺そうだなんて、何を考えていたのやら」
これにファケル兄貴は呆れを示す。
しかし、花の精霊にとっては、美しさは看過できない重要なパラメーターである、というのだ。
「今年は百果実様が来訪なさる年なのです。彼の方は、その年のニューズの密林で一番美しい花に受粉成されるので、それが目的だったのかもしれません」
「うん? 百果実って毎年生るわけでもなく、しかも同じ植物に生るわけじゃないのか?」
「はい、百果実様は気まぐれなお方でして……」
花の精霊はそう言うと、今年は自分のところには来ないだろう、としょんぼりした。
確かに、彼女の本体は所々に滲みのようなものができてしまい、今にも枯れてしまいそうだったからだ。
かつてであったなら、ここで治癒魔法でも行使するのであるが、今はそれすらもできない。
果たして、俺はそんな理由を付けて諦めていいのであろうか。
ぺちっ、と頬を叩き己を戒める。
悲しんでいる者が目の前にいるというのに、何もしないなどヒーラーの風上にも置けない。
そして何よりも俺は桃使い。
困っている者がいるなら、ホイホイ助けてしまうだろうな。
でも、どうすればいいか分からない。
「たすけてー、たすけてー」
「……かかつとさんじょう」
仲間に助けを求めると、ヒュリティアがへったくそなエルティナイトの真似をしてくれました。
「……直ぐに、とはいかないけど。この程度なら栄養剤をぶち込めばすぐに治るわ」
ヒュリティアは胸ポケットから注射器のような形状の瓶を取り出し、それを花の精霊の本体の傍へと突き刺す。
緑色の液体はゆっくりと地面へと染み出る仕掛けになっているとのこと。
「ほんのりと元気が出てきました」
「よかったんだぜ」
花の精霊は俺たちに感謝し、お礼に何かできることはないか、と問うてきた。
であるなら答えは一つ。
「俺と契約して魔法しょ……」
「……そこまでよっ」
ヒュリティアに止められてしまいました。
どうやら、俺の中に残る母の記憶が俺に悪さをしたもよう。
斜め四十五度の角度で、ズビシとチョップを叩き込まれた俺は正気に戻った。
「精霊契約をしてほしいんだぜ」
「いいのでしょうか? 私は花の精霊なので、たいしたことはできませんよ?」
「構わないんだぜ」
「で、では……」
こうして、花の精霊フロウとの契約を結ぶ。
本体から離れても大丈夫なのか、と問われれば大丈夫と答えるだろうな。
精霊は割と大雑把な存在なので、どんなに離れていても本体と契約者との繋がりを維持できるのだ。
本当は食べてしまえば手っ取り早いのだが、流石に可哀想である。
百果実の獲得は成らなかったものの、花の精霊との契約を結べた俺たちはニューズの密林を後にしようとする。
すると、前方から緑髪のイケメンが歩いてきた。
探検家にしてはあまりにも軽装だ。
しかも、密林であるにもかかわらず純白のローブを着込んでいる。
彼の手には木の根のような杖。
その先端にはカラフルな花が一輪咲き誇っている。
「ふきゅん? なんだ、あのにーちゃん」
俺が首を傾げる、と向こうは俺たちに気付いたようで、驚いたような表情を見せた。
そして、「ふむ」と納得をすると、こちらに向かって来たではないか。
「ひゃ、百果実様ですっ」
花の精霊フロウが俺の背後より、にょっきりと飛び出してきた。
「フロントラットスプレット」
いやいや、マッソォ。
おまえは呼んでないから。
「やぁ、可憐な少女たちよ」
「おっす」
片手を上げて気さくな挨拶を炸裂させたので、俺も彼同様に気さくな挨拶で対応する。
すると、百果実様はクスクスと上品な笑顔を見せた。
「どうやら、君たちは精霊が見えるようだね」
「バッチリ見えるんだぜ」
「ほあ~、あなたが百果実様?」
「そうだよ、人間の娘さん」
どうやら、エリンちゃんも完全に精霊の姿を捉えることができるようになったようだ。
これも、散々特殊食材を口にしてきた恩恵であろうか。
それとも、彼女の内に潜む精霊王の能力が表に出始めているのか。
「む……お嬢さん、その力は……?」
「ふぇ?」
百果実は一瞬、端正な顔を顰める。
しかし、その後、何度か頷くと「なるほど」と一人納得をした。
「もう少し、ふらふらできると思っていたのですが……ふふ、時は近付きつつあるようです」
「なんのことなんだぜ」
「いえ、こっちのはなしですよ。【精霊騎士】様」
彼の言葉に思わず、ピコンと大きな垂れ耳を立ててしまった。
俺が精霊騎士であると認められたことを知っているのは精霊王、本人だけだ。
であるなら、エリンちゃんの中の精霊王が百果実にコンタクトを取って事情を説明した、と考えると話は繋がる。
「さて、彼の方が目覚められ精霊騎士が出現した今、私も【精霊賢者】としての役目を果たさなくてはなりません。ですが、精霊騎士様の容量では私を受け入れることは難しいようです」
「そんなに容量がいるのか」
「というか、相性の問題ですね。精霊騎士様は、どちらかというと本能の力を得意とする者たちを受け入れる領域が広いのです。逆に私のように知識を得意とする精霊を受け入れる領域がとても狭い」
「それじゃあ、俺が阿呆みたいなんだぜっ」
これに俺は怒りのふっきゅんダンスを披露する。
ミオとクロエのにゃんこダンスに対抗して創り出した創作ダンスであるが、別段決まった動作は無く、単に身体をふにふにと動かすだけである。
当然、これににゃんこびとたちは反応。
激しいダンス対決が勃発したのである。
「そうなると……私はあなたと契約を結ぶのがよろしいかと、月の巫女様」
「……色々と知っているようね」
「はい、一応は賢者ですので」
「……胡散臭いけど、まぁいいわ。精々こき使ってあげる」
「どうぞお手柔らかに、マスター」
ヒュリティアの差し出した手を取り、しゃがみ込んだ百果実はうやうやしく彼女の手の甲に口付けする。
すると、ヒュリティアとの契約が成った証として、彼女らから同一の波長が感じられるようになった。
「それでは、マスターの黒い髪飾りにでも宿らせていただくとしましょう」
百果実はそう言うと身体を光の粒子へと変えて、ヒュリティアの右半分を隠す前髪に飾られている黒い花飾りの中へと入ってしまった。
「精霊だから何でもありだな」
「……そうね。だからこれに実を付けるのもありなんでしょ」
「ふきゅん?」
飾りであるはずのヒュリティアの黒い花。
その中心部分には、日の光を浴びて七色に煌めくビー玉サイズの球体が発生していた。
「まさかとは思うけど……これが百果実?」
「……そうみたいね。百果実がお近付きの印に、ですって」
ぷちっ、と丸いダイヤモンドのような果実をもぐ、とすぐさま次の百果実が生る。
どうやら、ヒュリティアと百果実の契約が続く限り、これは無限に発生するらしい。
「……えぇ、うん、よろしく……これでエルの教育が捗るわ」
にまぁ、というヒュリティアのいや~んな暗黒微笑を見た気がする。
どうか気のせいであってほしい。
まさかと思うが、百果実って指導好き?
そのためのヒュリティアとの契約?
震える手でヒュリティアの差し出す百果実を受け取る。
果たして、俺は生き残ることができるのか。
「ひゃあっ、堪んねぇっ! 百果実だっ!」
でも、百果実を前にする、とそんな悩みはどうでもよくなる。
小さな果実を口の中に放り込み咀嚼。
カリュッ、という心地良い噛み応え、そして、その身の小ささとは思えないほどの果汁が溢れ出て来た。
いや、違う。これはまさか、自分の唾液っ!?
強制的に引き出される唾液が百果実の僅かな果汁と混ざり合って、美味なるジュースへと変化をっ?
「な、なんだっ、これはっ!? 涎が溢れて止まらないっ!」
既に百果実は飲み込んでしまっている。
しかし、口の中はいまだ唾液の大洪水。
第一波、第二波、と押し寄せる洪水はその度に味を変える。
リンゴ、ミカン、ブドウ、モモ、バナナ……ありとあらゆる果物が姿を見せ、そしてそれらが混ざり合った未知の味へと変化してゆく。
止まらない唾液、このままでは脱水してしまうのでは、という心配は皆無。
唾液を出すごとに身体が活性化してゆく感覚を覚える。
密林の暑さで渇いていた身体が喜んでいるのが分かる。
そうか、この唾液は百果実の凝縮した栄養を体の隅々にまで運ぶためのもの。
胃に流し込まれた唾液は速やかに吸収されて血液に栄養を送り込む。
丁度いい塩梅になるのが唾液という事だろう。
「口の中が潤い続けるんだぜ」
「あはは、口から良いにおいがするねっ」
そう言ったエリンちゃんの口からは果物の良い香りが。
これは口臭対策にもなりそうだ。
「これは凄いな。俺の不足していた栄養が一気に補われた、そんな感じだ」
「ファケル兄貴のガサガサお肌がつるっつるなんだぜ」
やはり、ビタミンが豊富なのだろう。
乾いた男はぷるんぷるんに潤っていた。
もちろん、元々潤っていたお子様ーズはもっと潤って大変なことになっている。
「にゃ~ん」
「あはは、ミオがてっかてか」
「クロエだってそうにゃ~ん」
「ままうえも、しゅごいことに、にゃっていりゅでしょーりょー」
「ふきゅーん、ふきゅーんっ」
こうして、俺たちは無事に百果実をゲット。
新たな仲間を加え入れてニューズの密林を後にする。
しかし、百果実が零していたあの言葉。
確実に第六精霊界に何かが起ころうとしている。
俺はちょっぴり不安を抱えながらエデンテルへの船に乗り込んだのであった。
あ、帰る前に物乞いのお爺さんに百果実を食べさせてやったところ、かつての気迫を取り戻し、もう一花咲かせると息巻いておりましたとさ。
めでたし、めでたし。




